fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅲ-3

 ……基本的な話をすると。

 アーチャーにとって、戦う、とは一方的な暴力の行使であった。それは彼が絶対的な強者であったが故であり、そこに彼自身の驕りであったり情緒であったり、が紛れ込む余地はそもそもない。言ってしまえば彼の強さは世界そのものの運命であり、もっと言えば彼そのものが世界の運命とも言えようか。要するに、彼が戦う時彼の勝利は既に決定されていて、勝利という事象はただ呼吸のように自明な身体的所作以上でも以下でもなかった。例外を除いて。

 まぁ何が言いたいのかと言えば。

 「こちらSS02、所定位置についた」

 こうやって、不定の勝利に向かって着々と手を進めていく作業、というのは、彼には不慣れな作業だった。

 (SSリード了解、そこで待機)

 まして、誰がしかから指図されることは何より不慣れであった。厳つい面付きをなお厳めしく顰めているのも、仕方ないことだと思う。この優男面には悪いとは思うが、まぁ許せ、と内心独り言ちる。

 幸運があるとすれば、彼は唯一無二の存在でこそあったが、唯我独尊ではなかったことか。某どっかの金色と違って、不慣れなことに「面倒くさいな……」と倦怠を示すことはあれど、反発やら反骨やらを示すことはしなかった。ある意味、素直なのである。少年の心である。言い方を変えると、童貞の挙措ともいう。

 まぁ、これはこれで楽しめるか、とも思うアーチャーである。システムはシステムでしかないし、そうした倦怠があるから、あの時負けたのだ。殺し合う、という気迫において、カルデアのマスターたちに完全に気圧されていたことは認るに(やぶさか)かではない。ただ生理現象に身を委ねていただけの自分がどれだけの膂力を誇ろうとも、知略をもって“戦い”を挑んだものに勝てぬのが道理なわけだ。覚悟の差が勝敗を決する、などと子供じみた繰り言は無しにしても、そもそも“戦う”という意志がなければ勝ち負けもクソもあるまい。

 あの時、彼女らを支えていた意志はそう複雑ではない。ただ生き延びたい、という専心だけがそこにはあっただろう。そう考えれば、彼女たちもまた、戦いそのものに何某かの掛値をしていたわけではない、のだろうか。アーチャーにはよくわからない。

 そう考えれば、やっぱり、マスターはちょっと違うと思う。マスターにはそういう生への執着は感じられない。むしろ彼女が帯びる頽廃は、生きることとは全く別なものを眼差している。アーチャーとしては、その志向性そのものが気に入っている。

運命への忍従。運命に唯々諾々となるわけでも、そして反抗するでもない態度。ミレーの『落穂ひろい』に描かれた風景。ゴッホが手紙にしたためた文章。チェーホフの『桜の園』に描かれた、樵が振るう斧の音。そういう、ポピュリスティックな倫理性が、アーチャーは好ましく思う。

 「オフェリアのためになるならそれでいい」

 愚劣な殉教の姿を、思い描いた。

 

 

 ふぅふぅ、と嘆息一つ。心情の緊張を感じながら、パッションリップは、リツカと視覚共有したマップ、その自分の位置を確認する。

 自分を示すブリップは、マークされた座標にちゃあんと一致している。指定座標に到達した、と再三の理解を胸に落とす。

 あとは、自分のタイミングで戦闘を行うだけだ。ホール内での無線封鎖状態では他の皆の様子は杳として知れないが、多分、今か今かと戦端が開かれるのを待っているはずだ。

 広さ、1㎢ほど。高さは20mほどもあろうか、という半球形のホール、その中央地点に敵はいる。岩から削り出してきたかのような、高さ5mほどの(うてな)に頂く厳かな神像。白い衣に身を包み、朔月を思わせる翼を背負った人型。それを“戦乙女(ヴァルキュリア)”と理解できた理由は、多分、自分に習合する一柱のお陰だろう、か。このただの神像(?)を敵と理解できたのは、その頭頂部に、例によって珍妙な花が咲いているからだ。

 ふわふわで、白い花。木質化していない、背の低い花だ。花弁の形もちょっと珍しい。エーデルワイスと言うんだよ、と教えてくれたのは立華だった。この綺麗でちいちゃな花が、不滅や不死の象徴だと教えてくれたのもリツカだった。野生のエーデルワイスはほぼ絶滅してるけどね、と補足してくれたのも。

 この花さえなければ、倒すのは楽なのだけれど。叩いて捏ねて、谷に落としてしまえば一撃必殺、瞬殺で終わるのだがそうもいかない。あの花がキーになっているのはこの階層でも変わらずで、既にそちらも確認済みだ。まぁつまるところ、あの頭の花を残した上で制圧しなければ意味がない。

