fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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艶嗤う鬼女と処刑人

「あら、かいらしいお后様やなぁ」

独り言のように、酒呑童子は呟いた。

ガラスの盾らしきものを召喚し、エリザベートの宝具を防御しきったサーヴァント。マリー・アントワネットと名乗りを上げたサーヴァントを、値踏みしているようだった。

ねぇ、と同意を求める様に、酒呑童子は小首を傾げた。愛らしいまでの仕草は、同性のマシュですら見惚れるほどのものだった。

だが、そんな屈託のない仕草は、この戦場にはあまりに不似合いだった。

「茨木も部下みたいなのおったなぁ、親衛隊って言うん? 強い鬼侍らせて、えろう威張りちらしとったなぁ―――」

少女らしい仕草のまま、酒呑童子は、不意に背後へと剣を薙ぎ払った。

虚空を斬るはずだった銀の大剣が、首元に迫った剣を打ち払う。鬼の膂力は首を刎ね飛ばす気勢の剣を、その剣士ごと弾き飛ばした。

「あんたはんも、あのお后様のお守なん?」

頸を斬られかけながらも、酒呑童子は殆ど意に介していない。あまつさえその剣士を睥睨する目には、喜悦すら混じっているようだった。

「―――僕は、そんな大層なものではないよ」

剣士が、立ち上がる。生真面目そうな、ローブを着た青年は手にした鎌剣を、再び構えた。

「私は、ただのしがない処刑人(エクスキューター)さ」

相変わらず、酒呑童子の表情は崩れない。そんな酒呑童子に怪訝な顔を向けながらも、剣士は厳しい顔を変えずに、面前の異形を見定めていた。

「サーヴァント、アサシン。盾のお嬢さんとそのマスター、貴女がたの助太刀に参りました」

「―――気を付けてください、そのサーヴァントは極めて強力です! まともに打ち合っては―――」

言いかけ、マシュは口をつぐんだ。アサシンのサーヴァントは無言で頷くと、ただ目の前の酒呑童子を、冷たく見据えた。

「あんたはん、イケメンやねぇ―――でも怖い目。うちはそういう目、好きよ?」

「痴れ言を。此度は聖杯戦争、であれば貴女と僕は敵同士だ」

「わからん人やねぇ、だからええんやない。殺し、殺される。そやし、昂るんやないの?」

「残念ながら―――僕にはそういった趣味は無いのでね!」

踏み出したのは、同時だった。酒呑童子の大剣を素早い身のこなしで躱し、己の鎌剣で逸らす。そうして自らが放ったのは、酒呑童子の首への、素早い一撃だった。

剣を振った、という気配すら感じさせない鮮やかな剣筋。恐らく、酒呑童子以外のサーヴァントが相手であれば、それで終わっただろう。あのアサシンのサーヴァントが持つ剣技は決して優れているものではなかったが、殊首を落とし処刑するという一点に関して、何者の追従を許さない純粋な太刀筋だった。

剣は走る。首を刎ねんと振り抜かれた剣が、酒呑童子の肉を引き裂いた。

だが。

それは、首ではなかった。

腕、だった。酒呑童子は既に襤褸になった左腕を剣の刀身に叩きつけ、剣筋を逸らした。首を刎ねるはずだった剣は空しく酒呑童子の頭上を過ぎ去っただけだった。

アサシンに畏怖が奔る。今の一撃で、左腕はさらに損壊し、傷口からは千切れた筋線維が飛び出し、削げた肉が地面に散らばった。だというのに、酒呑童子の風雅な表情は一切たりとも変わらなかった。

酒呑童子の剣が掬い上げるように振り抜かれる。股から頭頂部まで一直線に切り裂く剣閃は、

「―――させません!」

一瞬先に割り込んだ盾が、防いだ。

だが、剣の膂力は止まらない。防いだ盾ごとサーヴァント2人を優に吹き飛ばした酒呑童子は、この時初めて、僅かに眉頭を寄せた。

酒呑童子は、傷だらけになった左腕をしげしげと見た。そうしてから、大剣を地面に突き刺すと、右腕で左腕を引き千切った。

「悪特攻に首狩り。処刑人はん、あんた、うちの天敵やねぇ」

まるでゴミでも捨てるように、酒呑童子は自身の腕を捨てた。

「天敵一人に、防御専門のお嬢ちゃんが一人。流石のうちも分が悪いなぁ」

わざとらしく、悩むように額に手を当ててみせる。いや、多分、あれは本当に悩んでいるんだろう、とマシュは思った。酒呑童子の飄々とした仕草は、決してこちらをだますためのものではない。あれは、酒呑童子という存在そのものの立ち振る舞いのようなものなのだ。そのような事実として、マシュは、理解した。

