fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅶ-3

 死──。

 面前に占める言葉の群れに苛まれながら、彼は、まだ生きていることを自覚した。

 《我らが王、早く再起動を! このままでは》

 《何をしている! たかが英霊の3騎に何を手こずっているか!》

 《なら卿が相手をしたまえ、私に責任を擦り付けないでいただきたい! 私はただの盗人で、戦いの素人だぞ!? 第一もう私は仕事をしたではないか!》

 《勝手に動くな馬鹿者、割り込まれ──おギャア!?》

 《ゼパル!?》

 ぐわんぐわん。悲鳴が、頭の中に響いている。解けるような感触が全身をのたうち、彼は、慄くように、顔を覆う手、その指の隙間から、その光景を覗き見た。

 さきほどの広場から、南西2km地点。メインストリートから少し裏手に入った、やや広い道……忌憚なく言えば、浮浪者が吹き貯まるような広場に居た。

 うまく作動しない【千里眼】で、その様をすかし見る。僅か2kmの合間に縦深陣のように展開した眷属たち……魔神柱たちが、まるで蜘蛛の子を散らすように伐採されている。薙ぎ倒され、轢断され、圧殺され、呪殺されている。魔神柱の陣形の隙をつく最速の侵攻ルートを侵略するあの3騎と1人を止めることなど、魔神柱如きでは到底できやしない。

 雑音のように反響する魔神柱同士の罵り合い。間近に迫る、昏い感触。戦きによって、まともに動こうともしない身体。一種の酩酊状態。既に、精神は崩壊していた。

 最後の一押しは、千里眼越しに見えた、眼、だった。

 あの、錆びた赤銅色の髪の女の双眸。底なしの深い毒沼を思わせる、光の無い眼。千里眼で透かし見た時、何故かその眼に捉えられたような気がした。もちろん、これは錯乱しているが故の気のせいでしかなかったのだが、譫妄に陥ってしまえば、現実と妄想の差に大した意味はなかった。ただ、その眼に宿るものに、最後の理性が吹き飛んでいた。

極めてプリミティブで、吐瀉ほどに純粋な指向性。ただ、対象を害しようという意志。要するに───殺意、という指向性が、その眼にあった。死を齎そう、という明白な指向性、意思の発露の前に、彼はほぼ、折れていた。

 「宝具を使う」

 《……何を仰られる?》

 「宝具を使うと言ったのが聞こえんのか貴様は!? 第三宝具によってあの破廉恥な者どもを殲滅するのだ!」

 《いけません! 我らが王よ、ご再考のほどどうか! あれをいたずらに使えば、本懐を遂げることすらままなりませぬぞ! 貴台様の大きな夢、よもや忘れたわけではございますまい!》

 「魔神の分際でこの私に楯突くと申すか貴様! 貴様もあの下賤の輩と同じだ、諸共に討ち果たしてくれるわ!」

 宙に、跳んだ。

 

 

 「何だありゃ?」

 呟きのように漏らした金時の困惑は、至極当然の景色では、あった。

 あの肉茎の如き魔神に目標を退避させられ、同時に無数に湧き出てきた魔神との戦闘が始まって、既に5分。元より敵の指揮系統はぼろぼろだったけれど、今はそれどころですらなかった。

 魔神の1柱に、他の魔神柱たちが群がっている。焼き尽くされ、絞殺され、叩き潰され、さながら私刑(リンチ)のような光景が繰り広げられている。嬲り者にされる魔神柱は抵抗すらできずに、さりとてその特性故に楽に死ねず、生きながら焼け焦げた肉塊にさせられていた。

 同士討ちならまだわかる。だかこれは、そんな高尚なものですらない。癇癪を起した子どもが、羽虫を叩き殺すような光景だ。玉藻の前は、眉を顰めた。

 だが、それよりも。

 玉藻の前がたじろいだのは、その、先の景色だった。

 悍ましい肉茎たちが絡み合う、後方2km先。宙にぽっかりと浮かんだ人型の、その直上。

 分厚い雲間が、そこだけ裂けていた。圧縮された膨大な熱量によって雨雲どころか大気まで蒸発し、雲間に刳り貫かれた夜闇の孔に、光芒が閃いている。低軌道(LEO)に展開していたあの光の環。

