fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「うむ、リツカから聞き及んでいた。折角だから来てもらっていたよ」
ちょこなん、と椅子に座るスカサハ=スカディは、どっかの誰かと違って快く迎えてくれた。テーブルを挟んでその向かいに、ちんまりと座るシータも行儀よく頭を下げた。
“指揮官”の家から、徒歩10分ほどの距離に、スカディの居住まいはあった。やや小高い丘に陣取る形に、周囲を見渡す形で建つ家は、だからといって周囲の家々と比べてそう違いはない。庭にすっくと立つ、こんもりと葉を茂らせたトネリコの樹は特徴的だった。
「改めて、スカサハ=スカディと申す。さして優れた
「シータです。先ほどの妙義の冴え、大変感心いたしました」
2人とも、なんとなく貞淑というか、丁寧な声色だった。ヴリトラやメイヴと違って、声に無自覚な剣呑さがない。なんとなく、喋っていて安心するのはこの2人だ、と思った。それに、シータには何か、不思議な親近感がある。
……なのだが、なんとなく、“私”はヴリトラやメイヴのような女性の方が佳いな、と思った。少しばかり意外な感はあるが、私は気の強い女性が好みらしかった。まぁ、ただの性的趣向の話に過ぎないが。
“私”は、ちょっとだけ、自分の気だてに戸惑っているようだった。
「よもや、クロエのところへは寄ってはおらぬだろうな」
「今日はピリピリした日っぽかったからやめたわ」
「そなたも気を遣えるとは意外だ。明日は旱魃か?」
「折角なら雪でも降らすか? スカ殿は北の出であっただろう」
「ほう。そなたは雪も降らせるか。雪は良いな、つめたくて。ちめたいのすき」
「スカサハの顔でそういうことを言う……不敬も許しちゃう……」
やいのやいの、と盛り上がる4人。和やかな雰囲気は、なんとなく、“私”にも覚えがあった。近親の者が、穏やかな日を送る光景……。
「あ、アーチャー様」
シータが声を上げた。“私”は一瞬、彼女が何に驚いているのかわからなかった。何か、不敬な振舞をしたかと居住まいを正そうとして、視界がぼけていることに気が付いた。目に芥でも入ったか、と思ったが、いくら拭っても視界は一向に啓けず──。
“私”は泣いていた。自分でも訳が分からず、滔々と泉のように湧き出す滴涙に閉口した。何故泣いているか一切理解できぬので、なんともしようがない。
素早く駆け寄るシータに介抱され、残る3人から奇異の視線に晒されるというのはいささか“私”は耐え難い恥辱ではあった。“私”はどうやら誇り高き武門の人間のようだった。そういう誇りが“私”にはあった。だが、それでも“私”は、4人に感謝の念を起こしていた。確かに4人は何事か、と“私”を見回したが、それだけのことだった。“私”が臆面もなく泣き伏し、発作が収まる間、ただ黙然と彼女らは待ち続けた。
……実のところ、ヴリトラは5分足らずで飽いていた。彼女は愁嘆場なんてものは好まないし、そもそも“私”のことをあんまり好いていないので当然ではあろう。にも関わらず彼女が待ち続けた理由は、“私”にはよくわからなかった。ただなんとなく感じたのは、彼女は飽きと軽視だけではない何かを“私”に見出そうとしている……ようにも見えた。
彼女がわざとらしくあくびをしたのは、“私”の痴態が収まってからのことだった。物凄くつまらなそうな長あくびをした後、彼女はさも面倒くさそうに言った。「癇癪は終わりかの」
「ところかまわず泣き散らすなど幼児の仕儀じゃ。わえらはすぐに泣きだす軟派者に用事はない、二度とするな」
すみません、と“私”は粛々と謝った。最もなことだ。全容はしらねど、彼女らは熾烈な戦いに身を投じている。己が感情も制御できない甘ったれなど、味方に居ても困るだけだろう。
「まだお鼻が」
「いえ、このくらい自分でできますので」
「はい、ちーんですよちーん」
「ちーん」
「するんかい」
……とりあえず、鼻水をせっせと拭うシータに礼を言うことにした。正直なところ、彼女が一番親切だったが、親切ゆえに余計に惨めさはひとしおだった。何せ彼女の親切さはまるで母親のようなのだ。幼子をあやすように慰められては、いっぱしの男児としていかがなものか。
