fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅰ-2

 旧テネシー州ナッシュビル。

 同州の州都に認定されている街であり、アメリカ合衆国全体を見ても大きな都市である。同州の文化・経済・政治的中心地でもあり、交通の要衝でもある本州都は、アメリカ南東部の都市の中でも、歴史上重要な位置をしめてきたと言っても差し支えない。

 最も、それは()()()()()においては、という脚注がつくわけだが──。

 

 “私”がその街へ来た時の第一印象は、荒廃、という2文字だった。

 いたるところの街並みは破壊され、無事な建物を探す方が難しい。明らかに戦火に巻き込まれた後だ、と“私”は直感的に理解できた。相変わらず記憶が戻る気配はないが、“私”はこのような焼け出された土地に見覚えがあるようだった。とは言え、全てが塵芥と化しているわけでもないことは見て取れた。無事な建物や損壊の程度には、人が済んでいる形跡がある。

 ベオウルフに連れられ、“私”が通されたのは、ナッシュビル・ダウンタウンに聳える、テネシー州議会議事堂跡、だ。ギリシアの気風を思わせる建築様式で、まだ新しさを感じる。とは言え、新しさを感じるのは、あくまで無事に残った部分に関しての話だ。強大な攻撃にさらされたらしい見事な建物は屋根が吹き飛び、地面にはその残骸が敷き詰められている。散らばる残骸を後目に、“私”は議事堂場内へと案内された。

広い空間に、乱雑にテーブルと椅子が散乱している。その一角に、彼女はいた。

 ベオウルフが遠くから声をかけると、思い出したように顔を上げる彼女。くすんだ赤銅色の髪に、酷く濁った黒い目の女性が手を上げて挨拶を返す。その隣に座る、やや恰幅のいい白髪の男も、礼儀正しく立ち上がった。

 「こうして顔を合わせるのは初めてだね、アーチャー。私がフジマルリツカ。とりあえず、今ここの街の、軍事部門の責任者の1人……というところかな」

 手を差し出すリツカ。落ち着いた物腰の女性だが、まだ若い。それに、小柄だ。何より、酷く疲れているように見えた。

 「こちらがヘンリー・マードックさん。街の人たちをよく見てもらってます」

 「ヘンリーです、いやあまた英雄さんが増えてくださって心強いですなぁ」

 白髪頭の男……ヘンリーは人の好さそうな顔を浮かべ、手を差し出してきた。アーチャーです、と応え、“私”も遠慮なく手を差し出した。

 「しかし記憶がないんだとか。大変ですな」

 哀愁あるように眉を顰めるヘンリー。なんとなくだが、素朴に気のいい男なのは伺い知れた。

 「じゃあ俺は仕事に戻らせてもらうぞ」

 「うん、ありがとう」

 踵を返すベオウルフ。“私”に鋭い一瞥だけを渡すと、ベオウルフは足早に議事堂を後にした。

 「さて、と」腰かけて、というリツカのジェスチャーに従い、“私”は腰を下ろした。艶やかなマホガニーに柔らかいクッションの効いた椅子だ。「まずはお礼を」

 「戦いに協力してくれてありがとう。あなたの力にはとても助けられた」

 軽い目礼と、深い声だった。“私”は幾分か心が軽くなるのを感じた。今のところ、“私”の取り柄は、忌まわしき戦う力しかないのだ……。

 「いえ、私はただ指示にしたがっただけですから」

 「ちゃんと全員帰ってこれるのが、一番いいから」

 何気なく、リツカはそんな風に言う。なんでもないように言っている……言い繕っている。

 よく見れば、ヘンリーも沈んだ表情だ。これまで、どれだけの戦いがあったのかを想像させる。

 「まず、私たちの要望はあなたの戦う力を貸してほしい、ってこと。正直、結構厳しい状況でね。これ見て欲しいところなんだけど」

 リツカがポケットから差し出したのは、小さな金属質の箱のようなものだ。それを軽く操作すると、空中に青白い光が浮かび上がった。

 「アメリカ大陸の地図。といってもカナダとかメキシコとかは無いから省いてるんだけど」

 ちら、とリツカが視線を送ってくる。地図とは何か知っているか……という確認らしい。目礼で頷くと、彼女も僅かに頷いた。

 地図の北東部、広範囲にわたって赤くマッピングされた領域がまず1つ。その対極に位置するように、南部に緑色にマッピングされた領域が1つ。そうして、その2つに挟まれるように、青い点が1つ……。

