fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅶ-4

 《威力評価!───対象、未だ健在!》

 《馬鹿な! 第三宝具の極大照射だぞ!? この世にアレを防げるものなど……フラウロスめ、評価を誤りおったか!》

 《我らが王よ、発射体勢の解除を!》

 《何を言う、もう一発だ! もう一撃撃ち込めば、今度こそ》

 《その魔力が底をついているのがわからんのか戯け! 盗人、さっさと我らが王をお連れせんか!》

 《戯けは貴様だ! 馬鹿術式がさっさと砲撃体勢を解除せんと動けんだろうが!!》

 ただ、彼は、その景色を、放心して眺めていた。

 何もかもが、彼の思考力を上回っていた。一時の激情に駆られて、第三宝具をぶっぱなしてしまった己の愚行も。これで己の大業が成就する可能性が零に消え失せたことも。あの宝具を防ぎきってしまったマシュ・キリエライトの姿も。何もかも自失していた。己のスペックも、だ。さっきバーサーカーに滅多打ちにされ、もう瀕死であることすら忘れていて、砲撃体勢をとった魔神柱たちは彼がその指示を解かぬ限り自由に動けない、ということも忘れた。畢竟、もう、さっさと逃げるべき時だったのに、それを忘れていた。

 それも、致し方なきことではあったのだ。散々人間如きの手のひらの上で踊らされた挙句、3000年見続けた夢を自分の手でぶち壊してしまったのだから。理性的な存在者であればなおさら、思考が無になるのは当然だった。

 そして、もう一つ不幸がある。彼は、確かに全能に達する程の力を持っていた。だが、その全能は己の手で手に入れたものはなく、本質的に偶然降って湧いたものに過ぎなかった。力持つものが須らく身に着けている、思考以前の身体知による戦闘行為を、身に着けていなかった。要するに彼は力だけがある赤ん坊と、本質的に変わらなかったのだ。

 だから、それに対処できなかった。

 《敵接近、数1!》

 後ろ、という眷属からの報告は耳に入ったが、身体は動かなかった。だから、ずぶりと背中に激烈な痛みが走った時も、呆気に取られて、自分の胸から突き出た銀の剣を眺めることしかできなかった。

 「これは、マシュの分!」

 突き刺されたまま、地面に引き倒された。ごつん、と頭をぶつけて、酷く痛いな、と思った。

 仰向けに転がされた彼が見たのは、赤黒い血がべとりと付着した銀の剣を携えた、赤銅色の髪の女だった。

 そこからはただ為されるがままに、銀の剣が肉を抉った。一刺し、一刺し、全てに悍ましいまでの怨恨を込めて、女は物凄い形相で剣を振るった。既に肢体が千切れて首も捥げて、脳天はもう破砕されて腹からは内臓がまろび出ているといるというのに、彼女は無我夢中で剣を突き立てていた。

 「これは、マリーの分だ!」

 ぐちゃ。

 

 

 その光景は、端的に言うと、蹂躙だった。

 “死徒”はもう、とっくの昔に死に体と化していた。再生しては首を切られ、心臓を穿たれ、腹を裂かれた。無限にも等しい刀剣類に貫かれ、それでもまだ飽き足らぬとばかりに、赤い影は“死徒”を殺していた。

 「ねえ、早く、返してよ」

 奮う、黄金の剣。真名解放された選定の剣が“死徒”を、薪でも割るみたいに両断する。泣き別れになった肉体が必死に互いを求めて癒着を始めた瞬間に、切断面めがけて、黄薔薇の槍を突き立てる。ぎゃあ、ともがく姿など無視して、もう片方の肉塊を踏み砕く。

 「まだ返してもらってないわ」

 背後から襲い掛かる野犬を“悪魔の背骨”で刺し殺し───心臓がある方の身体を、黄金の剣で引き潰す。ミンチより酷い肉塊となった“死徒”は、この一撃で絶命した。いかに生命力に長けた“死徒”であり、無数の生命因子を持つといっても、当然限度はあった。そのリンチは無限にも思える生命を嬲り殺してなお飽き足らぬほどに、苛烈だった。

 だが、彼女の動きは止まらなかった。亡骸となった肉塊を侮蔑する紅蓮の如き蒼い双眸は、妙な、嗤笑すら浮かべていた。

 「だから、早く返せよ!」

 再度、奮う黄金の剣。既に死体と成り果てていた腐肉など、あっさりと蒸発させる、はずだった。

 「アーチャー!」

 だが、その寸差。僅かに割って入った聖剣が、黄金の剣と拮抗した。ぎち、と剣同士が互いにかみ合う。聖剣エクスカリバーと選定の剣、カリバーン。互いに至高に及ぶ黄金の剣同士は、一歩も劣らずに互いを両断せんとしていた。

