fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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少々過激な表現がございます。ご了承くださいませ。

予約投稿失敗してました……。どうして……


解析―――投影

数分前。

「私で大丈夫なのでしょうか―――私はなんら魔術を扱えぬ身ですが」

ライダー、ブラダマンテは、おずおずといったように口にした。その姿に、最初見せた時のような威厳は欠片とて無い。クロに対して遠慮があるのか、それともこっちの方が素に近いのかは図りかねるが、なんとなくこちらの方が親しみが持てるなぁ、とトウマは思った。

「問題ないわ。アストルフォから聞いてると思うけれど、アナタの指輪に用があるの」

そう言うクロの口調には、遠慮らしい遠慮は見られない。一度剣を交えたことはもう終わったこと、と割り切っている様子ですらある。

「ファヴニールの攻撃を防ぐときに使ってた、アレ?」

「そ。美姫アンジェリカが持ち、ブラダマンテの手に譲渡された魔術礼装。あらゆる魔術を無効化し、あるいは解除するとされる、魔除けの指輪―――だったかしら」

何故か、クロは悪戯っぽくブラダマンテを見やった。そして何故か、ブラダマンテは決まり悪そうに、苦笑いしていた。

「ま、その魔術の指輪が必要ってワケ」

「なるほど―――わかりました。ジークフリート様の剣が再び現れるというなら、このブラダマンテ、身命を賭して助力する所存です!」

彼女らしく力強く言うと、仰々しくブラダマンテは指……ではなく、馬上槍(ランス)の柄から金属の輪っかを外した。

「どうぞ!」

ビシっとした仕草でクロの手に押し込むと、何故かブラダマンテは鼻息も荒く、期待に満ちた眼差しでクロを注視していた。

……なんというか、昔のスポ根漫画みたいな女の子だ。そういえば怪力無双とかマシュが言ってた気がするけど、確かに直情的というか、考えるより先に身体が動くタイプの人だった。

「さて―――それじゃあ、始めましょうか」

クロはぺたんと地べたに座り込むと、薄く、瞑目した。小さく座すその姿は、座禅を組む修行僧にも見えた。

「―――投影、開始(トレース・オン)

一工、口ずさむ。自己暗示にも似た言葉を紡ぐなり、黄金の剣が忽ちに彼女の手の中に生れ落ちた。

王を選定する剣、『原罪(メロダック)』。マルドゥーク神の名そのものですらある、数多ある選定の剣の原典(オリジナル)

これ自体がAランクに匹敵する高位の魔剣だが、今回はあくまで前座に過ぎない。

「創造理念、鑑定。基本骨子、解明。発展余地、探索―――」

―――この選定の剣は、Fateの世界観において、2通りの発展を遂げたことになっている。

一つは、アルトリアが使う選定の剣、カリバーン。アーサー王物語の始まりとすら呼べるかの王剣へと、この剣は流れ着いた。

そして、もう一つ。北欧の大神(オーディン)の手へと渡った剣は林檎の木へと突き立てられ、英雄の手へと渡った。カリバーンと異なり、メロダックの性質を色濃く残したその剣こそ、竜殺しの魔剣―――グラム。

「探索、完了」ふ、と息を吐いたクロは、一度、目を開けた。額に滲む脂汗を袖口で拭うと、再度、深く目を瞑った。「―――強化、開始(トレース・オン)

まるで、時間が静止しているようだった。クロの手の中に厳かに横たわる、黄金の剣。カリバーンから装飾を取り払ったような質朴な剣に、まるで葉脈のように、赤い光が幾条も絡みついていく。

「―――作成技術、模倣。成長経緯、共感。想定累積年月―――再現」

剣の象が、歪む。葉脈のような光が剣全体を包み込み、徐々に、その輪郭を溶かしていく。

それは、見惚れるほどの光景だった。赤い光を破り、その銀の剣が姿を現していく様子は、蝉が抜け殻からはい出し、艶やかな羽を広げる光景にも見えた。

「幻想、結合―――投影、完了(トレース・オフ)

