fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅱ-4

 (ウィスキーリーダー、防御接敵(エンゲージ・ディフェンシブ)。これより予定通りに動くヨ)

「始まったようです」

 

 司馬懿仲達は言いながら、隣に座る主を見る。ソファに深く腰掛け、空中投影された映像を見やるリツカの気の抜けたような顔をしていた。

 

「お休みになってはいかがですか。この程度の戦いでしたら、私でも十分間に合いましょう。瑣事はお任せください」

 

 粛然、と仲達は口にする。目だけこちらを見やったリツカは、ちょっとだけ口角に微笑を浮かべた。

 

「見てると迷惑かな?」

「いえ、そうではありませんが、幾ばくかお休みになられてはいかがかと。私如きに任せるというのもご不安でしょうが、前線にはクロエ様もいらっしゃいますから」

「皆のお陰で十分休んでるよ。今だって、ただ見てるだけだし」

 

 どっかりとソファに身を預けながら、リツカはやはり気の抜けたような顔で言う。仲達はほんの少しだけ、不満な表情をした。

 

 「不心得ながら……」

 「いや、本当に休んでるよ」

 

 仲達が言いかけるのを遮って、リツカは慌てて喋り始めた。

 

 「無理してるとかじゃなくてね。司馬懿仲達の諫言を聞かないとどうなるかはよくわかっているつもりですから」

 

 ならばいい、と言うように、仲達は頷いた。しかし、それはそれで何やら気分が良くないぞ、と思わなくもない彼女である。まるで自分が小言を繰り返していたみたいではないか。

 とは言え、司馬懿仲達は表情には出さない。彼女は人生経験相応の身振りは身に着けたつもりである。リツカはなにも仲達の話を無碍にしようとしているわけではない、という信頼もあった。少なからず、曹爽などよりは遥かに賢人であろう。

 

 「それを言うなら仲達さんだって休んでるんですか」

 

 揶揄うように、リツカが一瞥を寄越してくる。映像では、群がる灰色の猛獣を鮮やかにいなすンザンビの姿が映っている。

 

 「私はサボり屋なので。良い具合に休んでいるのです、主とは年季が違いますよ」

 「それ威張るところなの」

 「仕事なんてしたくぬぇーですよね」

 「それはそう」

 

 こういうところでウマが合う。

 本質的なところで、司馬懿仲達とリツカは似たもの同士なのだ。生前過労気味だったこともあって、ものぐさは加速気味だった。

 

 「……あら」

 

 と、リツカの視線が泳いだ。眼差しがリビングから玄関口へと向かうなり、彼女は重い腰をあげて立ち上がった。

 力ない足取りで向かいながら、リツカは玄関まで向かう。ドアをあけると、にゃあ、という声が微かに響いた。

 どっこいしょ、と謎の掛け声は続いて聞こえてくる。なんともなしにそちらに目をやると、仲達はわずかに仰け反った。

 てっきり、あの白猫を抱えてくると思っていたのだが。

 リツカが抱えてきたのは、もっとデカかった。

 

 「でっかいねえ」

 

 にゃあ、とリツカの腕で声を上げたのは、ンザンビの使い魔の巨大な猫であった。

 仲達が知るところではトラに似ているが、もっとほっそりとしている。あの白い子猫もいる。リツカの足元でうろちょろしている。

 

「使い魔いいなぁ。可愛い」

 

 巨猫を抱えたままソファに座ったリツカは、猫に頬擦りしていた。使い魔の用途として愛玩というのはいかがなものか、と思ったが、仲達は無言でその光景を眺めることにした。それに、仲達も気分はわかるものだ。仔猫を抱き上げると、膝の上に乗せた。

 

 「仲達さんは」じたじたとし始めた斑模様の猫を放したリツカは、床に降りた猫のしゃんなりとした姿をまじまじと見つめていた。「ペットとか飼ってたことあるんですか」

 「ありますね」

 「あるんだ」

 「亀を」

 「亀」

 「イバという名前で」

 「仲達さんらしい名前ですね」

 

 行儀よく映像の前にお座りするでっかい猫の背中を撫でながら、リツカは呆れた苦笑いを浮かべた。それもどういう意味なのか、と思ったが、多分彼女の考えていることはそう遠からないだろうと思ったので、とりあえずスルーすることにした。

