fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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今回、人によっては過激な表現と感じる場面があるかもしれません。
ご承知おきくださいませ。


硝子の花に紅を差す

「ジークフリート―――」

果たして、誰の声、だったか。

焔の中に聳える偉丈夫。すっくと佇み天を仰ぐ姿は、古い菩提樹を想起させた。

「あぁ、そうだ。それこそ俺の名前、我が真名。蒼天の果てに聞け! 我が真名はジークフリート! 邪悪なる竜を撃ち滅ぼす―――正義の味方だ!」

高らかに、大樹の如き男が名乗りを上げる。引き抜く剣を天に掲げ、轟くその名に、滞空する飛竜全てがたじろいだかに見えた。

「ジークフリート様、もう、お怪我は」

「問題ない―――と言えるほどには、まだだな。だが戦える。いつまでも、君たちに任せっぱなしにはできないからな」

生真面目な顔で、ジークフリートは答えた。無言で頷きを返すと、ブラダマンテも改めて、面前の敵へと向き直った。

通りを挟んだ向かいに、飛竜が舞い降りる。その背から飛び降りた黒衣の魔女は、鋭い一瞥をジークフリートへと向けた。

「流石は音に聞こえし竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)、ですね」

ジャンヌ・ダルクは気だるげに言うと、不快そうに鼻を鳴らした。

だが―――その不快そうな表情は、すぐに、奇妙に歪んだ。燃えるような不快にこらえながら、喜悦に歪むような顔。およそ人間とは思えない(カタチ)に顔を歪めた。

魔剣(バルムンク)が無い割には、よくやりますね?」

「え―――」

藤丸は、思わず、ジークフリートの背を見やった。

背中に担いだ鞘。その長さからして、長身のジークフリートほどもあるだろう剣を収めるはずの鞘には、確かに剣が収まっている。だが、彼は、それを抜かない。必殺のはずの剣は抜かず、細身の剣―――アストルフォの剣を、構えていた。

「折れているんですよ、かの魔剣は! 私のサーヴァントにぽっきりと折られて、もう、使い物にならないんです! ねぇ、そうでしょう―――英雄様?」

げらげらと、黒いジャンヌが哄笑を上げる。ジークフリートは黙したまま応えず、ただ睨むように黒衣のジャンヌを見据えていた。

「すまない―――奴の言うことは、本当だ。鬼のサーヴァントに」

表情こそ崩さなかったが、ジークフリートは、ぽつりと口にした。白亜の剣を握る手が、ぎちりと脈打った。

「はぁー残念! せっかく英雄様を見つけたと思ったら、単なる木偶の坊! 実に愉快ですよ、えぇ。希望を与えられ、それを奪われる―――今のあなた方はとっても良い顔をしていますよ? さぞかし、悔しいことでしょうねぇ?」

黒いジャンヌの嗤う声が響いている。荒涼とした廃墟に、虚ろな声だけが、響いている。

と。

不意に、声が止んだ。あれほど笑っていたはずのジャンヌ・ダルクはぴたりと声を止めると、死蝋のような冷たい表情に、顔を強張らせた。

「ですが、竜殺しが付与されたその攻撃だけは厄介ですね。ファヴニールを殺すには至りませんが、後顧の憂いは断っておかなくては。バーサーカー! ランサー!」

「はーいはい、やっと私の出番ね?」

憤怒の如き魔女の声に、酷薄なまでの軽やかな声が応じる。翼に空を孕んだ人影が舞い降りた。

ランサーのサーヴァント、エリザベートだ。

「待ちくたびれたわよ、聖女サマ? ほら、カレもそう言ってるわ?」

くい、とエリザベートが顎をしゃくる。

次の瞬間、それは、地面に激突した。

舞い上がる土煙。滞空する飛竜からそのまま降り立ったそれが、噴煙の中でぎらりと双眸を滾らせる。

「あれは―――」

確か―――デオンは、竜の魔女の陣営を、明らかにしていた。それが正しい情報だったのか今は判断できないが、仮に本当だったと、するなら。

黒い霧を纏った騎士が、ゆらりと、姿を現した。サーヴァントの輪郭を暈すように沸き立つ、黒霧。その分厚い霧の中で、赤く閃く目が、妖しく煌めいていた。

―――ランスロットだ。Fate/Zeroに登場した、バーサーカーのサーヴァント。英雄王を相手に優位に立ちまわり、アルトリアすら圧倒して見せた武芸の極み。それが、今、目の前に―――。

