fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「H-03クリア。これより書斎に侵入する」
リツカの声が、遠い。
マシュは耳元で彼女の声を聴きながら、眼下の階段を見下ろすように立ち尽くした。
ハイド邸の作りは、幾分か特殊な構造をしている。外見上は他のアパルトメントと大差なく、実際家の構造は似たようなものだ。メゾネットのような、二階建てながらこじんまりした家は思いのほか手入れがされていて、“ハイド氏”の邸宅という印象はない。
「しかし、どうしてこう魔術師というのは地下室をこさえたがるのかな?」
辟易したように言うリツカも、額に皺を寄せている。ペンライトで地下へと続く階段を照らすと、少し降りたところに、厳めしい扉が待ち構えているらしい。
「大丈夫かい」
「はい。催眠暗示は大丈夫です」
「それは結構。そっちにも”
はい、と応える自分の声の頼りなさに、マシュは知らず、顔を顰める。地下に降りていく、行為に何がしかのトラウマを感じないでもない。けれど、そんなものは些細なことだ。気分が安定しないのは、そういうことだ。
「私は、結構優柔不断でさ」階段を降りながら、リツカは独り言ちるように嘯く。「端的に言うと、頼りないんだな。私は」
やれやれ、とリツカは大仰そうに肩を竦める。そんなことはない、と言おうとして声にならず、マシュはリツカの続く言葉を、素直に待った。
「頼りにしているよ、マシュ・キリエライト」
にへら、と頼りなさげにはにかんで、リツカはマシュの少し長めな前髪に手櫛を入れた。はい、と再度答えた自分の声の頼りなさは変わらず、グローブ越しに額に触れる彼女の指先の感触が、ただ、情けなさを惹起させた。
「じゃあ、降りようか。いいかな」
リツカの声に了承を返して、マシュは勢い、階段の段差を踏みしめた。ジキル邸と異なり、きちんと壁は舗装され、階段も木製のちゃんとしたものだ。ランプもよく磨かれており、煌々と灯が照らしてくる。
あの時のフラッシュバックはない。問題なく動ける、と内心で聞かせ、一歩、二歩、と降りていく……。
《マシュ》
不意に耳朶を打った声だったが、マシュは冷静に、状況を理解する。契約のパスを介した念話は、マスターとサーヴァントだけのものだ。それをわざわざ使用してきた意味は、最初から決めていた。
素早く、視野投影されたディスプレイ、そのバイタルデータを一瞥する。自分のバイタルデータに特に変異こそないものの、赤いポップアップが立ち上がっている。
──耐毒術式作動。
《いよいよ、というわけだね。作戦は第二段階へ移行しているわけだけど、そう焦らず行こう。大丈夫、落ち着いていればなんでも対処できるものだからね》
《先輩は、大丈夫ですか》
《ダ・ヴィンチちゃんお手製の礼装、ってわけだからねえ。大丈夫みたいだよ》
《念のため、報告はあげておきますか》
《そうしておこう。通じていないとも限らないしね》「コマンドポスト、こちらSSリーダー。賽は投げられた。繰り返す、賽は投げられた」
(コマンドポスト了解)
《決まりだねえ》
背後を振り返る。呆れたようなかんばせには、ほんのちょっとだけ、してやったり、という表情が浮かんでいる。
「さ、行こう。この下で、何が……誰が、待っているかな」
※
「コマンドポスト、こちらSS04。賽は投げられた。繰り返す、賽は投げられた」
(コマンドポスト了解。賽は……投げられた)
「当たりだな」
「リツカさん、きっとニヤついてますよ」
はい、と応える玉藻の前の顔は、今まさに目の前で潜入中のリツカと同じように『してやったり』と言わんとするものだった。もちろん金時にも、玉藻の前にもそんなことは与り知らぬことではあったけれど、まぁ想像は容易いことだった。
ハイド邸前の大通り。通りを挟んで、邸宅正面の路地から顔を覗かせていた2人は、一度路地の奥へと引っ込んだ。
「では予定通り行きましょう。金時さん、お願いしますね」
「おう、じゃあ行ってくるか」
踵を返すなり、金時は猛然と地面を蹴り上げた。頑健な体躯に相応しい敏捷を以て駆け出すこと10秒、隣の通りに出るなり、金時は記憶の中に思い描いた地図と地形を重ね合わせる。腰にぶら下げた大鉈を引き抜くと、力いっぱいに空へと投擲した。
意識を投擲した大鉈へ。イメージが単純なのは、多分、金時自身が割に単純な人間だからだっただろう。
鉞に装填された
※
「来た」
南南西に膨れ上がった閃光の直後、ライネスの声が鋭く耳朶を打った。
「コマンドポストよりキロー。作戦を第二フェイズに移行しろ。繰り返す、作戦を第二フェイズに移行しろ」
(キロー了解。BSリーダーより各員へ、作戦を第二フェイズに移行する。繰り返す、作戦を第二フェイズに移行する)
「了解──こちら02、宝具投影開始。狙撃体勢に入るわ。
(BSリーダー了解。お願いします、リンさん)
(03了解。じゃっ、派手に行くわ!)