静かに、クロの声が耳朶をついた。

クロが、トウマを振り仰ぐ。疲労を感じさせない、余裕の表情。手に握りしめたその感触に、確かな手ごたえを感じている―――そんな、顔だった。

「これで、合ってる?」

全長、170cmはあるだろうか。無骨でありながら流麗さを感じさせる、古き剣。クロは立ち上がると、自身の身長をゆうに超える剣を軽々と掲げた。

「はい、間違いありません。ジークフリート様の剣です!」

応えたのは、ブラダマンテだった。キラキラと目を輝かせる姿は、背格好に似つかわしくない無邪気さを感じさせた。

そして、その無邪気な感動は、トウマも感じているものだった。

鈍い銀色の大剣。質朴さすら感じる佇まいにも関わらず、確固としてそこに現存する剣が、鈍く煌めく。間違いない、小説の表紙とかで見た、バルムンクそのものだった。

―――にも拘らず。クロはしげしげと剣を眺めると、バルムンクを放り投げた。

「わっ……と」

あたふたとキャッチしたブラダマンテが胸を撫で下ろすのも束の間、「それ、渡してきて」とクロはにべも無く言った。

「それと一言伝言。完全に模倣しきれなかった点が一か所ある、って伝えておいて」

「これ、未完成品なんですか?」

「まぁハリボテよりは立派に出来てる、と思うんだけど。それ含めて、真作を知っているジークフリートに判断を仰ぎたい、って伝えてきてもらえる?」

「わ、わかりました。ブラダマンテ、これを渡して、伝えてきます!」

相変わらず元気のいい返答をすると、ブラダマンテは目にもとまらぬ速さで林の中を駆けて行った。

「体育会系、っていうのかしらね……」

クロは呆れたように、彼女の背を見送る。サバサバしていて、ともすれば飄々としているクロとは相性が良くないのかもしれない。ふう、ともう一つ溜息を吐いたクロは前髪をかきあげた瞬間、不意に身体を揺らした。

眩暈のようにも見えた彼女の動きに、咄嗟にトウマはその背を両手で支えた。酷く小さく華奢な肩が手の中へと滑り込んだ。

「あ、ごめん」

クロはすぐに姿勢を戻すと、きまり悪そうに、背後のトウマを振り仰いだ。

「単純に、魔力を使いすぎちゃった」

トウマが口を開くより早く、クロは素早く口にした。普段通りの、つかみどころのない表情。軽やかな口調の中に、何か有無を言わさぬものがあった。気圧されたトウマは言葉に詰まりながらも、「でも、それなら休まなきゃ」と愚にも付かない言葉を言った。

「その、魔力を回復したりとか」

―――なんとなく、頭に浮かんだ言葉が口をついて出る。TYPE-MOONの世界観における魔力がどうなっているかは、あまり詳しくない。大気に満ちる大源(マナ)と生物の体内に渦巻く小源(オド)、あるいは第五真説(真エーテル)/架空要素(エーテル)が関係し、魔術を行使しなければ、呼吸や食事などで、小源は自然と回復していく―――そんな程度の理解だった。

「……ふぅん?」

だから、クロのその表情―――蠱惑的なような挑発的なような、それでいて獲物を視認した狩人のような顔の意味が、よく―――。

視界が不意に崩れ落ちた。左足の踵に感じる鈍い衝撃とともに、目の前に黄昏の空が飛び込む。足払いで転ばされたのだ。でも、背中に痛みらしい痛みは無い。受け身を取るなんて考えは当然トウマには無かった―――即ち、まるで寝転がるように転ばせたクロが、上手かったのだ。

でも、何故。沸き上がった疑問を塗りつぶすように、夕焼けの空を影が遮った。

長い銀の髪が、枝垂れのように垂れている。その奥で、獣染みた少女が舌なめずりをした。

「あの、えと?」

「何とぼけてるのよ―――だって、今の、そういうことでしょ?」

クロの手が、トウマの両腕につかみかかる。手首をつかむ彼女の手はまるで万力だ。骨が軋むほどの圧に顔をしかめながら、トウマは、ひやりと思い出す。

―――そういえば、魔力の回復手段は、他にもある。原作……というか、もっと言えばR-18版で取られる手法。粘膜接触による魔力回復。そしてクロは、その回復手段の中でも、口唇同士を接触させることによる魔力回復を常套としている―――即ち。

