fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
良く残っていたものだ──。
“天使様”……もとい、スルーズが州議会議事堂に抱いた感想は、それだった。かつて、
「やあやあ、待たせて申し訳ありません」
観覧席から慌てて降りてきた声に、スルーズは顔を上げた。
「リツカです」
「カルデアのマスターさんというわけだ」
慌てた様子の女……リツカが何事か言う前に、ンザンビはからからと笑いながら言う。愛想笑いのリツカがへこへこと頭を下げると、「お早いご到着でしたね」
「ヤクビト……あのシャドウ・サーヴァントどもが思いのほかこっちまで浸透してきててね。西の人らに任せて私らはさっさと来たのさ」
「ンザンビさんがいらっしゃらなくて大丈夫ですか」
「リー将軍はいるし、こっちには自慢の怪力もいる。ウチの
「西部方面軍は精強でいらっしゃる」
「東の人らは忙しいだろうしね、たまさか手伝いくらいしないと」
雑談しながら、それとなく席に着くンザンビ。次いでリツカと司馬懿が椅子に座ると、スルーズは改めて、ンザンビの背後に立った。
「こちらは……ワルキューレの?」
「サーヴァント、ライダー。個体名スルーズです。以後お見知りおきを、世界の救い主様」
「“アンジェリカ”だね」
「……色々と失礼では?」
「構いません。それで皆が希望を持つなら、外聞は重要ではありません」
粛然と、スルーズは頭を下げた。かちゃ、と腰に下げた長剣の鞘が揺れた。
「では本題に」
「そうだネ。まずは避難計画について……」
スルーズは、それとなく、心を無にした。軍務に就く者として、聞くべきことは聞くし、聞くべきでないことにわざわざ関心を寄せる必要はない。
知るべきことを知ればいい。スルーズは、生真面目な戦乙女であった。
ただ、彼女の関心事は、周囲にだけ向けられていた。
傍目には、明らかにリツカたちは無防備に見える。明らかに文民のサーヴァントである司馬懿仲達は、戦闘には不慣れであろう。リツカも人間ないし魔術使いとしては優れていようとも、サーヴァントと真っ向勝負を挑めば勝ち目などあるまい。にも関わらず、戦闘向きのサーヴァントを控えさせていないというのは何を意味するのか。
観覧席の方を見やる。議事堂の上階、左右に設えられた観覧席の数は4。サーヴァントの気配はないが、アサシンないしアサシンから派生するエクストラクラス、あるいはアーチャーが潜んでいればその察知は困難だろう。
「疎開地は予定通りミシシッピ州のご予定で」
「そうだね。南部の人はまだピリピリしているからね」
だらりと椅子に座るンザンビの弛緩ぷりは凄まじかった。野生を忘れた愛玩動物もかくや、といった佇まいである。
と、ンザンビの一瞥がスルーズを捉えた。血を思わせる紅い目も、徹頭徹尾に寛いでいる。その上で、その視線がふわりと観覧席の方を泳いだ。釣られて目を向ける。向かって左手、10時方向に位置する上階。やはりサーヴァントの気配はないが、ンザンビほどのキャスターが警戒するなら、そういうことなのだろう……。
いや、警戒、という言葉は正しくはないか。伏兵はいる。だが警戒には値しない……ということは、即ち。
──スルーズは、改めて、面前の2人の顔を見比べた。諸葛亮孔明に並ぶ智謀と称される司馬懿仲達に、人理修復に挑むフジマルリツカ。なんとなく2人とも腑抜けた面構えだが、抑えるべきものを熟達している。
「──敵についてはどこまで把握しているんだい」
「まだ進行時期については不確定です。極力遅滞できていると思いますが……おおよその戦力は把握しています。」
「破壊工作はお得意かい」
「優秀なサーヴァントが協力してくれているお陰ですよ」
「敵は恐らく遊撃部隊の主力を出してくるだろうね」ンザンビは、空を仰ぐように、天井を見やった。「スカサハはまだ出てこられないだろうが、カルナとラーマは来るだろうね。
「ご忠告、痛み入ります」
「そう言えば一応聞きたいんだけどね。やはり織田信長の謀反は本当だったのかい」
「どうやら真実かと。
「何考えてんだろうねぇ、敵さんは──」
