fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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今回は一部文章にて御形サンのINTが著しく下がりました。
校正してて思わず突っ込みました……


灰の男と百合の花

「―――ふう。はい、ここまで逃げれば大丈夫かしら」

マリー・アントワネットは騎乗する硝子の馬を制止させると、穏やかに周囲を見回した。

鬱蒼と茂る森の中。藤丸も周囲を見回してみたが、不審な影は見当たらない。

マップの情報から、現在地はラ・シャリテから北南20km地点。人の歩いた道があるところを見ると、人の出入りのある森のようだ。

「ロマン?」

(あぁ、その他センサーに反応は無い。追手は無い、と判断すべきだ。それとちょうどその周辺に霊脈の反応がある。マシュ、召喚サークルの設置をお願いできるかな)

「了解、ロマン。マシュ、お願い。それと、マ―――マドモアゼル・マリア? ここで一度休憩、ということでよろしいですか?」

リツカは、どこかぎこちなくマリーに言った。マリーは意外そうな表情すると、すぐに表情を和らげた。

「まぁ、そのように私を呼ぶ方はそういらっしゃいませんよ。可愛らしいマスターさん?」

「ご気分を害されましたか―――?」

「いいえ、むしろうれしいくらいよ。でも『マドモアゼル』はいりませんわ、普通にマリアと呼んでいただいて構いません。それと、皆さまも私のことはどうか、気兼ねなく呼んでくださいな」

「そうでしたか―――そう、わかった。マリア」

「ふふ。今でもその呼び方をしてくださる方はお一人だけなのですけれど、他の方から呼ばれると新鮮ですね。そちらのマスターさんも、お好きにお呼びになって?」

華やぐように、マリーが笑顔を向ける。背格好はまだ若い―――というより、多分トウマよりもさらに幼少期の姿で召喚されているであろうマリー・アントワネットは、どこか奇妙な美しさがあった。

厳かな佇まい、気品のある仕草。老練とすら呼べる品を持つ少女、という彼女の存在様式は、何か、芸術的ですらある。

「えぇっと」トウマはなんだか照れて、頭をかいた。「ま―――マリー、さん?」

「まぁ、マリーさん、ですって! 羊みたいでとっても可愛らしい呼び方」

「それ、メリーさんじゃないの」

「はい! はいはいはい! 皆さま初めまして、わたくしマリーさんです」

ぼそりとマリーに抱きかかえられるクロが呟いたが、彼女は特に意に介していないらしい。何度も「マリーさん」と鼻謡う姿は、初めて玩具で遊ぶ赤子のような無邪気さだった。

「あの、マリーさん?」

おずおず、といったようにマシュが馬上のマリーに声をかけた。

「はい、休憩ですね? マリーさんは賢いので、ちゃんと覚えていますよ。サンソン、先生、よろしくて?」

アサシン―――サンソン、と呼ばれたサーヴァントは、うん、と首肯を返した。マリーとは対照的で、物静かで大人びた青年、といった様子だ。

そして、もう一人。

先生、と呼ばれたサーヴァント―――銀灰色の背広を着こんだ赤目の男もまた、無言で頷いた。

マリーを含めて、3人とも、トウマの知らないサーヴァント、だった。そして、高校の世界史Bくらいしか歴史の勉強をしていない彼にとっては、マリー以外の二人はその出典も不明だった。3人の関係性からして、おそらくマリー・アントワネットと生前からの知古なのだろう。

と、アサシンと目が合った。アサシンはじっとトウマを見つめると、静かに、小さく頷いた。

「改めて、ではありませんが、自己紹介など。僕はシャルル=アンリ・サンソン。アサシンのサーヴァントだ。あまり、有名ではないと思うけれど、いくばくかでも皆さまのお力添えになれれば」

アサシン―――シャルル=アンリ・サンソンと名乗った青年は、伏し目がちに言った。

サンソン。シャルル=アンリ・サンソン。トウマは決して多くない知識を掘り返してみたが、結局わからなかった。

「私の番かしら。マリー・アントワネットです。クラスは見ての通りライダー。どのような人間かは、皆さまの目と耳で、じっくり吟味していただきたいと思います」

マリーは相変わらず、野道に咲く花のように表情を和らげている。子供のように高い声ながら、心地よい重圧を持つ彼女の声は、聞いているだけでどこか、気が楽になるような効果がある。何か、スキルのようなものだろうか。