※
エリザベスは、一度、大きく息を吐いた。
彼女のスキル、高ランクの【皇帝特権】により、魔術の発動は造作なく行える。この身体に徹る神経を裏返すように、魔術回路を切り替える。己が心臓に刃を突き立てるイメージがスイッチで、ずぶりと差し込む感触と同時に、自身のオドを、回路に流す。
「03より総員、宝具を打つわ。本当に、退避は済んでるんでしょうね。自国民を手にかけるのは勘弁よ」
(問題ない。やってくれ)
再度、【皇帝特権】を行使する。魔術のランクを向上させていた分を、今度は剣術へ。
同時、己が武装を顕現させる。赤い骨子が手中に浮かぶや、たちまちに肉付けされていく宝剣。読んで字の如く、剣の切っ先から柄まで、全てを宝石で形作る松明のように閃く剣の手触りは、酷く、馴染みがある。
この身体だからこそ振るい得る剣。エリザベス女王本来の宝具をより強力な形で再現する、それこそは魔法の一端だった。
「我が真名、エリザベス女王の名において、宝具を解放する」
荘重を極める祝詞とともに、感じるのは全身の魔術回路、そしてこの身体に刻まれた魔術刻印の起動だった。
魔力とは、元は神なるものや悪魔が使用する力そのもののことを指していた。それを人間が用いる術こそが魔術であり、その術を行使するインフラこそが魔術回路である。
「『
栄光ある、貴女。親しみと畏敬を以て呼び慕われた彼女のもう一つの名。妖精の女王の銘でもあるその名こそは、その宝具の銘でもあった。
彼女が守り抜いたのは、ただ17世紀の英国、というだけではない。彼女はその力と貞潔によって、過去続いて生きた歴史を、そしてさらに何世紀と続いていく大英帝国の未来そのものの基礎を固め、およそこの国に産まれ、生きる何億と言う人間そのものを護持したのだ。決して明るいばかりの未来ではなかったが、それでもエリザベス1世の存在が無ければ、およそ英国という国は違った形になっていただろう───その想念こそが彼女の栄光・威光の証言であり、その証言を魔力に変換し、運用する宝具である。王笏たる剣は、ただの媒介項に過ぎない。
常時発動型に分類され、彼女の基礎ステータス及びスキルランクを大幅に上昇させる宝具ではあるが、ただそれだけの宝具、というわけではない。この身体とこの剣だからこそ可能な、真名解放による起動効果使用。身体強化に回していた分の魔力を剣に回し、魔術によって魔力を光子へと変換させる。頭上高く掲げた剣は即ち、あらゆる時制から修練された魔力を投射するための砲台だった。
「天におわします我らが主よ、どうぞあなたの御稜威、そして我らが奇蹟をご照覧あれ」
松明のように煌めくは、まさしく刃そのもの。ロンディニウムに輝く勝利の剣と為った閃珖、その名ただ一つしか、あり得なく──。