 ただ暴力を振るえばよいだけと異なって、面倒くさいと言えばそう。だけれど、その面倒くささは、心情の4割ほどを占めているばかりである。残り5割は、大体ポジティヴな心情だ。そのおおよそはリツカのことを念頭においた思考であることは、まあこの際置いておくとして。残り1割は虚無。

 ともかく、ものぐさなパッションリップらしからぬモチベ―ジョンがあったことは間違いない。ことここに至り、パッションリップに倦怠はなかった。

 最後の嘆息を漏らす。肺一杯に空気を貯め込んで、勢い身を屈める。両腕の巨重がある都合、パッションリップは、思いきり両足に力を込めて、砲弾さながらに飛び出すことで、駆け出すのだ。

 「行きます!」

 ぐん、とGが伸し掛かる。狙うは胴から首にかけて、右手に担い込まれたドゥルガーの神剣を叩き込む。

 視界の中、神像が動き出す様は、酷く緩慢だった。外皮を纏う岩くれが崩れていき、白亜の礼装が露わになる。白鳥を想起させる純白の人型の右手に握られた光槍が、『大神宣言(グングニル)』であることは、パッションリップにはすぐに理解できた。魔性を滅ぼしあらゆるものを徹す槍。その模造品だが、喰らえばパッションリップとて無事では済まないだろう。何せ、それは()()()なのだから。

 でも、そんな想定が意味をなさないことはよく知っている。だってこの一撃でこの生命は死滅するのだから。如何に大神()が遊星を模造して作り上げた戦乙女(ワルキューレ)とて、戦神が携えた神授の武具の前では人間とさして変わらない。あの時、巨人のうなじを抉り取った時のように。【気配遮断】を解いて突撃するパッションリップより早く、その槍が届く道理はない。その槍が届くより早く、この剣は、首を、

 「あれ」

 ざ、と何かが奔った。身体を駆け巡った身体性、感覚の地図に思案を巡らせ、なんだかおかしいなあ、と思い、

 

 

 (リップちゃん!)

 鋭いリツカの声を聞く間でもなく、アーチャーはその光景を目にしていた。

 パッションリップの右腕が、宙を舞っている。切断面から尾のように血飛沫を引きながら、あの巨腕が斬り飛ばされている。

 だが、アーチャーが目を見張ったのはその点ではない。あれが真性にワルキューレであることなど容易に理解できる。そしてあの槍が、忌々しいオーディンの神槍であることも。模造品だとしても、あの槍がグングニルであるなら、むしろパッションリップを害するのは自明だった。何せあれは、魔性を殺すこと以上に、正しい姿をしていない生き物を害することに特化している神槍にして霊槍。大神の放つグングニルはあらゆるものを破壊するというが、その本領はそこではないのだ。

 だから、アーチャーが瞠目することがあるとするならば、その結果に、ではない。その過程だ。

 攻撃の初速は間違いなくパッションリップが先だった。にも関わらず、後に動いたはずのワルキューレの一閃が届いたのだ。原因は明らかだった。あの剛爪がワルキューレに中る寸前で、パッションリップが攻撃を()めたのだ。

 いや。

 ()めた、という方が正しい、か?

 (令呪……クソ、自分に!)

 アーチャーが大砲を構えたのと、リツカの鈍い声が耳朶を打つのは同時だった。

ホール入口から駆け出す赤銅色の髪が視界に過る。マップに表示された光点(ブリップ)がその挙動に重なり、思わずアーチャーも声を上げていた。

 「しゃしゃり出るな、俺が殺る!」

 (ダメだ、あの距離だと巻き込む!)

 覚えず、歯をかみ合わせる。リツカの言葉に感じる強制力は、彼女のマスターとしての性能故のものではない。ただの正論。噛みしめたのは、ただその事実に対する納得でしかなかった。

 (私がやる!)

 無茶だ、と掣肘する暇はもうなかった。あるいは自分が剣を抜けば、という思考が始まったのは酷く鈍重で、もう決行は済んでいた。

 (Fugly father fucker(こっちだクソ野郎)!)

 疾駆のまま、リツカが右手を翳す。既に令呪一画は消費済み。右腕を囲うように展開した多重の魔法陣は、今から発する指差しの呪い(ガンド撃ち)が、死の呪いに匹敵することを示していた。

 シングルアクションの速さながら、その火力たるやテンカウントのそれに匹敵する。相手が仮にサーヴァントであっても害するに足る火力だろう。

 (ファイア!)