 「私たちの最大目標は、こいつらを倒すこと」

 リツカが指さす先、こいつら呼ばわりしたのは、赤くマッピングされた場所だ。私たち、という言葉を強調したことが気にかかったが、“私”は特に今は踏み込まないことにした。

 「とは言え、まぁそれは大分先のことでして。直近で私たちがしなきゃいけないのは、この街の人たちをこっちに避難させること。そうして、それまでの期間、この街を守ること。その協力をして欲しい、というところかな」

 暗に、その先の協力は求めていない……というような口ぶりで、リツカはもう一方にマッピングされた領域を指さした。

 つい先ごろの戦いが、脳裏に浮かんだ。奇妙な形の化け物と、黒々とした人型の何かが相争う光景は、酷く惨いものに見えた。

 「私で良ければ、喜んで手伝わせていただきます」

 “私”は勇んで応えていた。リツカはちょっとだけ、びっくりしたように目を見開いたようだった。“私”の即答が思いがけなかったのだろう。

 「記憶はありませんが、力あるものは民草を守るべきだ、と。何故かそのように思ったので」

 「聖ジョージも同じようなことを仰っていましたねえ。英雄の皆さまは誰も気位が尊くいらっしゃる」

 にこにこと、懐かしむように言うヘンリー。一度だけ、それでも深く首肯すると、リツカは思わずと言うように言った。「そう言っていただけると嬉しいよ」

 「質問が」どうぞ、と身振りで示すリツカに、すぐに従った。「私が戦った時、2つの勢力が争っていたかと思います。察するに、この上下の勢力とは別な脅威があるのでは」

 「話が速くて助かるよ。ただ、そちらに関してはちょっと事情が込み入っててね……。簡単に言うと、コロンビア……ええと、ここらへんかな。ここから、無秩序に湧き出てくるのがこれだ」

 地図の一部……自分たちの所在地、ナッシュビルに近しい位置を指さしながら、もう一つ、空中に映像を映し出した。

 どす黒い影のような何か……厄人、と呼ばれる、サーヴァントの成れ果てが映し出されていた。

 おおむね、彼らはシャドウ・サーヴァントと呼ばれるものに近しいという。サーヴァントの残留霊基を元に発生した、霊的な集合体……らしい。どうやら、“私”は小難しい魔術的な話への造詣は深くないようだった。

 「これに関しては、とりあえずは保留というか。単純に敵というわけでもないんだ」

 「敵の敵、ということでしょうか」

 「味方ではないですけどね、まぁそういう理解でいいかなと。彼らのお陰で、本当の敵の戦力を分散できてるってところで。それに、彼らは貴重な資源にもなりますから」

 ヘンリーはそわそわとリツカを見ていた。何か言いたげな様子だが、ちょっとだけ思案してから、言うのをやめたようだ。

 「では、こちらは味方ということでしょうか」

 「そうなりますかね。まぁ最近やっと協力関係を築きつつある、という感じです」

 “私”がもう一方のエリアを指さすと、リツカはそんな風に言った。やはり単純な味方関係、というわけではないらしい。案外難しい世界だぞ、と“私”は思わざるを得なかった。リツカの心労のたまった表情は、そうした小難しい世界を渡り歩いたことの気苦労のように思えた。

 「それで、私はまず何をしたらいいでしょうか。火急にて戦う必要はない、と思いますが」

 「とりあえず、今日はオリエンテーションみたいな感じで1日過ごしてもらおうかと思ってる。正直、まだアーチャーさんにどうこの街のために働いてもらうかしっかり決まっているわけじゃないからね」

