fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅵ-2

 実際、その宝具の真名解放に、何か特別な銘が定まっているわけではないらしい。要するに、エクスカリバーの名は、エリザベス女王が、今回の召喚にあたり、都合がいいからつけただけの名でしかない。

 だが、その閃光は確かに本物だった。少なからず、間近でその光の本流……というより濁流は、神話礼装を纏ったネロの『軍神の剣(フォトン・レイ)』に、決して劣るものではなかっただろう。実数値にすればAランク以上の火力を以て放射された光は、長く、長く、空へと伸びていく。さながら大出力のエネルギー砲……ありていに言ってビーム砲とでも言うべき有り様だった。

 眼球に施した防眩処置を以てしても眩さに眉を顰めるほどの光量の中、トウマは、己の魔術回路を啓いた。

 身体中に張り巡らされる神経の一部を、疑似神経へと裏返す。高所から身投げして、地面に激突する間近に事切れる、イメージ。2015年7月末、この世界に来る直前の、あの景色。

 普段は、このイメージはほぼ無意識化で行っている。わざわざイメージを強くもつ必要もないほどの訓練と、催眠暗示によってなされる戦争機械としての技術。だから、この時、何故か浮上した感覚にちょっとだけ戸惑った。わざわざ、何故そのイメージが惹起したのだろう。疑問も一瞬だったら、浮かんだ想念も一瞬だった。

 それ故、トウマは気にせず、自身の魔術回路をBDUに流していく。霊子展開された礼装に装備された疑似魔術刻印が、右腕に浮かび上がる。魔術回路が直線的ならば、右腕に浮かび上がった刻印の外見は、さながら入り組んだ迷路のようだった。刻印内部を通る魔力が加速するたびにに運動エネルギーが魔力に転換され、増大した魔力を魔術によって変換する。ぐるりと魔術刻印に囲われた右腕がチャンバーとバレルならば、拓いた五指はマズルだった。

 魔力を使用し、魔術を行使する。超越種の超常の力を、己が物にせんとする傲慢さこそが魔術であり、蛮勇の使徒こそが魔術師である。超常の力の代償は単純で、端的に疼痛に苛まれるだけというものだった。

 それでも、自分のオドを用いるだけならまだマシだ。死ぬほどの疲労感と、それなりの痛みで済む。だが、それが分不相応になれば、その疼痛は慮外のものになる。

 殊に、カルデアの炉から供給される魔力は神代のそれに比肩する。標高6000m、未だ表の人類史には発見されていない太古の残余が漂う山麓のレイラインから引かれる魔力は、量と質において神代のそれだ。サーヴァントを賦活させるための魔力を生身の人間が使用すれば、その代償は想像を絶する。ぶち、という音は、多分気のせいではあった。だが、その音の瞬間に、全身の疼痛は、一気に激痛になった。

 次の瞬間、頸椎に何かが圧しかかる。無痛の頸部中枢神経注射により延髄に直接投与された薬物が一挙に痛みを抑えこみ、同時に痛みに気を取られていた意識が鮮明になる。高濃度オレキシンとレセプター促進薬の直接投与によるそれは、本来は令呪使用時に使用されるものではあった。

 弾丸は装填した。後はただ、右腕に唸る破壊衝動を打ち放つのみ。直撃さえすれば、サーヴァントすら撃破し得る、それはレオナルド・ダ・ヴィンチの傑作品だった。

 (来るわ、トーマ! 位置、直上!)

 クロの声は、酷く鋭かった。まるで耳元で、大声で怒鳴られたかのような感覚。

 トウマは、コンマセカンドの中で銃身と化した右腕を空に掲げる。幾百、幾千。夢の中でさえ繰り返した身体動作には、一切の淀みがない。反射の域に達した身体的思考に支配され、一個の戦争機械と化したトウマは、正確無比に、その出現地点を見定めた。

 あの、波紋が浮かんでいる。空中そのものが歪んだ先に、ゆっくりと、あの姿が浮かんでいる。

 これまで2度、この怪物と遭遇した。1回目と2回目、いずれとも変わらぬ怪物。サーヴァントとすら戦い得るほどの敵を目の前に、トウマはただ冷静に、イメージを重ね掛ける。