 

 (ウィスキーリーダー。作戦フェイズを進める。繰り返す、作戦フェイズを進める)

 

 仔猫を手であやしつつ、仲達は無言だった。特に文句がないときは、余計な茶々は入れない、というのが、彼女のスタイルだった。部下は、上の人間が偉そうな顔をして現場にどやどや来るのを嫌うものだ。

 とりあえず、順調そうだ。仲達は、そう頷く。画面の奥、ナッシュビル中央の市街地から30miは離れた場所で起きている戦闘に対する感想だったし、すぐ隣でサーバルとじゃれるリツカに対する感想だった。

 彼女は勁い。無二のものが損なわれているというのに、己を客観視し、平常に振る舞う術を心得ている。その上で、己の弱さを見せることも平気でする豪胆さは、司馬懿仲達をして舌を巻く。

 だが、皆が皆、彼女ほど人間ができているわけではない。むしろ彼女のようなものは少数派で、多くは皆塞ぎがちだ。クロエもそうだし……ライネスも。

 ならば、こういう時くらい年の功を見せねば──。

 

 (アルファリーダー、オブジェクト02発見。予定ルートを侵攻している)

 (ブラボーリーダー、こちらもオブジェクト02発見)

 「ノーベンバーマム了解。手筈通りに対処せよ」

 

 手短に応えつつ、仲達は仔猫の背を撫でる。力加減が不満なのか、何やらじろじろとこちらを見ている。いつも亀の甲羅ばかり撫でていたから、力が入りすぎていたのかもしれない。悪いことをしてしまったと思いつつ、それには表情を一切出さずに、仲達はほんのちょっぴり力の入れ具合を調節した。

 まだ、この物語(たたかい)は始まったばかりだ。全てが順風満帆に行くわけもなく、また時に失敗もするだろう。それでよい、と思った。

 

 (アルファリーダー、これよりMCM(ジャミング)による敵戦力の攪乱を行う──)

 

 

 数分前、小教会跡地にて

 

 「来た」

 

 後続の敵を察知したのは、まずネロだった。彼女の言動を察知して、“私”はすぐに予定していた場所へと目を凝らした。

 目を凝らす、という動作だが、そこはアーチャークラスの視線である。数miも優に見通す視界は、街路を進む機影を捉えた。

 

「数は」

「6機。外見上全て同じに見えます」

 

 言いながら私を捉えたのは、奇妙な感覚だった。

 敵の姿も確かに奇特だった。

 全身を金属の装甲で覆い、頭にバケツを被ったような外観の兵士の姿は、どうやら“私”には意外なものに映った。鎧兜を装備した兵士の姿とも違う、異様な雰囲気がそこにはあった。

 何故か。

 ソウルイーターを見た時より、怖気、のようなものを惹起させた。それが何故なのか、“私”は我がごとながら理解しかねる。生命を持たない、純粋な機械仕掛けの兵士というのが上手く理解できなかったから、だろうか?

 それにしても、釈然としないものは感じた。あの、どうしようもない、鳩尾が捻じれるような不快感が惹起している。だが、それを無視した。そんな情けない感慨に構っている時ではなかったのだから。

 

 「装甲歩兵を見るのは初めてか」

 「はい」

 

 努めて平静を装って応える“私”に、ネロはただ、そうか、と応えた。

 

 「変な外観だが見縊るでないぞ。油断ならない相手だ。サーヴァント相手に機能する突撃銃(ライフル)軽機関銃(LMG)、というだけで脅威度は極めて高い」

 「機銃……?」

 「見ていればわかる。武器……長い筒のようなものを持った個体が1機、居ないか」

 

 言われ、“私”は目を凝らした。バケツを被ったような妙な機械たちは、皆似たような機械を脇に抱えている。あれが武器……いわゆる、銃、という奴だ。弾速も貫徹力も破壊力も、全てにおいて弓や弩などとは比較にもならない、未来の武器だ。この武器があれば、特別な武勇に長じなくても、万人が万人を平易に殺し得るのだという。それを恐ろしい、と感じる“私”は、果たして勇士として正しい感慨なのだろうか。武威を軽んじる、このような武器が世に蔓延ることを嘆けばいいのだろうか。それとも、万人が勇者になれる可能性を喜べば良かったのか。

