fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「追っ手の姿は見えません。ここまで来たら、もう大丈夫でしょうか」
ブラダマンテの声が、虚ろに耳朶を打った。
応える声は無い。一様の沈黙だけが、周囲を取り巻いていた。
もし、と、トウマは思った。もし今、彼女が居たら、この空気を晴らすように、何か楽し気な話をしただろう。華の薫りのような彼女の声は、ただそれだけで空気を和ませ、前向きな気持ちにさせてくれたものだ。
今は、それが、無い。額に滲む汗を拭ったトウマは、ヒリヒリと痛む喉で、唾液を飲み込んだ。
「すまない―――俺を救出するために、彼女は」
「いいんですよ、ジークフリート。マリーが自ら望んだことですし―――何より、単純計算ですが、サーヴァントの総数は増えていますから」
唸るようなジークフリートに、サンソンは努めて穏やかに応えた。寡黙ながら、人当たりの善い穏やかな青年の顔を見返して、ジークフリートは、痛ましく頷き返すだけだった。
「それより。リツカ、トーマ。現状を確認して、次の手を考えなければならないのでは。事態は切迫しているわけではありませんが、決して猶予のある状況でもありませんし―――」
リツカは、戸惑うようにサンソンを見つめた。次いで彼女は、その背後に亡霊のように佇む男を、見た。アントニオ・サリエリは、特に何を感じるでもなく、虚ろな赤い目を空へと投げていた。
一呼吸。肩を落としたリツカは、「トウマ君も、大丈夫?」と言った。
大丈夫―――何を指示しているか不明な質問だった。そして、多分、それは自分だけにあてた言葉では、ない。トウマは一度きつく目を閉じた後、ゆっくりと、瞼を上げた。
「大丈夫、だと思う」
「そう」リツカはその仕草を確認してから、「では―――現状確認と次の行動を」と口にした。
「まず現状の戦力について。今私達の戦力は、2騎増えた計算。1騎減って3騎増えた結果ね。質としてもジークフリートにブラダマンテ、アストルフォの3人が加わってくれた。これは、マリアが、抜けた分を補って、余りある、と思う」
リツカはごく平静な様子で言った。酷く無機質にも思える声音で喋りながら、リツカは、サンソンを一瞥した。生真面目そうな青年は特に応えるでもなく、ただリツカの言葉を聞いていた。
「当面の問題は2点。ジークフリートの剣、バルムンクが既に無いこと。そして呪いによる戦闘能力の低下。後者はジャンヌに任せるとして」
リツカの視線が、クロへと向いた。
「クロは、刀剣の類なら、宝具でも投影できるんだよね?」
「できるわね。神造兵装でも作って見せるわ」
さらりと、クロは口にした。ジークフリートが顔を上げる。
折れたはずの剣を、再び作り出すことができる。しかも宝具すら投影魔術で作り上げるとは、俄かには信じがたいことだった。しかも、それを為すのは目の前の小さな少女だという―――期待半分、信じがたいと思う目を、クロへと向けていた。
「でも、バルムンクの投影はちょっと無理」
「へ?」
リツカは、思わず拍子抜けするように声を漏らした。困ったように口を尖らせたクロは、眉尻を下げた。
「んー、簡単に言えば、見たことのある刀剣なら、って誓約があるの。もっと正確に言うと、基本骨子の隅々を知り尽くしていないと、イメージに破綻が出る。実物を”見”さえすればそれはできるんだけど」
クロはそう言って、目を瞑った。瞑想するように沈淪すること5秒、彼女は、小さく肩を竦めた。
「私の核―――霊基に、バルムンクを見た記録は無い。それに類する剣ならあるんだけど」
「竜殺しの剣、ってこと?」
「というより、バルムンクと同じ起源をもつ別な剣かしら。シグルドの持っていた太陽の魔剣、グラム。でもこれはあくまでシグルドの剣であって、ジークフリートの剣じゃない。そうでしょ?」
「あぁ―――俺の剣はあくまでバルムンク。あったところで、グラムは使えない」
グラム―――セイバールートでギルガメッシュが使った剣だ。DEEN版のアニメではカリバーンを圧し折り、士郎に深手を負わせた剣だ。正確には、あの時使っていたのはさらにその原典の原典に類する選定の王剣だったような―――。
「だから、私にはバルムンクの投影は―――」
「や。投影、できるかも?」
トウマは、咄嗟にクロの声を遮った。