「バーサーカー、ランサー。まずはあの竜殺しを殺しなさい。その間、他の小物はファヴニールに焼いてもらいます」

ジャンヌ・ダルクが、空へと、手を伸ばした。天を引き寄せるが如くに開いた五指に応じる様に、巨大な影が、ゆらりと、大地に舞い降りる。

邪竜。ファヴニール。巌の如き黒竜の目が、閲するように降り注いだ。

「ねぇ聖女サマ? あのお姫様は殺してはダメよ。それとあのマスター。あの二人だけは残しておいて頂戴?」

「えぇ、いいでしょう。あの竜殺しを屠った後は、どうとでもしなさい。ですが急ぎなさい? ファヴニールは、手加減できないわよ?」

「あら―――じゃあ、さっさと潰さなきゃね!」

踏み込み一足、翼を鋭角に広げた竜人は一瞬の裡にジークフリートの近接格闘戦領域へと侵入した。

繰り出される槍の刺突。ジークフリートが剣を振り下ろすよりわずかに早く胸へと至った槍はそのまま心臓を抉り出す。

「ちょっと」

はずだった。

エリザベートの顔が、不快に歪む。

彼女の槍はジークフリートを貫く遥か手前、屹立した硝子の盾を貫くに留まった。

彼女が、最前へと立つ。豪奢な赤い衣装に絹のような髪を靡かせた彼女は、まるで昼下がりのお茶会に出向くような素振りで、竜を見上げた。

「ジークフリート様。竜殺しの英雄様、ここは、私に任せてくださいませんか?」

「君、は」

「マリー。マリー・アントワネットと申します。非力な身ですが、あの方々は私が食い止めましょう」

穏やかな声。春の木漏れ日のような声だが、それには、奇妙な強制力があった。

「マリー? 何を言っているのですか、マリー?」

マリーは、答えなかった。温和な微笑、母親のようにも見える微笑だけを浮かべて、マリーは、さらに一歩進んだ。

「待ってください! ねぇ待って、マリー! 一緒に戦いましょう、みんなで戦えば」

「ノン。とっても嬉しいですけれど、それはダメよ。聡明な貴方なら、もう気づいているのでしょう。このままでは、みんなここで終わってしまうわ。貴方たちが膝をついてしまったら、フランスはもう、終わってしまうのよ?」

「それは―――でも!」

「もう、物分かりが悪い子も好きですけれど―――」

小さく笑うように息を吐いたマリーは、しかと、ジャンヌを見返した。

「行きなさい、聖女ジャンヌ・ダルク! 貴女の使命を果たしなさい―――『百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)』!」

どこからともなく現れた硝子の馬がジャンヌの襟ぐりを咥え込み、その背へと乗せた。

「マリア―――また、戻ってくるよ!」」

「はい、リツカさん。またね!」

 

 

 

 

マリーは、静かに、佇んでいた。

風が、吹いている。空を見上げれば青く突き抜けるよう、空に浮かぶ明るい陽が、心地よく肌を包んでいる。

あぁ、間違いない―――マリーは、穏やかに、思索する。あの時のように。民の罵詈雑言の怒号の中で思索したときのように。思わず莞爾と表情を緩めてしまいそうなほどに―――。

「ホント、反吐が出るわね。ヴェルサイユの華、だったかしら。みんなからちやほやされて生きてきたアンタみたいな奴が、偉そうにアタシの前に立ってるなんて」

「そういう貴女は―――エリザベート・バートリー、だったかしら。えぇ、知っています。知っていますよ」

「知ったような口をきくなと言ってるのよ!」

エリザベートの痩躯が奔る。大幅に強化された槍兵のその敏捷、値にすればAランクに迫ろう。その他、無辜の怪物により生前の姿から乖離し変異したエリザベートは、トップサーヴァントにこそ及ばねど、凡百の英霊を退ける強力無比なサーヴァントだった。

他方。マリーは如何なサーヴァントと言えども、そのステータスは並みでしかない。まして生前は王族の后であったマリーにとって、直接的な戦闘行為は、不得手も不得手だった。

故に―――彼女の、初手は。

「な―――何!?」

エリザベートが、たじろぐように背後へと跳ね飛ぶ。

マリー・アントワネットという英霊の霊基を起点に、瞬く間に氷のような城壁は聳え立っていく。

否―――それは、城壁なとという物々しいものでは無かった。広がる水晶は庭園を形作りバラを形作り―――街全体を覆うほどのそれは、華やかな、宮殿だった。

美しい水晶の煌めきは、(セーヌ)に反射する陽を思わせた。

峻厳な佇まいは、高く聳える(モンブラン)を思わせた。

これこそは、かの王妃を讃えし水晶宮。かの王妃の慈愛の象徴。マリー・アントワネットの第1宝具―――!

