fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅱ-2

 「やあやあ、いらっしゃい」

 

 “私”を出迎えた第一声は、酷く呑気な声音だった。

 後ろ足だけがしましま模様の馬みたいな生き物……後から聞いたが、オカピという生き物らしい……に乗るキャスター、ンザンビがひらひらと手を振っていた。

 北街道と大通りの合流地点、開けた道路に戦車が一台タキシングしていた。その周囲に騎兵が2騎。ンザンビも併せれば、総勢4騎のサーヴァントがいた。

 

 「時間通りで結構。時間を守れない男に生きてる価値はないわ」

 

 戦車の御者台から、メイヴは満足気な表情だ。そんな彼女の気勢に応じるように、戦車に繋がれた2頭の馬も、軽く嘶くように首を上下させていた。

 

 「()()()()の方々もいらっしゃるんですね」

 

 同じく御者台に飛び乗り、“私”は周囲を見回した。

 

 「ま、見学ってとこね。いずれは手を取り合って戦うんですもの」

 

 ね、と側にいたワルキューレにメイヴは毒気のない笑顔を向けた。黒く長い髪のワルキューレ……確かラーズグリーズ、という名前だった……は困ったように愛想笑を浮かべた。なんか額には冷や汗が浮かんでいる。

 

 「じゃー、先導してくれるかい。オレは後ろに就くヨ」

 「はいはい。付いてきなさい!」

 「ラーズ、右にいけ。私は左翼を守る」

 「は、はい」

 

 はいや、メイヴが手綱をしならせる。応える2頭の駿馬が颯爽と走りだし、追従するように両脇の騎兵が駆け出し、後詰めに配置を取ったンザンビのオカピが後に続いた。

 

 「敵についてはもう聞いているんですか」

 「今回は」戦馬を時折責め立てながら、メイヴは瞥もくれずに言う。「北の敵性生物(エネミー)ね。戦術呼称は“ソウルイーター”。数は4。その後詰めに装甲機兵、5miほどの距離を取って小規模の部隊が控えている」

 「あまり規模は大きくないんですね」

 「威力偵察、というところかしら。厄介なのはソウルイーターね」

 

 (はやて)のように駆ける戦車に揺られながら、“私”は記憶を引っ張りだすことにした。

 ソウルイーター。同盟(ユニオン)が使役する幻想種の1種である。高い運動性能と静粛性、そして聴覚が特徴で、主に歩哨や偵察等に駆り出される。アメリカ合衆国を制圧した際、最も多くの兵士・民間人を捕食したことが、その呼称の由来となっている、という。“スプリガン”と併せ、同盟(ユニオン)の精強たるを支える魔獣の1つだ。サーヴァントとて、油断のできない相手である。

知らず、“私”は身体を震わせた。以前戦った相手……軟体生物めいた敵生物は、魔獣とはまた違った生物で、強さの比ではないと聞く。

恐れ。戦い、敵と殺し合う死のやり取りへの恐れに違いはなかったが、それ以上に何か妙な戦きがあった。もっと根本的な、抜本的な戦いというそのものへの恐怖。忌避感にも似た気分に、“私”は混乱した。今から、“私”は戦いに赴くというのに。

 

 「武者震い?」

 

 にやにや笑いを浮かべて、メイヴが一瞥を寄越してきた。“私”はなおのことぶるっと体を震わせて、勇んで言った。「そうです」

 

「結構結構。強がりが言えるだけ男だわ。それすら言えない坊やじゃあ困りますもの」

 

 “私”はいくばくか、気分を害した。メイヴからの子ども扱いは不本意なものだった。

 だが、彼女の言質は正しい、と思う。戦いの場は死と隣り合わせだ。そんな場所に、戦うことに迷いのある人間が居ては迷惑なだけだ……。いつの間にか“私”は“私”自身への不甲斐なさへの苛立ちに代わっていた。

 それから十数分ほどで、目的地に着いた。場所はナッシュビルの北西、ヘンダーソンヴィルからさらに9mi北西の教会跡地だ。

 赤茶けた壁に、崩れた尖塔が床に転がっている様は、自然、“私”の胸を打った。なんとなくだが、“私”はこの教会が祭る宗教的存在を信仰しているわけではないと思うが、祭事を執り行う場というのは民草の拠所であろう。それは如何なる宗教でも変わらぬことだ。そうした場が荒地になっている、というのは、やはり侘しい気分にならざるを得ない。

 とは言え、そういう()()()()()()()になっているのは自分だけだ。“私”以外の皆が皆、勇ましい顔つきで、既に現地で待っていたサーヴァントたちの出迎えを受けていた。

 

 「来たか」

 

 まず気づいたのは、ヴリトラだった。無邪気そうに手を振っていたが、“私”に気づくや否や、渋面を作った。彼女は、“私”のことを、控えめに言って好いてはいない。

 

 「なんじゃ、お前もいるのか」

 

 当然、そういう棘のある言い方をしてくる。“私”は気にせず、目元で挨拶を返した。

 

