fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「デオンも来てくれればよかったのに。相変わらずお堅い人ね?」
「あくまで彼―――彼女? はあのジャンヌ・ダルクに呼ばれたサーヴァント。2重スパイとして動いてもらった方が、諸々都合が良いのでしょう」
「ふーん? 難しいのね?」
硝子の馬に跨るマリーを見上げるサンソン。かつての関係性を鑑みれば、あるいは険悪であってもおかしくはない気もするのだけれど―――2人の仲は、良好のようだ。
「それにしても、既にリヨンは滅びた後とは―――かつて、とシュヴァリエが言ったことが気にかかっていましたが」
「えぇ。なんでも、角の生えた怪物に襲われたんだとか。それまでは仮面をつけた黒い肌の人たちが守っていたらしいのだけれど、怪物には敵わなかったって」
ジャンヌの言葉に、マリーが応じた。つい先刻、まだ無事な近隣の街へと繰り出したマリーとサンソンが取得した情報の一つだった。
角の生えた怪物というのは、あの酒呑童子かエリザベートのどちらかだろう。黒い肌の人たち、というのは気になるけれど―――Zeroの
ジークフリート。Apocryphaに登場した、屈指の英雄。ExtraCCCに登場した破格の英雄、かの英雄王にすら比肩するカルナをして強力と言わしめた黒のセイバーが、味方になる。正直本編ではあんまり活躍しなかったことも相まって、なんか、楽しみだ。
(そろそろリヨンにつく頃かな? おーい、クロちゃん。見える?)
「見えてきたわ。でも―――」
先導するクロは、立ち止まった。そうして、彼女は黒い弓を投影した。
「サーヴァントが居るわ」
(え? こっちの探索網には何も―――)
「来る―――!」
クロの右手に現れる剣。宝具でこそないものの、強力な切れ味を持つ剣が瞬時に矢へと形を変える。
番えるまで秒未満、弦から射出された矢は、しかし強襲した突風に、あっさりと砕かれた。
舌打ち一つ。弓を放棄し、双剣を投影したクロは、襲い掛かった閃光へと剣を叩きつけた。拮抗は秒とかからなかった。軽々と双剣ごとクロの矮躯を弾き飛ばした白銀の影は、しかし追撃することなく、堂々と聳えるように佇んだ。
「大丈夫、クロ!?」
「別に、なんてことないわ」
倒れこむのも一瞬、即座に跳ね起きたクロが再度双剣を投影するのを確認して、藤丸は、その敵を見据えた。
―――白い、騎士だった。禍々しいまでの盾持つ乙女の凛とした顔が、藤丸を見返した。
「これより先は通しません! 押し通りたくば、ブラダマンテが相手です!」
※
凛然とした白亜の騎士は厳しい目で全員を見回した。
サーヴァント5騎を面前に一歩も引かないその頑強な意思が、可憐な少女騎士の内にあった。
「ブラダマンテ―――ブラダマンテ?」
「白羽の騎士ブラダマンテ。可憐な乙女ながら怪力無双の騎士として知られる、シャルルマーニュ十二勇士の一人です」
「あ、それは知ってる。シャルルマーニュ十二勇士―――『ローランの歌』だっけ?」
「はい、いわゆるシャルルマーニュ伝説群の一つですね。彼女が登場するのは『恋するオルランド』、『狂えるオルランド』の2作品です。西洋では多くの作家たちが題材にした、著名な方なんですよ」
「はぇ~……マシュすっごい物知り」
「いえその……それほどでも」
マシュは、照れたように頷いた。普段は眼鏡っこなだけあって、読書家……ということなんだろうか。そういえば、さっきのジークフリートの時もさらりと知識を披歴していた気がする。無知系後輩に見せかけて、まさかの知将ポジとは恐ろしい子だ……。
「ちょっと、トーマ。アナタ、緊張感ってものが無いの?」
「あ、すみません」
「全く……」
ふん、と鼻息一つ。改めて、クロは面前のサーヴァントを見据えた。マシュの説明―――怪力無双の騎士、というのは、強ち間違ってはいないんだろう。クロを軽く突き飛ばして見せた膂力は、多分本物だ。
一触即発。睨み合う2人は、次の瞬間にも切り結ぶような雰囲気だ―――。
「白羽の騎士ブラダマンテ。雌雄を決するのは構わないけれど―――貴女は、誰の味方?」
そんな二人の間に、リツカは平然と割って入った。クロを手で制しながら、サーヴァントの持つ存在感―――威圧感をものともしていない。超然、という言葉が、その背にはあった。
