fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅵ-8

 思いのほか、くだらない。

 その感慨は、彼にとっては度し難く、また不愉快極りないものではあった。

 屋根の上に腰をかけながら、つまらなそうに眼下を見やる。地面から無数に生える目玉だらけの黒い柱に淡々と指示を出しては、徐々に、敵を圧倒している。どんな敵かと思っていたが、こうして戦ってみれば、大したことはない。いたって凡俗な、特色のない相手。冠位である彼と相対するには、何もかもが不足していよう。

 彼にとってみれば、この特異点は酷い頭痛の種だった。結果として特異点になり人理定礎が崩壊したから良かったものの、彼が自分でしかけた聖杯が機能しなかったことは、不可解だった。この特異点が一切見通せなかったことも含めて、彼の大仰な自尊心は大層傷つけられていたのである。

 大願成就の楔を排除する意味でも、また己の自尊心を慰めるためにも、この特異点はこの目で確かめねばならない。そうして乗り込んできて、おおよそ検討づけた彼は、当初の予定通り、無造作にこの特異点を制圧することに決め、今に至る。まずは小賢しいカルデアの戦力を消した後に、本丸を潰そう、というのが彼の心積もりだ。

 「あと5分ほどか」

 ぽつり、独白めいた声を漏らす。機械めいた物言いの中に、僅かに焦燥が滲んでいる。だが、その焦燥に、彼は自覚的ではなかった。思わず漏れた声音も、呟いてから、彼は何故そんなことをわざわざ発話したのか、と自問して、すぐにあまり意味のない問いだと自答した。彼の力は絶対で、何が在ろうとも毀れることはない……と、あまりに無邪気に信奉していた。事実、皮肉にも、“魔術王”の力能が絶対のものであることは論を待たないのだ。

 だから、彼はすぐに思考を流していった。思考はすぐに戦うべき敵へと移ろい、眼前の敵は、既に塵か芥かとしか思っていなかった。闇夜で象が蟻に恐れを抱かぬように、力の差が絶対であれば、悪条件でも勝つのが当然なのだから。

 

 ※

 

 ──否。

 この時、事態は全く別な様相を呈していた。その自覚は、この戦闘領域で戦う3騎のサーヴァントが各々感じていたことだが、最も明確に理解していたのは、玉藻の前であっただろう。

 (次、マシュは10時から来る熱線を防御。金時君と20まで後退して、そのまま防御に徹して。タマちゃんはその間に宝具準備、発動前タイミングあたりで4時方向からあの触手が伸し掛かってくるから前進して2人と合流、宝具発動後はまたブレイク)

 彼女の言葉がイメージとなって脳内に閃く。2人とはパスでやり取りしているのだろう。肌同士を触れ合わせる玉藻の前とは、身体接触を利用した疑似的な念話で話を躱し合っている。

 あの“敵”と戦い始めて、既に5分。3騎がかりで防戦を強いられている図になっているが、この防戦が意図的に演出されたものだとは、あの敵は思ってもいない。悟られてすらいない。こちらは為すすべなく圧殺されるだけの存在だと思わされている……リツカの手によって。

 「タマちゃん、今!」

 「了解です!」

 石畳を蹴り上げる。呪術で強化された躯体が翔ける。4時方向から噴き出してきたあの黒々とした目玉お化けの柱が虚を突かれたように身体をくねらせている間に金時とマシュの背後に周るなり、右手に握った鑑を天に投げた。

 「『水天日光天照八野鎮石』!」

 周囲に霧散しているマナをかき集め、3騎の精気(オド)へと流し込んでいく。余剰はエーテルに変換し、エーテル体たる肉体の補強へ。リツカと視野共有したローカルデータリンクにて3騎のバイタルデータが完調に戻ったことを確認するなり、再度、2騎と1騎1人の組みに分散する。

