fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅰ-3

 こうして始まった、パッションリップとフジマルリツカの2人旅。というより迷宮(ダンジョン)巡り、だったのだけれど。

 「地味ですね」

 「辛辣ゥ!」

 まぁ、地味なのだ。

 そもそも、2人とも右も左もわからない状況なのだから、とりあえず手あたり次第に動き回ってみよう、ということで動き出したものの、本当に変わり映えの無い景色が続くだけだった。いや、景色という表現は多分適当ではない。だって、何せ洞窟の中なのだ。右も左も天井も、じめっとした岩がじい、と延びているだけである。天然のものを利用した牢獄、らしい。

 「よっ……と」

 ひょうい、と身を屈めて石ころを拾うと、リツカは暗い洞窟の奥へと放り投げる。からんころん、という反響音が確認してから、リツカはのんびりと足を進めていく。

 コウモリとかの真似をしているらしい。要するに反響音から、この洞窟の形状を推し量っているんだとか。そのおかげか、特に行き止まることもなく順調に進んでいる。

 「んーと」

 そうして、時折こうして頭を捻るのは、反響音と照らし合わせて、この洞窟全体のマップを頭の中で作っている、という。時折思い出したように立ち止まっては歩くリツカの後ろを、パッションリップはのっしのっしと健気についていく。

 「段々、上に昇って行ってるっぽいね」

 「そうなんですか?」

 「多分だけど。ぐるぐる回りながら、上を目指している……ぽいかなぁ」

 少しだけ、自信なさげにリツカは言う。何のけなしにパッションリップは上を見上げたけれど、当然視界に入るのはただの巌窟ばかりだ。ちょっとだけ失望して視線を下げて、パッションリップは「ひゃあ!?」と声を上げかけた。代わりに、「むぐう」と口腔内で声を漏らすに留められたのは、寸でリツカはパッションリップの口を手で押さえたからだった。

 とは言え、パッションリップにしてみれば、其の状況の方がえらいことだった。何せリツカの顔が目の前にある。目と鼻の先、なんと相対距離は15cmとない。顔を真っ赤にして「むぐむ」と言うパッションリップに、「シっ」と小さくも鋭い声を刺すと、リツカはちらと背後を振り替えった。

 「何か来る」

 ひや、と背筋を寒気が伝わった。危ない。無駄に声を出していれば、その“何か”にこちらの存在を気取られていたかもしれない。味方なのか敵なのか不明だけれど、無暗に存在を暴露するのは、色々美味しくない……。ということなのだろう。相変わらずパッションリップの口を押えるリツカに“もう大丈夫”と伝えるように頷いた。

 「歩様からしてこっちに気づいている様子はない。それに、そう早くもない。とりあえず400m後退して、左脇の小径に隠れて見てみようか」

 「そんなのあったんですか?」

 「見えにくくはなってたけどね。さあ行こう、ちょっと急ごうか」

 ぽん、とリツカの掌がパッションリップの肩に触れる。特に急いでいる風でもなく歩いていくリツカに、彼女も特に慌てず、重い腕を持ち上げてついていく。

 400m、というと歩いて2~3分だけれど、なんだか妙に長く感じた。腕が、重たいのだ。

 「ほら、ここ」

 不意に立ち止まると、リツカは壁の方を指さした。何せ、明かりがない洞窟である。どこからから光が差し込んでいるらしいが、全体としては陰鬱な景色だ。リツカに言われても、パッションリップは壁があるようにしか見えず……ひょい、と手を着きだした。

 「あ、ほんとだ」

 突き出してみてわかった。伸ばした手は空を切っていた。そこに奥まった空間があるのだ。背景と同化していて見えにくいけれど、ちゃんと横穴が広がっていた。

 「でも狭くないですか。2人だとちょっと」

 いや、本当は、3人くらいは余裕で入れるくらいの広さなんだけれども。

 何せ、パッションリップは色々と大きいのだ。しっかり大きな手を折り畳んで、やっと2人分、というところだろう。

 「大丈夫。リップちゃんが奥に行ってもらって、私が前で」

 「でもそれだと」

 言いながら、パッションリップは自分の腕を見下ろす。自分が奥にいくと、前のスペースは全部腕で塞がれてしまう。肩車はできるだろうけれど、上も結構窮屈で……。

 「そこはほら。ハグするみたいにしてもらえば問題ないんじゃあないかな。いざとなっても、リップちゃんの手で守られているなら安心な気がするし」

 こんな風に、とリツカがジェスチャーしてみせる。緩く指同士を重ね合わせて、組むような仕草……有り体に言うと、スレッジハンマーでもするみたいな手の組み方、とでも言おうか。