「私はただ正義を為すものの味方です。我らが故郷に虐殺を振りまき、主の教えに泥を塗るそこな竜の魔女こそ、私達の敵です!」
はねつけるような声とともに、ブラダマンテは得物の短槍を掲げた。穂先が指す先、ジャンヌを睨む彼女の目には、明確な敵意がありありと浮かんでいた。
取り付く島もない、とはこのことだ。頑なな彼女を説き伏せるのは、至難の業だろう。それでも何か言いかけたリツカの前に、ふわりと彼女は立った。
「まぁ―――それでしたら、私達、味方なのではなくて?」
マリーは、彼女の前に立った。華のような声のままに、彼女はなんら恐れず、さらに一歩踏み出した。
「近づくな! それより前に出れば貴様の首を―――」
「ねぇ、気高い騎士様。可憐な少女騎士様、我が祖国の礎を築いた方。あのジャンヌ・ダルクをよく見て? あの聖なる方が、そのような狼藉を働く者に見えまして?」
それでも、マリーは臆することなく、ブラダマンテの手を取った。
スキル【王統の音色】。本来は異性に対して魅了効果を付与する【魅惑の美声】から変化するユニークスキルであるそれは、単に対象者を魅了するものとは一線を画する。
魔術を一切用いず、彼女の善き人格ただそれだけで人望を集める王妃の在り方。いわゆる【カリスマ】にも近しいそれは、対魔力によって弾かれることすらなく作用する。さらに―――それが『フランス』という地に生れ落ちたものであるならば、いついかなる時期に生まれた人間でも信を集め得る。
民草に、光あれかし。その願いだけで英霊の座に上り詰めたマリー・アントワネットの持つ、ある意味にして切り札とも呼べるスキルだった。
「た―――確かに、黒い魔女の勢力と貴女方の戦力は、どうにも違うようです。でも―――」
それでも、ブラダマンテは頑なだった。マシュの説明が正しければ、ブラダマンテは属性としては、広くフランスの人間だ。マリーの声は抗いがたいものとして聞こえているはずなのに、それでもブラダマンテは頑強な意思を示し続けていた。
さりとて、マリーのことは、もう疑っていない。ちらちらとジャンヌとマリーを見比べる仕草が、雄弁に語っていた。
「―――ねぇ、もういいんじゃない?」
不意に、その声は頭上から降り注いだ。
ぎょっと頭上を振り仰ぐ。蒼空の中、それは、なんだかあまりにもぽつねんと浮かんでいた。
猛禽。確かにそれは猛禽だったが、足があった。いや、普通の猛禽も足はあるけれど、それは、前脚があった。馬よりも大きな巨大なそれ―――幻獣ヒポグリフの背から、ひょこりと赤髪が顔を出した。
「アーちゃん、ダメだよ出てきたら!」
「えーいいじゃん。だって敵じゃないみたいだし。ボク、あんま隠れてたりするの好きじゃないし!」
えいや、と一言。ヒポグリフから飛び降りた影は、華麗に着地―――。
「うにゃ!?」
地面に激突した。
「……」
「やめてよ、そんな目でボクを見るのは! ずぅ~っと隠れてて、暇だったんだぞぅ!」
「だから、そういう作戦―――」
「暇なものは暇ー! ブラちゃんだけずるいよ、そこのお姫様といい雰囲気になってさぁ! あ、挨拶まだだった」
じたじたと地面で暴れるもの束の間、一転してウサギみたいに飛び上がった赤髪の少女―――いや、少女のような姿のサーヴァント。何も考えてなさそうなこの残念な感じ、間違いない。
「ボクはセイバー、アストルフォ! ブラダマンテと同じ、シャルルマーニュ十二勇士の一人さ!」
―――うん、アストルフォだ。えっへん、と特に意味も無く胸を張り、自信満々な顔をしてみせるのは、間違いなくアストルフォだ。原作ではライダーだったけれど、セイバークラスでの適正もあったのか……。
「まぁ! 可愛らしい騎士さん!」
「えへへ、そうでしょう! でもでも、お姫様もすっごくかわいいよね! ね、ブラちゃん?」
ブラダマンテは困惑しながらも、ただ、首は縦に振った。
なんというか、もうシリアスな空気なんて無い。如何にブラダマンテを説得するか悩んでいたことが、なんだか嘘のようだ。
「ボクっ娘のサーヴァント……」
《いや、アストルフォはボクっ娘というか、男の娘だよ?》
《へ?》
《一応、性別は男―――かな?》
《マ?》
クロは、まじまじとアストルフォを見つめた。ウサギみたいにぴょんぴょん跳ね回るアストルフォは、どこをどう見ても女の子にしか見えない。
いや。こんなに可愛い子が女の子なわけがない―――のだろうか?