 ──光帯が、収束、していた。

 「集束魔力砲──!」

 その数千km先の魔力を探知できたのは、玉藻の前の為せる業だった。この距離での減衰率を考えても、あの魔力砲の威力は文字通り桁が違う。

 「タマモちゃん?」

 玉藻の前の腕の中で、リツカが不思議そうな顔をした。次いで玉藻の前の視線を追った彼女は、既に球形に集束しきった光帯を、見た。

 「フジマル様。わたくしからお願いがあります、九尾を展開すればあの砲撃もあるいは防げるやもしれません。ですからその隙に」

 「ありがとう、わざわざ。でも却下」

 「フジマル様!」

 よいしょ、と一言。呑気そうに言いながら、リツカは玉藻の前の腕から、降りた。

 「あなたがその力は、ここで振るうためにあるわけじゃないでしょう? あなたには、本当はあなたの戦場がある。違うかな」

 「どうして」

 「だってあなた、女の子でしょう? 可愛い顔してるもの」

 にへら、とリツカは表情を緩めた。それから「よし」と静かに、強く声を吐く。ぴしゃりと頬を打つと、「ここは、私たちが戦うべき場所だから」

 「マシュ! マシュ・キリエライト」

 リツカに呼ばれて、マシュは、おずおず、と前に出た。いつにも増して、マシュは塞ぎ込んでいるように見えた。そんなマシュの姿に、リツカの表情は伺い知れない。

 「マシュ。マシュは良い子だね」

 伸ばしたリツカの手に、迷いはない。一瞬だけ逃げるように身動ぎしたマシュは、されど、彼女の手を甘んじて受け入れた。

 「マシュ、あなたはまだ答えを出せていない。そうだね」

 小さく、白い髪の少女が頷く。それに合わせて深く頷くと、リツカはそれを責めるでもなんでもなく、ただ、相槌を打つように頷きを返した。

 「マシュ、あれを止めようか」

 なんでもないように、リツカは向こうを指さした。低軌道に浮かぶ、この星を焼き尽くしかねない魔力を、何の気なしに。

 「そんな無茶を仰っては!」

 咄嗟、身を乗り出した玉藻の前を金時が制した。ぎろりと思わず獣の如きに睨んだ時、玉藻の前は己が行為を恥じた。2人の佇まいを鋭く見守る金時の佇まいに、己が分不相応の僭越を情けなく思った。でも、だってそうせざるを得ない。彼女は、どうしようもなく“視えて”しまうのだから。

 一拍の、間。正視するリツカに対して、マシュの視線は頼りなかった。頼りないながらも、リツカの眼差しから逃れようともせず───でもやっぱり、躊躇、していた。

 「私はね」

 リツカが、溜息を吐いた。自分の羞恥を誤魔化すように肩を竦めて見せると、忌々し気に、空に浮かぶ光を睨んだ。

 「時々、確信が持てない。この世界が守るべき価値があるのかどうか、わからないんだ。いっそ、こんな世界、私が作り替えてしまった方がマシなんじゃないかって思ったりもする。カルデアに貯蔵された聖杯を使えば、もしかしたらそんなこともできるかもしれない。でもそれが良い結果になるはずがないんだ。私1人が考えたものなんて、所詮は私の妄想でしかないから。この世界は間違っているけれど、でもこの間違いを無邪気に糺すのは、多分いい結果にならないし、だから正しくないんだよ。それも」

 「……」

 「まぁ、私も、答えなんて出てないんだ。何もかも」

 ぎこちなく、リツカは笑って見せる。未だ、マシュの視線は揺れていた。でも、声を飲み込んでから、マシュはようやっとに声を絞り出した。

 「止めます。私が止めてきます」

 ぽんぽん、とリツカは自分よりちょっとだけ背の高いマシュの頭を撫でた。

 それがまるで別離のように。言葉もなく互いに視線だけを交わし合うと、マシュは跳んだ。あの破滅の光へと、ただ向かって。

 「マシュのこと、守ってもらえるかな」

 リツカは、小さく丐眄した。普段と変わらない佇まいのまま。いじましく側頭部の髪の一房を弄りながら。

 

 ※

 

 「仮想宝具、装填」

 大きく、息を吐いた。己が身体に揺蕩う緊張を解すように、あるいは強張った弛緩に縛り上げるように。盾持つ右手の膂力を確かに、左目で、天に階の如きに閃く汚濁の光を正視する。

 「マシュ、防御することだけに専念しろよ。あいつを煮るなり焼くなりするのは、後からいくらでもできらぁ」

 「マシュ様のことは(わたくし)がなんとしてもお守りします。ですから、どうか後顧の憂いなく」

 2人の声が、遠く耳朶を打つ。肩に触れる手触りからして、金時と玉藻の前はすぐ隣にいるのだろうけれども、それでも2人の声は遠い。それだけに、沈思は深く、専心は鋭かった。