 ……幾ばくか混乱を覚えながら、“私”はしっかりと敵の姿を見晴るかす。

 皆、持っているのは細長い武器だ。だが1機、違うものを持っている。銃、という点では変わらないが、他の物よりも大きく、かつ厳つい外観だ。あれが軽機関銃、という奴だろうか。

 

 「良いか、まず先にあれを潰すのだ。部隊支援機を残しておくと厄介だからな」

 「私がその大任を預かってよろしいのでしょうか」

 「シータよりも貴様の方が、打撃力があるからな。

 支援機の破壊確認後にヴリトラのヴァジュラで飽和砲撃をしてもらおう。その後、シータと貴様で残存兵力を撃滅する。いいな」

 「了解」

 

 “私”は重々しく頷いた。大役を仰せつかって、奮い立つものがあった。“私”は情けない臆病者だが、同時に勇者の気質も持ち合わせているようだった。

 “私”は左手に携える神弓に、腰の矢筒から矢を取り出す。弦に番え、ぐい、と一息に引き絞る。“私”の身体に馴染んだ感触。これまで幾千、幾万と繰り返してきたかのように、その動作は私の血肉とも言うほどに自然に行われる。呼吸よりもなお、その動作は馴染む。

 “私”の弓矢の射程は、通常であれば5miは届く。敵との彼我距離は2miほど。中って当然の距離だったが、そんなに射とは楽なものではない。

 

 「アルファリーダー、これよりMCM(ジャミング)による敵戦力の攪乱を行う」

 

 ひそやかながら、凛烈としたネロの声が耳朶を打つ。

 

 (ブラボーリーダー、カウント開始)

 

 続いて脳内に響くヴリトラの声。閉鎖的地脈を介して行われる魔術によって聴覚野が励起して起こる音声は、本来の声より幾分か波打って聞こえてくる。

 

 「アルファリーダー、了解」

 (ウィスキーリーダー、了解)

 (カウントスタート。10、9……)

 

 どうしてか。

 ヴリトラの声は、“私”の心を無性に粟立てる。

 綺麗な声だ、と思う。……本来の彼女の声とは別らしいが、そういう表層の声質とは、違う。もっと本質的なところで、ヴリトラの声には何か、透き通るものがある。純粋さ、というのだろうか。清廉さと言い換えてもいい。

 その清廉さが、何故か“私”の情動を掻き毟る。負い目のように、疚しさのように蠢く情動が、“私”の手元を震わせる。

 “私”は懸命に自分を御しようとしている。この程度の情動の惑乱で手元を狂わせるなど、情けないにもほどがある──勇士としての“私”が、“私”自身を叱咤する。

 

(……3、2、1、0!)

撃て(Spara)!」

 

 小さく、あっ、と声が漏れた。

 息が漏れた瞬間、右手の指先の力が抜ける。脱力とともに弦の張りが解け、逃げ狂うように矢が飛び出していく。およそ「射」などは言えない、粗末なものだった。

 びょう、と凄まじい風切り音を立てて放たれた矢は、囂々と唸りを挙げて宙を駆けた。2miの距離を3秒とかからずに突き通し、猛烈な勢いで地面を貫く。衝撃だけで地面がめくれ、隊列を組んでいた装甲歩兵がたたらを踏むように体勢を崩した。

 

 (ウィスキーリーダーより各騎、兵装使用自由(NPフリー)!)