 「卿は力に溺れている! そのままでは食われるぞ!」

 上段から振るわれたカリバーンを受け止めながら、セイバーは喘ぐように声を漏らした。

 確かに、カリバーンはすぐれた剣だ。それは間違いない。だが、(つるぎ)としての格は間違いなくエクスカリバーに軍配が上がる。切り結べば、間違いなくエクスカリバーはカリバーンを切り捨てられる。

 だというのに。

 「邪魔!」

 胸を突くような衝撃が撃つ。殺しきれないほどの衝撃に呻き声を漏らしたセイバーは、軽々とエクスカリバーごと吹き飛ばされていった。

 なんとか着地し、威力の気勢を足で殺しきる。カリバーンの威力が、エクスカリバーを上回った。ぞっとしたセイバーは、続く刃に備えて剣を構え、そうして、全てを悟ったのだ。

 アーチャーは、脱力したように、その場に佇んでいた。呆然と、思考すら働かない顔で、ただ錯乱するように自失している。戦慄するように震え、嗚咽を漏らして、青く変転した目から悲哀を落として、ただ、奈落に堕ちていた。

ただ、セイバーにできたのは、痛まし気にその名を呼ぶことでしかなかった。きっと、まだ、彼女は彼を喪ったそのただ中に、いる。あの獣の胎の中で、どんな過程でそうなったのかは知る由もない……知るべきでもないそのさなかに。

 ただし、どれだけ哀しいことなのか、今のセイバーには、少しだけ理解できる。同情することくらいは、できる。

 ──だから、カリバーンはエクスカリバーを凌駕する。

 あの剣は、言わば清廉潔白を善しとする、誓約の剣。あの剣を振るものに求められるのは、原初の願いを果たさんとする清く尊い心根なのだ。疾しき魔が僅かでも挿せば、あの剣は、己ずから折れてしまう。かつて、セイバーが誤ったように。

 だが、その願いに真直ぐであるならば。あの剣は、何物をも上回る一太刀となり得る。たとえ星の内海から生み出された聖剣であろうとも、人の祈りの集積、カリバーンは勝利すべき剣となって凌駕する。あれはそういう剣で、その剣がその本領を発揮しているというのなら、それが、真理なのだ。

 「影衣、解除(シャドーロール、パージ)

 なればこそ。

 セイバーは、全力で以てあの少女を止めなければならない。それがこの場に居合わせた()()使()()としての、最低限度の義務だった。

 黒い、影なる衣が溶けていく。かの剣士を隠匿していた衣が、解けていく。

 ふわり、黄金(きん)が咲く。いつかどこかにあるという、永遠の郷を想起させる黄金(こがね)の煌めきを従えた剣士が、そこにいた。

 「イリヤスフィール。私は、とてもうれしく思います。人の道理がわからない貴女であっても、こんな風に人を想える可能性がある。郷から抑止に呼ばれて、人理を護ることは最初から吝かではありませんでした。でも、私はもっと、この人の世が愛しくなった。私を滅ぼすことなく受け入れてくれた今のマスターにも、最大限の、感謝を」

 蒼銀の甲冑が、閃く。雨に濡れてなお高潔な光輝に満ちる、厳粛なる鎧だった。

 「聞き分けのない今の貴女に、どれほど言葉を重ねても無駄でしょう。だから私はあなたを止める! この聖剣を以て、卿の想いを受け止めて進ぜよう!」

 靡く、黄金の髪。肩まで伸びる嫋やかでしなやかな髪は、豊かに実った、秋の麦畑の穂を、思わせただろう。

 「卿がちゃんと戻って来れるように、ちゃんと彼に向き合えるように! 我が真名、アーサー・ペンドラゴンの銘において、卿を止めて見せよう!」

 聖剣使いは、厳かに、剣を掲げた。その真名において、エクスカリバーを掲げた。

 「イリヤスフィール……キツイの、行きますよ!」

 「トーマを、私に返してよ───!」

 「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)!』」

 「勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!」

 

 

 「フジマル様!」

 彼女を抱きかかえながら、玉藻の前は、その場に急いだ。

 尾数、残り2。サーヴァントとしては十分な出力だけれど、何せ魔力を使いすぎていた神話礼装も、今は形だけ展開しているだけで、耐久性は布切れと大差ないレベルに落ちていた。そんなこんななので、2km走るだけでゼイゼイ言っていた。