 リツカの、言う通りだな、と思った。

 答えなんて出ていない。“人”をこの目で多く見てきて、得たのは、まだ、ただ数多の集積以上ではない。“私”の答えはまだ、輪郭すら定まっていない。

 「呪層界・怨天祝奉──マシュ様とタイミング合わせてくださいよ?」

 「あぁ? そりゃこっちの台詞だ」

 でも、多分───。

 胸郭に膨らむ焦燥。でもそれすらも不快はなく、ただ黒い思案が、盾を握る力を強くした。

 「疑似展開……」

 「来ます! 呪相・吸精!」

 「じゃあな、先に往ってるぜ!」

 目を、見開いてしまった。だってそうだ。今まで隣にいたはずの、金時の体躯が、一瞬で燐光に包まれていく───エーテルの肉体が、解きほぐされていく。

 「ジャンジャンバリバリ行きますよぉ! 『水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)』! いやー今回の召喚では大活躍ですねぇ!」

 そのまま大気に溶けていくはずのエーテルを即座に回収するなり、マシュの呼気を通じて血肉と化していく。

 いや、それだけじゃない。玉藻の前の出で立ちも、もう変わっている。あの群青色の服ではない。白亜の装いに身を変えていた九尾の姿は、まるで、天上に住まう貴き者そのものであるかのような錯覚を覚えた。だが、その姿も一瞬のことだった。九尾の何本かが千切れ飛ぶなり、魔力に変換されていく───。

 「フジマル様はああ仰っていましたけど。私もこのくらいのことやってみせなけりゃ、ご主人様に顔向けできませんし! 修行なんて、ちょーっと頑張り直せばいいだけですから」

 にこり、と隣で玉藻の前が微笑んで見せる。その行為がどれだけの重さがあるのか、マシュにはよくわからなかった。だが、確かなこともある。分解された6尾をリソースに得た魔力の質。金時のものと合わせての、マシュの霊基出力の向上具合を見れば、それを、推し量ることくらいはできる。身命を賭した金時と、恐らくそれに等しいものを差し出した玉藻の前の覚悟くらい、たとえ人に疎いマシュであっても、推し量ることはできる。

 奥歯を噛みしめる。歯堤が砕けるほどに咬合する。脳みそが焼き尽くすほどのその情動。多分、マシュは、キレた。

 光が、迸った。音すら焼き滅ぼしながら、数多を無に帰す光の波濤が、押し寄せた。

 「崩呪・黒天洞!」

 「『人理の礎(ロード・カルデアス)───!』

 自らの裡から啓く閃光。それを盾の形に想念し。

 そうして光が飽和した。

 展開した力場に膨大な熱量が接触した、その感触すら無かった。全ての感触が漂白されたような、永遠にも等しい刹那。自我など一瞬で消し飛びかけるほどのただ中、玉藻の前の励ますような声も、掻き消えていた。

 ……時間が止まったかのような光景だった。

 あの光。この世界を焼き尽くし得る光帯の熱量を防ぐものは、この地球上には在りはしない。自明な論理だ。

 なら、この論理もまた、自明では有ろう。この世界を焼き尽くす熱量を防ぐなら、この世界以上のものを持ち出せばいい。この世界そのものを上回るものであれば、その熱量を防げない道理はない。この世界そのものを包括するものを───この世界を、包み込めるほどの想念を持ち出せば、世界を焼き尽くす火など、蠟燭の火と、変わりはない。

 続く、地獄のような時間。星を徹す熱量を防ぎながら、マシュ・キリエライトは、想起している。

 これまで見てきた世界の人たちと、これから続いていく世界の人たちを。冬木での景色と、オルレアンでの景色。ローマでの景色。あの海原での景色。この、倫敦での景色。

 いや、それだけじゃあ、ない。あの日あの時。崩落する管制室の中、自分に最後の別れを告げて、瓦礫に潰されていた自分を看取って、立ち去った、リツカの姿を。

 残念だ、と思った。あの時感じた想いは、今も変わらない。この人の為に───強くて、寂しいこの人の傍に居たい、と思ったこの想いは、多分もう、果たせないのだから。本当に、残念だな、と思う。

 でも、大丈夫なのだ。まだ、彼女の道行を支えていける人たちは、いる。クロも、トウマも、ダ・ヴィンチも、ロマニも、カルデアで働いている人たち全員が、支えていく。だからきっと。

 自分がいなくても、大丈夫───。

 ロード・カルデアス。その先を視たい、と祈り願われたその盾は、当たり前のように、星を貫く光を受け止めた。これから続いていく人理の礎を、敷くように。

 振り返ることもなく、ただ、光の波濤を見据えながら。背に感じるあの人の存在を感じて、マシュ・キリエライトは消

 「んにゃろー! 常世咲き裂く大殺界(ヒガンバナセッショウセキ)!」




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