 って。

 「それはダムぐくぅ!」

 「ほら早く。見つかっちゃうよ」

 ほらほら、とせかされて、やむなく押し込まれるパッションリップ。そうして、物々しく巨大な手の中、爪の間にそろそろと滑り込むと、リツカは何故か感心したように十の鍵爪を眺めたり撫でたりしている。

 胸が、痛い。縮み上がるような胸郭に、手にまでその震えが伝播するかのよう。

掌の上の、あまりにもか細い生命(いのち)。この手を少し動かすだけで、彼女は、容易に引き千切れ、骨片入りの肉団子になるだろう。人間……いや、命という脆弱なものを、この手は、簡単に壊してしまう。この、禍々しい手が───。

 「きた」

 引きずられるように意識を戻した。何か言いかけ、口を噤むと、パッションリップは息を殺してその光景を見る───。

 のそのそ、と四足で地を歩く生物。大きさはざっと1.5m~2mほど、だろうか。氷を思わせる青白い鎧に身を包み、頭部と尾先端部に鋭利な槍を備えた雑竜種(デミドラゴン)だ。

 幻想種。竜種だが、分類は魔獣種ほどか。パッションリップからすれば、特に脅威でもなんでもない相手、ではある。

 ……のだが。

 「なんか、花、咲いてましたね」

 ちょっと困惑気味に言うパッションリップ。

 彼女の言う通り。

 鎧竜の背から、何故か小さく花が一輪、咲いていたのだ。すっくと立ちあがる茎に、淡く八重咲く白い花。

 「雛罌粟(ヒナゲシ)、かな」

 独語めいた、リツカの声。何か、異様なものを目にしたような……怯えにも似た恐怖の眼差しが宿るのも一瞬、リツカは首を横に振った。「見送ろう」

 「倒さないん、ですか」

 思わず、声が上ずってしまう。他方、リツカは「いや」と首を横に振った。

 「ちょっと待ってみよう」そう言うリツカは、少しだけ疲れているように、見えた。「そもそも、敵かどうかわからないし」

 それから、さらに3時間ほどだろうか。同じ態勢のまま、延々と待ち続ける2人。ほとんど微動だにしないリツカの表情は、あまり伺い知れない。呼吸に併せて上下する肩だけが、彼女の変数だった。

 一方で、パッションリップはこの3時間、気が気ではなかった。彼女はどちらかというと忍耐強く我慢強い方だったけれど、それでも自分の掌の中に、恋する相手がいる、というのは凄まじいほどのストレスだった。

 パッションリップは、自覚している。自らの、その黄金の両手を。遍くすべてを斬殺し、轢殺し、圧殺する女神の発露。超重量の巨腕を、正しく、阻害されることなく、()()()()()()。掌の上に居る少女など、軽く手を動かしただけで磨り潰してしまうだろう。僅かな気の緩みすら許さない、そういう、3時間。大いなるプレッシャーの中、パッションリップはヘロヘロになっていた。そんな中でも手を一切動かさなかったのは、やはり彼女が我慢強い性格だったからだろう。

 そんな3時間が報われたのは、また、小さな歩様の音が聞こえてきた時だった。

 のっしのっし。コンスタントなテンポで歩んできたあの鎧竜は、再びパッションリップたちの目の前を歩いて行った。やはり、この時も警戒した様子はない。

 「同じ個体、ですね」

 心労を吐き出すように溜息をもらして、パッションリップはしげしげとその鎧竜の後ろ姿を見送った。

 そうだね、と頷くリツカ。少しだけ安堵を感じたパッションリップ。どんくさい自分でも気づけたのが、ちょっと嬉しかった。背中の甲羅の一部が欠損していて、それが一致していたのだ。それと、あの背中から生えるヒナゲシの花。