「いやできるとはわからないけど、可能性があるというか」
クロが怪訝な表情をするのも束の間、即座に彼女は何か悟ったように目を伏せた。
彼女は、物分かりは、善かった。幼い外見ながら、一級の魔術師として作り上げられたクロは、常人を遥かに上回るほどに、聡明だった。
「無理かもしれないけど試してみる。今すぐは無理だけど、明日までにはなんとか」
「そう、わかった」
リツカはそれだけ応えた。ともすれば素っ気ないほどの返事だったが、それこそが、彼女のクロへの信頼の証だった。
「それじゃあ、問題は当面の間置いておくとして―――」
「リツカ、ちょっと」
「ほえ?」
「呪いに関してです。当初見立てでは私でも解呪可能でしたが、その」
「難しい―――ってことか」
はい、とジャンヌは小さく頷いた。撤退してから、彼女は口数も少なかった。
「呪いの規模そのものは大したものではないのですが、その構造が特殊と言いますか―――私ではどうにも理解し辛い、と言いますか」
「結んであった毛糸を解こうとしたらよくわからない結び方をしてて難しい、みたいな感じなのかな」
「そうですね。そういう理解で正しいかと。ですので、その、今日明日で解除するのは、難しいです」
しょんぼりと、ジャンヌは肩を落とした。リツカは特に気にすることも無く、わかった、と頷いた。
リツカは、結構、クールだな、と思う―――トウマは思案する彼女の顔を見つめた。年齢は、自分と同じ17歳だという。穏やかそうに見えるけれど、どこか抜け目なく、そして、冷静だ。元々オルガマリーの助手だったというのだから、魔術には相応に詳しいのだろうけれど、それにしたって大人びているなと思う。それこそ、自分より一回りは―――。
「敵の戦力の確認に移ろう。敵の本拠地はオルレアン。サーヴァントの数は5騎―――ジャンヌ・ダルクに佐々木小次郎、酒呑童子。エリザベートに、ランスロット。デオンも含めれば、6騎だね」
「先輩。でも、シュヴァリエ・デオンの言うことをまともに受け取っていいのでしょうか。それこそこちらを見誤らせる罠、ということは」
マシュは、おずおずと―――それでいて、はっきりと口にした。
リツカは、意外そうにマシュを見返してから。にこりと、微笑みを返した。
「そうだね。そう考えるのが自然。今回の出来事は、デオンが二重スパイを働いたと考えられる」
「だったら」
「でも。それだと、不可解な点がいくつかあるんだよね。だから、私は、デオンは敵じゃないと思ってるんだ―――」
※
「あんたはんは真面目やねぇ」
昼下がりの午後。
オルレアンの中央に聳える大聖堂の一角で、その声が肩を叩いた。
デオンは、足を止めた。腰に下げた
通路の先に、ぽつねんと佇む異形の影。人を象りながら、決して人とは相いれぬ魔性の双角。人智を超えた無双の鬼神が、童女のような笑顔を向けていた。
「誉め言葉、と受け取るべきなのかな。酒呑童子」
「真面目って言われて嫌な気分になる人もあんましおらへんやろ? それともあんたはんにとっては嫌やった?」
蠱惑的な表情。扇情的ですらある珠のような顔色に、デオンは、生唾を飲み下した。
「もちろん真面目さは美徳さ」デオンはいたって平静な様子で応えた。「だが、君のような者が美徳を語ることが意外だっただけさ。僕たちからすれば、君たちは
「そないいけず言いはって。可愛い顔して辛辣なんやなぁ」
よよよ、と酒呑童子は小さく身を縮めた。無論、それは演技に過ぎない。口元を手で覆いながら、ひたりとデオンを捉える目の鋭さは、むしろ一層怜悧だった。
「ホント真面目やわぁ。ルーラーとして不完全な魔女はんの代わりにマメに索敵に行って、敵の殲滅の作戦立案までして。あぁでも、あんたはんおっちょこちょいなところもあるなぁ。あのお姫様。あんな強いってちゃんと魔女はんに伝えんと、失敗してもうたなぁ」
ころころと、酒呑童子は笑った。邪気など感じさせない、無垢な笑顔。デオンは素っ気なく視線を逸らした。
「英霊となった後の王妃がどのような強さだったか、なんて。私にわかるものではないだろう? 生前、武人でもなければ花よ蝶よと愛でられた方だった。如何なるカリカチュアが働いているかなど」
「そやねぇ。あんたはんがわからないんやったら、他のだぁれもわからんねぇ」
つかみどころのない、酒呑童子の声。デオンはぴくりとも表情を動かさなかった。