それから2時間ほど。スルーズは耳朶を打つ声音を漠と聞きながら、ただ瞑目して、論の終わりを待ち続けた。
※
「ではこの剣はかの名剣、グラムというわけか。やはり大神の使徒なだけはある」
「そうそう、スゴイでしょ」
「余の剣もスゴイぞ」
「隕鉄の剣だ!」
「そうであろう。空気を呼んで此度は白と黒の装いだ」
なんというか、無邪気な会話である……。
議事堂前で戯れるネロ・クラウディウスと
議事堂の護衛、とは言え、正直に言えばやることは特にない。ナッシュビルの中心地に位置する議事堂まで戦闘が及ぶとするなら、あと数週間後の敵の侵攻以外にはないはずだった。まぁ要するに、護衛は形式上のものに過ぎないので、生真面目なワルキューレ達と言えども、なんとなく弛緩した空気を感じないではない。
「ラーズ、今日のご飯は何かな。私はとてもお腹が空いたぞ」
「ナッシュビルは兵糧に厳しいですから……私たちにはないんじゃないかなと」
「そ、そうなのか……それは残念だ……」
しょんぼり顔のソグン。はらはらと白い髪を振る素振りは、なんというか哀れを催す限りであった。ソグンはワルキューレたちの中でもひときわ食いしん坊だった。同じワルキューレとは言え、武骨なフリストとは結構違う。
「あ。虫」
「ひゃいぃ!?」
まぁ最も、ラーズグリーズも人のことは言えぬことである。ぬぼー、っとしたソグンがさっと素早く手を伸ばして羽虫を叩き落す他方で、ラーズグリーズはビビり散らしていた。
「蚊」
「うぅぅ」
ほら、と見せてくるソグンの手には、綺麗に握りつぶされ、鮮血を撒き散らした蚊が凄愴にもくたばっている。ラーズグリーズは泣きそうに、その死骸を見ていた。
「可哀想だよぅ」
「そうだったかな」ソグンは素直に憐れみに満ちた顔をした。「悪いことしちゃったかな」
ネロとレギンレイヴのことを無邪気と評したが、この2人も大概である。羽虫の生き死にで悲哀に満ちる英霊など何処に居ようか。「何してるんだろ」「さぁ。愉快ではあるな」と2人から評されていることなど、特にラーズグリーズには気が付かなかった。ソグンは元から気にしていない。
とは言え。
「む」
やはり、2人とも歴戦のワルキューレに名を連ねるサーヴァントである。即座に気配を察知するなり、まずソグンは即座に腰に下げた剣に手をかけた。大神より賜る黄金の剣、グラムの柄を軽く握りこむのに対し、ラーズグリーズは背負った光槍を引き抜く。神造の武具、神槍グングニルを構えたラーズグリーズもグラムに手をかけたソグンも、目つきは先ほどまでのそれではない。死の運び手、ワルキューレの名に相応しい勇ましい目つきで、北の街路から来る一行を見やった。
見るところ、馬車が1つ。御者台に座る白いドレスの女は、如何にも不遜な顔つきである。その隣にちんまりと腰かける浅黒い肌の奴は、なんとなく挙動不審気味にきょろきょろしている。
「何者か」
鋭く、ソグンが声を張り上げた。普段のぬぼっとした顔つきからは想像もつかない声色だ。既にグラムを引き抜き、場合によっては切りかかる、という威勢だが、猛々しさはない。ワルキューレの美麗なかんばせに艶やかに満ちる闘気は、美しき神代の武具具足を思わせる。
「無礼ね。あなたたちこそ誰よ。ここは私たちの街なんですけど?」
言うが早いか、白いドレスの女は素早く槍を引き抜いた。名の知れた神槍であることは見て取れた。
鋭い目つきは、ワルキューレの彼女らとて気圧された。見開けば雷の如き鋭い目つきは、一国の主が持ちうる厳か且つ傲岸な目つきそのものだ。
「早く名乗りなさい。さもなくば、おじさまより賜った『
不遜な顔つきは変わらず、嘲りすら滲ませた顔つき……やっと、ラーズグリーズは思い至った。道中、ネロから聞いていた。ナッシュビルに駐屯するサーヴァントの中でも、戦車の宝具を用い、カルデアのマスターの腹心とも言うべきサーヴァントがいる……。
「女王メイヴ様であらせられますか」すぐに槍を修めると、ラーズグリーズは片膝をついた。「無礼をお許しください。我らはワルキューレ、連合国首都防衛隊より参りました」
ソグンも剣から手を放すと、のそのそと膝をついた。