 拳銃の、トリガーを引き絞る。ただそれだけの動作を脳裏に思い描けば、あとはバレルの中を加速しきった砲弾が手のひらに現出し、叩き付けるだけだった。

 「──ファイア!」

 捻じれた空間から鋭利な舌が迸ったのは、砲撃の僅かに後だった。

 魔術によって編まれた魔力の砲弾は、実に1000m/sの初速で放たれた。反動だけで腕と足の骨が折れかける中、発射された砲弾は、正しくその火力を発揮した。

 魔術とは言え、術式そのものは極めて単純だった。魔力そのものを圧縮し、貫通力と上げると同時に、貫徹と同時に炸裂させる。ただ、それだけの術式だったが、その破壊力は何より凄まじいまでの運動エネルギーから繰り出される純物理的な打撃力だった。

 刺突された舌は呆気なく弾かれ、一瞬で根本までミンチと化していた。不定の原形質めいた血を撒き散らしながら──ぐにゃ、と獣が身を捩らせた。

 次元境界面から飛び出すなりの、咄嗟の転身。上体を逸らして砲弾を躱したその動きは、体内に骨格が存在するのか全く以て疑わしいほどの軟性だった。

 びゅ、という音と鼓膜を、ほんの僅か、“猟犬”の左後脚を吹き飛ばしただけだった。

 バッ、と四方に散らばる、原形質じみた血液。鎧らしきものに覆われた表情からは一切感情らしいものは読み取れなかったが、ぎょろりと覗いた光のない腐った葡萄のような目だけが、驚愕を伺わせていた。

 “猟犬”の腕が持ち上がる。被弾し、怯みながらも反撃をせんと、扇ほどもある手が振るわれる。5本の指先から飛び出したアイボリーの爪先、その突端の有り様が、眼球に張り巡らされた網膜に焼き付く。

 恐怖は、特になかった。薬物投与と催眠暗示のお陰ではあったけれど、それ以上に、次の一手を信頼していたからだった。

 奇襲とは言え、自分の攻撃が躱されることなど、予想の範囲内だった。なら、次の一手を用意するのが、このチームの長たる自分の役目だ。そして次の一手に対するトウマの信頼は、絶大だった。

 音速など遥かに上回る速度で、それは飛来した。“猟犬”の横腹を衝くように激突したそれは、トウマが知力強化をして、ようやく一瞬だけ把握できる程度のものだった。

 捻じれた矢のような、それは剣だった。黒々とした歪な刀身に鮮やかな柄の剣が“猟犬”の横腹に突き刺さり、その衝撃だけで崩壊した。イオン化した剣が砕け散ると同時に青白い光が閃き、獣の体躯はゴム毬のように吹き飛び、壁に叩きつけられていた。遅れてやってきた衝撃波が全身を打ち付け、さらに数瞬の後、空気を切り裂くソニックムーブの轟音が鼓膜を叩いた。

 「タチバナ君、今!」

 轟音のただ中、エリザベスの声はどこか遠く、にも拘らず闡明だった。

 己がすべきことを、トウマは理解している。ここまで予想内。そして次の一手も、ただ予定通りの打撃だった。

 「1番から8番まで、点火(フルイグニッション)!」

 広場の縁に設置された剣が一斉に射出したのは、それが起動キーだったからだ。爆裂ボルトによって制御装置が弾け飛ぶと同時に、内部に装填された無数の宝具が一挙に射出。さながら多連装ランチャーから無数に飛び出すロケット砲弾の如く、“猟犬”めがけて宝具の刃が襲い掛かった。

 両翼から十字砲火となって降り注いだ剣戟の群体を全て躱す術は、当然あるはずがない。身もだえして回避機動を取ったものの、剣の牢獄を脱するには程遠かった。一撃が両肢両下肢に腹部と咽頭、その他無数の剣が身体を貫通した。

 着弾の音と衝撃が入り乱れるように膨れ上がる。飽和し無音にまでなるほどの音の騒乱が止んだのは、実際は10秒ほどの出来事だったが、体感としては十数分ほどもあろうかというところだった。