「面倒やし―――まとめて蕩かしたろかねぇ?」

酒呑童子は、冷たく、そう言い放った。

骨の髄まで凍らせるような声。ぞわり、と背筋が震えた。

宝具がくる。先ほどのエリザベートのように、周囲のマナを貪婪に喰らい尽くすその様は、間違いなく神秘の開放―――宝具の開放に他ならない。

「死なすんは惜しいけど、それもしょうがおへんねぇ―――精々死なんといてね?」

酒呑童子は大剣を突き刺したまま、どこからともなく、杯を取り出した。

古い日本の酒器、だった。

「『千紫万紅・神便鬼毒』―――」

謡うような声音とともに、傾けた酒器から、透明な液体がこぼれた。

透き通るようで、酷く粘性にも見える液体はどろりと床に広がるなり、瞬く間に地面へと吸い込まれ―――。

「―――!?」

変化は、瞬く間に起こった。

視界が、不意にぶれた。吐き気が腹の底から沸き上がり、四肢末端が、痺れた。

思わず、座り込む。いや、座り込む、なんて生易しいものではない―――ずしりと肩に重しを乗せられたかのように、膝が、折れた。

「ふふ。いいモンやない、これ」

酒呑童子は蠱惑的な顔のまま、くい、と杯を煽る。するりと一飲み、ほう、と嘆息を漏らして頬を上気させた。

―――神便鬼毒。マシュは即座に、その宝具に思い当たる。

酒呑童子の最後は、酒に酔い、酩酊する最中に源頼光に首を斬られた―――とされる。その際に用いられた酒こそ、神便鬼毒。人に活力を与え鬼を毒する、神酒だ。

―――宝具とは、英霊に付随する伝承が形を成したものだ。故に、英霊が生前に振るった武器だけでなく、英霊が死に至ったその刹那が宝具と化すことは、十分にあり得る。酒呑童子のそれは、この類型だろう。

それ自体、マシュの知識にあることだった。自身の死に直結したものが宝具となる―――あり得ることだ。

だが、何故、と思う。

何故酒呑童子は、自らを死に至らしめたものを、あのように楽し気に、味わい、振るうことができるのだろう―――?

「お嬢ちゃんはもう無理やねぇ。そっちのイケメンは粘るなぁ、結構強めにいってるはずなんやけど」

地に臥すマシュの隣で、黒い外套の剣士はまだ、なんとか立っていた。剣を杖代わりにし、顔面蒼白になりながらも、目の前の敵から決して目を離していない。

だが、それだけだった。立つのでやっと、剣を振るう余力すら最早無い。できるのは精々、強がりのみ。そんな状態だった。酒呑童子も、よく承知しているのだろう。立ち尽くす剣士を見る目は、既に敵を見る目ではない。あれは、玩具を見る目だ。

「とことんうちとは相性が悪いんやねぇ―――それとも、却ってええんやろか」

アサシンは、応えなかった。あるいは、返答する余裕などとうに無かった。ただ、やっとのことで鎌剣を構えたのが、せめてもの返答だった。

「それじゃあ処刑人はん、あんたはんは食べごろになりや。いただいてまうけど、かまへんね?」

有無を言わさぬ軽やかな声。ころん、と小首を傾げたのが、合図だった。

酒呑童子は剣を地面に突き刺したまま、地面を蹴り上げた。まるで地を這うかのような低い姿勢で猪突した彼女は、ぐにゃりと、五指を開く。

まるでその様は、竜が大口を開けているようにも、見え―――。

「令呪を以て命ずる―――シールダー、宝具を撃て!」

ざくり、と声が頭蓋を貫いた。

誰の声か。判断するまでもない、聞きなれた声、耳に馴染んだ声は鼓膜をすり抜け、全身にいきわたる。全身の重い油のような倦怠感はそのままに、されど、彼女は己が盾を振り抜いた。