 3騎とも、作戦行動開始前のコンディションにまで引き戻す。彼女の宝具は中々使いどころに難があるが、効率的に運用さえできれば、極めて強力なものだった。

 「タマモちゃん、私のことはいいから」

 彼女の腕の中、諫め叱るように、リツカが硬い声で言う。硬い声だというのに消え入りそうな声なのは、

 「余剰を回しているだけですので、ご心配なく。リツカ様のご予定を損ねるものではありません」

 きっぱり、と玉藻の前は反論を重ねる。腕の中をちらっと一瞥すると、困ったように眉を顰めながらも、仕方ないな、というようにリツカは口角を緩めている。

 彼女の策は単純だ。攻略できそうでできないギリギリの防戦を演じて、敵の油断を誘う。隙が生じたら一撃で仕留める。言ってしまえばそれだけだが、彼女のアドリブでの戦術的判断と、防御寄りでありながら、金時による一撃の火力に特化した布陣を以てすれば最も有効な戦術であることは間違いなかった。事実、格上のあの敵を相手に、まだ一人も撃破される恐れすらない……表面上は。

 「金時君、マシュが受けきったら攻撃。宝具一発いっちゃって、多分防がれるけど大丈夫、これはあくまで油断を誘うためだけのもの。マシュはもう一回カバーに入ったら後退……タマちゃんも同時に接近して防御。その後宝具2連打して、マシュも2回目の宝具に併せて宝具。その後は、」

 淡々、と指示を出していく。敵の行動を予測して、的確に防御手段を指示していく様は機械のようだった。不気味と言えばそう。何せ、彼女はただ、合理的判断のみでそれを行っているのだから。遠見や未来余地……いわゆる千里眼に近しい魔術を使っているなら、まだ理解の範疇にある。

 それが、どれほど恐ろしいことなのか。既に九尾に至っている玉藻の前ですら、理解し難い。その術が、ではない。それに耐えられる強靭な精神性が、だ。己の知性だけで導き出した合理的判断に、人類全てをかけられるなど正気ではない。自分の判断が間違っていない、という確信だけでは無意味。そんな生温い人間性だけで、身投げのような常軌を逸した行為ができようはずもない。

 狂気の沙汰。常人の理解など遥かに超えている。間違いなく、キレている。

 それに比べれば、あの敵の方がまだ可愛いものだ。リツカが指摘した通り、力があるだけでおごり高ぶった赤ん坊。殺し合いの経験に乏しいが故、戦うという心構えがなさすぎる戯け。それが、あの敵……第1番目の獣のあらましなのだ。どれほど力が在ろうとも、中身は凡夫のそれに過ぎなければ、どうしようもない。事実、今まさにリツカの手のひらの上で踊らされているというのに、あの獣はそれに気づいてすらいないのだ。

 最新鋭の小銃と粗悪な改造銃で撃ち合っているようなもの。しかも、それを悟らせていない。魂の容量が違う───格が、違いすぎる。いかに獣とて、リツカの敵ではない。

 「タマモちゃん、次来るから防いで」

 「もちろんです、フジマル様!」

 防御の呪術を展開しながら、想起する。

 もし、万が一。“あの方”より最初にリツカに出会っていたなら、玉藻の前の運命は大きく異なっていただろう。こんなにも強くて、こんなにも脆い人間の極限の姿に、多分、九尾の獣性を、抑えられそうもない、と思う。

 詮のない思考である。玉藻の前の心にいる人物は1人であり、この運命は一度きりのものであるのだから。だから、或る意味それは余裕の現れだった。余分な思考に興じて居られるほどに、玉藻の前はこの戦いに余裕しか感じていなかった。

 「宝具、今!」

 「『水天日光天照八野鎮石』!」

 7度目の宝具連打。敵が悪戯に霧散させるエーテルを転用した、姑息な手遊び。

 三尾が、勃起するように奮えた。




投稿してみたら短かったので、今週もう1話投稿予定しております
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