fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅳ-3

 視界が啓いた。

 さっと網膜を彩る閃光。思わず目を細めてから、藤丸立華は、目の前に拓いた景色に、ほう、と息を吐く。

 視界一杯に拡がる色鮮やかな花々。知っている品種もあれば知らない種もある。四方は夢幻に拡がっていて、空にもあの陰鬱な洞窟はない。抜けるような青空だった。

 秘密の花園(シークレットガーデン)、というものがあるのなら、多分、こういう景色なのだろう。そんなことを、ふと思う。どういう理屈なのだろう、と思ったが、どうでもいいことだった。素直に感心しながら、リツカは幾分か申し訳なく、その花畑に踏み入っていく。

 目指すべき場所は、もう知っている。視界の彼方、聳える灰色の塔がそうだ、と直感的に理解する。

 なるべく花を踏まないように、それでも少しは踏み荒らして、リツカは一直線にその塔へ向かう。

 どのくらいの時間歩いていたのかはよくわからない。永遠のように短かったかもしれない。刹那のように長かったような気もする。時間が混濁しながら、リツカは塔の麓に辿り着いた。

 近づいてみればなんのことはない、5mほどの小さな塔。エーデルワイスが咲き誇る大地に聳えた塔の根元に、彼女は、居た。

 ──オフェリア。

 直径2mほどの塔に、彼女は埋め込まれていた。肢体を塔に飲み込まれ、胸郭から上だけが、まろびでた内臓みたいに外気に晒されていた。さわさわと大気を巡る微風に、彼女の綺麗な栗色の毛が揺れた。

わがままにも程がある、と思う。でも人間なんてそんなものだ。

「今なら、ベリル(あのクソ野郎)の気持ちが少しはわかる気がする」

 まあどうでもいいことだが、

 白い小さな花を踏まないようにしながら、リツカは、おっかなびっくりと、オフェリアの頬に手を振れた。酷く、冷たかった。

 口を開きかけて、リツカは口を噤んだ。言うべき言葉が何のか、言いたい言葉が何なのかすらもわからず、沈黙に声を押し込めた。軽率に、なりたくはなかった。

 「オフェリア」

 やっとのことで声を出した。いや、声を出したというか、声が出た。勝手に。喋り始めてから彼女は慌てたが、もう詮の無いことだった。多分、それをヤケクソと言うのだろう、と思った。

 「所長もキリ様もペペさんもカドック君も。ヒナちゃんも、デイビットも、あのクソも、みんな先に逝ってしまった。後輩君も、マシュも」

 酷く、リツカは顔を顰めた。彼女はそもそも、喋る、と言う行為が、苦手だった。得てして人類そのものが喋るように作られていないように。

 紛らわせるように、彼女は“やれやれ”とわざとらしくため息みたいなのを吐く。うつむきがちに右側頭部の髪を弄りながら、

 「寂しいよ」僅かに、この視線だけが、彼女を見た。「残されるのは」

 

 

 アーチャーがその気配に気づいた時には、全てが完了したことを悟った。

 この目線は扉の方へ。なれば、過たずの姿が目に入った。

 身長、僅か149cmの矮躯。ゆらゆらと揺れる銅の沈殿物みたいな髪色の彼女は、両の腕に、彼女を、抱きかかえていた。

 「無事に済んだようだな」

 嘯く“巌窟王”。あぁ、と応えるアーチャーの声は、所在なさげだった。

 「自分の手で救い出したかったか?」

 「結果が良ければ過程は問わない」

 嘘だな、と思う。じゃなければ、わざわざ巨神の限界を超えて縁を辿ってくるなんてことはないし、あの間男にこの身体をわざわざ借りるなんてこともしなかった。要するに、アーチャーは、まだ童貞なのだ。思考が。

 もちろん、そんなアーチャーの機微など理解しているのだろう。くつくつと嗤う“巌窟王”を横目に、ちょっとだけ気分を悪くする。まぁでも、それでもいい、とも思う。開き直って、とりあえず笑うことにした。こういう時は、笑えばいいと思う。