《小説の表紙見てからの男って知った時の「oh……」って感じ半端なかったっすね、ハイ》
《むぅ―――世の中、ホント広いわね……》
しみじみと、クロは呟いた。まぁ確かに―――アーサー王もネロも女体化してるし呂布はメカな世界である。もう、なんでもありだな、とは思う。
「それで、根暗そうな君がサンソンで、無口な君がサリエリ。そして君が―――」
はた、とアストルフォはジャンヌの前で立ち止まった。なんだか微妙そうな顔でジャンヌを眺めること数秒、アストルフォは首を傾げた。
「あの、何か?」
「う~ん、君とはどこかで会った気もするなぁ。いつかの聖杯戦争で戦ったのかな?」
「すみません、不完全な召喚で、あまり座の記録が持ち込めていなくて」
「ふーん、よくわかんないけど、大変だね。ま、いっか。よろしくね、ジャンヌ・ダルク。それで、君たち2人がマスターで、そっちの二人がそれぞれのサーヴァントだね」
うんうん、とアストルフォは4人を見比べた。じろじろと無思慮に見回す仕草は、なんというか幼稚園児みたいだ。好奇心のままに世界を眺める、子供そのものだ。
「なんか、武闘派な人が居ない不思議なパーティだなぁ―――あ! そうだ、みんなの中に、回復系のスキルとか宝具持ってる人いるかな? 治して欲しい人が居るんだ。ついてきてよ!」
※
「こっちこっち! 早く早く!」
市街。
既に荒廃した街中の一角、食糧庫らしき建物の戸口でアストルフォが手を振る。ちゃらんぽらんに見えて流石はサーヴァント、結構足が速い。遅れて到着した藤丸は、思わず、声を失った。
血の、海だった。赤黒く淀んだ血が、床一面にべたりと広がっている。むせ返るほどの濃い臭気に思わず口元を覆うほどだった。
「本当は早く治してやりたかったんだけど、ボクもブラちゃんも、そういうスキルは持っていなくて……」
しょんぼりと肩を落とすアストルフォは、今にも泣きだしそうなほどだった。藤丸は臓腑からこみ上げてくる怖気を堪えながら、一歩、倉庫へと足を踏み入れた。
暗い倉庫に広がる血の海。そのただなかに、黒い影が蹲っていた。
壁に寄り掛かる影。ともすれば死体にも、見えた。
「だ―――誰だ。クソ、二人はもうやられたのか?」
影が、傍にあった剣に手をかける。細身の刀身は、大柄な男には酷く不釣りあいに見えた。
ぞっと、藤丸は身体を強張らせた。静かに、しかし峻烈に見上げる男の目は、それだけで、藤丸が腰砕けになるほどだった。サーヴァントの殺意を正面から浴びる、というのは、そういうことだった。
「わぁ、大丈夫トーマ!? 違うよジークフリート、仲間仲間! 助けにきてくれたんだ!」
「仲間?」
滲む様に、男が声を絞り出す。ありありと噴出していた殺意は即座に霧散し、虚ろな安堵に表情を緩めた。
「はい、その、助けに。ジャンヌさん、マリーさん!」
「ええ、わかっています。失礼」
「まぁ―――速くしないと」
2人が、地に臥す男へと身を屈める。ほ、と吐息を吐いた藤丸は、背後から抱きかかえるアストルフォの手を叩いた。
「もう、大丈夫。立てます」
「そう? あんま無理したらダメだぞ? はい」
両足でなんとか自重を支えた藤丸は、改めて、件の男を見下ろした。
色の薄い灰色の髪に、生真面目そうな面持ちの偉丈夫。精悍な、という形容詞がよく似合いそうな男こそ、間違いない。
音に聞こえし“
「大丈夫かな、治るかな?」
「はい―――ただ呪いのせいで回復速度が遅い。呪いそのものは単純ですから、私の洗礼詠唱でも解呪可能―――だと思います。一度呪いを解いた後、私とマリーの宝具で治癒に移る、という流れになるかと」