 そうして、辿り着いた時、玉藻の前は多分、真実哀しみとは何かを思い知らされた。

 ぶちまけた肉味噌の中、ちょこなん、と頼りげなく座り込む、小さな女の子。19歳。赤銅色の髪に、健康的な頬に、小さいながらもしっかりとした骨格の身体に、血を浴びた、少女が、居た。

 その振り返る様は、機械みたいだった。数多の部品で構成(アレンジメント)された、鮮やかな機械。

 「ごめん、結局」

 「いいんです。むしろ誇らしいくらいですよ」

 残り2尾になった玉藻の前の姿に、リツカは俯くように頭を垂れた。多分、顔を見られたくないのだろう、と思った。

 静かに、玉藻の前は、リツカの隣に腰かけた。汚れちゃうよ、とリツカが言うのも聞かず、血まみれの沼にしゃがんだ。

 「マシュのこと、ありがとう」

 「勇敢に戦っていらっしゃいましたよ。ご立派な、戦士のお姿でした」

 玉藻の前は、自らの腕に抱いた姿に、慈しみのかんばせを向けた。

 彼女の腕の中。薄く瞑目した白亜の髪の少女が、心地よいリズムに合わせて、呼吸をしていた。

 「戦うことは、もうできないかもしれませんが」

 リツカは、首を横に振った。もう、彼女が戦う必要はないんだよ、と声を漏らす様は、とても申し訳なさげに見えた。

 「フジマル様」

 マシュの顔を見下ろしながら、玉藻の前は口にした。ほんの微かに、彼女は身体を痙攣させた。

 「今は(わたくし)しかいません。カルデアの者たちも、聞いてはいらっしゃらないでしょう。ですから、どうか」

 先の言葉は、続かなかった。ぽすん、と胸を打った軽い衝撃の、その強さに感じ入ってしまった。

 声などなく、ただ、胸に顔を埋めて身を震わせる姿を、もう一方の手で抱き寄せた。幼児をあやすように、血みどろになった赤銅の髪を梳きながら。

 悦びがあった。憎悪を抱いていた敵をその手殺した、復讐の確かな悦びが。

 哀しみがあった。もう、逝ってしまった人たちに、何もすることができない切ないまでの哀しみが。

 狂えるほどの情動の嵐に直面して、人はただ、哭くことしかできはしないのだ。そうすることでしか、もう、触れることのできない人たちに出会う術がないのだから。そうすることでしか、今はもう、立ち去ってしまった人たちと触れ合うことができないのだから。

 ──だから、玉藻の前はただ沈黙した。沈黙という身振りの中で、ただ、藤丸立華(フジマルリツカ)が、死者たちと語り合うこの一瞬を、永遠のような一瞬を、牧人のように見守っていた。

 自分は、きっと、いい人生を歩ませてもらっている、と思う。だって、あんな素敵なご主人様に会えるだけでも最の高なのに、こんな人類(にんげんたち)に出会えてしまうのだから。儚く、弱く、脆く、だからこそ強く、しなやかで、健やかで、勇敢な人間たちに。

 ぶ、ち、り。

 ……もう一回、修行のし直しだなぁ、なんて思う。まぁ安いものだ。たったそれだけの時間で、こんなに素敵なことがあるのだから。

 もう暫く、お待ちください。きっと間に合わせてみせますから、ご主人様(マスター)

 

 ※

 

 焦げた蒼銀が、靡いている。

 風が、揺らいでいた。雨は未だ強く、テムズ川の水面に無数の波紋を作っている。

 赤い、小さな身体を抱いて、セイバーは歩いていく。橋の麓、蒼褪めて横たわる、その影に。

 セイバーは、彼を見下ろした。壁に身を預けるように横たわるその横に、並ぶように、少女の身体を預けた。

 2人並ぶ姿に、セイバーは得も言われぬ感慨に、胸を締め付けられた。気を失っているだけの少女と、静止してしまった少年。きつく口を結んだセイバーは、鞘を喪った剣に、風を纏わせた。

 戦いは終わった。この特異点を特異点たらしめた楔は、アーチャーの手によって既に滅ぼされた。あの“死徒”。ただ在るだけで人理を不定にしていた獣は、既に消えた。あとは、時代の修正を待つばかりだろう───。

 空を、見上げた。曇天の中、ぽかりと孔が開いた空は、青い空が、本当に青く、裂けている。

 (終わったかな)

 「ええ、終わりました」キャスターからの念話、だった。「今行きます」

 (なるべく早く頼む。少々手こずっている。流石は第一の獣だ。門を開く、そこから来られよ)

 「はい……それではまた。イリヤスフィール、トウマ」




そろそろ終わりです。年内に4章は終わらせたいので、近々また投稿予定です
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