「そして―――」

マリーはちらりと背後を伺う。

彼女とサンソンの後ろで、亡霊のように佇む灰色の男。色落ちした衣類のような白い髪の下に赤い目を宿した男は、しかし、何も語ろうとはしなかった。

「私から真名を言ってしまってもよいのかしら」

マリーは申し訳なさげに、眉尻を下げた。灰色の男は無言だったが、しっかりと、彼女に頷いた。

バーサーカー、だろうか。意思の疎通は可能だが、難しいタイプの―――。

「―――アントニオ・サリエリ。私の兄が大切にしたカペルマイスターです。クラスは、えぇと」

サリエリ。アントニオ・サリエリ。こちらも、トウマの知らない名前だ―――。

「アヴェンジャー。我がクラスはアヴェンジャー、復讐の使徒、あるいは復讐そのもの―――です。王妃」

灰色の男は、不意に口を開いた。酷く、生気の無い声だ。色の無い声はどこか侘しさすら感じさせた。

しかし、それにしても。

(アヴェンジャー、だって!? 本来の聖杯戦争には召喚されない、8番目のエクストラクラスじゃないか―――!)

ロマニの声が耳朶を打つ。悲鳴にも驚愕にも似た声に、トウマも、思わずサリエリを注視した。

クラス、アヴェンジャー―――それは、かの悪神に祭り上げられた青年が冠したクラス。エクストラクラスという点ではルーラーに似るが、召喚される条件が設定されるルーラーに対し、アヴェンジャーはそもそもどんなプロセスで召喚されるか不明の、例外の中の例外だ。

「そのようなクラスが存在するのですね。復讐が英霊の骨子となり、枠を象る―――」

ジャンヌは、どこか考え込むようにサリエリを見る。灰色の男は特段意に介する様子も無く。また焦点の合わない赤い目をどこともしれない場所へと向けていた。

復讐者(アヴェンジャー)―――あの優しいサリエリ先生がこのようなカタチで召喚されること、わたしは悲しく思います。でも、またお会いできて嬉しいですわ?」

物悲し気に眉をひそめながらも、マリーはやはり、華やぐようにサリエリに微笑みかける。男は僅かに赤面し、肩を小さくした。

「もちろん貴方もよ、サンソン。色々と、お世話をかけました」

「いえ。私はただ、自分の職務を果たしたまでです」

サンソンは、静かに言った。後悔のようなものは感じられない、清廉な表情だ。

ムッシュ・ド・パリ。死刑執行人。なんだか物騒なイメージを持ったけれど、多分、彼は良い人だな、と思った。

「で、では、私たちからも。マシュ・キリエライトと言います。クラスはシールダー。少々特殊なサーヴァント、です。そして、こちらが―――」

「リツカ。リツカ・フジマル。マシュのマスター、です」

「まぁ。であれば、そちらの貴方も?」

「あ、はい。俺―――僕も、彼女のマスターです……一応」

「一応、じゃなくて立派なマスターでしょ?」

咎めるように、クロが鋭くトウマを見上げた。

まぁ確かに、マスターだ。掌に、ちゃんと令呪もある。戦う覚悟も、自分なりにだけれど、した。だが、単純な技量の話として、トウマは三流以下のマスターだ。

「もう―――アーチャー、クロエ。クロ、って呼んでね。それで、この人が―――」

「ジャンヌ。かの救国の聖女、ジャンヌ・ダルクね。フランスを祖国とする者として、貴女のことは尊敬しておりました」

はい、とマリーは頷いた。

救国の聖女、ジャンヌ。それはきっと、傍目には、誉れ高い呼び名のはずだ。田舎のただの娘がある日神の声を聴き、剣を摂った。そして勇猛果敢に戦い、イングランドをフランスの地より跳ね退けた。そして死後、汚名は雪がれ、聖人に列聖。名だたる聖人たちに名を連ねることと、なった。俗物的だけれど、それはとても誇り高いことだ。

だが、ジャンヌの表情は硬い。というよりも困惑気だ。

「私は、その、聖女と呼ばれるに相応しい者ではありません。夢見がちな片田舎の小娘で、思い上がり甚だしい咎人です。その果てに、どれだけの血が流れるか考えることもしなかった―――聖人の名は、結果論に過ぎないのです」

「でも、皆、そういうものなのではなくて? 人は名を誰かから賜る。そうして、私はその(名前)に相応しき者であろうとする―――人は誰かの祈りで象られる。そうでしょう?」