「そろそろ放したら」
「でもラーマ様はこうするとお喜びに」
「惚気はいいから」メイヴは肩を竦めると、窓の方を見やった。「それにほら、
釣られて、“私”は窓の方を見やった。
目が遭った。ひょこ、と赤毛が顔を覗かせた女が、きょろきょろと窓から家の中を伺っていた。“私”のことは不思議そうに見てから、それから他の4人を見やると、ひらひらと手を振った。
がらりと窓をあけるなり、彼女は軽い身のこなしで窓によじ登った。あっという間に彼女は堂々とリビングに闖入すると、堂々とした素振りでドレスの裾を軽く払った。
「ジョー、こちらに来てはならぬと申したと思うが?」
スカディはやや詰問するような厳しい口調で告げた。彼女の口ぶりには自然、厳かなものが滲んだが、表情はどっちかというと呆れと好奇で半々といった様子である。ジョー、と呼ばれた彼女……身近で見れば、10代も半ばという若さだ……は、却って堂々と胸を張った。
「危なくはないわ。だってみんながこうして居るってことは、敵は居ないってことでしょう?」
スカディは静々と頷いた。彼女の言質が正しい、と認めた。いや、むしろ最初から、そんなことは承知しているのだろう。年長者としての、ある種の慈悲か。よくよく見れば、気位の高い大母の如き慈愛を感じる眼差しがあっただろう。最も、今の“私”にその深みを洞察するだけの余裕もなければ、器量もなかった。
「どうやって?」
「馬。そのくらいはできるわ」
別に何でもない、というように彼女は言う。窓辺から外を伺えば、確かに門に栗毛の馬が繋いであった。
艶やかな、長い赤毛の髪は如何にも女性らしい嫋やかさを思わせるが、その佇まいと利発な顔立ちはむしろ溌剌とした少年を思わせた。
「ジョセフィン・マーチ。皆はジョー、って呼んでるわ」
赤いドレスの両裾をちょこんとつまんで、ジョーは軽やかに礼をはらった。“私”は少々呆気にとられた。簡易ながら、彼女の礼の身のこなしは板についていて、きちんとした教育を受けているんだろう、という想像のできる身振りだった。
対して、“私”は通り一辺倒の挨拶を返しただけだった。
「サーヴァント、というのだからこの方も何処かの英雄様なんですか?」
ジョーは興味津々なようで私を見上げてきた。外見の年齢相応の初々しい反応で、“私”はちょっと戸惑ってから、今更のように気づいた。彼女はサーヴァントではない……ヘンリーと同じように、ごくごく一般的な、普通の人間のようだった。
「そやつは記憶喪失のできそこないじゃ。どこぞの馬の骨やら、本人もわからぬ始末じゃ」
あくまでヴリトラは辛辣な物言いだった。でもすごい人ですよ、と努めてニコニコしながら言うシータの言葉に、彼女は幾分か拗ねたようだった。
ただ、ジョーは2人の話もさして聞いていないようだった。ただ、記憶がない、というところだけをピックアップして聞いて、彼女はさぞ驚いたようだった。
「大変じゃあありませんか? お住まいは? そうだ、折角ですから、私たちのところにお住まいになりませんか?」
「え、あの」
「そうと決まればメグに相談だ! それじゃあ!」
「ちょっとジョー!?」
メイヴの制止も一切聞かず、ジョーはさっさと外へと出ていった。なんでか律儀に窓からもう一度出ていったのはよくわからないが、とにかく快活、という言葉がよく似合う女の子だった。
「何しにいらっしゃったんでしょう」
「マーチ一家の小さなご婦人方はみんな、良い子たちだから」
「……まぁとりあえず、前線の方もちょっと案内するか。スカ殿、ちょっと残っててもらえるかの」
「構わぬよ、まだ仕事もあるしの」
“私”は、開けっ放しの窓から、なんとなく身を乗り出した。平地を駆けていく栗毛の駒を見送りながら、“私”はまた、がらがら、と啼く烏の声を聴いた気がした。
※
