fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
(SS02、攻撃評価!)
ライネスの声が、冷たく耳朶を打つ。冷厳なまでの口ぶりは、状況の変転の中 、冷静に務めようとする意志の強さの現れだったろう。
「どう思う、アレ」
言われたクロもなるだけ平静を装うと、気楽そうに言う。隣に並ぶエリザベスも同じ認識で、「見た通りでしょ」と半ばヤケクソ気味に応えた。「ノーダメよ」
ロンドン橋上、相対距離150m。サーヴァント戦なら、至近距離と言う近さだ。橋の上には、野犬めいた魔獣が無数に溢れかえっていた。BDUの震度センサーでは、ざっと100。正確には、センサーの捕捉限界値である100を振り切っている。その群れの中、ぽっかり空いた空間の中に、それは立っていた。
金色の髪に、ひょこりと2本、触覚めいた髪が立っている。人間の形をしているが、およそ人間などではない。いや、その人型が人型を取っていることに、人間は尊厳を感じ取るであろう。そして、人間などと言うものに、尊厳と言う言葉で言い表そうとする何がしかなど備わっていない、という事実をも。
「で。“真祖”、ってなんなわけ? 吸血鬼?」
(吸血鬼、という言語表現が果たしてあっているのかどうか。吸血鬼にはおおよそ2者あり、真祖と呼ばれる生まれながら真性の吸血鬼と、死徒と呼ばれる後天的な吸血鬼だ。そして真祖は、星の意思そのものの代行者、星の触覚……神などよりも、遥かに上位の存在というのだけは確かだね)
「要するに、ヤバイ奴、ってことよ」
言語的な定義で、クロとエリザベスは、改めて目の前の存在を、認識した。いや、元より強大な敵であることは実感している。なにせ、カラドボルグの真名解放が直撃したというのに全くの無傷だ。防御的な宝具なり、魔術なりを使った様子もない。ただ払いのけるように腕を振っただけで、真名解放したカラドボルグを叩き落したのだ。
それだけ偉大で強大な存在だというのに、出で立ちだけはとても人間臭い。白いニットのカットソーにダークヴァイオレットのロングスカート、という風采。豪奢なドレスとかではないんだな、と何故かそんなことを思った。
(それにもう1人。あの黒いノッポ野郎。アイツ、死徒だ。しかも上級死徒。教会から供与されたデータの中に該当する人物がいる)
「“獣王の巣”……なんか、データと顔が違わない?」
「整形でもしたのでしょう。良い趣味じゃないですけど」
「顔が判別できなくなってるんだけど」
そのやたら庶民的な背格好の真祖の背後に佇む、こちらも黒い人型。上級死徒、程度ならサーヴァントで十分に対処し得るし、事実その姿から感じるプレッシャーは死徒ほどではない。
だが、何か変。
クロは、漠然と、その死徒に妙な感覚を抱いていた。
「同郷か。それに───これは懐かしい」
──直観的に理解する。あの死徒も、同じ感慨を抱いている。無遠慮な視線は、間違いなくクロの姿を、興味深げに捉えている。
もっと言うならば、あの死徒は、クロを、何がしか獲物だと認識している。そういう眼差しだった。
「そこの女はくれてやる。あの小娘、喰らわせてもらう」
「ホンット、悪趣味。だけど」
ぎょろ、と赤い目が捉えたのは、同じく紅の礼装に身を包んだエリザベスだった。否、彼女本人を認識したわけではない。正確には、その手に握られた宝石剣に。
「
身を屈めてからの猪突は、ただただ迅かった。
100mの相対距離など、あってないようなもの。瞬きの間に近接格闘戦領域を侵入するなり、ただ、その人型は腕を振るった。腕を振るう、というそれだけの動作に過ぎなかったが、魔術的存在であれば、それだけで致命傷だった。およそ神秘という点で、星の触覚たる“真祖”に比肩するものはいない。英霊の宝具如き、紙切れでも裂くように両断しよう。
が。
振るわれたその剛爪を、迎撃するように振り下ろす。エリザベスの宝石剣は零れることすらなく、その致命傷を弾き返した。
