fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
(膨大な魔力を感知―――宝具だ!)
ロマニの声が耳朶を打ったのは、破壊されたラ・シャリテの正門を抜け、街へと踏み込んだ瞬間だった。
烈風が渦を巻いた。風の一つ一つがサーヴァントすらをも切り裂く窮奇の奔騰。思わずマシュとジャンヌすら風へと飛び込むのに躊躇を覚える風が巻き起こった直後、甲高い金属音が弾けた。
途端、風が止んだ。鋭く切りつけるような風が凪いでいく。最後に吹いた掠れたような風に乗って、何かが飛んできた。
がちゃん、と音を立てて、それが石畳に転がった。
捻じれた、剣。ともすれば矢のように見える捻じれた剣だった。
「クロの宝具だ」
『
そして、さらに付言するならば。
ここにこうして『
ぐん、と身体にかかる風が強くなった。抱きかかえるジャンヌが、さらに強く、踏み込んだのだ。
「先行します!」
マシュとリツカを背後に、ジャンヌが駆ける。見上げる表情は硬く、額に滲む冷や汗が、風に飛ばされていく。
ジャンヌはそのまま正面の通りを駆け抜け、路地へと滑り込む。さらに路地を一直線に駆け抜けた先、視界が、開けた。
広場、だった。尖塔を突き立てた教会の前に開けた、広場。
その広場を舞台に、2つの影が交錯していた。
どちらも赤影。方や双剣を構えた小柄な少女、方や槍らしき得物を構えた赤髪の少女が、互いに武具を叩き付け、互いの首を狙っていた。
「あれは―――」
トウマは、片方のサーヴァントに目をくぎ付けにされた。
クロが黒白の双剣で戦う相手。血のように赤い髪に、捻じれた角。嗜虐的な微笑に顔を歪めながら槍を振るう姿は、彼に見覚えのあるサーヴァントだった。
「行きます、トーマはこちらへ」
トウマをそっと地面におろすと、ジャンヌは旗を一振りに猪突した。
サーヴァントが槍を薙ぎ払う。双剣の破壊とともに背後に吹き飛ばされたクロへと追撃をかけるサーヴァントの間に割って入るなり、ジャンヌはその旗を振りぬいた。
凄絶な笑みが、走る。爬虫類じみた笑みを一つ、不意に乱入したジャンヌの旗を、彼女は易々と掴み取った。
「何かしら、このヤワな攻撃?」
ジャンヌに、絶句の表情が浮かぶ。如何に能力が劣化しているとはいえ、ジャンヌの渾身の一撃を、あのサーヴァントは、ただ素手で受け止めたのだ。
「サルのサイリウムより冷めてるわ!」
ぐん、と痩せぎすの体躯が身をよじる。片手で旗ごとジャンヌを持ち上げるなり、そのまま石畳へと叩き付けた。
痩躯が槍を掲げる。地面に叩きつけられたジャンヌの背めがけ、容赦なく穂先を振り下ろす―――!
「―――こっちよカナヘビ女!」
瞬間、サーヴァントは穂先の軌道を変えた。
宙を薙ぐマイクスタンドじみた槍。虚空を裂くはずだった槍の一撃は、殺到した矢数本を叩き落した。
「はぁ―――ホント、小うるさいネズミね? それともカラスかしら? 羽根みたいだもんね、そのダッサいマント」
赤髪のサーヴァントが、槍を肩に担ぐ。爬虫類じみた鋭い視線の先には、黒い洋弓を構えたクロの姿があった。
間違いない。あの容姿に、あの傲岸な性格。あのサーヴァントは―――。
「エリザベート・バートリー―――」
思わず、トウマは口にした。
エリザベート・バートリー。Fate/ExtraCCCに登場した、ランサーのサーヴァントだ。いや、細部が違うから、別側面での召喚だろうか―――それでも、彼女であることは、間違いない。
感動より畏怖が、顔を覗かせる。当然だ、エリザベート・バートリーは真っ当な英霊ではない。その残虐性は、殊CCC序盤において、余すところなく披歴されている―――。
「誰かしら、私の名前を不躾に呼びつけるブタは?」
ぎょろり、と青い目がトウマを据え付ける。感情を感じさせないのに残忍さだけがあふれ出した鋭い目は、蛇の目を想起させた。
が。
「あら、どんな不細工かと思えば。案外可愛らしい小ブタじゃない?」
ハッと目が見開くなり、エリザベートは目を細くした。玩具を見つけた童子のような無邪気な視線が、這いずるようにトウマを舐めた。
え。ナニコレ?