接吻(キス)、である。

「ちょっと、ちょっとちょっと!」

「もー、あんまり動かないでよ。あ、それとも今の合意ってこと? 接触(タッチ)だし」

「いやそういう意味ではないんですけどォ!?」

クロの右手が伸びる。トウマの頭をしっかり抑えつけるなり、彼女は、犬歯を覗かせた。

心臓が、早鐘を打っている。拍動音が耳朶の奥底で膨れ上がり、眩暈すら引き起こすほどだった。

彼女の薄い唇が、僅かに開く。猟奇的ですらある猛禽のような目が、品定めするようにトウマの顔を閲する。さわり、と逢魔が刻の風が吹く―――蒸すような、温い、風だった。

あ―――。

「ベシ」

弾けるような綺麗な音を立てた、『中指から繰り出される額への一撃(デコピン)』だった。

「っ()ぁーい!」

「残念、そっちまだお預けでした」

上体を起こしたクロが、子供っぽく笑う。空しく鼓動する心臓音を聞きながら、トウマは、顔を真っ赤にした。

トウマは、ともかく何か言おうとした。抗議だったかもしれないし、あるいは単に羞恥心からの呻き声だったかもしれない。ともかく喃語のように何かを発しようとしたトウマの唇を、クロの人差し指が塞いだ。

「期待しちゃった? 私と()()()()んだ、って。それとも―――」

不意に彼女が倒れ込む。トウマの身体にぺたりと密着するなり、彼女の声が、耳元で、ふわりと膨れた。

「トーマも、もっと、違うことしたかった?」

違うこと?

違うこと。

それって即ち―――。

「いや、そんなことはないです、健全な……健全なことを期待していました!」

「えー、そんなに否定しなくてもいいじゃない。傷つくなぁ」

「えっ」

「ま、でもキスすることは期待してたんだ? こんな小っちゃい女の子と?」

「むむむ……」

わざとらしく、クロは非難がましい目を向けた。確かに期待……というか予測はしたけれど、別に望んだわけでは無なというか、なんというか。身体を起こしたクロを下から見上げたトウマは、ふと、その光景に、何かを覚えた。

これは―――。

「まぁでも、魔力供給目的でトーマとその……そういうことをすることは、ないというかカルデアのサーヴァントはカルデアスから魔力供給があるから、マスターからの魔力供給は必要ないのよね。不測の事態で必要になることはあるかもだけど、そもそもパスは正常につながってるから、普通に魔力供給はあるし……」

そういえば、そんなことを、聞いた気がする。カルデア式の英霊召喚システムにとって、マスターとはサーヴァントを現世にとどめておくための楔として機能する。魔力負担分はカルデアスが行うことで、サーヴァントを運用するにあたってのマスターへの負担を極限まで減らすことに成功している―――らしい。

なんだか残念なような、善かったような―――奇妙な感情だった。

「それと―――魔力切れになりかけた時の私、結構見さかいが無いというか、貪欲というか、抑えが効かない、というか」

―――何故か、クロは深刻な顔をしていた。

「多分、そういう状況でアナタとしちゃうと、必要以上に吸いすぎちゃうというか―――最悪、死なせちゃうかもしれない」

耳を疑った。死なせるかもしれない、という彼女の言葉を、しかし、トウマはすぐに理解した。

魔術師にとって、小源(オド)とは即ち生きる力、生命力そのものといって良い。それを枯渇するほどに消費すれば、当然、その人間は生命力を失い―――ひいては、死を迎える、ということだ。

彼女が言っているのは、そういうことだ。通常時ならともかく、もしもの時、クロはトウマの生命力(オド)を根こそぎ食い尽くす。

「だから! トーマとは、そういうことをそういう目的では、しない」

きっぱりと、クロは言った。その表情に、数舜前の悪戯な雰囲気は無い。むしろ厳かさすら感じる色彩の薄い表情は、彼女の言ったことが嘘でも何でもないことを、ありありと示していた。