 それは、いいのだけれど。

 「あのNFF、というのは、なんの意味があるのでしょう?」

 甲羅に、でかでかと文字が書かれていたのだ。しかも狐っぽいロゴマーク入り。どう見たって人為的なものだ。

 「うーむ」

 リツカは不思議そうに唸っている。未知のもの、というより何某か心当たりがありそうな、そんな声色だ。

 「いやね、あの狐マーク……知り合いに、ちょっと似てたような」

 そう言ってから、リツカは首を横に振った。詮の無いこと、と自問するように言ってから、「場合によっては」と慎重に声を続けた。

 「何某かの組織に私たちは監禁されてる……って可能性も、無くはないんだろうけど。まぁそれはなさそうかな」

 「現に脱走しているから、ですか」

 「それもあるし」ちら、と振り返るリツカ。その表情は、なんとも子供っぽい。「そもそも、あなたを監禁するのに、あの檻じゃあね」

 「今の竜種も、随分のんびりしたもんだったしね。どうやら、私たちの存在は、さしてこの空間には重要じゃあないのかもしれないね」

 「なんだか、閉じ込められ損です」

 むー、とパッションリップは不満そうに頬を膨らませた。そりゃそうだ。気が付いたら軟禁されていて、しかも自分たちは木っ端扱いは不満に思ってしかるべし、だろう。

 そんな子供っぽい仕草のパッションリップに、小さく笑ってみせるリツカ。ふふ、なんて吐息を漏らした微笑はなんだか大人っぽいな、と思った。

 「まぁ、どうやら私たちは端役らしいと決まったところで。さっさとこんな不愉快な場所からは帰るに越したことはない」

 「さっそく戦闘ですね! まずはさっきの変なのをくしゃってしちゃって」

 「血気盛んすぎません? どうどう」

 「はう」

 またやってしまった、らしい……しゅん、と肩を落とすパッションリップ。リツカはただ、気の抜けたような表情で、艶のいい長髪に、指を差し込んだ。

 「そう簡単に人は失敗を糧にはできないものさ。いいんだよ、別に」

 軽く手櫛するような、柔らかな手触り。くすぐったさと心地よさが混然とした、穏やかな身体性───パッションリップは、目の前のリツカの顔に、頬を赤くした。照れ、というより、可愛げのある羞恥のようなものだった。

 「とりあえず、周辺を探索してみよう。あの歩行速度から見るに、この場所自体はそう広い場所じゃあないらしい」

 「物凄く広くて、あんな風なのがたくさんいる可能性は……」

 「もちろん、それもあるんだろうけど。それは実際足で歩いてみないとわからないし、まあ何にせよ、今は行動あるのみ、だね」

 言うや否や、リツカは「ちょっとごめん」と言いつつ、のそのそとパッションリップの手を……あの巨大な手を、昇り始めた。

 その時のパッションリップの動揺と言ったらなかったろう。ギャア、と悲鳴を挙げそうにもなったし、緊張しすぎて手が震えて、その震えを見てなおのこと失神しかけた。

 手。この、大きな掌。遍くを轢断して破砕するこの掌の中で悍ましく蠢く、命そのもの。そうしてこの手は、そんなぎらぎらと蠢動する生命を、あまりに容易く壊してしまう手で───。

 「で、一応指針のようなものをお伝えしようかと思うんだけど」

 ハッとした。

 いつの間にか、壁面の孔から這い出して、今後の話をしていたらしい。慌てて「はい」と声を大にして返事をするパッションリップに対して、リツカはいつものように、捉えどころのない、朗らかな笑みを浮かべるばかりだった。

 「極力、戦闘はしない方向で行くよ。戦うのは、それしか手段がないと考えられる場合に限るんだ。幸い、リップちゃんは高ランクの【気配遮断】スキルを持ってるみたいだし、もしかしたらノーキルでクリアできるかもしれない」

 「さっさと倒して進んだ方が、早くないですか」

 「それもそうだけど、今はそう“速さ”は重視してないからね。ほら、戦うのって面倒くさいから」

 「はぁ」

 なんだか、あまりピンとこないパッションリップなのである。複合神性、という己が強力さに素朴に無頓着であるが故、でもあろう。とは言え、パッションリップは素直にリツカに従うことにした。

 つい先ごろ、契約の際のリツカの言葉が思い出される。

 鈍くさい自分には、きっと見えないものが見えている。リツカに任せた方が“スマートな解決”に至れるだろう……。それに。

 「リツカさんの、言う通りにします」

 こくこく、と頷くパッションリップ。リツカも満足したように、頷き返して見せた。

 「良い子だ。とりあえず、50m進むごとに一度立ち止まろう。都度、マップを更新していこうか。暗示、対魔力でレジストしないように気を付けてもらえるかな。基本、さっきみたいな退避孔があったらマーク。さっきみたいな生物が接近してきた場合は、最寄りの退避孔に避難してやり過ごそう」