 「完了、ね」

 凛、と響くエリザベスの声が、耳朶を打った。無音が搔き消され、噴煙が風に浚われた先に、思い描いていた景色が広がっていた。

 (BSリーダー、こちらコマンドポスト。状況を知らせろ、こちらでは確認できない)

 「あぁ、えっと」

 つい、そんな言い方をしてしまうくらいに、トウマは放心していた。元から超短期作用型の高濃度オレキシンに加えて、ようやく効き始めたレセプター阻害薬のお陰で、極度の興奮状態は既に脱しつつある。

 (タチバナ)無線の向こうの声は、努めて冷ややかだった。(通信は端的に、的確に行えと学んでいるはずだが)

 「すみません。α-01は現在宝具によって固定されている状況です。状況把握にもう暫く時間がかかります」

 (了解した、感謝する。02はそちらに向かわせるかい?)

 「いえ、大丈夫です。そちらの直掩と周辺状況の把握を継続させてください」

 (コマンドポスト了解。お疲れ様、素人にしては結構マシだったよ)

 最後の言葉は、なんとなく嗤笑が滲んでいるような気がした。ライネスらしい物言い、だったと思う。ほっと一息ついたところで、全く不意に、視界が下にずれた。

 声にすらならない小さな悲鳴を口腔内にくぐもらせ、トウマは咄嗟に虚脱していた膝に力を込めた。

 「大丈夫、タチバナ君?」素早く、エリザベスがトウマの小脇に手を入れて、へなへなになった体躯を支え挙げた。「気、抜けた?」

 こくこく、と首だけを動かしながら、トウマは深く息を吐いた。

 ほとんどオートで作動する身体スキャンを目端で確認する。薬物動態上オーバードーズになるリスクの低い薬物を使用しているが、それでもリスクが無いわけではない。そういった不具合ではないことを確認して、この虚脱がただ極度の緊張から脱したが故のものに過ぎないことを理解する。

 たかだか自分の命を懸けた程度で弱りすぎだ、と叱咤する自分と、よくやったよ、と比較的客観視する自分がいる。今回のこれは、ただ状況上、止むにやまれず死に突撃したのとはわけが違う。作戦上の必然があって、その上で陽動を買って出、勝因になったのだ。カルデアの人間たちだけではない。この特異点に呼ばれたサーヴァントたちもこの戦術を是とし、その上で立華藤丸という人間の性能なら可能と期待を寄せた上での成功だったのだ。これまでとは、訳が違う。

 そういう理屈は、理屈としては正当で、主観的にも正しい、と思う。間違いなく、自分はよくやった。けれど、多分、至るべき場所はこのレベルではないのだ。

 そうでなければ。

 きっと、この先、十分な戦いなどできはしない。

 口腔内に溜まっていた唾液を、嚥下した。じり、と焼くような焦燥が延髄を痙攣させた。眼球の底で、アリスの顔が朧に這い出した。強張るような口唇の動きに、トウマは、今一度、口腔内に噴き出していた唾液を飲み込んだ。

 「どうする、私だけで見に行く?」

 「いや…行きます。僕はカルデアのマスターで、今はこのチームの指揮官なんですから」

 自然に、意識もせずに言う。そう、と頷くエリザベスの表情にまで、トウマは気が回らなかった。

 と。

 「うわっ!?」

 不意に、エリザベスがトウマの肩に手を回した。

 「いや、大丈夫っ」

 「じゃないことくらい、自覚していると思うけど?」すぐ目と鼻の先で、遠坂凛の顔が澄ましたように言った。「時に下々の人間を頼るのも、偉大な人間に必要な度量よ。私が言うんだから間違いないわ」

 エリザベスは、少しだけ得意そうだ。アニメやゲームで見るより一回りは成熟して見える顔立ちに、自然、トウマは首肯を返してしまっていた。身体的疲労、という意味ではそれなりだったが、精神的疲労という意味では、トウマの消耗はいささか甚大だ。自らの手で以て、明確な攻撃の意思を以て攻撃したことなど、彼の16年の人生の中で、初めての出来事だったのだ。そう、慣れたものではない。