 過たず、黒白の火箭が光軸を描く。疑似展開された魔法陣を巡って加速した魔弾は、最早砲弾とすら呼びうる様相だった。秒速1000mの速度で放たれた魔弾、その軌道がワルキューレの背に向かう。

 咄嗟、ワルキューレが横に飛ぶ。背後からの奇襲を察知し得たのは、それが二度目の攻撃だったからか。

 明瞭な回避機動。にも関わらず、魔弾はワルキューレの肢体を捉えていた。

 弾道が曲がった、なんて道理はない。リツカが行ったのはただの見越し。ワルキューレの回避をその挙動だけで理解して、見越し射撃を行っただけのことであった。

 単純な道理だった。だが、それだけに空恐ろしい。なんの魔術もなく小細工も無く、純粋な技倆だけでワルキューレの運動性能を瞬時に理解して、精密な見越し射撃を放ったのだ。如何に下位に相当するとて、戦乙女(ワルキューレ)の性能は現代の魔術師のそれを遥かに凌駕するというのに。

 弓兵に相当する英霊ならば、その超絶技巧も理解できる。だがあの女はただの魔術師なのだ。しかも彼女自身は、魔術師としては凡愚の類だというのに。

 研ぎ澄まされた、“戦う”ことへの嗅覚。積み上げた知性がそうさせるのか、それとも類まれなセンスがそうさせるのか。何にせよ、アーチャーはただ畏敬する。目の前に、そのようにして在る藤丸(ふじまる)立華(りつか)、という存在者に。

けれど。

 濃縮された呪いが弾け、周囲に撒き散らされていく最中。黝い燐光が乱舞するその中に、白亜の体躯が覗いたのは、必然と言えば必然だった。

 当たり前の話だけれど、ワルキューレは、神代に創造(うみおと)された天よりの御使いなのだ。身にまとう白鳥礼装(スヴァンフヴィート)はかの大神の加護が形を成した、物それ自体。それだけで高ランクの対魔力を発揮する礼装を前に、現代魔術師のガンド撃ちで撃破できないのは、当然の話なのだ。

 だから、むしろその光景自体はやはり驚くべきことなのだろう。あの星見屋どもが作ったという礼装から放たれた、フィンの一撃に匹敵する指差しの呪い(ガンド撃ち)。その一発だけで、ワルキューレの身体の半分は捥げていた。

 千切れ飛んだ左腕。ぼたぼたと崩れ落ちる腐肉。抉れた脇腹から零れているのは大腸か小腸か。剥き出しになった肋骨から覗く左肺が、健気に膨らんでは凋む動作を繰り返している。案外人間の作りに似ているな、などと、場違いな思考がアーチャーの脳裏を巡る。じわじわと身体を這いずっていくどす黒い魔力は呪いそのものの為せる業か。

 人間ならば、恐らく死亡している状態だろう。いや、なんら加護もなければ対魔力もないサーヴァントであれば、この一撃で致命傷になりうる。そういう攻撃だった。

白鳥礼装と、それを纏うワルキューレの荘重たる身体の勁さ。そしてそれに拮抗する現代の礼装。戦う、という殊の本質だけが、この瞬間に、剥き出しにされていた。

 リツカの舌打ちが飛ぶ。それが、この本質的事象の結末だった。リツカのガンド撃ちは致命傷を与えた、それは違いない。だが、ワルキューレはそれを耐えた。礼装と自らの身体性で以て耐えきった。それがこの戦術レベルの帰着であって、要するに、リツカの戦術的敗北を意味していた。

 満身創痍ながら、駆け出したワルキューレの速度は変わらない。どれほど摩耗してもくじけぬ精神から繰り出される挙動。あるいは死の呪いに令呪一画分の魔力を叩き込まなければ、彼女であれば躱すこともできたのだろう。だがそれは詮の無い思考に過ぎない。強大な魔力投射を放った直後のリツカに、その猪突を躱せる道理は一つたりともなかった。

 ざくり、と光の杭が彼女の体を徹った。穿たれたのは胸元、さくりと貫いた途端に血の飛沫が舞って、リツカの身体がか細い葦のように崩れ落ち、

 「アーチャー、今!」

 ざ、とヴィジョンが視界に飛ぶ。為されるがままにアーチャーが大砲を構えた途端、圧し折れるリツカの身体が跳ねた。

 左足の一歩でワルキューレとの距離を詰める。同時、掴みかかった腕を振り上げワルキューレの身体を持ち上げ、蹴るように差し込まれた右足が股関節部に突き刺さる。ぐるん、とリツカが背を屈めて地面を後転して、それが終わりだった。

 気が付いた時には、ワルキューレの体躯が、酷くあっさり宙を舞っていた。ぽーん、なんて擬音語が脳裏を浮かぶほどの呆気なさ。宙に転がされたワルキューレの表情は酷く間抜けで、多分、事態を飲み込めていなかった。

 リツカの手に、エーデルワイス、とかいう花が握られているのは既に目にしていた。だからあとは、この大砲で爆殺するだけだった。

 アーチャーが砲を熾こす。放たれた虹光は吸い込まれるように宙に投げ出されたワルキューレに直撃し、ぷくりと膨れがあった肢体が千切れるように四散した。びちゃ、と飛び散った肉片が火砲の灼熱に炙られ、肉の焼ける臭いが鼻を衝いた。

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