 はい、と元気よく返事をしたが、実際のところはあんまりよくわかっていなかった。リツカが言うんだから任せよう、という、ある意味で彼女らしいものぐさな精神性から、そう判断した。

 ただ、パッションリップのものぐささを素直に発露させられるのは、多分リツカの在り方によるものだったろう……正確には、リツカに対する、パッションリップの在り方、というべきだったろうか。要するに、パッションリップは、素朴にリツカを信頼していたから、思考放棄を始めていた。

 実際、それからは、パッションリップにとってみれば退屈な時間だった。本当に、リツカはまめまめしく50m刻みで立ち止まっては周囲を確認し、退路を思い返して、哨戒中の鎧竜が近づくと察知すれば孔に逃げ込んで……という行程の、繰り返しだ。なまじ洞窟の中ということもあって、単調で、起伏の無い光景である。以前までのパッションリップならば、多分10分くらいで飽きてサボっていただろう。間違いなく。

 じゃあ、なんでそうしないのかと、言えば。

 「あ、また来るね。10m後ろ、4時方向に退避ポイントがあるからそこまで退こうか」

 「は、はい」

 わたわた、と思い腕を持ち上げて、パッションリップは駆け出した。リツカの言葉に、彼女は素直に従っている。従順、という言葉が良く似合う、そんな素振りだ。

 また、あの竜種を見送る。のっしのっし、と呑気そうに歩いて行く鎧竜。背後から奇襲すれば、おそらく気づかれることもなく始末できるだろう。そう考えて、パッションリップは気を悪くした。

 「よし、もう大丈夫。じゃあ先に進もう」

 すぐに気を取り直して、パッションリップはリツカの後を、ついていく───。

 それから15分後のことだった。パッションリップに自覚はなかったけれど、定時の身体接触で送られてくる戦域マップの暗示に、時間情報も含まれていた。

 曲がりくねりながら行きついた先。途中、何やら直径50mはあろうかというドーム状の場所を抜けた先に、それは、あった。

 扉だ。人一人が通れるくらいの、酷く錆びついた鉄のドア。取っ手には物々しい南京錠がかけてある。錠前自体は、まだ新しいもの、らしい。いづこから差し込んでくる妙な光を反射して、ぬらぬらと怪しく煌めていた。

 リツカは慎重な様子で手を伸ばした。まずドアから。そして怪しく光を放つ南京錠に触れた後、リツカは悩まし気に、口元に手を当てた。

 「これ、壊しちゃいましょうか」

 一瞬の思案の間の後、リツカは頷いた。「ちょっとやっちまおう」

 はい、と応えるパッションリップの声も、知らずに弾む。さっきは勇み足で蛮勇を働いてしまったけれど、今回はちゃんと、リツカの指示に従っての行動だ。自然、パッションリップは気分が良くなる。さっき落ち込みがちになった気分も、少しは良くなるというものだ。

 ぶおん、と持ち上げる、右の手。巨大な手。ドゥルガーの振るう10の手の内の5つを象った黄金の刃が、長重とともに振り下ろされた。

 「ぶっ潰れろぉ!」

 「時間止めそう」

 「ひゃあ!?」

 リツカの声は、自分の悲鳴で掻き消えてしまった。

 剛爪がドアに直撃した瞬間、当たり前のように弾き返されたのだ。と言っても、何がしかの壮大な魔術が発動した形跡はない。ただ単純に……まるで子供が木の棒でセメントの壁を叩くかのように、当然の反発力で弾かれたのだ。

 「おっと」

 弾かれたパッションリップが転びかける中、背後からリツカの手が肩を支える。肩に触れる、硬い、手の感触。ふわ、と抱かれるように匂い立ったリツカの体臭に、パッションリップは慌てて自分の足で立ち上がった。

 「ごごごごめんなさい私凄く重くて!」

 漫画チックな効果音でも伴ってそうな、それは綺麗なジャンピングだった。

 「いや? そんなことはなかったと思うけど」

 奇妙な動作をするパッションリップに、リツカはただ不思議そうな顔をしただけだった。はて、と手をにぎにぎして何事か確認した素振りをしてから、彼女はちょっとだけニヒリスティックに口角を持ち上げると、困ったように肩を竦めた。  

