fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅴ-6

 AM7:55

 ハイドパーク近辺 ハイド邸前

 

 (コマンドポストよりSSリーダー。マイクより連絡、周辺住民の退避は完了している。所定時間になり次第、作戦行動を開始せよ)

 「SSリーダー了解。これよりハイド邸への潜入行動に入る。03、04は何かあったら予定の通りに」

 (03了解)

 (04りょーかいです)

 「もうすぐ、始まるね」

 リツカの声は、いつとて変わらない。こちらの顔色を探るような彼女の眼差しに、マシュは、なんとか頷きを返せた。「はい」

 「一番楽な手筈になってほしいけど、多分そうはならないと思う。攻撃タイミングには気を付けてね」

 「玉藻さんのバックアップもあります。今度も、大丈夫です」

 「良い返事」

 軽く、リツカがマシュの背を押す。どこか頼りない気の抜けたリツカの表情こそ、頼りになるものだと、よく知っている。

 “流さなければならない血があるのだとしたら──”

 エリザベス女王の表情が、口唇の動きが、声色が、脳幹で惹起して、ホルモンやら何やらの分泌物ないしは神経伝達によって、全身に浸潤した。

 「先輩」

 勢い、声が硬くなる。慣れないことをしている、という自覚がそれで膨れ上がって、白い雪のような肌を赤くした。まるで紅葉卸みたいに。

 「私、先輩のサーヴァントになれて、善かったです」

 「なんだいいきなり」リツカはちょっと目を丸くしてから、同じように照れ笑いを浮かべた。「私は、あなたを見殺しにしようとした、ろくでもない人間だよ」

 「いえ。だからこそ、善かったです。まだ自分自身で何を信ずべきか、わからないところが多いですけど」

 「マシュは良い子だね」そう言って顔を赤くするマシュの前髪を愛おしそうに弄ってから、リツカは、何事か、頷いた。

 「なら、私も範を取らなければなるまいて」

 「先輩?」

 「マシュにはカッコイイとこ見せなきゃ、ってことさ」

 独語めいた声で応えてから、リツカはいつもの調子で言った。はい、と頷くマシュを見、リツカは側頭部の髪の一房をかき回した。

 「それじゃあ、戦いなんてろくでもないことをしに行こうか。SSリーダーよりコマンドポスト。これよりホテルへの潜入行動を開始する。繰り返す、これよりホテルへの潜入行動を開始する」

 

 ※

 

 (キロー、こちらコマンドポスト。ジョーカー、これよりホテルに潜入する。第一作戦段階に入った、第二段階への移行に備え、準備しろ)

 「キロー了解。BSリーダーより各員、いつでも動けるように準備を」

 (BS02了解)

 「BS03了解。やっと、事が進むわけね」

 軽く、エリザベスが言う。そうですね、と返事をしたトウマの表情は、否が応にもなく硬い。

 それも致し方なきこと、ではある。万全を期しているとは言え、自分の身を危険に晒すことになるのだ。歴戦の勇士とて、生身の命を死に晒して平静でいられる者は、そう多くない。まして、平和な日常に生きてきた20に満たない少年であれば、そのプレッシャーは想像を絶するだろう。

 「この特異点について、もうちょっと何かわかると良いんですけどね。わからないことだらけですし」

 表情を崩し、肩を竦めるトウマ。その仕草の自然さに、エリザベスは、おや、と思った。

 表情の本質的な硬さは変わらない。でも、その仕草の自然さは、決して虚勢的な態度ではないことが伺える。

 「度重なる実戦が、素人を本物に鍛え上げた。そんなところかしら」

「何か言いました?」

 「いいえ、独り言。味方が頼りになると、後顧の憂いを気にせずに済むと思ってね」

 「そうですね。リツカさんにはいつも頼りっぱなしで。ライネスさんも、優秀ですし」

 「そうね」

 エリザベスは、小さく笑った。不思議そうにするトウマを横目に腕を組みながら、口元を手で隠した。

 マスターが2人、というのは心強い。これから戦うべき怪物の強大さを思えば、戦力は多いに越したことはないのだから。2人とも優秀となれば、なおのことだ。

 (SSリーダー、ホテルに潜入した。現状、マップと住居に差はない。これより書斎へと向かう。未だ、α-02と接敵せず)