 「ク……」

 「クハ」

 「クク……クク……」

 「クハハハハ!」

 「陰キャの大合唱」

 胡乱げな眼差しの彼女。彼女にしては「煩いよ」と言いたげなのは、抱きかかえる彼女と、まだ休眠中のパッションリップを慮ってのことだった。慌てて口を噤むアーチャーに対して“巌窟王”は、ただ肩を竦めた。

 「ご帰還召されて何よりだ、カルデアのマスター。これで俺もやっとここから出られるさ」

 「出ようと思えば出られたんじゃないですか、モンテ・クリスト伯」

 「女をほっぽり出すして逃げ帰るほど人間ができちゃいない」

 気分良さげに胸を張る“巌窟王。相変わらず顔色は病的で不健康な面構えだが、ふんす、と鼻息を吐く姿は、ともすれば健気にも見えた。

 「じゃあ帰ろうか」なんとなく、彼女はそわそわしていた。「最初のところに行けばいいのかな」

 「ここから何時間かかると思っているんだ」

 「いやでもそこしか」

 “巌窟王”が顎をしゃくる。彼女は不思議そうに、件の男を……アーチャーを見やった。

 頷くアーチャー。「奴にも手柄があるべきだろうさ」と嘯く黒い男の言葉にも得心したように彼女も首肯すると、「リップちゃん、まだ起きそうもない?」

 「あぁ」アーチャーも、パッションリップの姿を殊勝に見下ろしていた。「何か伝えておくか?」

 「そうだな」そのつもりだった癖に、彼女は悩まし気に眉を寄せた。彼女は口下手なのだ、自分と同じで。「頑張って、って」

 「了解した。では俺からも」

 「ひょ?」

 「お前がマスターで良かったよ。藤丸立華」

 一拍ほどの、間。にへら、と照れ笑いした彼女は、誤魔化すように髪を掻きまわそうとして、できないことにちょっと気まずそうにしていた。

 「では、良いものを見せてもらった礼だ。こちらも抜かねば無作法というもの」

 抱えていた大砲を、地に置きやる。

 空手のまま、アーチャーはその両手に空想を握りしめ、構えを執る。

 構えは上段。掲げた手のひらに、超重の幻想が圧し掛かった。

 身体が熱いな、と思った。自明のことだった。この剣を抜く時は、自らの玉体をこの肉体の檻から解き放つことと同意。所詮人間の身に振るうべくもない魔剣を振るう代償は、当然の焼却だった。身体を構成する真エーテルを薪に、燃える剣をこの手に抱握する。

 其は、世界を滅ぼすはずの剣。災禍を齎す太陽の如き剣。世界を剥ぎ取る剣こそは、この空想を終わらせるに相応しい剣。

 名を呼ぶ彼女の声が聞こえた気がする。気のせいではないだろうが、実際に聞こえはしなかった。何せもう“耳”という器官がない。

 せめて残っている目で、()()を見た。栗色の髪の彼女を。

 この目が遭う。彼女にとっては初めてで、自分にとっては二度目の、炎の中の視線の邂逅。満腔の思いがあった。そうとしか言えない感慨は、アーチャーだけのものだった。彼女はそれを共有することはなく、またその未来も、きっとこない。遷延された未来に待っているのは、彼には想像もできない。

 ……クク。

 ()()()()()()()。それがきっと、彼女にとって、良い未来なのだから。

 ……幾ばくかのやせ我慢をして。

 アーチャーは、大きく構えたその剣を振り下ろした。

 さあ、ご照覧遊ばせたもう。これこそは太陽を超えて輝く炎の剣にして杖。全てを焼き尽くし、その後に新たな世を切り拓いた、

 「」

 

 

 ……すまない、と思った。折角借りたものを、と思った。

 いいじゃねえか、と声が還った。お前は立派だよ、と朗らかに笑う、燃えるような快男児の声だった。

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