 「おや、そちらは」すぐ、ヴリトラは“私”から興味を失った。「南の人らか」

 「そ。まぁ今回は見学」

 「ふーん」じろじろと、ヴリトラは遠慮なく3人を見回した。「ま今回は別にいいか」

 

 やはり、すぐヴリトラは3人から興味を失った。割と移り気というか、泰然としている。そもそもヴリトラにとって、大抵の物事はどうでもいいことなのかもしれない。

 

 「クロエ」その証左とでも言うようにあくびをしながら、ヴリトラは声を上げた。「メイヴが来たぞい」

 

 クロエ──その銘を聞いたのは、2回目だった。

 教会前の広場の先、何人かが談義をしていた。その内の1人……一番小柄な人影が、こちらを振り返った。

 “私”は思わず、ぞっとした。距離にしてみれば20ydほどの距離はあったが、ひたとこちらを見据えた隼鷹(じゅんよう)の眼差しのその鋭利さといったらない。“私”は反射的に白い弓にかかった弦に指をかけてしまっていた。

 

 「ほれ、さっき言った奴じゃ。昨日の昼間に来た」

 

 ヴリトラは特に気にする様子もなく、小柄な少女に気さくに話しかけている。“私”はハラハラした。いつとも知れず、その少女が刃を抜くのではないか、という強迫観念すら植え付けるほどの威容があるのだ。

ただ一言だけ、そう、と彼女は応えた。ひやりと“私”を見据えた青みがかった目は、深雪で固められた刃そのもののように思われた。

 ヴリトラは続けてンザンビたちも紹介したが、クロエのリアクションは同じようだった。全く以て、彼女は遍くに無関心のようだった。

 ついてこい、というように、クロエは身を翻した。元から仲間だというメイヴやヴリトラが特に気にしていないのはともかく、ンザンビやワルキューレたちも、当たり前のように彼女についていく。“私”には、それが信じ難かった。“私”は、彼女の青い目に恐れを抱いていた。

 最も、“私”はすぐに気を取り直した。武威に優れる人物が味方にいることは、むしろ佳いことではないか。“私”は“私”自身の小人めいた恐怖感をむしろ情けないもの、と恥じた。実際、“私”は何故彼女に怯懦を感じたのかはわからないのだ。

 教会前の広場に集まっていたのは、後から来た私たちを除き、総勢4人だった。最初に顔を合わせたシータに、あとはヴリトラとクロエ。そして、日中顔を合わせたネロ・クラウディウス……空中投影された戦域マップと睨めっこしていたシータとネロは、快く、そして祖尚に“私”たちを受け入れた。

 

 「それで?」

 

 ンザンビは不思議そうにマップを見ながら、顎をしゃくった。話しを進めろ、という仕草の幾ばくかの傲慢さが板についている。ネロはさして気にもせず、「敵の侵攻ルートがこれだ」とマップをレーザーポインターで指した。

教会跡地から、さらに北西へ6mi先、ギャラティンから366号ベテランズ街道を侵攻する赤い矢印が2つ、前後に並んでナッシュビルへと向かっていた。先ほどの話から察するに、矢印の1つ、前に配置されているのがソウルイーターで、その後ろが後詰めの部隊ということか。

 

 「敵の戦力攻勢から、いつもの威力偵察と考えるのが適当だろうな。

 本作戦の目標は、如何に素早く敵戦力を撃滅するかにかかっている。敵にこちらの情報を必要以上に探られないようにするため、交戦から敵撃破までの時間は極力抑える必要がある、というわけだな」

 

 “私”は内心、頷いた。確か、日中に知らされた防衛線の配置図では、既にこの場所は防衛線から大分内側に食い込んでいる。敢えてその手前で迎撃・撃破しなかったのは、こちらの手の内を敵に悟られないようにするため、というわけだ。

 

「具体的な戦術に関しては──」

 

 ネロが言うなり、マップ上にブリップが浮かび上がった。現在地に青い光点が1つ。さらに街道を挟んで1ydほど北西の教会にもう1つの光点。さらに街道手前の小学校跡地にも光点が1つと、計3つの光点が浮かんだ。3つを頂点として線を結べば、街道合流地点を三角形で囲う形になる。

 

 「まず敵先遣隊が街道合流地点に到達した段階で第一教会跡地のチームが接敵。交戦しながら後退し、敵本体を街道合流地点まで誘引。敵戦力を誘引した段階でヴリトラと余の2人で広域ECM(ジャミング)を発動、敵戦力を魔術的封鎖状態に置いた後、背後の戦力と挟撃、包囲殲滅を行う。

ジャミングの効果はこれまでの経験則上、30秒が限界と考えられる。それまでに敵を殲滅する必要があることは、改めて述べておくぞ。今回、初めて戦いに参加するメンバーもいることだしな」

 

 ちら、とネロが“私”へと一瞥を渡した。これまで何度も戦ってきたナッシュビルのサーヴァントたちにしてみれば、ごく自然な戦術策定ということなのだろう。“私”は、改めて頷いて見せた。

 

 「提案」

 

 生真面目に手を上げたのは、意外にもンザンビだった。

 

