fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅵ-6

 (次、デカいの来るぞ!)

 声が、脳みその視覚野に直接反響する。ワンテンポ遅れて背後に跳んだ“真祖”が腕を振り上げるなり、超高密度のマナが腕に纏わりつく。あまりのエネルギー量に空間が歪むほどのそれに、エリザベスは咄嗟、宝具を偏向させる。

 自身の身体強化に廻していた魔力を刀身へ。宝剣が励起し光子を放出するなり、薙ぎ払うように宝石剣を振るった。

 “真祖”が腕を振り下ろす。赤黒い魔力がさながら斬撃のように投射され、迎撃するように宝石剣から放射された光の断層が阻むように迎撃する。激突の瞬間に位相差のある魔力同士が干渉し合い、スパーク光を迸らせながら霧散していく。削り切れなかった赤黒い斬撃が襲い掛かったが、既に脅威でもなんでもない。咄嗟に飛び込んできた野犬の首根っこを鷲掴みにするなり斬撃にぶん投げると、魔力に激突した体躯がぐちゃりと肉味噌に成り果てた。

 (次、あの鎖が来るぞ!)

 「オッケー、じゃあ気にせず行くわ!」

 背後に跳んだ“真祖”が着地するなり、地面を突き破った無数の鎖が立ち上がる。エリザベスに殺到するはずだった鎖だが、貫いたのは、ただ群れていた野犬の肉体だけだった。ぎゃあ、と周囲で迸る悲鳴には一切気にも留めず、当てが外れたようにのたうつ無数の鎖には一瞥もくれず、魔力放出で一挙に“真祖”の近接格闘戦領域を侵犯した。

 舌を打った人型が、さらに背後に飛び退く。後退の気勢を瞬時に悟り、合わせるようにエリザベスは猪突の勢いを足で殺した。

 一気に0になる運動エネルギー。ぐら、と視線がゆらぐのも構わず、宝石剣を縦に振り抜いた。

 「遅い!」

 再度、迸る閃光。光そのものに変換されたマナの斬撃は、過たずの精緻さで“真祖”の左腕を捉えた。

 ぎゃっ、と小さい子供じみた悲鳴があがる。エリザベスの視界の先、人型をしていた“真祖”が2つに分かれた。身体と、左腕。そのまま錐揉みした身体が地面に転がり、残った左腕も近くに墜落した。

 (リン!)

 「わかってるわ!」

 その場、エリザベスは地面を踏み込んだ。運動エネルギーは背後の橋の上。“真祖”との相対距離を離しながら、着地と同時、足元に居た野犬の頭蓋を踏み砕いた。

 「あら、ごめんあそばせ」

 ごり、と脳髄を踏みしめながら、襲い掛かってきた野犬2頭を叩き切り、たちまち野犬との乱戦に巻き込まれながら、意識だけはあの敵に向けていた。

 (そう、それでいい。接近戦で攪乱しながら、離脱のチャンスを探るんだ)

 「はいはい。それにしても、案外なんとかなってるわね」

 よろよろと立ち上がる“真祖”の姿に、エリザベスは何か、異様なものを感じていた。

 なんとか戦えている。そう、なんとかなっているのだ。サーヴァントですら倒せない敵。そう目されていたはずの敵だが、思いのほか互角という事実は、彼女にとって予想外だった。

 嬉しい誤算と言えばそう。だが、原因不明の好機を素朴に喜べるほど、エリザベスは楽天家でもなければ愚かでもない。自分が互角であることには何らかの理由があり、それを活用しさえすれば、優位を取れる可能性がある、というわけだ。だが、その理由がなくなれば、たちまちに縊り殺されるとも同義の綱渡り、でもある。

 (どうやら、互角である理由の1つに、その宝剣があるのは確からしいね)

 ぎろりと凄絶に睨みつける“真祖”の紅い目。気圧されるようにたじろぎつつ、エリザベスは首肯する。

 Aランクの宝具の直撃を無傷で切り抜ける、超高濃度の神秘で構成されるあの身体。その身体を、この剣はごく当たり前のように切り裂いているのだ。最も、いくら切っても切っても再生するのだから、手に負えないのだが。

 (宝石翁と真祖の間に、何か関係性があるということなのか?)

 独り言めいた呟きを漏らしてから、ライネスは加えた。(だが、それだけじゃない)

 (多分だが。あの“真祖”、何がしかの理由で全力は出せていない。君のスペックのぎりぎりの数値で戦っている)

 「舐めプってわけじゃあなさそうね」

 左腕の切り口を、右肩の切断面に擦り付ける。途端に左腕を再生させた“真祖”の姿に辟易と顔を顰めたエリザベスは、「それが、あいつを倒す手段、ってわけね」

 「いいわ。このまま互角に戦い続けても、物量で押されるし。アイツ、HPとスタミナお化けよ」

 (うん、それを踏まえてのことだ。詳細は──)

 

 ※

 

 「イリヤスフィール、後ろだ(チェック・シックス)!」

 黒い影が跳ぶ。正面から飛び掛かる妙な形状の獣の頭を踏み砕き、セイバーは一挙に距離を詰める。さらに一頭、進路上で当てもなく佇んでいた野犬を踏み殺し、【魔力放出】で以てロケットモーターさながらに運動エネルギーを捻じ曲げる。全身に伸し掛かるプラスGを噛みしめ、接近しなにその敵の頭部めがけて不可視の剣を叩きつけた。

 叩き切る、という動作の強引さだったにも関わらず、その太刀筋の鮮やかさは目を見張る。横から襲撃された野犬は、恐らく傷みすら覚えなかっただろう。脊椎ごと、チーズでもスライスするように首を落とされた体躯は、朽木が音もなく崩れるように倒れていった。