「そろそろいいかい。私も仕事があるのでね」
「はぁい、いってらっしゃい」
踵を返す。ひらひらと手を振る酒呑童子を背に、デオンは、無言のままに通路を歩き始めた。
※
ひらひらり。
デオンの姿が見えなくなると、酒呑童子は、手を下ろした。
「随分お喋りさんやねぇ、カレ。カノジョやったやろか?」
独り言ちる。くすくすと嗤うと、酒呑童子は、通路の窓辺へと寄った。
窓から指す太陽の光。まぶしいほどの光に目を細めると、酒呑童子は、おーい、と太陽へと特に意味も無く声をかける。無論返答は無く、キラキラと光を注ぐ太陽は、無言のままに蒼穹に横たわっている。
眼下を、眺める。壁に沿うように設えられた花壇には、既に枯れ果てた百合の茎が、風に揺られていた。
「ホント、真面目さんやねぇ?」
※
「つまり、設計図から基本骨子を読み取って投影する―――ってこと?」
「まぁ、そういうことになるのか、な?」
訝し気なクロの声に、思わずトウマはか細い声で応えた。元から自信の無い提案だっただけに、剣呑なクロの声は、萎縮するに十分だった。
トウマが提案したのは、言ってしまえば、HFルートでの【
凛が持ち込んだ宝石剣の設計図を読み取り、且つアーチャーの腕を使うことで、かの宝石翁の魔術礼装を投影した―――その発想をもとに、なんとかバルムンクを投影することはできないか、という提案だった。
突飛と言えば突飛な話。はっきり言って魔術なんてものと全く縁遠いトウマにはそれが可能なのかは不明だった。
案の定、というか、クロは無言のまま、顎に手を当てていた。厳しく眉間に皺を刻んで思案する姿からは、あまり好感触でないような気がしてくる。
「やっぱ無理ですかね……?」
「うーん」クロはちょっと困ったように目を細めた。「正直に言うと、『できるかできないかわからない』なのよね」
「できないわけじゃない、と」
「トーマは知ってると思うけど、私は
どこからともなく
「だから、できるかどうかわからない。ただ、アナタの知ってるお兄ちゃん―――衛宮士郎ができるなら、似たようなことはできる、って踏んでる。私が
一転して、クロは小悪魔めいた不敵な笑みを浮かべた。
バルムンクが成る―――安堵も束の間、でも、とトウマは身を引き締めた。
「なんか、反動とかがあるのかな。その、本編だと」
「んー、話を聞く限り問題ない、と思う。お兄ちゃんに英霊エミヤの腕を移植するってプロセスの問題というか―――簡単に言えば、それって小さな木に大木を接ぎ木した結果生じた反動だから、元から英霊を基盤に存率している私には関係ない、と考えるのが自然」
クロは特に感慨も無く、さらさらと言ってのけた。
再度、安どのため息を漏らす。バルムンクを投影する対価にクロが壊れてしまうのは、なんか正しいことには思えなかった。もちろん、場合によっては、そういう決断をしなきゃいけないことも、あるんだろう―――。
「それにしても凛はどの世界でも無茶をするっていうか。サーヴァントの腕を移植するとか何考えてるのよホント……」
「クロ?」
「ん、なんでもない」
やれやれ、といったように溜息を吐くと、クロは眼鏡を外した。説明タイムに必要なものだったんだろうか―――。
「そうとわかれば早速やらなきゃね。とりあえず、プロセスとしてはバルムンクの原典を投影、その基本骨子から演繹して、ありうべき魔剣の骨子を引きずり出した後、バルムンクを投影する―――ってカンジかしら。んーでもそれだと無駄が……」
クロが、独り言ちる。ぶつぶつと思案する少女を横目に、トウマは、奇妙な感慨を抱いていた。
自分の提案は、善いものだった―――あるいは自信にも似た感情を惹起させたトウマは、少しだけ、頬を緩めた。
※
「おーい、マシュ。時間だよ」
背後からの声に、マシュは振り返った。
薄暗がりの中、丘の麓で手を振る人影。ぶんぶんと無邪気に手を振る仕草は、ともすれば年端もいかない少女にも見える。ちらりと覗く八重歯に可愛らしい鎧の装いは、なんだか姫騎士と言う言葉すら似あいそうだ。
が。その人物は、少女とは到底言えない人物だった。それどころか、そもそも、女性ですらない。件の人物、アストルフォは、れっきとした男性だった。
「ご苦労様」
「いえ―――あの、ブラダマンテさんは?」