 (コマンドポスト了解。こちらでもバイタルデータ、モニターできている)

 (SS04、敵が動いた気配はございません。まだこの区画に敵性存在は潜伏しています)

 「どう思う、タチバナ君?」

 「ジャック……α-02を撃破することは容易いかと。マシュさんの宝具と玉藻さんのバックアップがあれば、α-02の初撃を躱すことは可能です。そこから間髪入れずに確実に倒す方法としては最適かと思います」

 「落ち着いてるわね」

 「そう見えるだけですよ」

 「それができるだけ、頼もしいわ」

 (SSリーダー、ポイントH-01クリア)

 居住まいを糺したエリザベスは、空を振り仰いだ。

 空には、重い雲が淀んでいる。予報では今日は晴れだったはずなのだが、ロンドンの気候は移ろいやすい。正確には、19世紀末のロンドンは、だが。

 さて。

 

 

 ホワイトチャペル第七地区指定座標より北西4km 屋上にて

 

 (SSリーダー、ポイントH-01クリア)

 (BSリーダー了解)

 「コマンドポスト了解」

 随分、慣れたな。

 反射的に返答しながら、ライネスは、当たり前のように応答する自分の仕草にちょっとびっくりする。何せ、元々彼女は没落貴族の次期当主などという、しみったれた立場のガキンチョでしかなかったのだ。精々政治的な綱渡りを渡るのが得意なだけだったのだが、何をどう間違えたらCPオフィサーなどやる羽目になるのか。軍師系の疑似サーヴァントになってしまったとは言え、数奇な運命である。

 いや、そもそも数奇な運命か。別な世界に呼ばれて、しかもその世界の命運をかけた闘いに挑めという。あの愛しい愛しい義兄の頼みでなければ、とうの昔に放り出している事案である。

 ……ライネスはもちろん自覚しているのだけれど、なんだかんだで義兄のことは結構好きなのだ。ただ、その表現技法が捻じれ狂っているだけで、素直さは本物なのだ。

 「君は、結構私と同類だと思っていたんだけどね」

 すぐ脇に控えていたクロは、不思議そうな顔でこちらを振り仰いだ。独り言さ、と肩を竦めて見せると、ちょっと納得いかないとでも言うような顔をしつつ、クロは視線を元に戻した。彼女の視線の先には、広場に佇むエリザベスとトウマの姿が、はっきり映っていることだろう。ライネスには、視力を強化しても何やら豆粒としか映らないが。

 「心配かい、君」

 クロは振り向きもせず、肩を竦めた。そうね、と素直に肯定しつつ、それを誇大に言い表そうとしない、そんな物言い。強かだな、と思いつつ、ライネスは一定程度、満足した。2人の関係性は、憎からず思うようなものらしい。

 「もう少し、隙を見せてくれた方が可愛らしいと思うよ」

 「それ、そっくりお返しするわ」

 「これは手厳しい」

 互いに悪戯っぽく相好を崩す。2人とも、基本的には相手を巧妙に罵倒することを好む人種であるだけに、考えていることは一緒なのだろう。

 「正直暇ね。できる準備はもう終わってるわけだし」

 「余裕そうだね。私なんて、緊張して夜しか眠れなかったよ」

 「疑似サーヴァントは大変よね」

 「司馬懿殿も、基本私任せだからねえ。全く、理屈っぽい男というのは存外子供で困る」

 大仰に嘆息混じりな言葉を言うと、ライネスは、クロの姿をしげしげと眺める。彼女も、一応分類上は疑似サーヴァントに含まれているというが、それがどういう理屈なのかは不明だ。未来の英雄というのだから、当代の記録しか持ちこめていないライネス……というより司馬懿には、“クロエ”などという名前の英雄にはついぞ心当たりはない。