固有結界(リアリティ・マーブル)―――いや、これは!」

「―――我らが宮殿へようこそ、皆さま。皆さまのような勇猛果敢な英霊にとっては退屈な場所かもしれませんが。どうか、おくつろぎになってくださいな?」

その陽のような微笑は、さんざめく花のように。その慈愛に満ちた表情にあるのは、少女の無邪気さだけではない。精悍ですらあるその温和さは、正しく尊き貴人の風采であった。

―――畏敬の念、とは、人間が神的なものへと抱く情動だった。それは自分より“高い”存在者への恐れであり尊敬。およそ平等な人間という種同士では生じ得ないその情念を―――その場にいた誰もが、惹起させた。

「―――ファヴニール!」

であるならば、その怒号は何かを振り払うための子供の癇癪か。ジャンヌ・ダルクの怒声に応じる様に咆哮を上げた巨竜の口蓋に、灼熱が熾る。

あの火焔が再度放たれる。超極大の魔力投射、太陽のフレアそのものですらある轟咆が迸る。サーヴァント4騎がかりでようやく防御しきれたそれに、しかし、マリーはたじろぐ素振りすら見せなかった。

「焼き尽くせ! あの思いあがった小娘の骨の一片血の一滴すら残さず消し飛ばせ!」

「『愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)』―――!」

 

 

 

 

思わず、藤丸は足を止めた。

遠くで、地鳴りが聞こえる。振り返った藤丸が目にしたのは、遠くに見える街を覆い尽くすが如く、深紅の焔だった。

あの、火竜のブレスだ。数多の防御を以てなおようやく防ぎ得た竜の吐息。決して武芸に秀でているわけではない、マリーに、あの攻撃を受け止められることなど―――。

「足を止めるな!」

突き刺すような怒声が、藤丸の鼓膜を刺した。瞬間、背中を衝撃が押した。

「マリーが稼いだこの時間を無駄にするな、タチバナ!」

寡黙な青年の鋭い視線が、ざくりと突き刺さる。歯噛みした藤丸は、肺が切り裂かれるような痛みを無視し、走り出した。

 

 

 

 

既に、4度。

街一つを、文字通り火の海へと沈ませる悪竜の咆哮を、既に4度。

か弱いサーヴァントの1騎など容易く焼尽させる火力を、既に4度。

なのに、何故。何故あのサーヴァントは、未だ立っているのか。身体のところどころは既に炭化するほどに焼かれているのに、何故―――。

「―――ランサー! バーサーカー! 何を遊んでいるのです、その程度のサーヴァントの1騎に!」

「その言葉、そっくりそのままアンタに返してやるわよ! この―――!」

目ざとくマリーの背後へと回り込むエリザベート。正面から斬りかかる黒い騎士。マリーの反射速度などとうに上回る速度で肉薄する2騎のサーヴァントの攻撃は、しかし、彼女の肌に傷一つつけることは叶わなかった。

振り下ろされる邪剣は硝子の盾でいなし、繰り出される槍の刺突は硝子の剣で撃ち払う。さらに連続して召喚した硝子の檻で黒い騎士を封じ込めるなり、マリーは舞うように背後のエリザベートへと正対した。

「知ったような口、とおっしゃいましたね」

エリザベートが翼を広げる。背後へと飛び退こうとした刹那、上空から打ち下ろされた硝子の槌が頭蓋を叩きつけ、強靭なはずの竜の身体が、あっさりと地面へと叩き付けられた。

―――マリー・アントワネットは、その実強力なサーヴァントではない。近代のサーヴァントは得てして非力なもの。無論例外こそあれど、神秘の薄れた時代の英霊の剛力は、どうしても古き時代のものに劣る。殊にマリーの英霊としての強さは、凡百の英霊にすら及ばぬものであろう。