ふふ、とマリーは小さく笑った。

ジャンヌは、虚を突かれたように、マリーを見返した。

いくばくかの逡巡。彼女はまだ、困ったような顔をしていた。だが、肩を軽く落とした彼女の表情は、明るかった。

「ありがとうございます、王妃。その―――あまり語彙力が無いので、なんと言葉にしたらよいのか」

「いいのですよ、聖女ジャンヌ―――ねぇ、聖女ジャンヌ。ジャンヌ・ダルク。私、貴女のこと、ジャンヌと呼んでも善いかしら」

「ジャンヌ、ですか?」

「はい。だって、なんだか応援したくなってしまったのです。それって、尊敬する偉大な方というより、お友達みたいではないかしら」

「と、友達、ですか。私と、王妃が―――」

「ノン。王妃、でなくマリー、と呼んで?」

ぎゅ、とマリーは両手でジャンヌの手を包んだ。

ジャンヌは、照れたように赤面して、周囲をあたふたと見回した。まるでゆでた蟹みたいに顔を真っ赤にしたジャンヌは、恐る恐る、といったように、マリーを見上げた。

「ま―――マリー?」

「ええ、マリー。これからよろしくね、ジャンヌ?」

マリーは、ころん、と小首を傾げた。愛らしいまでの仕草に一層赤面したジャンヌは、「は、はい―――」とただ頷くばかりだ。

なんだか、甘い一瞬。客観的に見れば女友達同士の友情―――というんだろうが、これは。

ちら、とクロの方を見ると―――うむ。満足気な顔だ。

「む」

「どうしました、アヴェンジャー―――おや」

「百合でしょうか。綺麗ですね、先輩」

「山百合っていうのかな?」

4人して、百合の花を見ていた。

(―――えぇと、それじゃあみんな自己紹介も終わったし、状況の整理でもしようかな?)

 

 

 

 

「つまり、私たちは聖杯戦争に召喚されたのではなく―――人理の危機の為に召喚された、ということなのかしら」

自分の声に頷くように、マリーは首肯する。思慮深くカルデアからの情報を咀嚼すると、彼女は心配そうな目でトウマたちを見回した。

「月並みな表現ですけれど―――貴女達は、大任を背負っておいでなのですね」

「まぁ―――そう、なるかな?」

リツカは、歯切れ悪いように表情を緩める。トウマもだが、リツカも成り行きでこの人理修復の旅に出ることとなった、らしい。ならば、大任を背負っていても、その自覚は、多分まだ濃くはないのだろう。

「なるほど、わかりました。私たち、どうしてマスター不在のままに召喚されたのだろう―――と思っていましたけれど。やっとその意味がわかりました。私たち、英雄のように彼らを打倒するために呼ばれたのですね!」

「しかし、王妃。彼らは掛け値なしの強敵、と言わざるを得ません。敵のサーヴァントは少なく見積もっても、5騎。しかもどれも精強だ。生半な戦力では、敗北は必定かと」

無邪気なマリーにして、サンソンの表情は暗い。

単純なサーヴァントの数では、こちらの方が上だ。だが相手はどれも強敵、と言わざるを得ない。

この特異点の鍵と目される、黒きジャンヌ・ダルク。

人智を超えた力を発揮する酒呑童子。

剣の腕だけで聖杯戦争に選ばれるだけの太刀筋を持つ亡霊、佐々木小次郎。

思考回路こそトラブっているが、その実力は本物。エリザベート・バートリー。

さらに、別なサーヴァントすら存在するという。

現状の戦力では、太刀打ちするので精一杯だろう。打倒は困難、と言わざるを得ない。

「それに、あの黒いサーヴァントも居るしね」

「黒いサーヴァント―――貴女達がこちらにいらしたときに出くわした、という」

そう、とクロは頷いた。

黒いサーヴァント―――あれも、目下の懸念だろう。敵ではないらしいが、かといって味方という保証もない。その目的が知れない、という点においては、ある意味黒いジャンヌたちよりも厄介だ。

強大な敵。得体の知れないサーヴァント。現状は、予断を許さない状況―――そう、結論付ける他ない―――。

「はい、暗い顔するのはなし!」

不意に、リツカが手を鳴らした。甲高い音に顔を上げれば、彼女はむしろ、やる気すら感じる表情だ。

「とりあえず、今はここで休もう? 対策は明日にでも考えようよ」

「そうね、賛成! 暗い気持ちになっても善い考えは浮かばないでしょうし―――皆さまも、よろしくて?」

ね、とマリーが全員を見回した。

皆、一様に頷く。サーヴァントとの戦闘を経、皆疲労は少なくなかった。ただ見ていただけで、どっと疲労感がある―――実際戦ったみんなは、その比ではないだろう。

「それじゃあ、召喚サークルを中心に野営するよー」

 

 

 

 