 幾分か、リツカは申し訳ないように肩を竦めた。スカウトしておいて、という気兼ねがあるのだろう。だが、“私”は一向に気にしていない様子だった。そもそも、ついさっきまで身寄りどころか記憶のない流浪の身分だったのだ。そういう世捨て人のような生き様がどれだけ生命に厳しいものなのか、“私”は十分に知り尽くしている……ように感じられる。寄る辺があるというのは幸いなことだ。

 「じゃあ、ちょっと案内する人が来るからちょっと待ってましょうか」

 案内係、が来たのはそれから10分ほどしてからのことだった。リツカが所属する組織のことやヘンリーがかつては新聞社の編集長を務めていたこと、などを喋っていると、その気配に気づいた。ワンテンポ遅れてリツカが顔を上げると、表情が和らいだようだった。

 「はぁい、あなたが新人さん?」

 “私”は思わず彼女の容貌に嘆息した。と言っても、何か女性的なものに対する感慨というわけではない。秀麗な美術品の見事さに感心するような、そういう美質が彼女には在った。

 「メイヴよ。よろしく、お強いアーチャーさん」

 それが、彼女の名だった。白いドレスに黒のエプロンはそんなに身綺麗さを感じさせないが、それでも余りある彼女の美質は、そんな佇まいすら趣を感じさせる。それでいて、近くで見ると、結構挑むような眼差しが印象的だ。気高き女王。そう言う言葉が似あう女性だ。

 「それで」“私”は早速、礼儀にのっとって挨拶をしようとしたが、メイヴはさっさと話しを始めてしまっていた。「何を教えればいいワケ?」

 「そうだね、とりあえず今日休む場所とか見繕ってもらって。あとヴリトラのとこ案内してもらおうかな、そっち手伝ってもらうわけだし」

 「仲達さん、まだなんだっけ?」

 「予定だとあと3日くらいだったと思うけど。そっちはネロに任せるよ」

 ……なんとなく、だけれど。

 2人は仲が良いんだろう、と感じさせる。2人ともしっかりした印象の女性、というのは共通するが、何か本質的なところで相違がある……と思ったのは、果たして気のせいか。“私”は素直に、その印象を、印象の通りには受け取っていた。

 「オッケー、いいわ。とりあえず、()()()中心てことでいんでしょ」

 リツカが頷くと、メイヴは子供っぽく笑って肩を竦めて見せる。“私”は何事か言いかけたが、それよりも早く、メイヴの目が“私”を捉えていた。

 早く立ちなさい……とでも言うように、どこか見下ろすような視線だ。厭な目だ、と思った。遍くを睥睨し蔑視する、閲する者の眼差し。王者として生まれながら、天性の無頼者の視線だった。そういうものは、“私”はどちらかと言うと好ましくは思っていないようだ。特に、この値踏みしてくるような目が、なんとなく苦手だなと思った。それでも稀有に感じるのは、あまり嫌いにはなれない人のよさそうな佇まいもあることだ……。“私”は立ち上がった。

 「それでは今日一日はゆっくり休んでください。メイヴさんもよろしくお願いします」

 ヘンリーが言う間に、リツカは、軽く礼をしていた。“私”もありがとうございます、と手短に挨拶を終えると、さっさと歩き始めたメイヴの後を追った。

 

 

 「いやぁ中々の美男子でしたな、アーチャーさんは」

 ヘンリー・マードック。今年で60を既に越え、既に人生色々と経験してきた男は、そんなことも何の気なしに言えるものである。今更、自分の容貌と同性の男と外見の優劣について思い悩むほど若くはなかった。