であれば、その光景は怪異としか言いようがない。並み以下のサーヴァントが、上級のサーヴァント3騎を相手に一歩も引かず、あまつさえ竜の咆哮を受け止めて見せる。これを怪異と言わず、なんと言おうか。

だが、その答えは明白と言えば明白だった。

マリー・アントワネット。フランス革命にて堕ちた、フランス最後の王妃。世界中に知れ渡る彼女の知名度は、あらゆる地で高い知名度補正を受ける。ましてここはフランス。たとえ彼女の時代より300年以上前とて、この地は、彼女を知っている。この国は、彼女を知っているのだ。オーストリアを故郷としながら、この地を誰よりも愛した彼女のことを、どうして忘れられようか。その死の瞬間までこの国を愛した彼女のことを、どうして忘れられようか。

これこそは、絶対的な知名度補正。国に、地に恋されたマリー・アントワネットは、フランスの大地において、無類の毅さを獲得する―――!

「えぇ、私、貴女のことは知識でしか知りません、バートリィ・エルジェーベト。まるで日曜日の午後の少女のような貴女。とっても愛らしい貴女のことを、私はもっと、知りたいのですよ? それが、私の在り方ですもの」

エリザベートは、思わず、彼女を見つめ返した。15時の穏やかなお日様のようなその顔を、エリザベートは、食い入るように、見つめ返した。

「私は歌が好きよ? 踊りを踊るのも好きだわ。お茶会で食べるブリオッシュも好きよ」

鼻歌を歌うように、軽やかに、マリーは口ずさむ。膝を折った彼女は、地に臥すエリザベートの手を、取った。

「ねぇ、貴女は―――」

「 五月蠅いウルサイうるさい!  みんなから愛されて、ただ、それだけのアンタなんかに騙されるもんですか! ジャンヌ・ダルク(マスター)!」

怒声と言うよりは悲鳴。駄々をこねるような絶叫とともに、その小さな身体へと周囲一帯の大源を吸い上げていく。

宝具の発動―――だが、彼女の宝具はマリーには届かない。堅牢な盾と精神防御を兼ねるマリーの守りは、エリザベートにとっては天敵ですらある。

だが、それでもなお発動される宝具。であるならばそれは、この状況を覆し得る第二の宝具。

咄嗟に水晶宮から盾を引き出しかけて、マリーは即座にその異変に気付いた。あるいは、その硝子の宮殿の主であるからこそ、真っ先に気づいた。

変質している。水晶の宮殿が、何か別なものへと置き換わっている―――!

硝子に、罅が奔る。小さな罅割れは、しかし瞬く間に水晶宮全体へと伝わっていく。ともすれば蜘蛛の巣にも見えた亀裂が宮殿全体に及んだ、その瞬間。あまりにあっさりと、硝子の宮殿が崩壊した。

巨大な硝子の塊が転がり落ち、透明な粉塵がさらりさらりと大気に舞い上がる。四散するクリスタルが太陽の光を乱反射させる中、それは、ぬるりと立ち上がった。

煌めくばかりの水晶宮殿の内側から、それが身を乗り出してくる。ともすればそれは、蛹の殻を破って出てくる蝶や蛾のようですらあった。違いがあるとすれば、その暗憺たる怪異に蝶や蛾のような美しさは欠片とて無く、むしろ蝙蝠めいた悍ましさだけが満ちていた。

「これは」

「どう? これがアタシの監獄城、アタシの宝具―――『鮮血魔城(レジェンド・オブ・チェイテ)』よ!」

マリーは、周囲へと、視線を走らせた。

禍々しい、とすら呼べる不気味な城、その王座の間。奇怪な拷問器具が無造作に散らばるそこは、城というのはあまりにも。

「そう。これが、貴女のお城なのね。随分と―――」

続く言葉は、無かった。

マリーが口を開く瞬間、放たれた槍の刺突が彼女の喉を貫いた。咄嗟に展開した盾の防御を容易く破砕したエリザベートの槍は、その白い肌を食い破り声帯を切り裂き、脊椎を両断し、延髄を粗びきにした。