エイミー・マーチは、鉛筆片手に呑気に鼻歌を唄っていた。陽の光を感じながら、するすると手元のスケッチブックに鉛筆の芯を滑らせていく。路面の隙間から顔を覗かせる西洋タンポポを紙に書き写す仕草は、ともかく見た目だけは真面目な芸術家風に見える。最も、外見上の話ではある。エイミーはまだ、12歳である。年相応には巧いが、あくまで年相応の巧さ以上のものではない。
ともあれ、幾分か寸詰まりの鼻声でハミングしながら、エイミーは気分よくスケッチをしていた。遠く生まれ故郷のペンシルバニアに思いを馳せる哀愁も感じながら、今、というこの時間を、彼女なりに陽気に過ごそうという気構えでもある。
「お上手ですね」
と、背後から声が肩を叩いた。聞きなれない声だった、と思ったが、慌てはしなかった。貯水池の脇を奔る北大通り沿いを南から来る人がいても、敵ではない、とよくよく承知している。ジョーもここがすぐ戦地になるようなことはない、と言っていたことも思い出していた。
だから、エイミーは聞き知れない声でも特に慌てず、のんびりと振り返った。
振り返って、わあ、と感嘆を漏らしそうになった。
綺麗な人だ、と思った。
斑模様の葦毛の馬にまたがる女性は、端的に言って、とても美人だった。エイミーもプラチナブロンドの髪で自慢に思っているけれど、それの比ではない。絹のような手触りを思わせる黄金の髪に目鼻立ちが整いすぎているとも言う顔立ち。よく研磨された宝石、という具象が脳裏を掠めた。
「天使様」
思わずそんなことを呟いてしまう。何せそんな鼻筋通ったかんばせに、純白の厳かな装束をしているのだから無理からぬことだった。何より、鼻が高い。
“天使様”はちょっとだけ困ったように微笑しながら、軽く頷いて見せた。
と、白亜の麗人は背後を振り返った。釣られて視線を追うと、遠く、2騎の騎兵に守られるようにした馬車を伺った。
エイミーは気が付かなかったが、“天使様”は幾度か身動ぎするように軽く頷いた。それから、彼女はエイミーの傍に駒を寄せた。
「まだ絵をお描きに?」
エイミーはぽかんと見返すと、彼女は先ほどとは違う微笑を浮かべた。もっと、親しみを感じるものだ。
「もしよろしければ」と、やはり前置きをした。「クラウディウス様と司馬懿様がお待ちになっております。お乗りになりますか?」
エイミーの表情は、その時2様に蠢動した。
“天使様”が述べた人物名は、どちらよく知る人物だった。クラウディウス……ネロ・クラウディウスは、彼女も気に入る人物だった。何せ元気で気のいい人である。それでいて美質に長ずる上、芸術にも造詣が深い。エイミー風に言うなら、マーチ一家の四姉妹全員のいいところを集めたような、そんな好人物なのだ。まぁ単純に言うと、エイミーは、ネロ・クラウディウスのことはとても好きであった。
他方……司馬懿仲達、という人物のことは、あんまり得意ではなかった。とは言え、嫌いではなかった。“ローレンスお爺様”を思わせるから、だろうか。とは言え、まぁ得意ではない……正直に言えば苦手な人なので、できれば好んで会いたい人でもない。
幾ばくか、葛藤した。頭の中でゆらゆらと天秤が揺れるのを感じながら、最終的に「わかったわ」とおっかなびっくり頷いた。
では、と“天使様”が手を伸ばした。エイミーは大変畏れ多く感じたが、手を取った。途端に体が持ち上がるなり、彼女の体は軽々と鞍上に乗った。
「では参りましょう」
や、と掛け声1つ。手綱を引かれた軍馬は機敏に“天使様”に従い、キャンターで駆け出した。
その時の気分は、如何ともしがたい夢心地だった。これまで、乗馬の経験はなかった。馬車の御者台や客車に乗ったことはあったが、鞍に跨ったのはこれが初めてだった。わぁ、と叫び声を上げたのは、恐怖心ではない。心地よくリズムを打つ馬の歩様。普段より高く、そして早く流れていく景色。その全てが新鮮で、エイミーはただただ楽しかった。彼女にははよくわからないことだが、多分、この鞍上の騎手が優れているからこんなにも楽しいのだろう、とは漠然と感じた。
馬車に向かう最中、客車のドアが開いた。ひょこりと身を躍らせた姿に、エイミーは思わず表情を明るくした。
満腔の笑みを以てエイミーを出迎えようとする人物は、疑いなく、ネロ・クラウディウスその人であった。
「大儀であったな」