「なら、俺もそういう状況にならないように、頑張らないとだなぁ」

トウマも、上体を起こした。態勢を崩したクロの背に手を回して身体を支えると、トウマは、気弱そうに笑った。

「だって、それって孤立無援で、しかもクロに無理させすぎたらなることでしょ。それって多分、俺がいくつも判断を間違えたら、起きてしまいかねないことだから」

戸惑うような顔色のクロにぎこちない苦笑いしか返せないトウマは、小さく肩を竦めた。

この戦い―――サーヴァント同士の戦いに、たかだた一般人でしかないトウマが入り込む余地はゼロだ。某教師のような体術も、某主人公のような一芸も無い。リツカのように、冷静な目を持っているわけでもない。トウマに出来ることは、精々後ろで隠れて、仲間が戦っている様を見守ることしか無い。自分より幼く見える、しかも女の子が傷を負っている様をただ見ているだけ、というのは、はっきり言って、情けないことだった。

なら、せめて、なるだけ仲間が傷つかないように立ち回らないと。それが、多分今できる最善なのだから。

「そ。でも、私心眼持ちだし、戦術眼はトーマよりあるわよ」

ぴょい、と飛び退いたクロは、ふん、とそっぽを向いた。

「まぁ確かに。俺が判断を間違えても、クロなら正解を出すか」

「そういうこと。ま、でも心がけとしてはいいんじゃない? ナマイキだけど」

「手厳しい」

のそりと、トウマは立ち上がった。ズボンについた埃をはたいて、撚れた上着の裾を直した。

「そういえば、あのバルムンク」トウマは言った。「未完成品ってどういう―――」

「―――駄目です、それは!」

その声が、言いかけた声を打ち消した。

声の方―――背後を振り返る。暗くなりはじめた林の中、声の主は見当たらない。

「今の、ジャンヌの声かしら」

「多分」

穏やかなようで、凛然とした気風のある声は、確かにジャンヌ・ダルクのそれだった。確か、彼女たちは今、ジークフリートの呪い解除に取り組んでいたはずだった。

「行ったら、トーマ」

「え?」

「だって、アナタがこの旅の主導者の一人でしょ? 何かトラブルがあったら、居た方がいいんじゃない?」

「あー、そうかも」

「ほら、なら早く行きなさい。最善を尽くすんでしょ?」

「わかった」

 

 

 

 

深く、嘆息を吐く。

身体の奥底に、澱のように沈殿する疲労感を、吐き出す。明滅するような視界の中、不意にこみ上げた嘔吐感を、こらえきれなかった。

手で口元を抑えたが間に合わず、せりあがってきた不快感を吐き出す。ざわりと冷たく痙攣しながら一しきり吐き出すと、最後に、口元に残った吐物を唾液でまとめて吐き捨てた。

額の冷や汗を拭う。目元に滲んだ涙をぬぐう。ふらふらと立ち上がったクロは、樹木へと背中を預けた。

「キッツ……」

思わず、言葉が口をついて出た。立っているだけでしんどかったクロは、そのまま地面へと座り込んだ。

―――自身の根幹ともいえるアーチャーのクラスカードを手引きに、英霊の座のエミヤの技量を引きずり出す。サーヴァントであり、且つ自己の特性なら左程の反動も無く行えると踏んでいたが、それでもこのザマだ。これがもし、生身の人間なら、それこそ脳が負担に耐えられずに破裂する。そして、トウマの言葉が正しいなら、()は、それに耐えた―――。

―――凛は、それをわかっていて、なお強いたのだろうか。

そう思案して、クロは、即座にその考えを否定した。冷徹な魔術師の癖に、倫理を捨てきれない小娘。それが遠坂凛という人物だと、クロはよく知っていた。

「なら、(イリヤ)、かぁ」

―――その場には、自分(イリヤ)も、居たらしい。母親に封印されることなく、アインツベルンの元に生れ落ち、正しくアインツベルンの世継ぎ(小聖杯)として生まれ、育った自分(イリヤ)が。