 

 外した、と思った瞬間だった。さらに一射、別な角度から飛んだ矢が、最後尾に控えていた重装備の装甲歩兵の胴体を射抜く。立て続けに撃たれた早撃ちの3射が頭部と右腕に握る軽機関銃を貫き、朽木が倒れるように装甲歩兵が倒れ込んだ。

 俄かに装甲歩兵たちが足並みを崩した瞬間、空に幾条もの流星が流れた。ヴリトラによるヴァジュラの斉射だった。雷光の尾を引いた金剛杵を捕捉した装甲歩兵たちが背負ったランチャーから無数のロケット弾をばら撒き、宙で衝突して無数の花火を咲かせる。迎撃しきれなかったヴァジュラはおよそ10発。着弾と同時に炸裂した爆破に巻き込まれ、何機かの装甲歩兵が粉砕されていく。暁闇の空に、ぱっと陽が昇ったかと思うほどの閃光の乱舞だった。

 

 「何を狼狽えておる! 早く次の獲物を仕留めぬか!」

 

 呆然とする“私”に、ネロの厳しい叱咤が飛ぶ。ぎょっとした“私”を後目に、ネロは大剣を携え、白無垢の衣を靡かせ、今は遅しと戦場に向かっている。そうこうしている間にも無数の矢が戦場に飛び交い、応射とばかりに閃くマズルフラッシュとともに、けたたましい破裂音が吹き上がりはじめた。

 “私”を襲ったのは、ただただ圧倒的な困惑だった。現実感、というものが一切欠如していた。早暁の空に谺する連続した破裂音、それに重なる銃火の光。ぶしゅん、という音をたてて身近な樹に銃弾が当たり、砕けた木片が“私”の頬を打つ。まるで口伝に聞く物語でも追想するかのような脱現実感が、“私”を却って駆り立てた。圧倒的なまでの非現実感故に、“私”の足は動いた。

 “私”がすべきことはわかっている。まずは足を動かすことだ。理由は単純だった。敵はこちらの狙点を割り出し、素早く応射を撃ち込み始めている。一点に棒立ちしていては、即座に挽肉になるのは必定だった。ネロが飛び出したのは、自らに敵の狙いを誘い、呆然とする“私”への攻撃を逸らすためだった。

 走りながら、“私”は歯噛みした。この一瞬で、二度の轍を踏んでいる。

 “私”は弓に矢を番えた。これ以上足を引っ張るわけにはいかない。火箭の牢獄のただ中で銃弾を躱しては剣で弾き返す白亜のシルエットを見定め、“私”は敵に狙いを定める。

 “私”が狙ったのは、あの機械の歩兵……ではない。それが放った、あの誘導弾(ミサイル)だった。

 狙いは突端、シーカー。ネロめがけて迫る誘導弾3発に狙いを定めるなり、“私”は素早く3射を放った。

 過たず、矢は誘導弾のシーカーを射抜いた。いわば“目”を潰された短距離ミサイルは明後日の方向へと逸れていく。

 だが、射幸心を満たしている場合ではなかった。素早く位置を変えながら、“私”は敢えて、街路へと飛び出していた。

 

 「こっちだ!」

 

 大きく声を張り上げながら、次の矢を弦に番える。彼我距離はおよそ1/2mi。互いの武装を鑑みれば、目と鼻の先と言える交戦距離だった。

 敵の注意が、一瞬“私”へと向かう。同時、突撃銃の火箭を突破したネロが大剣を振るい、装甲歩兵1体を唐竹割の要領で両断。さらに背後からの狙撃とヴァジュラの砲撃に晒された装甲歩兵たちは、その瞬間各々がバラバラの判断のもとに動いていた。というより、そうせざるをえなかった。1体は反転迎撃しかけたところをさらにネロに斬り払われ、IFFのロックにより突撃銃を打てなかった1体がヴァジュラの至近弾の余波で吹っ飛ばされていく。

 “私”が相対したのは、一際頭部の“バケツ”が大型の個体だった。最初から、その機体は“私”を標的にしていた。

 装甲歩兵が突撃銃を持ち上げ、トリガーロックを解除し、FCSでコントロールされた射撃精度で“私”の胴体をハチの巣にする。

 それより、“私”の手管が速い。

 “私”に恐怖感はなかった。弦に矢を番え引き絞り、正確にバイタルバートである頭部及び胴体に2射を撃つ。精密機械よりもなお滑らかな動作で放たれた矢が、装甲歩兵を射抜いた。

 頭部と胴体を、矢が徹る。その途端、ぼうと広がった炎の舌禍が忽ちに装甲歩兵の躯体を包み込んだ。

 “私”は、敢えてその場に留まった。敵との密集格闘戦を演じ内部から敵を攪乱しつつ乱戦を繰り広げるネロに射撃を加えようとする装甲歩兵の背に矢を射かけた。

戦況は優位に傾いている。戦闘開始からまだ10秒と経っていないというのに、電撃のような速さで戦闘は推移した。これが、本当に戦いなのだろうか。“私”はいまだ現実感が伴わない中、敵を倒し続けていく──。