「いえ、任務ですから」
互いに気兼ねなく挨拶を交わすネロと“天使様”。ネロがエイミーを抱き上げると、彼女は以前と変わらぬ、活気のある笑みを浮かべた。「元気であったか?」
「元気よ。何日ぶりかしら」
「2週間ぶりだ。少し鼻が高くなったのではないか?」
「本当?」
「うむ。立派なレディになれるのもそう遠くはあるまい」
エイミー・マーチ、12歳。いずれ社交に明るくなる彼女だが、今はまだ、素直な女児である。ネロの発言が幾分か社交辞令である、ということにまでは想像はつかなかった。
ニコニコ笑顔のエイミー。ネロは絆されたように、なおのこと笑顔を深めた。
「ジョーは来ておらぬのか?」
「みんな家よ。さっきまでヴリトラがいたの」
「ベスか。奴はどこに?」
「新しい人が仲間になったって言ってたわ」
「案内役か、大儀なことだ」
エイミーを抱きかかえたまま、ネロは客車のドアを潜った。
4人がけの客車には、2人が腰をかけていた。1人は、エイミーも良く知る人物だった。
先ほどの“天使様”と同じ艶やかな髪に、スカイブルーの眼差しの鋭利さは、息をのむほどだった。にもかかわらず表情に浮かぶのは、なんとも手応えのない不定さ。赤いドレスを着飾るネロとは対照的な黒い仕立ての服に純白のコートを纏ったその人こそエイミーが苦手な司馬懿仲達、だった。
「ごきげんよう、仲達様」
「こんにちは、エイミー・マーチ」
司馬懿の微笑は、至極穏やかだった。その柔和さが、妙に不気味である。とは言え、今回はエイミーはこの時、司馬懿のことにはさして気にしなかった。それよりも、もっと興味を引いた人物がいたからだ。
「このお嬢さんのこと、俺にも紹介してくれよ」
司馬懿の隣に座るもう1人が、朗らかに言った。
「エイミー・マーチ。避難待ちの1人です」
「北部の生き残りかぁ、大変だったね」
からから、と笑うその女。すっぽりと民族衣装を被った黒い肌の女は何気なく言った。
「ンザンビ様です」
「ご紹介どうも。この2人と同じように、サーヴァントさ。西部のね」
どこか病的な気配がするが、からから、と笑うンザンビ。エイミーがまじまじと見つめると、愉快そうな表情そのままに彼女は言った。「
「いいえ」エイミーは即座に否定した。「私の父は、奴隷を解放するために南軍と戦ったわ。それは気高いことだってジョーが言ってた。人はみんな、平等で自由であるべきだって」
「そうかいそうかい、それは偉いことだねぇ」
……なんとなく、エイミーは、この黒い肌のサーヴァントのことが好きになった。どことなく言葉尻は軽薄さを感じさせるけれど、それは、表層のことに過ぎないことを、直感的に理解した。
「おやおや」
なので、ひょうい、とンザンビの膝の上に飛び乗った。彼女は意表に突かれたように赤い目を丸々と開いたが、すぐに表情を緩めた。
「オマエは私が怖くないのかい」
「怖くないわ。ハンナに似ているもの」
「誰?」
「ご飯を作ったりしてくれてるの。優しいのよ……怖いけど」
彼女は相変わらず軽薄そうに笑った。
「私を端女扱いかい。いや、違うねぇ。オマエは物を良く見るんだねぇ」
ンザンビは愉快そうに言いながら、エイミーの頭を撫でた。ぞっとするほど冷たい手だったが、エイミーはさして気にしなかった。
「ご無礼をお許しください、ンザンビ様」
「イイヨ。下手に遜るバカとは喋りたくないしね」
「それは司馬懿殿を腐しているように聞こえるような」
「いや、司馬懿殿を悪く言ったわけではないよ。意地悪だなぁ」
「クラウディウス様やフジマル様とは違い、当方はただのしがない小役人でございますから。私のような文盲のことはお気になさらず」
司馬懿はただ、小さく頷くのみである。相変わらず捉えどころのない微笑を浮かべている司馬懿に、ンザンビはちょっとだけ参ったような顔をして、窓から外を見やった。
「早く行こう。スルーズたちも待たせてるしね」
エイミーも、ンザンビに釣られて車窓の外を見やった。抜けるような空に、ぽつねんと浮かぶ黒い点。がらがら、という妙な鳥の鳴き声が、聞こえた。
「……同類。死の運び手」