「―――『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

盾を大地に突き立てる。聳える盾を起点に、夢幻の城壁が展開する。左右に伸びた城壁は、酒呑童子とアサシンに割って入るように横たわった。

酒呑童子は、だが止まらない。城壁ごとアサシンを破砕せんと、右の剛腕を槍の刺突の如くに撃ち放った。

「―――あら」

が―――。

酒呑童子の攻撃は、城壁を貫くことはなかった。確かにその膂力は、幻の如き城壁を抉った。だが、破砕するには至らない。手首が貫通した程度で、その暴威は押し込められた。

瞬間、アサシンが鎌剣を振り抜く。狙いは首、過たずに放たれた薙ぎ払いが酒呑童子の首元へと駆ける。

最早防御する手立ては無い。左腕は既に無く、壁に捉えられた右腕を抜く時間は無い。確実に、鎌剣は、酒呑童子の首を刎ねる。

「ほんまに―――いけずやねぇ、あんたはんら」

酒呑童子の表情が、微かに歪んだ。余裕の表情は無く、色の無い表情は、氷の冷たさを想起させた。

直後、酒呑童子は、歯を見せた。歯、というよりは、牙。鋭利に生えそろった牙を見せたか、と思った刹那―――。

彼女は、鎌剣の刃へと噛みついた。

驚愕は、誰のものだったか。その光景を目にしたマシュ、リツカの瞠目の中、剣を振るったアサシン自身は、別種の情動を惹起させていた。

確かに、口で剣戟を受け止めるその様には、目を剥いた。だがそれよりなにより畏怖を抱かせたのは、剣が、動かないことだった。

あるいは、剣筋を見切れば、放った剣を咥えこむことは不可能ではないのかもしれない。だが、口で咥えられただけで、サーヴァントが両の手で渾身を込めているにも関わらずにぴくりとも動かなかった。押しても引いても、動く気配すらない。

まるで、巌に刺さった剣を引き抜こうとするかのような錯覚すら覚えた。後になって、アサシンは、そう回想した。

酒呑童子が、一歩、右足を引いた。そのまま引いた右足に膂力を込めた酒呑童子は、そのまま、鎌剣ごとアサシンをぶん投げた。

アサシンは錐揉みしながらも、転がるようにして受け身を取った。立ち上がるなり剣を構えたが、酒呑童子は、アサシンへと追撃は行わなかった。

「はぁ。これじゃあ、口裂け女やねぇ。ほんま酷い人らやわぁ、女の顔に傷つけるなんて」

ぐい、と酒呑童子は口角を拭う。それでも血は止まる気配は無く、両の口角から滴った赤い雫が、顎先まで伝った。

「毒も効かへんのねぇ。アサシンはんもうちの天敵やし……どないしよかねぇ」

困り果てた、というよりに、酒呑童子は嘆息を吐く。やれやれやわぁ、と独り言ちる彼女は、本当に、悩んでいるらしかった。

それにしても、と思う―――確かに、酒呑童子の言う通りだ。酒呑童子の宝具の影響は、最早ない。身体中に浸潤していたはずの毒気は無く、体調は元に戻った、と言って良い。

自分の盾の、効果。状況からして、そう理解するほかない。だが、そんな毒耐性効果は、自分ですら理解していなかった。

なのに―――何故。

マシュは、僅かに身動ぎし、背後のリツカを一瞥した。

「おとなしく首を差し出すがいい。我が剣、一切の苦痛なく落として見せよう」

「大層な自信やねぇ。でもうち、そういうのは好きやないわぁ。痛みが無く死ぬなんて、考えられへん」

酒呑童子は、吐き捨てる様に言った。明瞭な侮蔑の視線をアサシンに投げかけると、しっし、と手で払った。

「はよ消えはったらよろしおす。あんたはん、イケメンやけどもう見とぉないわ」

アサシンは、苦く、顔をゆがませた。怒気すら感じさせるほどの形相を見せたのも束の間。

しかし、彼は、剣を下げた。

「アサシン、どうして―――」

「外見上の優劣に拘泥してはいけません。確かに僕と貴女なら、あのサーヴァントを倒しきれるかもしれない。ですが、相手はそもそも全戦力を投入していません」

じり、とアサシンは一歩下がった。アサシンの視線の先を追えば、そこには、黒い聖女がつまらなそうに佇んでいた。

「それに、もう手はずは整っています―――アヴェンジャー!」

 

 

 

 

迫りくる竜の音激。威力を伴う咆哮が、彼女に牙を剥く。

迫りくる刀の斬撃。首を狙い放たれた一太刀が、彼女を捉える。

だが、どちらもその気品のある肌を傷つけることはなかった。彼女に襲い掛かる攻撃、そのどれもが硝子の盾に阻まれ、硝子の杭に貫かれ、悉くはねつけられていく。

彼女―――マリー・アントワネットはエリザベートと佐々木小次郎の猛攻、その全てを防ぎきっていた。

まさに鉄壁の防御。彼女を象徴するであろう硝子の盾、槍、あるいは城壁が次々と現れ敵を阻むその背は、雄々しい名乗りに相応しい威厳を感じさせる。それでいて軽やかに地を駆けるその姿―――まさしくそれは、王妃の佇まいに他ならなかった。