 

 

 ラーズグリーズとフリストが動いたのは、数秒前のことだった。

 ジャミング開始のカウントが4を切った時、2人は同時に鞘から剣を抜いた。

 魔剣グラム、そのマスプロダクト。黄金の柄に、艶やかな銀の刀身を持つ選定の剣である。英雄シグルドの剣であると同時、大神オーディンの剣でもある魔剣を、ぎらり引き抜いた。

 視線の先では、ンザンビと4頭のソウルイーターが攻防を繰り広げている。わざと劣勢を演じるンザンビに猛攻をしかける魔獣たちは、わずか数ydの距離の茂みまで近づいた2人の気配を察知できないでいた。というより、自然なことだった。ライダーのクラスで召喚されながら、2人のワルキューレは限定的にクラススキル【気配遮断】を有する。白鳥礼装に刻印された術式によって発現するそのランクはAランクと高い。アサシンのクラスもかくや、という静粛性を事前に探知するには、気配遮断を無効化するスキル持ちか、キャスタークラスのサーヴァントに限られるだろう。

 

「左手前、後ろの奴をやるぞ。俺は頸を狙う」

 

 ひやりと、静かにフリストが言う。ラーズグリーズも無言で頷いた。

 カウントが0になったのは、その直後だった。

 生じた事象は3つだった。

 大きく背後に跳躍しながら、生首の1つをソウルイーターの群れに放り投げるンザンビ。狂気的な叫び声が生首の口蓋から立ち昇り、劈くような音にソウルイーターたちが怯んだ。

 ほんの半瞬ほど遅れ、2つの流星が空を駆けあがった。教会跡地から弦月のような光の尾を引いて放たれたそれは、槍であり、矢であった。

 2条の閃光は過たず、ンザンビを追いすがろうとした1頭のソウルイーターを串刺しにした。胴を貫かれ、地面に縫い留められた獣の悲泣の叫喚が迸った。

 

 「行くぞ(los geht)!」

 

 素早くフリストが飛び立つ。ラーズグリーズはその背後にぴたりと吸い付くように追従した。

 ようやっと、狙いを定められたソウルイーターが察知する。ぎょっとしたように身動ぎし、迎撃行動を起こそうとしていたが、既に遅かった。

 血煙が散った。ざくりと振り下ろされた魔剣の一太刀がソウルイーターの胴体を切り裂いている。胴を斬ったフリストの背後から飛び出すなり、ラーズグリーズも魔剣を振るう。

 鮮やかな一刀だった。首筋を頚椎ごと叩き切るなり、噴き出した血飛沫がラーズグリーズに降りかかる。

 綺麗好きな彼女は、一瞬だけ嫌悪を抱いた。だが、そんなことはどうでもいいことだった。

 既に、フリストは光槍グングニルを投擲していた。もう一頭のソウルイーターの頸に槍が刺さるなり、胴体に突き刺さった魔剣を引き抜き、最後の一頭に対峙する。ラーズグリーズはその背後から、頸に一撃を受けたソウルイーターへと猪突する。苦悶に満ちながらも爪をたてて反撃しよう、というその右手を剣で斬り払い、返す刃で肩口めがけて剣を振り落とす。

 肩部を構成する骨格の強靭さは凄まじかった。グラムを振るっているにも関わらず、硬い手応えが腕を伝う。それでも両断できたのは、一重に担い手の技倆だ。ラーズグリーズ、というよりはオーディンの使徒たるワルキューレの腕があってこそのものであった。

 残り一頭──如何にフリストとは言え、1人でソウルイーターを瞬殺するには骨のはず。背負ったグングニルを引き抜き、猪突の勢いを乗せようとしたところで、ラーズグリーズは目を見開いた。

 既に、最後のソウルイーターは屍となっていた。見れば、無数の矢が突き立っている。頭部に3射、胴体は……数えるのも億劫なほどだ。暁の陽に照らされ、矢羽根の端がちらちらと光を反射していた。