ぶしゅ、と血飛沫が舞った。マリーの血を諸に浴びたエリザベートは、そうして彼女の顔を見上げて―――。

「―――なんでよ」

痛みなど無い、温い暮らしをしてきたはずの女の顔に、しかし、苦悶は一切なかった。掠れるような吐息を喉元の裂傷から漏らした彼女は、ただ、微笑みだけを、張り付けていた。

彼女の唇が、不気味に強張った。痙攣するようなその唇が、3文字の単語を象り―――。

エリザベートは、そのまま、槍を振り抜いた。穂先の刃は簡単にマリーの首の皮を引き裂き、そのまま少女の首を刎ねた。

血の飛沫が、刎ねた断面から吹き上がった。膝をついたまま立ち尽くす首なしの身体に、エリザベートは、何故か、嘔吐した。

口元を、手で拭う。赤い血がべとりとついた自分の白い肌が、目に飛び込む。珠のような肌に踊る赤い汁。

汚いな、と、思った。

「エリザベート、一旦引きますよ」

いつの間にか、ジャンヌ・ダルクが背後に立っていた。

「ファヴニールを疲弊させてしまった。今の状態ではジークフリートに遅れをとりかねません。それに貴女も宝具を―――」

「うるさい」

ジャンヌは、口を閉じた。エリザベートが彼女を見上げると、蔑視にも似た睥睨が、胸を刺した。

「頭が、痛いの。酷く痛いのよ。吐き気がするくらいに痛いの」

「そうですか」ふぅ、とジャンヌ・ダルクは溜息を吐いた。「【頭痛持ち】でしたね、貴女。でも最近は」

「まだ残ってる街があったわよね。()()()をしてきて構わないわよね?」

「いいでしょう」ジャンヌ・ダルクは、自らの言葉を遮って発言したことを黙認した。「ですが、明日までにオルレアンに戻りなさい。遊んでいる暇は、本来は無いのですから」

言ってから、ジャンヌ・ダルクは空を振り仰いだ。既に宝具の影響が喪失したリヨンの街は、ただの荒廃した街へと戻っていた。

「騎竜を使いなさい」

「要らないわ。アタシは独りで飛べるもの」

「そう、なら良いわ。自律するのは善いことです―――ですが、今の貴女、今にも死にそうな顔をしていますよ?」

「要らないって言ってるのがわからないの!?」

子供の癇癪みたいに怒鳴り散らすと、エリザベートは、翼を広げた。ジャンヌ・ダルクの制止も振り切り、エリザベートは、焼けるように熱い蒼天へと駆けのぼっていった。

 

 

 

 

「全く」

ジャンヌ・ダルクは、空へと昇って行った影を恨めし気に睨みつけた。

「どうして私のサーヴァント達はこう、言うことを聞かないのでしょうね?」

独り言ちる。憤懣やるかたない、といったように舌を打つと、ジャンヌ・ダルクは、気だるげな目を黒い騎士へ向けた。

「一番狂っていそうな貴方がマトモというのも変なのですけれど、ランスロット卿(サー・ランスロット)

黒い騎士は、低く唸った。フルフェイスの甲冑を着ていることもあって顔色はよくわからないが、その仕草―――首を垂れるように身を縮めた姿からして、何らかの恐縮を抱いているらしいことはわかった。

「責めてはいません」ジャンヌ・ダルクは、溜息を吐いた。「癪な話ですが、マリー・アントワネットは強敵でした。一騎打ちならば貴方の右に出るものはそう居ないでしょうが、アレとの戦いは城を攻め落とすようなもの。不得手な相手に苦戦する者を責め立てるほど、私は器量良しではありませんよ」

ランスロットは、恐る恐る、頭を上げた。鼻を鳴らしたジャンヌ・ダルクは黒い騎士の頭を小突くと、「行きますよ」と言った。

彼女の目の前に、緑色の飛竜が降り立つ。首を下げた竜の背に飛び乗ると、静かに佇んでいた悪竜を見上げた。

「ファヴニール! あの剣士を恐れることはない―――所詮は、牙を抜かれた獣。先ほどのアレも、窮鼠が猫に立ち向かう程度のものです」

低く、悪竜が唸る。頷きを返したジャンヌ・ダルクは、旗の石突で軽く飛竜の背を衝いた。

それが合図。翼をはためかせると、軽やかに空へと飛び上がった。




我らが王女、マリー・アントワネット、退場です。オルレアンでの彼女の最期は血の伯爵夫人に果たして何を残したのでしょうか。

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