マリーが敵2人を翻弄している―――ならば、と藤丸は走り出した。駆け寄る先に、うずくまる人影。クロと、それを介抱するジャンヌの傍へと駆けた。

「クロもジャンヌも、大丈夫なのか!?」

「はい、私はなんとか。スキルと、それと彼女の宝具でもう回復済です」

頷きを返すジャンヌの表情は確かに良い。あれだけエリザベートにやられた傷も、すっかりと治っている。彼女は今回、【聖人】の中から選択したのはリジェネだったはずだ。それが功を為したのだろう。

だが―――クロは、そういったスキルを持たない。

「ごめん、カンニングして負けちゃった」

てへ、とクロは笑って見せる。表情は相変わらずだが、額には、冷や汗が滲んでいる。あまりにもわかりやすい強がりに歯を噛みしめながら、藤丸は彼女の腹部を見た。

傷は無い。既にある程度は回復しているらしいことは、一目で見て取れた。だが本調子ではないのだろう、げほ、と咳き込めば、血が―――。

「そ、そうだ! 礼装の効果に確か、回復が―――」

「いいえ、それではだめよ、マスターさん」

と。

頭上から、声がかかる。はっと顔を上げると、あの気品のある目が見返してきた。

硝子の馬に横すわりするマリーの華やかな顔が、そこにあった。

「今必要なのは、その場凌ぎではなくてよ?」

「でも、じゃあ」

「そちらの可愛らしい方は私に任せて? 聖女様、そちらのマスターさんのことを頼みますね」

硝子の馬が、ひょい、とクロを加える。そのまま背に乗るマリーが抱きかかえると、彼女は高らかに、声を上げた。

「それでは、出番ですよ―――先生!」

彼女の澄み渡る声が響く。

声の先―――奇妙な人影が佇んでいた。

紅蓮のような赤い衣装に身を包んだ、純黒の人影。いや、果たして本当に人なのかすら不明瞭な影が、すらりと佇む。

ぞわりと、何かが背を舐めた。その黒い影から発した、指向性を伴ったどす黒い気配。

影が十字の剣を掲げる。それを合図に、影の背後に何かが立ち上がる。蠢く光芒を十字剣で制すること秒未満、影は無骨に、剣の切っ先を振り下ろした。

「―――『至高の神よ、我(ディオ・サンティシモ・)を憐れみたまえ(ミゼルコディア・ディミ)』!」

光芒が炸裂する。炸裂と同時に弾け飛んだのは、音、だった。あるいは、怨楽(おんがく)というべきか。肌を炙るが如くに周囲に拡散した音はすぐさまに収束し、4騎のサーヴァントへと襲い掛かった。

「今よ! 皆さん、一目散に逃げますわよ!」

 

 

 

 

「逃げられたな」

佐々木小次郎は、漠と呟く。

既に戦場に殺意は無い。あるのは僅かばかりの余韻だけ。肩に担いだ長刀を擡げると、彼は、しみじみと眺めた。

あの双剣使いの少女―――真正面から己が秘剣を躱して見せた少女。決して流麗とは言えない巌のような剣筋を持つ少女を、この剣は堕とせなかった。

世の中、空飛ぶ小鳥以上に自由なものが、いるものだ―――小次郎は、小さく笑った。

「いやぁ今回は運が悪い。可憐な華かと思えば皆手厳しい」

「なぁに、小次郎はん。あんたはん、うちだけじゃ満足できへんの? いけずなお人やねぇ」

「美しい華はどれもそれぞれに美しいもの―――であれば、どの華も賞味せねば無粋と申すものであろう? なぁ、ランサー」

小次郎は軽妙に背後のエリザベートへと振り返った。

だが、彼女は何も答えない。柄になく真剣な表情をしたか、と思うと、彼女は何故か深く頷いていた。

「どないしはったん、ランサー?」

「なんでもないわ。ただ、いい得物が見つかっただけよ」

つん、とランサーはすましたように応えた。が、どこか楽し気な様子だ。

得物、とランサーは口にした。だがそれは、佐々木小次郎の求めるソレとは、毛色の違う欲求のようだった。ひたと彼女を見据えるのも一瞬、小次郎はすぐに、飄々と視線を投げた。

「全員、オルレアンに戻りますよ」

黒いジャンヌはそう言うなり、地面に臥していた飛竜の背へと飛び乗る。つい先ごろまで宙を舞っていた残り3匹の竜も、ジャンヌの指示に従い素早く地面に降りると、背を見せた。

「追跡は彼に任せます。小次郎、酒呑童子は傷を回復させなさい。それでは当分戦えないでしょう」




ルビがご機嫌斜めになりました。
どうして……どうして……
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