「そっかぁー……よかった」
盛大に安堵の息を吐くと、アストルフォは藤丸の背中に抱き着くように身体を預けた。
「だってさぁ、目の前で死なれるのって、あんま気分良くないしさ……ジークフリートがこんな目にあったのだって、大体ボクのせいだし……」
「まぁ、あんまり気にしなくても。ほら、もう大丈夫だから」
むー、とうなりながら。アストルフォは藤丸の背に顔をうずめた。ぐい、と身体に回った手に力が入って―――入って―――入っ―――。
「あ゜っ!?」
「あ、ごめん。ボク怪力あるんだった」
「大丈夫、俺内臓とか出てない?」
「うーん、口からもお尻からも特になんも出てないから大丈夫じゃないかな?」
「あの……少し静かにしていただいてよろしいですか?」
怒られた。はぁい、とそっけなく返答するアストルフォの隣で、トウマは平謝りした。
「でも、よくボクたちのところを見つけられたね?」
「え?」
「だって、逃げる時にブラダマンテのヒポグリフで逃げてきたからさ。追跡は多分無理だし、黒いジャンヌ達はボクたちの居場所を知らないと思うんだ」
「それは―――」
いや、だってそれは、何かおかしい。
ここにジークフリートが居る、と情報を伝えたのは、デオンだった。デオンはあくまで、竜の魔女の配下のサーヴァントだ。なのに、何故知っているのだろう。
デオンが、黒いジャンヌの知らない情報網を握っている―――そう考えられなくはない。だが、そんなことがあるのだろうか。キャスターやアサシンのサーヴァントならともかく、セイバーのサーヴァントであるデオンに、広大な情報網を構築する術があると考えるのは、あまり合理的ではない。キャスターやアサシン以外で情報戦に勝てるのは、聖杯戦争の特例として召喚されるルーラーくらいで―――。
「あ!」
「わ、何!? いきなりでっかい声出して!」
「不味い、これ―――」
(―――みんな、聞こえるかい!? 早くリヨンから脱出するんだ!)
「しかし、まだ呪いすら―――!」
(いいから! サーヴァントを上回る超巨大な生命反応を検出した―――竜だ! ファブニールが、来る!)
※
「ハメられた―――ってこと?」
クロのつぶやきに、リツカは、無言のまま頷いた。
見上げる視線の先。いやというほど晴れ渡る空の果てに、何かが、確かに見えた。
黒い、点に過ぎないもの。いや、違う。これほど距離が離れているというのに、視認できるもの。この距離だというのに圧倒的なまでの重圧を醸し出すそれは、間違いなく―――。
(まだ動けないのかい、早くしないと本当に大変なことに!)
(まだ無理ですよ、怪我が酷くて運び出せる状況じゃあ―――)
(トーマさん、一旦私のお馬さんで運び出しますわ! 微量ですけれど、回復効果もありますし―――呪いの解除は、その後に!)
無線の向こうで、雑音が谺している。クロが背後を振り返ると、ちょうど食糧庫から、わらわらと慌てて人影が飛び出してくるところだった。
―――間に合わない。あの竜の機動性は、サーヴァントのそれを軽く上回る。撤退など既に不可能―――ここで倒さない以外の選択肢は、既に。
「―――投影、開始」
脳裏に浮かぶ剣。作り出す数は己が魔術回路と同数の、竜殺しの剣。
「―――憑依経験、共感完了」
かつて蛟を封じた矛、かつて大蛇を切り落とした神剣、修羅の竜を殺せし金剛杵。その他己が裡にある竜殺しの武装をあらん限りにイメージする。
「―――
現出する、剣。矛。槌。槍。矢。いずれも竜を殺した武装を頭上に、クロは、手を掲げた。
(―――だめだ、来るぞ!)