 疑似サーヴァントの召喚規定は、不明瞭な所が多いが、およそ2パターンが考えられてきた……と言われている。

 1つが、神霊規模の存在が無理やり英霊召喚されるにあたり、霊核を落したうえで霊基を保持するために依り代を選抜するパターン。

 2つめが、英霊に劣る霊的存在……幻霊、と呼ばれる存在が英霊召喚されるために、霊基を向上させるために依り代を選抜するパターンだ。

 どちらも、あまねく人理の可能性の中から、聖杯に所縁のある人物が選定されるという点では共通している……らしい。あくまで伝聞推定なのは、例のマキリ・ゾォルケンなる人物が記した英霊召喚に関する資料に書いてあった可能性の話だからだ。一応、その実例が自分であり、またローマでのネロを思えば、あの可能性の推定は正しい、ということにはなる。

であるならば、クロは一体どちらのサーヴァントなのだろう。

 幾ばくか思案してから、詮のない考えだな、と自嘲気味に思い直した。クロのことは言えないだろう、随分私も余裕がある。

 最も、指揮官なんだから、余裕な素振りもしなくてはなるまいが。

 「ところで、それが新しい戦い方の1つ……ということかな」

 なので、そんな雑談もしてみようか、と思ったりする。どちらかと言うと、自分と言うよりは司馬懿の感覚のような気がしたけれど、特に不快感のようなものもない。ライネスの意識を優先しつつ、司馬懿の意識が融合的になった感覚は、もう大分分かちがたく一体的でもある。

 「そうね、持ってるだけで効果があるし。サイズ的にも取り回しは悪くないし、結構いい宝具だと思うわ。」

 「鞘も宝具なのかい?」

 「こっちはありあわせ。礼装でもないし、こっちは改良の余地ありかもね」

 「折角なら、タチバナにでも作らせたらいいんじゃあないかな。どっちかと言うと、君の方が鞘だろうけど……いや、変な意味ではなくてね?」

 「まぁ、そうね。物資も限られてるし」

 ぷらぷら、と腰に下げた剣が揺れる。フィオナ騎士団の英雄が持っていた剣を収めた鞘は、合成皮の、特に何の飾り気もないものだ。

 サーヴァントとマスターの関係性は、物質的・魔力的な繋がりよりも、より精神的な繋がりの方がより強力に作用し得る、という。神代に近しい大源で編まれた絶対命令権たる令呪も、どちらかと言えば双方の合意の下に発動した方が効力は大きくなりやすい。令呪を敢えて隠さず晒しているのも、マスターがマスターたる人物であることを示すための、ある種の戦術の1つであろう。サーヴァントの炉心のイグニッションキーたる魔力供給は主にカルデアの炉から供給されることも加味すれば、マスターとはサーヴァントがこの地に根差すための楔のようなものとしての意味合いが強い。要するに、小賢しい礼装を作るくらいならば、マスターとサーヴァントの間の思い入れの品を用意した方が、効率的ということだ。

 皮肉と言うべきか、それとも道理というべきか。この人理を救う旅路に当たって、基底に要求されるのは、道具的な関係性でなく、より人倫に根差した関係性、というわけだ。ただ優秀な魔術師では踏破できない、そんな旅路なのであろう。

 「アリスにでも教えてもらえれば、それなりのものはできるだろうさ」

 「……まぁ」

 「今ちょっと『どうせなら1人で頑張って作ってくれた方が嬉しいかな』とか思っちゃっただろ」

 「思ってない」

 「乙女だ、経験値豊富なふりしているウブな小悪魔キャラだこれ」

 「思った!」

 「やだ……結構可愛い……」

 「これで158勝159負け3201引き分けね」

 「クッソ不毛な戦いに勝ち越してしまった。なんも嬉しくねえ」

 (SSリーダー、H-02をクリア)