「神経を苛立たせる!」
だが、さりとて当然、互角などではありはしない。再度、掬い上げるように振り抜かれた爪の一撃を再度迎撃したところで、あっさりとエリザベスの体躯が宙に投げ出された。
「さっさと喰らえ。さすれば貴様のその身体でも、十分真性受肉できようが!」
「結構。そちらの邪魔はせぬさ」
黒い、津波だった。3桁を超える魔獣が一挙に押し寄せる様は、どう見ても災害としか認識し得なかった。
既に剣は投影していた。英霊ディルムッド・オディナが振るったベガルタに、ローランの聖剣デュランダル。ともに長期戦に特化した剣を携える。
津波の突端が相対距離30まで迫る。身体を沈み込ませて猪突の気勢を取った瞬間、横殴りの突風が獣の群れを千切り飛ばした。群れの中団、およそ20の野犬が風に切り裂かれながら橋から投げだされ、残存ずる野犬の先頭集団がワンテンポ遅れて血煙に刻まれていく。あ、と思う間もなくクロの隣に滑り込んだ黒いローブが、一瞥を投げ寄越した。
──あの、黒いローブの剣士。不可視の剣が、右手で揺れている。
「援護します」清澄、という声だった。「私たちは敵同士だが、こちらもアレは放っておけない。あれは、私たちにとっても邪魔になる」
クロは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。「同盟を結ぼう、ってわけ」
「ええ。まずは接近戦で撤退の隙を作りましょう……!」
※
ロンドン橋より南西6km地点
裏路地にて
(こちらSS02、バンデッド・インレンジ。あのセイバーが一時的に共闘してくれるって!)
「は? いや、いい。了解した。正直助かるな。視覚共有そのまま、接近戦で攪乱しながら戦域離脱のタイミングを計ってくれ」
司馬懿ことライネス・エルメロイ・アーチゾルテは、はあ、と大きく息を吐き、己の非力さに苛立ちを感じていた。
サーヴァント、とは言え、いわゆる文人系のサーヴァントの戦闘能力は得てして並の人間と変わらない。ライネスもその一人で、多分、自分があの戦地に飛び込んだとて、あの野犬に捕食されるのがオチだ。要するに、自分が戦場に行く価値はない。
指揮官、というのは、こういう時に辛い。特に後方で俯瞰的な立場であれば、指揮官は自らの無能をまざまざと見せつけられるものだ。アリスを助けるために戦場に介入したが、果たしてこの選択は正しかったか。撤退の機会が出来次第撤退する、と強弁したクロやエリザベスに押し切られるように送り出してしまったが、もっと止めるべきだったか。トウマに令呪を使わせてでも、止めるべきだったのか。既に考えても詮のないこと、と理解して既に思考の隅に追いやっていたが、思考の隅では、未だに僅かに燻っている。
リツカたちとも連絡が取れない。彼女なら大丈夫だろう、という安心もあったが───。
《いや、その判断は正しいかと思います。彼女なら大丈夫でしょう》
鼓膜の奥で、声が触れる。声質は自分の物だが、その調子は幾ばくか異なる。もっと硬質で、もっと知性に富んだ声だ。
《向こうは何が出てきても問題ないでしょう。それより、こちらに戦力を集中させる方が重要です》
《って言ったってね》
《知力は武力に時に勝る。それを信じましょう》
《すまない、ありがとう》
《構いませんよ、
司馬懿は素っ気なく言うと、さっさと内面の奥に引っ込んでいく。半身を共有しているというのに、未だに司馬懿のことはよくわからない。よくわからないが、多分、良い奴だ、と思う。
さて、とライネスは一度、頭を振った。もう一度大きく息を吐くと、ぱすん、と霊子展開されたBDUの大腿部圧迫注射が作動した。
視野投影上に、複数のウィンドウを立ち上げる。エリザベスとクロ、そしてトウマの視覚共有映像を各々表示する。
じり、と眼球が赤熱化するのを感じる。碌に役に立たない魔眼でも、無いよりはマシだ。
「さてさて、星の触覚様にどこまで通用したものか」