「ひ弱そうだけどそれが良いわ。ムキってしてるのは、趣味じゃないし」
奇妙な爪で、頬を撫でる。凄惨なまでに愛くるしく顔を歪めたエリザべートが、軽やかに、踏み込んだ。
エリザベートの姿が消えた。と思った瞬間、影が落ちた。
瞠目する。トウマの目と鼻の先に、翼を広げた華奢な体躯があった。
「かわいい顔ね、アタシ好みのいい顔だわ―――!?」
槍を構えるなり、エリザベートの体躯が宙で舞う。背後から迫った矢を打ち上げ、続けざまに潜り込むように急襲した赤影へと槍を振り下ろした。
挟むように左右から迫る双剣を、ただの一薙ぎで弾き飛ばす。だがそれすら意に介さず、クロは別な武装を投影した。
赤い、槍。倦んだ血のような色の呪槍ゲイ・ボルグ。穿てば必ず心臓を貫く槍の穂先が、エリザベートを捕捉した。
「『
槍の切っ先が放たれるその瞬間、エリザベートの身体が跳ね飛ぶように飛翔した。空間転移もかくやといった跳躍でもって、瞬きの間にゲイ・ボルグのレンジを引き剥がした。
如何な因果逆転の槍と言えども、そもそも槍の攻撃範囲の外には攻撃しようもない。槍が刺さる、という結果が生じる余地が無ければ、逆転すべき因果すら存在しない。
あるいは、本来の担い手であるクー・フーリンの速度ならば、その敏捷だけで敵を攻撃範囲内に捕捉することだろう。だが、クロの敏捷はクー・フーリンのそれと比べれば低い。
だが―――解せない。クロの敏捷はB。対して、エリザベートの敏捷は、Eのはず。単純な敏捷値であれば、間違いなくクロは彼女を追いきれた。
エリザベートは、宙を舞っている。まるで古い絵本で魔女が箒の上に乗って飛ぶように、槍に腰かけたまま、不快そうな視線を落としていた。
別クラスでの召喚、ということだろうか。だがそれにしては、彼女の姿は、CCCで見たランサーのそれだ。キャスター、というようには見えない。
明瞭に見て取れる差異は、あの背中の翼だ。宝具の際に展開していたはずのあの竜の翼を、今の彼女は常時展開し、自由に空を飛び回っている。
何か、ブーストがかかっている―――ということだろうか。色の無い睥睨の蔑視は、狂気的にも、あるいは彼女の自然な振舞にも見えた。
クロは、ゲイ・ボルグを破棄した。恐らく、あのエリザベートを相手にゲイ・ボルグはその利点を活かしきれない―――との判断、だった。
「ネズミが一匹、子ブタが一匹。それから―――」
エリザベートの視線が、ジャンヌを捉える。よろよろと立ち上がりながら、強い意志のこもった目で見返したジャンヌを見―――エリザベートは、表情を固まらせた。
だが、僅か、1秒にも満たないの表情の変化だった。すぐに興味を失った彼女は、「雑魚1匹」とにべもなく吐き捨てた。
「それと、モブが2つ」
クロは、興味なさげに、遠くへ視線を投げた。
「皆さん、ご無事でしたか!?」
息一つ切らさず、マシュが盾を構える。クロの前に立つように盾を構えると、マシュは宙に浮くエリザベートを、真正面から見据えた。
「エリザベート・バートリー―――ランサー、かな」
音も無く、リツカがトウマの隣に立つ。エリザベートを見据える視線は険しい。その目は、あれが難敵である、と判断しているようだった。
「サーヴァントが3体、ね」
エリザベートは、つまらなそうに嘆息を吐いた。
「数的優位はこちらにあります。クロさんが射撃で牽制しつつジャンヌさんと私で戦えば、勝てるのではないでしょうか。あのサーヴァントも、戦意を失っているように見えます」
「あなた、莫迦ね。頭に脂肪が詰まっているのかしら? それとも胸にしか栄養が行ってないの?」
「な―――」
「アタシはサーヴァント。単純な数的優位だけでサーヴァントとの戦いは推し量れないこともわからないなんて、本当にサーヴァントなのかしら。それとも、聖杯戦争に呼ばれたことすらないドマイナーな英霊? ま、どっちにしろ、アナタも雑魚ね」
ふん、とエリザベートが驕慢に鼻を鳴らす。マシュはただたじろぐように一歩後ずさり、睨むように怖気た目を向けた。
「それに、数でも、こっちの優位なのよ」
吐き捨てるように、エリザベートは口にした。それが意味するとことは明瞭だ、即ち―――。
(待った、サーヴァントの反応だ! 数は―――4騎!?)