 「おっと」互いに、顔に浮かんだにやにや笑いをかき消すと、念のため咳払いをした「コマンドポスト了解」

 (マイク、了解)

 おや、と思う。まだ彼女の“作業”は始まってはいないらしい。

 折角なら、一緒に戦ってほしかったが……と詮のないことを考えつつも、ライネスは腕組みした。

 ここまでは予定通りで、予想通りだ。α-02……ジャック・ザ・リッパーと思しき敵が攻勢をかけてくるなら、最初から目標地点の書斎で間違いない。閉所で退路が1つしかなく、また物が多いため身動きが取りにくいこの場所こそ、α-02がここで襲撃してくるであろう、という目算だった。それまでは、まぁ、有り体に言えば、暇なのだ。

 あと5分後に訪れる緊張を漠然と思い浮かべながら、ライネスは、素朴に作戦後のことに思いを馳せていた。終わったら、紅茶でも飲もうかしら。

 

 ※

 

 (SSリーダー、H-02クリア)

 (コマンドポスト了解)

 (BSリーダー了解)

 「マイク、りょうかい」

 聞きなれた声だ、と思った。

 微かに感じる郷愁に、アリスは思わず足を止めた。自分がそんな感慨を抱いていることが、奇妙な感じがする。所詮人理に刻まれた記録の再現だとしても、この身はマインスターの魔女なのだが。

 絆されている?

 そうかもしれない。ナーサリーライムは、夢見る子供の空想が羽を広げたものなのだから。そして、それを護持するための。

何にせよ、自分のすべきことは明白だ。英霊としてこの場に召喚されたのなら、なすべきことの大なるは人理を衛ることで、小なるは、そのために必要な人を護ること。そして多分、根本においては、その両者は質的にはほぼ同等のものだ。人理とは、人の営みの全ての総体なのであって、生の人間の息吹を欠いた人理など、考えるだけ空虚なのだから。

 脳裏を過った姿は、果たして誰だったろうか。朧な記憶の彼方にいる母の姿だったろうか。あの青年だったろうか。偶に殺し合いもした同居人だったか。それとも……電子の海で出会った、誰か、だったろうか。全ては、非対称で、それであるが故に分かちがたいものだった。

 「あなたは、あなたに似ているのね」

 なるほど、と思った。随分と感傷に浸っている。ほとんど無表情だけれど、ごく一部、アリスという人間を善く知る人物であれば、彼女にしては珍しい、自虐的な笑みが漏れているように見えた。

それも、一瞬のこと。浚うように吹きすさぶ鋭い風に、アリスは周囲を眺望した。

 「London Bridge is broken down,Broken down, broken down───」

 ……セントラル・ロンドン サザーン区

 長らく、テムズ川に唯一架かる橋であったロンドン橋の上、アリスは吹き寄せる川風に身を預けている。冷たく、どこか取り付く島もない風の肌触りは、2000年に及ぶ歴史の冷厳さによるものか。材質は変れども、常にロンドン橋という物象として君臨し続けた橋の威厳は、アリスをしてどこか気圧されるものがある。いや、むしろアリスがマインスターの魔女であるが故に、とでも言おうか。

 何にせよ、アリスはそんな心理的プレッシャーで物怖じするほどに人間味はなかった。彼女は手元の紙袋から、もう一回り小さな袋を取り出すと、その中から砂粒のようなものを取り出して、身を屈めると、足元へとそっと蒔いた。

これで最後。あとはただ、芽吹くのを待つばかり。手を翳したアリスは、薄く、瞑目した。

 「Ring-a-Ring-o' Roses, A pocket full of posies───」

 つと。

 アリスは足を止めた。蝋人形のような感情の起伏に乏しいかんばせの中、眉間にだけ皺が寄っている。嫌悪、怒気、疑念。雑多、というよりは多種の情動が混交させられた精神性の、それは発露か。

 「急がないと」

 野犬の遠吠えが、耳朶を打った気がした。

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