 「随分、頑丈な扉だ」

 「ごめんなさい、私役に立たなくて」

 「いや、今のはとても重要な発見だよ」

 言って、リツカは扉へと近寄っていく。しゃがんで南京錠に触るなり、彼女は小さく頷いた。

 「リップちゃんの筋力値の評価はA+。超破格の数値だ。多分、大海で戦った神霊のヘラクレスと同等か、ちょっと下くらい。ただ殴るだけで、最上位のサーヴァント……いや、神霊だって撲殺できる。そういう数値」

 「えっと?」

 「力技では解決できないってことだね。対粛清防御……じゃなくて伝承防御か? あるいはそれに類似した、何か特殊な条件をクリアしないと開かないんじゃあないかな。この世界で定められたルール……異界常識(アストラリティ)による制約にも近いかもしれないね」

 ほら、と南京錠を持ち上げるリツカ。しげしげと覗き込んでみると、本来あるべき鍵穴は見当たらない。ただ、つるりとした金のメッキで仕上げられた金属塊がそこにあるだけだ。

 「物理的な鍵、じゃあないんでしょうか。さっきの道の途中に、それらしきものは……」

 ふぅむ、と悩まし気に、リツカは手慰むように右側頭部の一房を指に巻き付けている。何の仕草なのかな、と不思議そうに見つめていると、彼女は一つ頷いた。

 「よし。あの鎧竜、サクッとやってしまおう」

 「え!? いいんですか」

 「ほら、ココ見て」

 リツカの指さす先。例の南京錠をよく見れば、何か、刻印らしきものがある。大きさはコイン程度だろうか。描かれている印は、

 「あ!」

 「あの鎧竜の背中に生えてた花。ヒナゲシの花だ」

 すっくと伸びる茎に、八重咲の花弁。間違いなく、あの鎧竜の背中に生えていた花だ。

 「まぁ、だからといってあの花が鍵とは限らないけど」リツカは、屈んだ姿勢から立ち上がった。「他に、何か思い当たるものがないしね」

 うーん、と伸びをするリツカ。出会った時から、彼女に対する、漠然とした印象は変わらない。ピアノ線のような緊張感、といった雰囲気は彼女にない。どこかのんびりしていて、呑気さすら感じる振舞をする。だけど、鈍麻というわけではない。その佇まいの裏で、色んなものを見て、感じて、考えている。真実、魯鈍な自分とは、違う。パッションリップは、そんな自覚に、無暗に悲しくなった。フジマルリツカは、自分とは違う生き物なのだ。

 「よし、じゃあどうやって倒すか考えようか」

 「あの……あれくらいの敵なら、普通にワンパンで倒せると、思いますけど」

 控え目に、おずおずとパッションリップは口にした。ちょっと目を丸くしてから、リツカは莞爾と表情を緩めてから、「私もそう思う」と朗らかに肯定して見せる。

 「じゃあ」

 「でも、可能なら安全に処理したい。1%以下かもしれないけど、あなたが傷つく可能性は、出来る限り低くしたいんだ。どれだけ長期戦になるかわからないし、省エネにも努めたいところだ」

 ……素直に、パッションリップは顔を赤くした。そんなことをさらっと言ってのけるリツカが、穏やかににくらしい、と思う。もちろん、それは戦略上の思考なのは、わかっているんだけれど。

 幸い、と続けるリツカは、多分パッションリップのその表情に気づいていない。いや、気づいているのかもしれないけど、気づいた上で、声を続けた。

 「【気配遮断】、これを活かさない手はないしね。正面からの強襲より、背後からの奇襲の方が一撃必殺は狙いやすいと思う。敵の行動パターンはもう把握もしてるし、私としては、安全策のこちらを勧めたいかな。どう思う?」

 「はい、あの。リツカさんが正しい、と思うのが、正しいと思います」

 言ってから、パッションリップは気づいた。

 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、半瞬ほどもない間、リツカは困ったように、あるいは悲し気に、表情を曇らせた。でも瞬きの間すらなく、「オッケー」と口にしてみせる彼女の表情には、さっきの僅かな嘆きは見受けられなかった。

 多分、気のせい。パッションリップは、すぐに自分の認識を否定した。だって自分は愚鈍なのだから、そんな機微など感じ取れるはずがない。そう、思っていた。

 「じゃあそうだな」

 ちょっとだけ、リツカは思案するように視線を彷徨わせてから、「5分待って。ちょっと考えるね」

 「良い感じに、あれを倒そう」

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