 着地と同時に、返す刃を放つために剣を握りこむ。ランディングのタイミングを狙ったように襲ってくる敵がいることは察知している。前後に3、側背から2。咄嗟に迎撃手段を理解し、剣に纏う超高密度の大気そのものを解放しかけ──。

 「カバー!」

 咄嗟、前に踏み込む。背後を振り返る必要はない、と判断を上書きし、踏み込んだ足をカタパルトにして猪突した。

 掬い上げるように一閃。一頭を両断し、返す刃でさらに一頭の頭蓋をかち割る。最後の一頭の突進を寸で躱すなり、首根っこめがけて柄を叩き込んだ。

 ごり、という脊椎の破砕音が、手首に伝わる。地面に激突する瀕死の敵には一瞥もくれずに剣を構え直すと、軽い振動が背を打った。

 「ありがと」

 「余計な世話でした。こちらこそ」

 振り返りもせずに言う。背中合わせにした味方の顔を見る必要などない。間違いなく、彼女は背後の敵を倒したのだろう。

 「しかし、こう敵が多いと困るわね。撤退のタイミングも掴めない」

 軽口のように、彼女が言う。周りをぐるりと囲う爛々とした目は、全く数が減っているようにも見えなかった。

 だが、彼女の声にあぁ、と硬い声で応えたセイバーの思考は、別なところにあった。

 背後の味方。彼女の顔立ちは、どう見ても見覚えがある。その背格好にも、見覚えがある。だがその既視感は、それぞれ別のものだ。()()()()()()()()()()()()()

 この世界の量子情報が、重くなりすぎている──というより、他の主幹を飲み込み始めている。マスターの顔を思い浮かべたセイバーは、余計な思考を振り落とすように、小さく首を振った。

 「セイバー、ここを突破する方法、何かある?」

 「いや」咄嗟、彼女の声に応えられた。「無いことは無いが、使う訳にはいかない」

 「そうね。あなたの剣は、簡単には使えないものね。それに、密集戦闘に向いていない」

 探るように、それでいて愉快そうに、彼女の声が耳朶を打つ。セイバーは、身動ぎの微かな動きだけで、肯定の意を伝えることしかできなかった。

 彼女は、多分自分の正体をもう見抜いている。真名と宝具、そのどちらもだ。彼女があの錬鉄の英霊の……そして、“彼”と同類の魔術を使うならば、それは当然の帰結だ。

 「そちらは」

 「あるわ。そっちにプロジェクションする、対魔力下げられる?」

 これに、セイバーは肯じた。セイバー自身が自分の都合で動かざるを得ない、せめてもの譲歩だった。最も彼女がそんな負い目を感じる必要はないのだが、彼女の生真面目さがそれを許さなかった。

 一瞬、背中合わせにしたアーチャーの手が、自分の手に触れる。同時、脳の視覚野に直接映像を浮かび上がらせるように、イメージが閃いた。

 「簡単に言って、二重の陽動をしかけるってことね」

 彼女の言う通り、頭の中に閃いたイメージの基本骨子は、“陽動”だ。

 セイバーは気づかなかったが、無造作に動いているように見えて、魔獣の動きにはある程度の規則性がある。基本的に、魔獣たちの狙いはアーチャーだ。目的は判然としないが、この際目的はどうでもいい。

 アーチャーを狙う集団に対し、それとは別に動く集団がある。それが、あの“死徒”の周囲を固める集団だ。おそらく、あの“死徒”の直掩と見るべきだろう。その前提の上で、まずセイバーとアーチャーで2手に分かれながら後退。敵戦闘集団がアーチャーに誘引されたところでセイバーが敵集団の手薄になった箇所から“死徒”に突撃。直掩部隊を引き剥がすと同時に、空間転移で“死徒”のクロスレンジにジャンプし、宝具で致命傷を与える。その後敵集団の混乱に乗じて撤退、あの凛の姿をしたキャスターと3騎で“真祖”を強襲、可能な限り撃破ないし足止めを行い、最終的には3騎で戦域離脱を行う。それが作戦概要だ。

 「ライネスとリンにも許可は取った。向こうもうまく行けば“真祖”を倒せる、って」

 「凄いですね」

 思わず、と声を漏らした。

 サーヴァントが、“真祖”を倒す。それがどれほどの偉業なのか、セイバーには押して測ることしかできない。凛……否、エリザベス女王のステータスは優れているが、だからと言って、本質的により上位の神秘には敵わないのが常識だ。厄介な敵、と認識を新たにする。かつてのマスターの表情が脳裏を過り、再度、あの言葉を思い出していた。

 最弱こそ、最強に至る道程。かつてのマスターの顔と、あの時対話を臨んだ黒髪の少年マスターの姿が重なり、セイバーは、フードの奥で小さく微笑を洩らした。

 「承知した。援護は?」

 「大丈夫、負けない戦いくらいはできるわ。精々、苦し気に戦ってやりましょうか」

 ぐん、と跳ねる2騎。それが合図とばかりに襲い掛かる、100を超える魔獣の大群。背後から迫る野犬の小集団を剣で薙ぎ払いながら、セイバーは、自分からじわじわと離れるアーチャーの姿を視界に捉えた。

 3桁を超える猛犬に迫られながら、彼女の戦いぶりは劣勢に“見える”。手にしているのは、ローランの剣デュランダルとあのディルムッドの剣、ベガルタ。どちらも長期戦に向く宝具だが、派手さにはどうしても欠ける剣だ。その2振りで以て野犬の群れに責め立てられる様は、どう見てもジリ貧といった様子だ。

 「さて。では、私も名演技をしましょうか」

 軽口のように声を漏らしながら、セイバーは野犬の津波に飲まれていった。




昨日投稿の予定でしたが、少々度忘れしてしまいました。
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