自分(イリヤ)は、それをわかっていて、且つそれが有効打ならば、躊躇なく行うだろう。その上で、多分、彼を、守ろうとしただろう。凛よりもさらに冷徹な魔術師で、そしてちょっとだけの心情を持ってしまった(イリヤ)の選択、なのだろう。

奇妙な、感慨。膝を抱えたクロは、はぁ、とわざとらしく、息を吐いた。

ホント、変わらない。私たち(イリヤ)は、何をしても、私たち(イリヤ)なのだ。

―――膝に顔を埋めたまま、むぅ、と唸る。

あーいうのは、反則だと思う。ぎこちない微笑を思い出したクロは、もう一度、むむむ、と唸った。

「―――ホント、生意気」

 

 

 

 

トウマが最初に目にしたのは、ブラダマンテの背中だった。

大剣を抱えたまま立ちすくむ彼女は、トウマに気づくと怯えたような、困惑したような顔を向けた。

「どうしたの?」

「いえ、私も今来たばかりで、よくわからないのですが……」

言いながら、ブラダマンテは灯の方へと向き直った。

中央に置かれた設置型のLED灯を囲うように、切り株が並ぶ。簡易的な宿泊地だ。暖色のLEDライトは、光をゆらめかせている。実際の焚火に見せるためだろう、その光の波を受けたジャンヌの顔は、険しく歪んでいた。端的に、怒っているように見えた。

その彼女の怒気にさらされた相手―――灰色の背広姿の男、アントニオ・サリエリは特に意に介する様子も無く、ジャンヌへと赤い視線を見返していた。

「すまない、これは」トウマに気づいたジークフリートは、申し訳なさげに眉尻を下げて言った。「俺に端を発するものだ」

2m近い身長の偉丈夫が、腰を低くして小さくなっている。ジークフリートってこんなキャラだっけ。いや、まぁ原作だとそもそも活躍の場面が多くないからわからないのだけれども。

「呪いの解除に関して意見の相違点がある……みたいな状況なのかしら」

「あ、あぁ……それで、彼女がその。怒ってしまって」ますますジークフリートは小さくなっていた。

「―――こういう場を丸く収めるのは、苦手なんだ」

決まり悪そうに、ジークフリートは小声で言った。

確かに、どちらかと言えば口下手で、感情表現が得意じゃないジークフリートは、人心を治めることには向いていないのかもしれない。Apocryphaの1巻モノローグでもそんなこと言っていたような気がする……。

それにしても、だ。

気まずそうな顔の中に、期待の眼差しを向けてくるのは、どういうことなのだろう。いやわかってる。あれは、マスターである自分に、何とかしてほしいとちょっとだけ期待している目だ。

トウマは、努めて表情を変えずに、その目を受け入れた。若干顔が引きつっていた気はするけれど、多分些細なことだ。

―――当然だが、2015年の一般的な男子高生は、諍いの仲裁には慣れていない。元よりごく一般的な中流階級に生まれ育ち、平均より少し学力がいいだけの凡人に過ぎず、友人も同じように温和な人物だけという、いたって普通の青年に過ぎないトウマは、なおのこと仲裁など慣れていなかった。

もちろん、そんなときどんな風に割って入るべきかなど、トウマにはとんとわからないことだった。たっぷり5秒考えたトウマは、意を決して、

「あのー、心中穏やかでないことは察しておりますが……」

なんだかよくわからない言葉を切り出してしまっていた。

「なんですか、今は大事な話を―――!」

ぎろり、とジャンヌの鋭い目がトウマを抉った。

サーヴァントによる敵意的な感情。なまじっかの人間であれば気絶してしまいそうな威圧だった。実際、トウマは1秒くらい失神した。というかちびった。

それでも、トウマは耐えた。今すぐ泣き出しながらどっかに走り去ってしまいそうな感情をなんとか押さえつけた。背後から感じるジークフリートとブラダマンテの熱い視線に押されたこともあったが、何より、ついさっきクロと交わした言葉が脳裏を過った。