ぞわりと、怖気が背筋を駆けた。
4騎のサーヴァントが向かっている。エリザベートと合わせれば、総数5騎。対してこちらの戦力は、3騎。ジャンヌが十全の力を発揮出来るならあるいは対抗出来得るかもしれないが、彼女は、今現在、戦闘単位として数えられない。
「撤退しよう、いくらなんでも5騎は勝てない!」
「ですが―――!」
(ダメだ―――もう間に合わない、直上だ!)
※
―――それは、息を飲む光景だった。
あるいは、荘厳とすら呼べるのかもしれない。
鎧を装着した赤褐色の飛竜。4頭の竜の内、双角を掲げた赤銅色の飛竜の背に、彼女は、居た。
黒い外套を纏った、銀の髪の女。死蝋のような肌に生気の無いヘーゼルの瞳には、一かけらほどの感情すらも宿っていないように見えた。
そして、何よりその見た目は。
ジャンヌ・ダルクのそれと、瓜二つだった。
「昨日、黒いジャンヌとか言ってたわよね。トーマ。預言者か何か?」
クロが言う。揶揄するような皮肉っぽい口調とは裏腹に、上空のその黒衣の聖女を見上げる目には、明確な畏怖が象られていた。
魔術師としては半人前以前の素人である自分でも、感知できる。
あのジャンヌ・ダルクの強さは、桁外れだ。エリザベートも強力なサーヴァントだが、あれはそれ以上の何かだ。
そして、直観する。あの黒衣のジャンヌ・ダルクこそ、この特異点の元凶なのだ、とどうしようもなく直観させられた。
黒いジャンヌが、騎竜から舞い降りる。上空20mから易々と降り立つと、黒衣のジャンヌは、その冷たい蔑視を振りまいた。
「聖女サマ直々なんて聞いてないわよ? いっつも穴倉でおすまし顔をしているだけかと思ったけれど?」
エリザベートがジャンヌ・ダルクの脇に降り立つ。翼を畳んだ彼女は、心底厭そうな顔でジャンヌに一瞥をくれた。
「減らず口は相変わらずのようですね、バートリ・エルジェーベト。よく回る口と同じくらい、手際よく仕事がお出来になるとよろしいのですが」
「何よ、ラ・シャリテももう人っ子一人いやしないわ」
「趣味に興じるのは結構、ですがもっとスピーディにこなしなさい。この程度の街、貴女なら1日と立たずに殲滅できたと思いますが」
ぴしゃりと、ジャンヌ・ダルクがはねつける。舌打ちのように顔を渋くしたエリザベートは、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「そして―――貴方がた、ですか」
黒いジャンヌが、色の無い目を向ける。生物の肌触りの無い、無機質な目。どこか虚ろな亡霊にも思える目が、どす黒く、もう一人のジャンヌを見据えた。
「どんなドブネズミが湧いたのかと思いましたが―――まぁ、なんてちいちゃなクソネズミなんでしょうね」
屍色の顔が歪む。その感情の迸りは、嗤っているというよりは、憤怒に狂っているようにすら見えた。
「こんなちっぽけな小娘如きに救われた国なんて、本当にくだらない国だったのね。ネズミの国の方がまだ夢見がちなだけマトモよ」
「貴女は―――貴女は、誰ですか!?」
黒いジャンヌは、小さく鳴くような悲鳴に侮蔑の如き視線を投げた。ただの一睨みだけで生物を呪い殺すほどの視線にさらされながら、しかしジャンヌは、凛然とした面持ちを変えなかった。
「ジャンヌ・ダルク。真なる救いのために蘇った、護国の聖女ですよ。もう一人の
「救い―――この破壊が救いであると? 民草を殺し、故郷を打ち砕くこの所業のどこに救いがあると言うのか!? 申してみよ、黒き魔女!」
糺すようなジャンヌの声は、わけも無く畏敬を惹起させる朗々とした声だ。17歳の少女の声では無い。確かにその声は軍を率いた、猛き荒武者の声そのものだった。
清廉な者には畏敬を、罪深きものには疚しさを喚起せずにはおかないその声を真正面から受け止めながら、しかし、あの黒衣のジャンヌは、身動ぎすらせずに、微笑だけを浮かべた。
「威勢だけは良いことですね。ですが、確かにこの破滅は救いそのもの。人間の権勢だけが高まり、神の声を蔑ろにしたはじめの国。それがこのフランス、という国の真実です。天上におわしますいと高き方を裏切り、善き儕輩にすら唾を吐く人間という種に、最早存続の価値はありません。
故に、私はこの国を滅ぼし、人の世に終わりを捧げましょう。人という種を絶滅させ、主の嘆きを代行する。それこそ唯一の救いの形です」