 「この陽動部隊、オレらに任せてもらえるかな」

 

 これ、とンザンビは教会跡の光点を指さした。

 

 「そなたらは見学だったのではないか? そもそもジャミングを行うまでは……」

 「せっかく敵さんが()()に来てくれたんだろう? なら()()()()()盛大に歓迎してやらないと、失礼というものサ」

 「むむむ」

 

 ネロの眉間に皺が寄る。幾ばくかの思案を重ねていると、いいんじゃない、と声が触った。

 クロエだ。腕を組んで、手慰みに口元を手で覆いながら、彼女は切れるような目でンザンビを見やった。

 

 「2人はどうだい。いけるかい」

 「はい、問題ないかと」

 

 ンザンビに水を向けられたワルキューレの2人は、すぐに返答した。フリストは無言だったが、しかめっ面のまま、頷いて応えて見せる。

 危険な任務だ。一つの手違いで、圧倒的数的不利の中戦わなければならない。

 

 「“西部方面軍将軍付”の名が伊達ではないことくらい見せてやるよ。フリストとラーズグリーズも特殊作戦航空隊(ドラグーン)の一員だしね」

 「わかった。ただし1人、こちらからも出す。指揮下に入ってもらうが構わないな」

 「そこの嬢ちゃんかい」

 

 ンザンビが顎をしゃくった先、漠、と佇立するクロエが居た。彼女は無言のまま頷くと、ンザンビも満足気な様子だった。「構わないよ」

 ワルキューレ2人も異論はないらしい。互いに目線を合わせ、4人はすぐに、何がしかの合意を暗黙裡に形成したらしい。

 

 「では後方の挟撃部隊の選定に移ろうか。右翼は──」

 

 *

 

 315号ベテランズ街道沿 小学校付近の池、その周辺より──

 

 「()()()というのはこう、煩わしいものじゃのう」

 

 渋々、とヴリトラは言う。顔に皺を寄せて、腕に巻かれた黒いG-SHOCKを睨む様は、なんだか珍獣でも見ているような気分になるシータだった。

 

 「まだ慣れませんか」

 「慣れぬ。人間が作ったものなど肌に悪い」

 

 つんけんと言いながらも、別に外そうという素振りはない。痒そうに手首を弄りながら、ヴリトラは秒針が進むのをまんじりともせずに眺めている。

 

 「なんじゃ?」

 

 シータの視線に気づいて、ヴリトラはちょっと不満そうな目つきでこっちを見やった。

 

 「いいえ、なんでもありませんよ」

 「お前はいつもそういう目でわえを見る。トヴァシュトリのような目じゃ」

 

 口を尖らせながら、ぼりぼりと腕をかくヴリトラ。不満一杯の顔だが、そうは言いつつも目元にも口調にも、棘自体はない。

 

 「気のせいですよ」

 

 と言いつつ、シータはもちろん自覚がある。内心で微笑ましく思いながら、人間の形を執る強大なはずのアスラの姿を眺めやるばかりだ。

 

 「わえを温かい目で見るのを止すのじゃ」

 

 ……内心がだだ漏れであった。とは言え、シータは表情に浮かんだ温和な微笑を、別に隠そうともなんとも思わなかった。

 要するに。

 シータは、このアスラのことを、それとなく気に入っていた。

 

 「全く。これから戦いが始まるというのに、呑気な奴じゃのうお前は」

 「ヴリトラ様も、ずいぶん気持ちが柔いでいらっしゃいますね」

 「んあ?」

 

 のそ、と身体を起こすなり、ヴリトラはあくびをした。大きな石の上で寝転がっていたヴリトラは、空から降り始めた陽の光を浴びて、目を細めていた。蛇が日向ぼっこでもしているような風情である。

 

 「わえはいいのだ」

 「そうでございますか」

 「そうでございますだ」

 

 論理もへったくれもない。

 爬虫類というより両生類みたいなぬぼっとした顔は、とてもかのインドラ神と死闘を繰り広げた伝説上の現存在とは思えぬ様である。というか、さっきからなんか言葉が変である。

 

 「変な奴じゃ」ヴリトラは半目でシータを見ながら言う。「わえはアスラだというのに」

 「アスラだから悪者、というわけではないでしょう?」

 「だから国を追われたのではないか?」

 

 言ってから、ヴリトラは顔を顰めたようだった。こういうところが、彼女の可愛いところだと思う。シータは至って気さくに応えた。「そうかもしれませんね」

 ふん、と鼻を鳴らして、ヴリトラはそっぽを向いた。むしゃくしゃしたように綺麗な燻金の髪を掻きまわして、ヴリトラはつんけんと言った。

 

 「貴様は莫迦じゃ、わえと同じな」

 

 はい、とは応えなかった。応えると、多分ヴリトラはますますムキになると思ったからだ。代わりにニコニコとしながら、つんつんとするヴリトラを見守ることにした。

 簡単に言って、シータは、お母さんなのだ──。

 ふわ、とヴリトラがあくびをする。

 可愛いな、と思った。

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