「ジャンヌさん、交代します」

マシュは、彼女の背へと声をかけた。

開けた高台に陣取るジャンヌが振り返る。わかりました、とジャンヌが身を翻すと、マシュの隣をすり抜けていく―――。

「ジャンヌさん、大丈夫ですか?」

「はい?」

きょとん、とジャンヌが見返してくる。いえ、と肩をすくめたマシュは、気になったので、と応じた。

「お疲れのように、見えたので」

ふと、気になる。普段通りの足取りだけれど、なんだか、今のジャンヌは、どこか気が抜けているようにも見えた。

「いえ、大丈夫です。こんなですけれど、一応サーヴァントですから」

少し、彼女は照れたように言った。

確かに、そうだ。サーヴァントなら身体的疲労は人間のそれではない。人間でありながらサーヴァントでもあるマシュが、それは一番よくわかっていることだった。

「す、すみません。そうですよね」

「いえ。ありがとう、マシュ。気遣ってくださったのですよね?」

「は―――はい。そう、なりますでしょうか?」

マシュは、小さく俯いた。照れのような羞恥のような感情に顔を赤くしながら、ジャンヌの顔を見上げる。

「マシュは優しいですね。他者への気遣いは、賞賛されるべきことだと思います」

「そうでしょうか―――それくらいしか、私にはできませんから」

ジャンヌは、それには応えなかった。大人びた豊かな微笑だけを浮かべて、小さくなったマシュの頭をそっと撫でた。

「な、なんでしょうか」

「あぁごめんなさい。つい。いえ、なんだか、故郷の妹を思い出して、なつかしくなって」

妹―――そういえば、ジャンヌ・ダルクには、姉妹が居たはずだ。姉か妹かは不明だが、ともかく、そういった存在は居たらしい。

「大丈夫! 私は元気ですよ」

「なら、いいのですけれど―――」

はい、とジャンヌは胸を張る。その様子は、確かに元気そうだ。

気のせい、だったのだろうか―――。

「それでは休ませていただきますね。あまり無理してはいけませんよ、マシュ」

―――逆に気遣われてしまった。なんだか釈然としない気分のまま、マシュは高台に佇立した。

暗く澄んだ夜闇が横たわっている。15世紀の山間に当然人工の灯などあるはずもなく、ただ空に煌めく恒星だけが地表を柔く照らしている。サーヴァントでもなければ、開けた場所と言えども視界は効かないだろう。

静かだな、と思う。虫の声すら無く、風に揺られた樹々が何密やかなひそひそ話をするみたいな擦過音だけが耳道を満たしている。

―――マシュは、否が応もなく、彼女を思い出した。

陶器のような肌に、まさしく鬼の双角を戴くサーヴァント―――酒呑童子を、思い出していた。

圧倒的な暴威を翳し、破壊を振りまいた彼女。童女のように楽し気に力を振るった鬼の相貌が視界を掠め、マシュは、奇怪な情動を惹起させた。

「あれ、次マシュの番?」

不意に、声が肩を叩いた。振り返るまでもなく、その幼いような、それでいて頽落的な声は、クロのものだった。

「はい、クロさんの番は私の次だったと思います」

「あーそっか。まぁでもいいや」

猫みたいに両手を上げて、伸びを一つ。ふう、と息を吐くと、クロはマシュの隣に並んだ。

「クロさん?」

「なんか、目覚めちゃったし。それに、レンジャーも兼ねてるから、アーチャー」

ふわあ、と欠伸をしながら、クロは言った。なんだか説得力が無いけれど、確かに、監視に最も向いているのはアーチャーだ。

クロが、なんらかの魔術行使を行う。恐らく、彼女特有の投影魔術だろう。

投影魔術―――本来であれば実用に耐えうる魔術ではないが、クロのそれは他と一線を画する。殊刀剣類に限り、宝具ですらおも真作と見まがうものを投影し、あまつさえ真名の開放すら可能とするある種の『異能』。加えて、その幼い外見に反する熟練の技量も相まって、クロは強力なサーヴァントと言って間違いないだろう。