「ブラちゃんは別行動だって。ジークフリートの剣を作るの手伝ってくる、って言ってたかなぁ?」
うーん、と考えるような仕草をすること1秒。さっさと思考を停止させると、アストルフォは能天気そうな顔で「まぁなんでもいいか!」と一人頷いていた。
「じゃあ見回り交代ね」
「はい。それでは、お願いします」
小さく一礼。アストルフォが兎みたいに飛び跳ねながら丘の上へと走っていく様子を見送ると、マシュは、踵を返した。
それにしてもアストルフォに見張りなんてできるのだろうか。出会ってまだ時間は短いけれど、彼―――彼? の人となりは、なんとなく掴んでいる。それこそ目の前に兎でもいたら、見張りそっちのけで追いかけてしまうのでは―――。
再度、背後を、振り返る。
丘の上へと昇っていくアストルフォの姿に、マシュは何故か奇妙な感じを受けた。
元気そうに駆けあがっていくその姿は、なんでか―――。
「あ、ウサちゃん発見! 待てー!」
……本当に、大丈夫なんだろうか。丘の向こうから聞こえる黄色い声に肝を冷やしながらも、マシュは、キャンプ地へと足を向ける。
悪い人では、ないと思う。でもなんというか、倫理観というか、なんかそういうものがごっそり抜け落ちているのはどうかと思う。月に行った際に理性が蒸発した、という話だけれど、なんというか―――。
溜息を吐く。ちょっと苦手なタイプだな、と思った。マシュは、もっと秩序だったものが好きだった。理路整然としていて、理解可能なものは、やっぱり安心するものだな、と思う。
もちろん、嫌いではない。人のよさそうで、ともすれば楽観的なアストルフォは、むしろ好ましい人柄、だと思う。
むむむ……。
マシュは、立ち止まった。なんだか、変な感じがする。違和感のような、奇妙な不気味さ。不快感にも似た、心地よい
「何してるの、マシュ?」
「わ!?」
不意に響いた声に、マシュは肩を揺らした。ひやりと振り返ると、ぽかんとした
「あ、先輩でしたか―――」
「ごめん、そんな驚くと思わなくて」リツカは苦笑いして言った。「考え事でもしてたの?」
「いえ、そんな大したことではないのですが」
マシュはちょっと安心すると、リツカの恰好を改めて見た。ポリタンクを両手に持って、あまつさえさらに1つ、背負っている。近くを流れる川から汲んできたのだろうか―――。
「先輩、そんなことは、デミ・サーヴァントの私が」
「強化も使ってるし、このくらいなんてことないよ」
「ですが」
「『ですが』も『なんで』もないよ。私は後ろで見てるだけで、戦ってるのはみんななんだもん。このくらいやらなきゃ」
何でもないように、リツカは言う。
「サーヴァントでもさ、ご飯食べれば元気になれるし、お風呂に入れば気分もよくなるじゃん。動かなければその分魔力も回復するし。なら、私ができることはちゃんとやらないと」
ゆさゆさと身体を揺らしながら、リツカは歩いていく。マシュはそんなリツカの姿が、何故か、どうしようもなく網膜に焼き付いていく。
彼女の背が遠ざかる。怯むほどに小さくなっていく背中がふと立ち止まると、振り返った。
「また考え事?」
はにかむように、リツカがほほ笑む。さっと顔を赤くしたマシュはそれには応えず、小走りで、
「先輩、私、一つ持ちます」
リツカがマシュの顔を見返すのも一瞬、彼女は、にこりと笑った。
「うん、じゃあ、こっちお願い」
彼女が差し出したポリタンクを抱え込む。およそ5Lくらいだろうか。ずしりと感じる質量も、デミ・サーヴァントの彼女には、何の苦も無い重さだった。
「重くない?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ、いこ」
ふんふん、とリズムだけを小さく口ずさむリツカの横顔を一瞥する。気の抜けたような―――むしろ間の抜けたような微笑が、目に入った。
「先輩」
「ん? なぁに?」
「先輩は―――」
「―――駄目です、それは!」
言いかけた声は、唐突に響いた声にかき消された。
覚えず、マシュは声の方へと顔を向けた。声の出所は、多分森の中―――キャンプ地の近くだ。そして、今の声はジャンヌの声だった、と思う。
リツカと顔を見合わせる。互いに頷き合わせた。
主に殴りかかって愉悦してたのはシナリオの黒幕させていただいた私でした。トウマ君役を受けていただいた御形サンにごめんなさいを。