 凄腕の弓兵。そんなものは、この場には1人しかいない。

 

 「噂通りの腕だ」

 

 むんずと矢の1つを掴むと、フリストはそのまま引き抜いた。まじまじと矢を見つめてから、呟いた。

 

 (ノーベンバーマムより全騎、状況終了。第二種戦闘配置にて待機せよ)

 (ウィスキーリーダー了解)

 

 ラーズグリーズは、突き立った槍を手する。ソウルイーターから引き抜き、まじまじとその槍を見つめた。

 

 「宝具の模倣……いくら原初のルーンだってこんなことできませんよ」

 

 フリストは応えず、ラーズグリーズの持つ宝具と自らの持つ矢を見比べた。フリストは表情の変化に乏しいが、ルビーのように赤い目は、どこか喜々としているようにも見えた。

 

 「サクラ様の仰せの通り、ということか」

 「あのお嬢ちゃん?」

 

 呑気そうに言うンザンビ。ソウルイーターの死体を検分しているらしい。あまり浮かない顔なのは、目の前で動物が惨殺されている様に気分を害している、というところか。

 

 「ンザンビ様はサクラ様とは懇意でしたね」

 「あの子に呼ばれてこっち来たからネ」フリストに応えつつ、ンザンビはソウルイーターの身体に何か細工をし始めた。「同僚の(よしみ)って奴だよ」

 

 喋り続けるンザンビの頭頂部を見ながら、ラーズグリーズは、ふとその言葉の意味を掴みかねた。前者と後者の言葉のあわいが、上手く飲み込めない。

 3秒ほど思考してから、ラーズグリーズは思考停止させた。

 ワルキューレたちは考えるべきことと考えるべきではないことの峻別を厳しく定めている。特に、ラーズグリーズやスルーズはその()が強い。

 ンザンビはひとしきり調べ終えると、まじないめいた動作で剣を持ち上げる。刀身そのものはそう長くはないが、幅が広い両刃の剣である。いたるところから触角のように突き出た刃は、端的に言って不定の情動を拗らせる。既視感がある。山羊の角だ。不定に捻じれる、山羊の角……。剣というより、なにがしかの祭器や呪具に近しいのだろう。その剣を、ンザンビは、えいや、と振り下ろした。

 一介の戦士としてみれば、その動作自体は洗練されたものではない。無造作に振り上げては振り下ろす、それだけの動作だった。それでも、鮮やかにソウルイーターの野太い首筋を断ち切れたのは、その神性の高さ故にだろうか。ごろりと獣の頸が転がると、頸動脈から溢れんばかりの鮮血が流れ出した。

 

 「なにかの呪い(まじない)、ですか?」

 「一応、死霊使いの妖術師(ソーサレス)で、キャスターだからネ」

 

 重たいはずの頭を、軽々と持ち上げる。一抱えにするほどもある巨大な頭部を撫でながら、ンザンビは不思議な表情で鼻っ面を見ていた。

 

 「口達者なら、死者の声を聴くものサ」

 

 やはり、ンザンビは正確な言語表現をしない。そういう人らしい、とラーズグリーズは理解した。西部軍管区に轡を並べるワルキューレたちならともかく、ラーズグリーズは、常日頃からンザンビと接しているわけではない。というより、今日で2回目か3回目か、そんな程度の面識しかなかった。

 

 「他の個体はどのように?」

 「焼いておこう。静かに眠ってもらうのが一番」

 「見回りくらいならできるのでは?」

 「危ないからネ」

 

 のたり、とンザンビは立ち上がった。剣を外套の下にしまい込むと、呑気そうに手を上げる。彼女の視線を追えば、第一教会跡地に陣取っていた2人がやってくるところだった。

 

 「上手くいって良かったね」

 「当然。伊達に()()()から戦ってるわけじゃないわ」

 「災難だったね」

 「ご同情、どーも」

 

 つん、とするメイヴに、ンザンビはいつもと変わらない朗らかさだった。メイヴもそう感情を害しているわけではないように見える。むしろ、ンザンビのからかい……多分……を心地よく思っているらしい。

 