 エリザベスに半ば引きずられるようにされながら、トウマは、その磔にされた“猟犬”のもとへと向かった。

 広場の中央に位置するモニュメント、その台座に、“猟犬”は縫い留められていた。

 「これが」

 エリザベスの、独語めいた声。慨歎にも似た呟きの意味は、トウマには判然としなかった。だが、明確なことはある。今目の前で奇妙な色の体液を傷口から噴き出す獣は、確かに、この星に産まれた生き物とは到底思えなかった。

 全体的に、鋭角的な印象を覚える。鋭い頭部に、同じほどに鋭い吻。開いた口からは、だらりと、あの舌が垂れていた。

 トウマは、口元を腕で覆った。えもいわれぬ不快感……悪心にまでなる情動が惹起して、嘔吐感を催しそうだった。名状しがたい冒涜的な感情は置き所がなく、一度、目を瞑って、大きく深呼吸した。なるだけ、獣の体臭を嗅がぬように。

 (まだ生きてる?)

 「呼吸は、してると思う」

 つい、クロの声に、普段通りに応えてしまった。その未熟に対する葛藤をする暇すらなく、トウマは今一度、その獣の様子を見た。

 全身に剣が突き刺さった獣は、素人目にはどう見ても絶命しているように見える。だが、まだこれでも生きているのだ。力無く開いた口は思い出したように上下していて、胸郭も僅かに動いている。畢竟、生きている。

 微かに、獣が顔を擡げた。咄嗟に宝石剣を構えたエリザベスがトウマの前に出たが、杞憂に過ぎなかった。既に、“猟犬”に何ごとかを為す力は、ない。

 はず、だった。

 「タチバナ君、何か言ってる」

 身じろぎもせず、エリザベスは凍り付いたように言った。トウマは、ぎょっとしながらエリザベスの肩越しに“猟犬”を覗き込んだ。

 確かに、口が蠢いている。微かに聞こえる唸り声は、犬や猫、鷲などの禽獣のそれとは、明らかに違うリズムを持っている──。

 「黒き渾沌に気をつけろよ」

 「え?」

 何故か。

 その“猟犬”の声は、明瞭な意味を持ってトウマの鼓膜を刺した。無頼を感じさせる喇叭な言葉だったが、紳士然とした落ち着きが滲む、奇妙な声だった。

 「奴はタタリの原理を使って、受肉するに足る器を得ようとしている。黒き混沌はその一つだ。上級死徒如きでは役不足だろうが、適任では、ある」

 「ちょっと待って、何を」

 「原初の海(ティアマト)が陥落する前に、このロンドンから人理が……クソ、ここまでだ。じゃあな、ガキ臭い英雄さんよ」

 ぐら、と獣の身体がよろけた。直感的に、死亡したのだ、と理解した。先ほどまで微かにだが残っていた身体の緊張が、解けている。呼吸は、もう止まっている。

 「今、何を言っていたかわかったの?」

 「え? そりゃああんなはっきり言ってましたから」

 「ただ呻いているようにしか、聞こえなかったけど」

 「そんな、馬鹿な」

 「でも、変ね。なんだかとても紳士的な声で……ジキル、みたいだった」

 胡乱な様子で言うと、エリザベスは再度、亡骸となった身体に視線を落した。と、不意に何かに気づいたらしいエリザベスは身を屈めると、幾ばくか躊躇してから、獣の腹、射出された宝剣に裂かれた腹に剣を掻き入れた。

 そのまま、中身を剣で引き摺り出した。ぼろぼろ、と臓物が零れ落ちる。それなりに人体構造を理解しているトウマだったが、一体全体わけのわからない臓器がもりもりと零れだしていく。いよいよこの生物が異星起源種なのだ、という事実を目の当たりにしたようで、トウマはどうしようもない怖気を感じざるを得なかった。