ぼそり、ンザンビが嘯く。彼女らしからぬ、棘のある声。エイミーは少しばかりびっくりした。思わず見上げて背後を見やると、つい先ごろの表情に戻っていた。世界そのものを睥睨するかのような。それでいて慈愛に満ちた、超然と安穏が混じり合わずに蠢く、かんばせ。
──それから20分ほどの道程だった。
街道を馬車で揺られ、州議会議事堂に着いたエイミーを出迎えたのは、長姉だった。
鮮緑のドレスを着る姉のマーガレット・マーチ……メグも、何せ“天使様”の美麗さに面喰ったようだった。
……今更にエイミーは気づいたのだが、“天使様”はお一人ではなかった。馬車の御者台に乗る人も、馬車を護衛する騎兵も、皆、白鳥のような白い衣を纏った“天使様”だった。1人1人姿かたちこそ違えど、皆容貌に優れているのは共通していた。
エイミーは素朴にその美しさに感心していたが、姉は少し気を病んだように顔を顰めていた。姉は少し見栄っ張りなところがある。真っ当な美人に、面喰ってしまうのは仕方ないことだ、と妹ながらに理解していた。
それでも、姉は健気に“天使様”たちに挨拶していた。「妹を送っていただきありがとうございます……」姉は、基本的には“できた人”だ。
「い、いえいえ……あのー私はただお送りしただけなのでぇ」
御者台に座る“天使様”……艶のいい、酷く長い
「申し訳ありません、奴はあがり症なんです」
もう1人、隼鷹を思わせる目つきの“天使様”は不愛想に言った。メグは長身の“天使様”にちょっと気圧されているようだが、エイミーは特に、普段通りに顔を見上げた。
「何か」
じろり、と見据えられたが、やはり、特に恐怖感とか、そういうものは感じなかった。なんとなく、多分いい人なんだろう、と思った。「なんでもないわ」と応えると、彼女は拘泥もなく言った。「結構」
「道中、護衛感謝する。ゆるりと休まれるが善いぞ」
客車から降りたネロに、もう1人の“天使様”……先陣を切っていた、スルーズ、と呼ばれる“天使様”は、深々と頭を下げた。
後からのそのそと降りてきたンザンビは、呑気そうにあくびをしていた。なんとなく無関心な風な眼差しで、州議会議事堂や、周囲の煉瓦の建物を見回しているらしい。手慰みに顎なんかを撫でながら、「ふぅん」とか言って見聞でもしているようだ。
「それではンザンビ様、中へ。我がマスターがお待ちです」
粛々、と司馬懿が言う。ンザンビは物見を止め、もう一度、大きな伸びをしてから言った。「ほいほいよ」
「余は外を見ているぞ」
「では私も中へ。ラーズグリーズ、スクルド、レギンレイヴ、ソグンはネロ様の指揮下の元、周囲の警戒を。フリスト、お2人をお送りしなさい」
「
生真面目に返答する不愛想な“天使様”……フリストは、やはり不愛想な目を向けてきた。メグは相変わらず戦々恐々としている様子だが、礼儀正しくドレスの裾を摘まみ上げた。エイミーも、礼儀正しい姉に倣い、
「中央の人なのに悪いね」
「これも命令ですから」
「サクラちゃんにヨロシクね。じゃあ行こうか」
議事堂に入っていく4人……ネロと司馬懿、そしてンザンビとスルーズの背を見送る。多分、中にはリツカがいるんだろう、ということくらいは、エイミーは知っていた。姉のジョーほどではないけれど、ペンシルバニアからニューコードへ疎開し、バージニア州に追いやられ、ひいてはあの
「乗れますか?」
「え、ええ。すみませんわざわざ」
「任務ですから」
鹿毛の馬に乗せられるメグとエイミー。2人が馬上で姿勢を正すのを確認してから、フリストはゆっくりと馬を引き始めた。
今話ででてきたマーチ一家の面々は作者のオリキャラではなく、ルイーザ・メイ・オルコットの著書である『若草物語』に登場する人物たちです。本作においては彼女たちは実在の人物であるとの設定であり、特に物語のキャラクターが登場する何某かの伏線ではありません。
キャラクター造詣については、『世界名作劇場』として作成されたフジテレビ『愛の若草物語』を下敷きにしつつ、原作『若草物語』の要素も取り入れる形にしています。こういった創作物に用いるには、アニメ版の方が自然になるかな、と考えてのことでした。