「―――
掲げた手を打ち下ろす。それが合図とばかりに宙に浮かんだ刀剣100種が徹甲弾の如くに射出された。
音速にすら匹敵する速度で数多の刀剣が空を切る。一撃がワイバーンを刺殺し一撃がワイバーンを撲殺し、一撃がワイバーンを消し炭にする。飛竜の群れを一瞬で鏖殺した剣の軍勢はそのまま巨影へと殺到し―――。
かな切り声のような嘶きが天に響いた。
巨大な影が身動ぎする。翼を広げて滞空する格好をするなり、巨大なそれに、大気中の魔力が収束した。
唐突に、クロは理解した。
ここで、死ぬ。あれは、かの対城宝具に匹敵する炎の渦。人間の武具など、あの炎の前にはあまりに―――。
「
咄嗟に投影したのは、捻じれた剣だった。英霊エミヤが信とする宝具。撃ち落とすイメージのもとに生み出した宝具だったが、それではあの竜に届かないことなど百も承知だった。
「前に出ます! 行きましょう、ジャンヌさん、ブラダマンテさん!」
背後から、突出する騎影が3つ。クロの前へと躍り出るなり、その真名を解放した。
「我が旗に集え、盾持つ英霊たち! ―――『
「D`acoor、ジャンヌ・ダルク! 『
「仮想宝具、展開します!」
展開するは主の加護。魔術を跳ねのける指輪。名も知れぬ大楯。眼前に広がる守護の宝具を前に、クロは剣を置き、再度、魔術回路を励起させた。
「
ずきり、と身体が軋んだ。頭蓋のどこかが破裂するイメージが網膜の中を掠めたが、それすら、無視した。
「―――『
※
―――構えた盾は、4つ。
ジャンヌ・ダルクによる神の加護の再現、それによる自陣営への防御ステータスの向上。
ブラダマンテが槍に嵌めた退魔の環、それによる対魔術攻撃への防壁。
クロが展開した大アイアスの大楯4枚、それによる物理攻撃への防御。
そして、真名こそ不明だが、呪いの朱槍を防ぎ、聖剣すら受け止めたマシュの盾。
およそ考え得る最強の防御壁。対城宝具すら防ぎ得る絶対防御の陣営だった。
だが―――あくまでそれは、人間と言う種の尺度にとっての、絶対防御に過ぎない。彼女たちが相手にするのは人間を遥かに超え、幻想種の頂点に君臨する竜。さらにその竜―――ファヴニールは、竜種の中においてすら上位に位置する邪竜だった。
「諸共に焼き払え! ファヴニール!」
騎乗する主が、咆哮の如き声を高らかに掲げる。応じる様に、炉心たる心臓より生成した魔力を炎へと変換するや―――邪竜が、天地揺るがすほどの紅蓮の轟咆を迸らせた。
それは、かの騎士王の振るう聖剣にも匹敵しただろう。接近する魔剣神剣名剣、その悉くを瞬時に蒸発させた焔は、大気中の減衰など全く意に介することなく、眼下のサーヴァントたちを飲み込んだ。
※
神の火。
藤丸には、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
かつてソドムとゴモラを焼いた硫黄の火。涜神に対する、神の罰。頭上から押し寄せる焱の津波は、まさに、そうとしか言いようが無かった。
マリーの悲鳴が耳朶を衝いた。だがそれも刹那、炎の奔騰は叫び声すら焼き尽くしていく。
(魔力計数不明―――くそ、大丈夫なのかみんな! 生きてるのか!?)
念話の向こうで、ロマニの声が絶望的に響く。全身が焼けるような熱の中、ただ藤丸は、目前に聳え立つ盾の背後で、悶えることしかできなかった。
「―――ダメ、アイアスは、もう!」
「ダメよクロ、弱気になっちゃ! なんとか守らないと―――!」
「ですが、このまま、では!」
最前線に展開していた花弁の盾は、既に焼け落ちた。ジャンヌの光の防御壁も一体どれだけ保つのか―――その後は、その後は―――!
「―――まぁ、ダメよ! そのお体では!」
「いや、もう充分休んださ。僅かだが、戦える」
炎の濁流の中、その声は、何故か明瞭に耳朶を衝いた。
思わず、藤丸は振り返る。
光の乱舞の中、その黒い影は、鮮やかに聳えていた。
漆黒が歩を刻む。熱だけで焼けるほどの奔騰の中、平然と、雄大に、男が征く。
「ところで君―――この剣は、君のものか?」
「え―――? あっ」
男が、クロの肩に手を置く。振り仰ぐ少女に地面に突き刺さった捻じれた剣、矢のようにも見えるそれを拾い上げると、それを宙へと放り投げ―――。
「使わせてもらおう―――!」
剣の石突を、殴りつけた。
なんだか腰が低いイメージが先行しがちですが、やはり竜殺しの英雄はかっこよくあれかし。