 型月の世界では、あまり、地球外の生命体については触れていない。どちらかというと過去の伝承を取り扱った作品がメインだからだ。

 だが、皆無というわけではない。少数だが、地球外の生命であることを示唆する存在者はいるし、作品によってはそれを主題に扱ったものも、無いわけでもない。

 例えばそう。南米に鎮座する、窮極の最強種の、ような。

 ぞわ、と発した怖気は、先ほどの比ではなかった。そんな化け物のようなものが出てきてしまったら、どうやって勝てば、いいんだ? いくらライネスやリツカが用兵の妙を誇ろうとも、あんなものが出てきてしまったら、到底勝ち目など。

 「読めないわね。これ、読める?」

 エリザベスの声で現実に引き戻されると、トウマは、彼女が指で示す先を見た。

 黒い本に、金の縁取りがされている。悪趣味極まりなかったが、何せトウマは、それを見た瞬間、気絶しかけた。頭の中、脳みそに妖蛆が湧き、全身を食い尽くしていくような感覚が惹起した。

だというのに、トウマの意思とはまるで関わりなく、彼の眼球はその本を注視していた。磁石に吸いつけられる鉄のような強引さで蠢いた外眼筋に抑えつけられた眼球、その水晶体に飛び込み網膜に像を結び視神経を伝って後頭葉まで駆け巡り、その、形を戦きを以て伝えた。

 意味不明の幾何学模様を重ね合わせた、不気味な文字だった。均整がとれているにも関わらず、非ユークリッド幾何学的な湾曲を持った何か。本当に文字なのかすらも不明だった。見ているだけで胸がむかむかしてくるし頭がおかしくなりそうだった。できればさっさと視界から外して、可能ならどこかへぶん投げたくなってしまうほどだったが、とてもできなかった。全身が、強張っていた。額から滲んだ脂汗が眼球を濡らしているにも関わらず、ぴくりとも動けなかった。

 何より、気が狂いそうになったのは、何故かその言葉が読めた、ことだった。それなりに語学勉強をしているトウマだったけれど、一切そんな文字のことなど知らなかったのに。

ずきんずきん、と軋むほどの頭痛の中、読み取れた言葉は、こんなものだった。

 

『嵐の王、ワイルドハントについて』

 

 「何かしら、読めないわね」

 エリザベスの声で、不意に、硬直は解けた。得体の知れない疲労感が全身の毛穴から噴き出すようだったが、なんとか足を踏ん張った。踏ん張ったけれど耐えられず、トウマは、よろけるようにエリザベスの背に寄り掛かった。

 「大丈夫……って顔真っ青じゃない!」

 「大丈夫じゃないっぽいですけど、なんとか」身を翻したエリザベスに抱き留められながら、トウマは、なんとか声を絞り出した。「なんかその本を見てたら気分が悪くなって」

 「暗示? でもそんな兆候は」

 言って、エリザベスは表情を険しくした。身分卑しければ、そこで舌打ちの一つも出たところだ。宝石剣で臓物をかき集めて本を埋めると、彼女は「厄介ね」と忌々し気に呻いた。

 (リン、どうしたの?)

 「話すとややこしいんだけど、猟犬”の遺物に暗示の作用があったみたい。それ以上の作用はないから、今は大丈夫」

 (了解)

 無線の声が、酷く遠い。遠いながら、クロの声に微かな焦燥が滲んでいたのは感じれた。また心配をかけてしまった、と漠と思いながら、トウマはふらふらと立ち上がった。

 「まだいいのに」浅い呼吸を繰り返すトウマに、エリザベスは険しい顔のままながらも、肩を落とした。「男の子よね、あなたも」

 「コマンドポスト、こちらBS03」

 ぐしゃぐしゃ、とトウマの髪を掻きまわしながら、エリザベスが無線を啓いた。コールからして、ライネスと、クロへだろう。

 「トウマはここで休ませるわ、2人で“ジョーカー”の援護に行ってもらっていいかしら。まだ向こうと連絡が取れてないってことは、そういう……」

 エリザベスの声が、途切れた。へなへなと座り込んだトウマは、ただ力無く、彼女の表情の機微を眺めることしか出来なかった。

 平静から緊張へ。そうして焦燥に。表情筋の動きはとても僅かだったけれど、その変化は、たちまちに理解できた。

 「アリス、が?」

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