「いつ見ても、すごいですね」

「? あぁ、コレ?」

クロは、何のことはないように弓を持ち上げて見せる。それ自体は宝具ではないようだが、黒塗りの艶やかな洋弓は、クロの姿にすっかり馴染んでいるように見えた。

「クロさんは、やっぱり凄いです。剣も弓も使えて、盾も使えて。あの大剣豪、佐々木小次郎とも切り結んでいました」

「まー大体反則してるみたいなものだけどね。あのサムライにも、割と押されてたし?」

クロは乾いた笑い声を漏らした。反則―――彼女の投影魔術、のことだろうか。マシュにはよくわからなかったけれど、それでも、凄いという感想は変わらなかった。

「私、盾にしかなれませんから―――」

マシュは、ぎこちなく表情を緩めた。強張るような笑みを浮かべて、彼女は、肩を竦めた。

クロは、特段何も言わなかった。伺うように彼女の影が動いたが、さりとて何かするでもなく、静かに佇んでいた。

マシュは、なんとなく、クロをわき目で見下ろした。

いわゆる、小学生くらいの体格だろうか。小さな身体は、それだけなら子供同然だ。

だというのに、彼女の雰囲気は、もっと成熟しているように思う。なんだか、この感じは―――。

「じゃあ、今度シミュレーションで盾の宝具、見せてよ」

「え?」

「私のコレ、剣を作るのは得意だけど、鎧とか盾とかはあまり精度が高くないのよね」

いつの間にか作り出していた剣を上下させながら、クロは微妙そうな顔をしていた。

確かに、聞く話では刀剣類の時点でランクが一つ低下し、それ以外の武具はさらにランクが低下する―――らしい。

「マシュは守りのエキスパートでしょ? なら、マシュが適任じゃない?」

「は―――はい! 私で良ければ、是非」

にへら、とクロは笑った。屈託のない幼い顔は、無邪気な子供のそれだった。

不思議な、感じだ。クロは見た目相応に幼く、でも、それ以上に大人びている。まるで、年下の、姉のようだった。

 

 

 

 

ジャンヌ・ダルクはテントの傍の丸太に腰を下ろすと、ふう、と息を吐いた。

疲労感は無い。サーヴァントの身だ、ちょっとやそっとのことで肉体的な疲労の蓄積は起きない。

だが、内面性に限っては、別だ。その点では、サーヴァントも生身の人間も、そう変わりない。故に、ジャンヌのそれは、心労だった。

身体が、ぎこちない。ランクが低下した状態での活動は、縄で縛られているかのように何かままならない。あのランサー―――エリザベート・バートリーには、全くと言っていいほど歯が立たなかった。十全な状態なら、押し負けることはないはずなのに。

こんな状態で、果たして、あの黒いジャンヌ・ダルクに敵うのだろうか。彼女の力は未知数だが、それでも強大なことはよくわかる。少なからず、今の自分ではとても比較にならないほどだろう。

―――対抗する術が、無いわけではない。英霊ジャンヌ・ダルクが持つ切り札、アレならば、いかなる敵も打ち倒せる。

だが、あれは―――。

と。

ジャンヌは、顔を上げた。

亡霊のように、男が立っていた。

灰色のスーツを着た男―――アントニオ・サリエリ。アヴェンジャーのサーヴァントの赤い目が、闇夜に二つ、くっきりと浮かんでいた。

「あぁ、失礼―――お邪魔でしたか」

ジャンヌは、慌てて切り株から立ち上がった。

だが、サリエリは、首を横に振った。

灰色の男は、ほとんど口を開くことはなかった。抜き身の剣のような鋭い雰囲気を纏いながら、さりとて暴威的ではない―――まるでバーサーカーのようだった。

生前のサリエリと、サーヴァントとしてのサリエリは全く異なる―――マリーは、そんなことを言っていた。生前のサリエリは後進の教育に熱心で、温厚な知識人だったという。変人の多い芸術家にあって、アントニオ・サリエリは、稀有な人格者だった―――とは、マリーの言だ。そして、確かに面前のサリエリからは、そういった陶冶を受けた人物像は見えてこない。

「見回りだ。そろそろ、私の番だからな」

まるで、水が一滴だけ滴ったかのような、静かな声だった。水面に波面を刻むような声は、どこか野性的ながら、美しかった。

サリエリはそれ以上は特に何も言わず、静々と歩き始めた。見送るジャンヌへも特に関心は無く、灰色の背中が、濃い闇の中へと溶けていく。

アヴェンジャー。復讐、その一心だけを器に現界するサーヴァント。

何故だろう、とジャンヌは思った。虚ろな男の影は、あの黒いジャンヌ・ダルクに、どこか―――。

(みんな、起きてる?)

念話が脳内に響いたのは、その時だった。見回りに出ていた、クロの声だ。

(サーヴァントの接近確認。数は1、急速に近づく)

(こっちでも同情報を確認。クラスは―――セイバーだ。敵か味方はわからないから、みんな慎重に!)

サリエリが、振り返る。虚のような赤い目に頷きを返したジャンヌは、旗に手をかけた。




今回、薄荷矢キナリ様(https://twitter.com/hakkataste?s=20)に、とても素敵なキービジュアルを描いていただきました。
この場をお借りして、お礼申し上げます。
幣twitterにて一部を公開させて頂いておりますので、是非ご覧くださいませ。
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