 「悪い人には見えませんでしたけど……本当にそんなのが当てになるんですかね。所詮はただの元文屋ですよ私は」

 「いやあありますよ。所詮、私は19のクソガキですから」

 エントランスから出ていった2人の背を見送ると、リツカは草臥れたように椅子に腰を下ろしていた。

 「人を見る目なんて、人生経験を積むことでしか養われませんよ」

 「大した人生経験でもありませんけどねえ」

 「でも現に」リツカはちょっと笑って見せた。「今いるサーヴァント(ひと)たち、みんなヘンリーさんが良い人だなぁって思った人たちでしょ。ちゃんとコンバットプルーフがあるんですよ」

 正直なところ、よくわからないところではある。いわゆる敵側の工作員(スパイ)……サーヴァント含め……をことごく“処理”しているのはリツカなのだから、彼女の方がよっぽど見る目があると思うのだけれども。まぁ、深くは考えないようにしよう、とヘンリーは思うのだった。物事は深く考えすぎないようにするもんだ。

 「英霊なんて連中は、大抵異常者だから歴史に名前を残してるんですよ。ちゃんとした立派な大人が見て、“この人変じゃないな”って思う人ってのは大事なこと……ってことじゃないですかね」

 「リツカさんもご立派でいらっしゃるかと思いますけどもね」

 「おだてんでください。すぐボロがでちゃうんで」

 そういうところが立派なんだ、と言いかけたが、ヘンリーは言うのをやめた。しょうもない水掛け論みたいな、なぁなぁの会話が展開されるのが分かったからだ。彼女はそういう会話を特に好むわけではない。

 「今日もおいでなんですか?」

 「まぁそれは。エリエリ、もう大丈夫」

 リツカが2F観覧室の方を見やると、案の定、ひょこりと人影が顔を出した。向かって反対側の観覧室にももう1人。それぞれ、サーヴァントの方々だ。()()()()()()()()()()、宇津美エリセと……おや、もう1人は違うようだ。

「ヴリトラさん……ですかねあれ」 

 ヘンリーは鼻にひっかけた老眼鏡越しに遠くを見やった。あの金綺羅の髪に、結った髪を纏める青い髪留めからして、ヴリトラに違いなかろう。見るからになんというかケバケバしているが、結構いい人である。いや人じゃないんだっけか。

 「あれ、でもさっきヴリトラさんのところにやったんじゃないでしたっけ」

 と言う間に、ひらひらと手を振るなり、彼女はさっさと窓から飛び出していった。はて、と目を丸くしている間に、さっと2Fから飛び降りてきたエリセは、興味津々な様子で「で、お眼鏡には叶ったの?」

 「大丈夫みたいだよ」

 「なら安心」

 ちら、と愉快そうに一瞥を渡してくるエリセ。例の話だろう。ちょっと居心地悪く肩を竦めると、彼女は屈託なく笑みを浮かべていた。彼女も、ヘンリーの「鑑識眼」を信じているらしい。

 「まぁオベオベのこと良い人認定したのは今もってファインプレイでしたよね」

 「オベロンさんですか? 素直ないい子だと思いますよ。まぁちょっとひねくれてますけど、人間そういう時期はありますし」

 「オベロン(あれ)をそう表現できるの、マードックさんくらいじゃない?」

 「あれ、そう言えばオベロンさんはどちらで」

 「仕事なんだって。オベロン、怒ってたよ?」

 「ってことは喜んでたってことだ」

 「あの人らしいですねえ」

 ね、とリツカを顔を見合わせる一方で、エリセはげんなりしている。まあ、確かにオベロン……性質上、よくエリセと行動を共にしているサーヴァントの1人だ……はわかりにくい人だな、と思うが、まあ若い頃はみんな尖ったもんだと懐かしくもなったりする。

 ……なんというか、ただ楽観的なだけなんじゃないかなぁ、と我ながら思うヘンリーであった。皆さま方の方がよっぽどしっかりしてらっしゃる。親しい人たちに大事があったというのに、世界、だなんてものを背負っている2人には頭が上がらない。

 はて。親しい人、と言えば。

 「そう言えば、そろそろお時間では」

 「あーそうだった! すんませんヘンリーさん」

 「またオフェリアのところ? 仲いいね──」

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