戦車の女は何も答えず、ただ無言で槍を構えたままだ。頭は垂れていたが、あの睥睨する眼差しがこちらを睨みつけているのは、ありありと感じる。
「人の名を気安く呼んでくれる」
「あなたの武名はこちらにも聞こえております。ナッシュビルに兵が集まる以前、ヴリトラ様とお2人で神性生物の群れを幾度も退けたとか」
「まぁ? そうね」
言葉尻だけ、ふと、武威が和らぐのを感じた。単純に、褒められて気を良くしているらしい。伝承に聞くメイヴなら、多分本当に気を良くしているのだろう。気を良くしたうえで、多分、こちらが不敬な行動を執れば即座に霊核を砕きにくる、多分、あれはそういう女だ。
「メイヴよ、その者らは味方だ」
「ネロじゃない」
今度は本当に、メイヴの威圧感が解けた。ほっ、と一息吐きながらも、ラーズグリーズは膝立ちの姿勢を変えなかった。不用意なことはできない。
「早かったわね。あと2~3日はかかるって聞いてたけど」
「話の分かる者たちが多くて助かった」ネロが肩に手を置いた。「さあ、立つが良い。そなたも槍を下げよ」
なるべくゆっくり、ラーズグリーズは立ち上がった。恐る恐る顔を上げると、まだあの驕慢なかんばせがそこにあった。が、さっきとは明確に違う雰囲気を纏っている。傲岸な顔立ちに、無邪気な好奇心やら何やらが満ちている。子どもっぽい、と言ってもいいだろう。新しい玩具を目の前にした、子どもの無邪気且つ、それ故の残忍さを臆面もなく湛えた顔立ち。なるほど、女王メイヴという名に相応しい顔をしている、と思った。
「佳いわね、ワルキューレ。見目麗しき女を侍らせるのもたまには楽しそう」
「私たちに女色の趣味はないぞ。勇敢な戦士を館に運ぶ趣味しかない」
「言い方」
先ほどまでの緊張感などどこへやら、ソグンは相変わらず呑気そうに喋っていた。
「リー将軍の? 東ではないでしょう」
「いや、モンゴメリからだな」
まぁ、とメイヴは驚いた様子だ。そして一瞬鋭い視線で思案を巡らせた後、「せめてもの誠意と受け取るべきかしら」
「まだ立場を決めかねている者が多いのは現状だがな」
さもありなん、とメイヴは頷いた。それとなく表情に嘲りと諦観、それと反発が見えた。実際、彼女はその通りの感慨を抱いているのだろう。今のアメリカ連合国の立場はあまりに脆い。それは、首都で任にあたる彼女がよく知るところだ。
「ところで」と、ネロが言う。「誰だ?」
じい、と彼女が見やるのは、メイヴの隣に座る……黒い肌の人物だった。
メイヴは、少しだけうんざりしたように肩を竦めた。黒い肌の男か女かよくわからない中性的な人物は、困惑げにネロとメイヴを見比べていた。
いよいよ、と肌の黒い人物が喋り始めようという時に、素早くネロは手を掲げた。言わずとも好い、と目で訴えている。
「察するに」ネロは独り頷いた。「新人ということか」
「話が速くて助かるわ」
「2人とも顔に書いてあるぞ、今日は一日自己紹介ばかりしてきたとな」
「その通りです。良くお分かりになりますね」
「前線を見てきたのであろう? キャスターで召喚された余は智謀に長けているのだ。当然の推論、ということだな」
「すっごーい!」
「もっと褒めて良いのだぞ、レギンレイヴよ」
「サーバルなキャットみたいですね」
えへん、と自慢げなネロ。葡萄みたいな胸を惜しげもなく張って見せる様に、妹は純粋な目を向けていた。
「名乗りは改めて聞くとしよう。今はゆるりと体を休めよ」
「では」ちら、と黒い肌の新人? はメイヴを伺ってから、「ご厚意に甘えまして」
うむ、とネロが頷くや、メイヴは手綱を軽く波打たせた。一瞬だけ背後を振り返るや、二頭の神馬は滑らかな歩様で歩き出した。
と。
「中?」
メイヴが短く言う。応えるようにネロが頷くと、彼女は満足気に議事堂を一仰ぎした。
……その際のメイヴの目は、とても印象的だった。この世全てを併呑せんとする驕慢な目、それは先ごろとは違わない。ただ、その侮蔑的な目に、別な感慨が紛れている。もっと情感に満ちていて、それでいて挑戦的で……ラーズグリーズには、上手く理解しかねる容貌だった。ただなんとなく、美しいな、と思った。