さらりと、ジャンヌ・ダルクは口にする。表情の起伏は乏しく、まるで舞台の台本をそのまま読んでいるかのような素振りは、かえって、不気味だった。
人の絶滅による救い。整合的な論理矛盾の言説は、否が応もなく、あの黒い聖杯を想起させる。
黒く反転した聖女。その姿は、まさしく、ジャンヌ・ダルクの
「反論を聞く必要はありません。私は貴女と討論するためにここに訪れたわけではありません」
何か言いかけたジャンヌを、もう一人のジャンヌははねつける様に吐き捨てた。
「正しい私の姿に何か感慨があると期待しましたが―――些細な感傷でした。ジャンヌ・ダルク、貴女は私の召喚に伴って現れただけの付属品。言ってみれば、ただの残り滓です」
黒いジャンヌが手をかざす。それを合図に、上空で滞空していた騎竜4匹が滑るように地面に降り立った。
その騎竜の背から、サーヴァントが軽やかに降り立つ。
一人、凶つ対の角を生やした、人外の剣士。
そして、もう一人―――あれ、は。
あの和装の剣士は。異様に長い、物干し竿のような刀を持った長髪の剣士、あれは、まさか。
「佐々木小次郎、酒呑童子、そしてエリザベート。そこな田舎娘どもを始末なさい。これまで戦ってきたサーヴァントどもに比べれば歯ごたえは無いでしょうが、肩慣らしにはちょうどいいでしょう? 一人残らず、平らげよ」
黒いジャンヌはそれだけ言い残すと、既に興味を失ったように、近くの壁へと寄り掛かった。
戦う気は無い。ただ殺戮を傍観するために、彼女は力なくそこに居た。
「だから厭だったのよ―――せっかく楽しもうって思ってたのに」
エリザベートは、つまらなそうに頬を膨らませた。やる気が無いのに呼応しているのか、尻尾と翼が、だらりと地面に垂れた。
「そう言うな、ランサー。酒の肴はみなで分かち合うものであろう?」
「せやねぇ、うちらお仲間なんよ、精々仲よおせんとなぁ?」
対して、二人は雅な笑みを華やかに浮かべている。
酒呑童子、と呼ばれた少女風のサーヴァントははんなりと笑む。そして佐々木小次郎、と呼ばれた剣士も、どこか飄々とした表情だ。
「あの聖処女様は私にやらせなさいよ。いいでしょ、それくらい。あと、あの子ブタも後で寄越しなさいよね」
「なぁに? あんたはん、あの坊やのこと好いとるん?」
「玩具よ、玩具。たまには趣向を変えるのもいいでしょう?」
「確かになぁ―――なんや、うちも欲しなってまうなぁ」
ころころ、と笑ったまま、酒呑童子がちらりとトウマを盗み見る。そう、それは盗み見るという言葉そのものの視線だった。品定めするような、柔らかく突き刺す視線。ぞっとするのも束の間、その視線は、不意にトウマから外れた。
「ちょっと」
「なら、うちはそっちの赤い髪のお嬢ちゃんと盾のお嬢ちゃん、戴こかねぇ」
軽やかな視線が、マシュとリツカを射抜く。マシュは僅かにたじろぎかけたが、後ずさりだけはしなかった。
「こちらの
剣士は朗らかに言うと、その温和そうな表情のまま、藤丸を―――そして、クロを見据えた。
「で、あれば。私の相手は、其方ということか」
和装の剣士が、剣の切っ先を擡げる。風に吹く柳のような飄、とした動作は、ともすれば歌人の温厚さにも見えた。
クロは、双剣を投影した。黒白の双剣、彼女と彼女の核となった英霊が最も頼みとする二振りの中華剣の柄を握りしめると、掲げられた太刀の切っ先を跳ねのける様に、彼女も剣を構えた。
「サーヴァント、セイバー。名は佐々木小次郎と言う」
「アーチャー。言っとくけど、そういう古風な名乗りあいみたいなの、しないから」
「黴臭いしきたりのようなものだ、当世風の其方には求めぬよ。それに―――」
小次郎は剣の構えを解いた。一見して戦う気配を感じさせない佇まいだ。
「是で語り合う。それだけのこと」
太刀が、幽かに揺れた。
その次の瞬間、剣士の姿が、掻き消えた。
そうとしか思えない、瞬間移動じみた速度。値にして、敏捷:A。かのクー・フーリンすら上回る速度は、サーヴァントですら視認が不可能なレベルだった。
圧倒的な速度で、佐々木小次郎は一息に相対距離を詰める。クロが反応するよりも早く、長太刀の一薙ぎが首元へと迫った。
京言葉なんて校正したことがなかったので、「お願いだから鬼さん喋らんといてぇな……」と原稿をいじりながらぼやいていました。
京言葉の活用型なんて調べたこともなかったので文法書開いたのは良い経験になりました。御形サンには感謝と恨みを。