 「()()()()()()()の顔に泥を塗るわけにはいきませんから」

 

 言いながら、メイヴは地面に突き立った槍を引き抜いた。ぎらりと閃く氷のような刃が朝焼けの茜色に煌めく。バロールを撃ち滅ぼした槍の威容は、真なるグングニルを見知るワルキューレですら気圧されるものがあった。

 

 「それで、どう? おじさまの槍の手応えは」

 

 メイヴに水を向けられたのは、小柄な赤いアーチャーだった。

 

 「黒き太陽たるを滅ぼした神の杖。堰界竜ヴリトラを倒すなら、インドラのヴァジュラに次いで相応しい宝具だと思うけれど?」

 

 そうね、とクロエは短く応える。槍を見つめる視線の鋭さは変わらず。ただ小さく頷いた。

 

 「ヴリトラは味方だろ?」

 「()()()は誰の敵でもないし味方でもないわ」

 

 重く、クロエが口を開いた。わずかに目を薄めるンザンビは、わざとらしく「ヘエ?」と首をかしげて見せる。幾分か苛立たし気にしながら、クロエは続けた。

 

 「ヴリトラはただ面白いものがみたいだけ。運命に抗う誰かを見ているのが好きなだけよ」

 

 言い捨てるようにしながら、クロエの表情は嫌悪というより困惑に満ち満ちていた。大層な話ではない。もっと卑近な情動に対する困惑であり迷いが、その表情にはあった。

 かすかに漂う、剣呑な空気感。ラーズグリーズは、おろろろ、としていた。

 

 「せっかくならそのグングニルも良く見せて貰ったら?」

 「ひゃい?」

 

 メイヴの鋭い目が、ラーズグリーズを捉えた。女王メイヴの目は奇妙だ。冷ややかなのに情熱的。酷く冷厳に品定めをする視線は傲岸というほかないのに、そこに不快を感じさせない。

 

 「大神が自刃するのに使った槍。神すら貫く槍というのなら、ヴリトラにだって刺さるでしょ」

 「別に死んだわけではない」

 

 いくぶんか気を悪くしたフリストの言に、メイヴは「そうだっけ?」と惚けたように答えた。

 

 「この物語の最後に、きっと反旗を翻す──ヴリトラが私たちに協力してるのは、その最後の絶頂を楽しみにしているから。

 だから()()を打ち倒す武器を持てだって。悪趣味ね?」

 「メイヴ(あなた)だってそうでしょ」

 「私は聖杯が手に入れば、今すぐにだってクーちゃんを取り戻してこのアメリカを終わらせるけど? 終わりなんてわざわざ待ちません」

 「キミたち、なんだか楽しいことをしているんだねえ」

 

 ンザンビは軽薄そうな笑いを浮かべるばかりだった。今の会話のどこに愉快さを感じればいいのか、ラーズグリーズはあまり理解できなかった。メイヴも楽し気な表情で、クロエも幾分か張り詰めた表情が柔いでいる。自分はユーモラスがないからだ、と思う。彼女は相変わらず判断停止をした。

 

 「向こうも終わったみたいね」

 

 見はるかすように、メイヴが街路を見る。彼女の目には、意気揚々と凱旋する4騎の姿が見えているはずだった。

 

 「クロエチャン」

 「何?」

 「いんや」ンザンビとクロエが、会話をしている──。「後でネロと……あのキャスター、スカサハ=スカディとか言ったかな? 2人とキミに手伝ってほしいんだけど」

 「その頭?」

 「ソ。君も、私と同じで、妖術とか得意でしょ?」

 

 ラーズグリーズは、不思議そうに2人の顔を見比べた。相変わらず気の抜けたような、朗らかな顔のンザンビ。クロエは対照的にどこか怪訝な顔だった。

 ……何ゆえか、思った。

 

 「何するわけ、それ?」

 「脳みそ(アタマ)を弄るんだよ」

 「うげぇ。何、クロもそういうのできるわけ?」

 「それなりに」

 「カルデアってのは物騒なのね」

 「世界を救おうってんだ。キレイ事ばかり言ってられないでショ?」

 

 2人は似ている。

 どこが、という対象を欠いた直観が、ラーズグリーズの脳裏を掠めた。

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