「い、あ、いやですね、感情的なのが悪いとは言いませんけどもですね、冷静にですね、話した方が得てして良い方向に行くものではないかなとディベートの授業で言っていた気がしてですね」

「―――あ、トーマ、でしたか」

と、ジャンヌの視線が虚を突かれたようにトウマを見返した。

「すみません! ついその、カッとなってしまっていた、というか……」

一転して委縮したようにジャンヌが恐々と頭を下げた。

「いや、別にそれはいいんですけども」

言いながら、トウマは、もう一人―――サリエリを見やる。

赤い目の男は素っ気なくどこかを眺めている。まるで他人事だ。

「えーと、それで、なんでこうなったのかな」トウマはサリエリを見ながらも、努めて冷静に、ジャンヌへと一瞥を向けた。「珍しいような気もするけれど」

「それが、その」

ジャンヌは苦々しく顔を顰めてから、恨めし気にサリエリを睨んだ。

「そうだな。確かに、私や君だけで出すべき解答ではない。責任者(マスター)の判断を仰ぐべきことだ」

重々しいジャンヌの目にさらされながら、サリエリはやっぱり素っ気なく、なんでもないことのように言った。

リツカ(もう一人)も来てからの方がいいが」サリエリは、ひたと赤い目をトウマへ向けた。「呪いを解く方法が見つかった。その方法に問題がある―――と、ジャンヌ・ダルクは思っているようだ」

そうだろう、とサリエリはジャンヌへと水を向けた。

「あ、当たり前です! あのような方法は到底認められません!」

「まぁまぁ、抑えて」今にもサリエリに飛び掛かろうとするジャンヌを宥めながら、トウマは、「その、方法というのは」

「私を解呪の媒介に使用する―――まぁ、簡単に言えば、私を対価にジークフリートの呪いを解く、といったところだな」

 

 

 

 

 

 

頭痛が、する。

ざらざら、と騒音が頭蓋の中を反響している。紙やすりのような、鮫の牙のような雑音が乱反射し、脳髄を削り取っていく―――。

小さな町の片隅。既に夜のとばりが下りた町の、とある一室。エリザベート・バートリーは蝋燭の火に照らされながら、目の前のそれを、無感動に眺めている。

若い、女の子だ。年齢は10代半ばから後半、と推定される。質朴ながら芯の通った少女は町の人気者で、求婚する異性も少なくなかった。顔立ちも、よく整っていた、はずだった。

既に、その容貌は、そこには無い。鼻を千切られ、眼球を抉られ、壁に磔にされた少女は、てらてらと煌めく大腸を零しながら、小刻みに痙攣していた。裂かれた腹からはその他多種の内臓を溢し、喉には杭を打ち込まれていたが、それでもまだ、少女は存命だった。あるいは、生きさせられていた。エリザベートの魔術により、死にながら、生き永らえさせられていた。

何故だろう、と、エリザベートは思案する。吐き気がするほどの頭痛の中、やっとのことで、何故の思案を絞り出す。

何故、頭痛が、止まないのだろう。こうして()()を加虐している時だけはこの忌まわしい頭痛から解放されたのに、何故、どれだけ虐めても、頭痛が止まないのだろう。既にこの町の雌という雌を壊したのに、何故、何も変わらないのだろう。

エリザベートは、強張るように痙攣する手を見た。(はらわた)を引きずり出すために肉の中へと突っ込んだ右手は、酷く真っ赤だった。あの時のように、肌を滑らかにする真っ赤な血。綺麗だったはずの、真っ赤な血。

ぞわぞわと肌を粟立てる。

ざらつく視界の中を、()()が過る。

華やかな、薔薇のような何か。さんざめく降り注ぐ陽のような何か。莞爾と笑う、何か―――誰、か。

エリザベートは、振り払うように槍を払った。穂先が少女の身体を両断し、びちゃりと血をまき散らしながら床に転がった。心臓を断ち切られ脳みそを破壊され、どこともしれない少女は死んだ。

「なんでよ」

エリザベートは、嘔吐するように言葉を漏らした。

「なんでよ―――!」

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