fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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匂ひ紫は散りぬれど

「そろそろ時間ですね」

懐から取り出した懐中時計を見、サンソンが言う。首肯を返したジークフリートは、眼下に広がる荒野を睥睨した。

元からそうだったわけではないのだろう。かつてはそこには、美しい緑の平原が広がっていたはずだった。

だが、既にそれは無い。生命の息吹は既に焼き払われ、剥き出しの大地が広がる死の荒野が、無造作に広がっていた。

その荒野の中心。焼け爛れた平原のただなかに、その居城は、あった。

「いやあいつ見ても悪趣味だねぇ。全然可愛げが無いよ。ねぇ、ジークフリート」

ひょこひょこと頭頂部の耳?を動かしながら、アストルフォはうんざりしたように言った。

可愛げの有無はともかく、確かに、その様相は底知れぬ不快感を惹起させるものだった。死の大地に聳えたつ、歪な聖堂。到底聖なるものがおわします場所とは思えず、邪悪な何かが蜷局を巻く魔城と言う他無い。

「うまくいくのでしょうか。確かに敵の隙を突く作戦と言えますが、私達はあまりに寡兵。二面作戦など」

「できるさ。俺たちは確かに数こそ少ないが」

ジークフリートは言うと、背から、大剣を引き抜いた。

曇天の中、それでも鈍く閃く銀の刃。竜殺しの魔剣バルムンクを、ジークフリートは高く掲げて見せた。

「俺たちは皆、一人ひとりが人理に名を刻む勇士たちだ。飛竜の群れなど、恐るるに足らないさ」

「それに、なんたってこっちにはホンモノのジャンヌ・ダルクがついてるしね。ね!」

間の抜けたように言うと、アストルフォはジャンヌの背をしたたかに打ち付けた。

「何すんのさ!?」

「わぁごめん。っていうか、ダメだよ喋っちゃ」

「あぁそうだそうだ。いやでも今のはボクが悪いよね。ね、ブラちゃん!」

「何この……何?」

頬を膨らませながら、ジャンヌは押し黙った。互いにむっと顔を見合わせること5秒、アストルフォとジャンヌは、もう何も考えていない様子で周囲をきょろきょろしていた。

「妙だな」

「案外、彼女も幼少期のころはこのようだったかもしれませんよ。“嘆き”を聞く前は畑を走り回って”土いじり”をしていた、と仰っていましたし」

「未来の技術、か。姿かたちを変える魔法の指輪は古来よりあったとは聞くが」

(ふふん、天才の技術と賞賛してくれてもいいんだぜ? 光学欺瞞だけじゃなく、ルーラーの索敵能力を逆手に取った認識欺瞞。このくらいのことなら、私に任せたまえよ)

サンソンの言葉に、ジークフリートは不思議な感じを抱いていた。てっきり、ジャンヌ・ダルクは幼少期から神童の類であったと思っていたのだが。

いや、案外、無邪気な少女だったからこそ、感受性豊かな少女だったからこそ、啓示を聞くことが出来たのだろうか。

(よし、時間だよ。向こうは無事に目的座標に到着したようだ。こちらは用意はいいかな)

空中に映像が投影される。気弱そうな印象を感じさせる男―――立場的にはリツカとトウマの上司にあたるという、ロマニ・アーキマンが映った。

「こちらは問題ない。皆も問題ないな?」

ジークフリートの呼びかけに、皆一様に頷きでもって答えを返した。

「一応俺たちの役目は敵戦力の誘引だが、場合によっては正面突破から本丸を叩く。いいな」

ジークフリートは、剣を引き抜いた。それが合図。アストルフォとサンソンも剣を鞘から引き抜くと、遥か前方の聳える聖堂を見据えた。

「それではこのブラダマンテ、皆さまの露払いと致します―――来なさい!」

ブラダマンテが高らかに宝具の銘を天へと謳い上げる。掲げた馬上槍(ランス)を振り下ろすと、その突端に裂かれた虚空より、のそり、とそれは現れた。

「これは」

思わず、と言ったように、サンソンは感嘆の声を漏らした。近現代に生き、また神秘とかかわりの無い人生を送った男ならば、確かに、こういった類の生物は、無縁だっただろう。

かくいうジークフリートとて、そう身近なものであったわけではない。神代は既に終わりを迎え、ただその残滓だけが燻っていた時代。ジークフリートも、それこそ生涯で一度相まみえたのみだ。

幻想種。神の代では当たり前のように世界を跋扈し、人の時代とともに世界の裏側へと退いた古き生態系。目の前の魔獣は、まさにその幻想種を体現する生物だった。

「ヒポグリフだぁ!」

「わぁ!」

「オェー!?」

何故か抱き着くアストルフォとジャンヌ。鷲の上半身に馬の下半身を持つヒポグリフは、何故か嘔吐するみたいな鳴き声を上げた。

「何回見てもいいよね、ヒポグリフ」

「うん、良い」

「ほら二人とも、熟練のオタクみたいにわかりみを深めてないで。今回は私の宝具なんですから」

「ちぇ、はぁい」

頬を膨らませる二人を後目に、ブラダマンテはヒポグリフの背へと跨る。人一人を背に乗せてもあまりある巨体が背に主の存在を認めると、後脚で立ち上がり、鋭い嘶きを迸らせた。

「それでは参ります―――『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』!」

 

 

 

 

 

 

「城壁防衛にあたっていた飛竜、敵性勢力との接敵。ライダーの宝具のようです、飛竜では歯が立ちません」

「来ましたね。敵サーヴァント総数―――5騎。セイバーが2騎にライダー1、アサシンが1。そうして―――ルーラーが、1騎、ですか。あのよくわからないサーヴァントは昨日消滅しましたね」

恭しく首を垂れるデオンに、ジャンヌ・ダルクは、自己の脳内に移るイメージを口にする。

ルーラーとしてのクラススキルによる広範囲索敵。完全で無いながらも、彼女のそれは、オルレアンに侵攻するサーヴァントを捕捉していた。

「盾のサーヴァントと赤いアーチャーは?」

「わかりません、乱戦のため何分」

だが―――その索敵能力は、あくまでその聖杯に呼ばれたサーヴァントに限定される。ルーラーとは即ち、聖杯に呼ばれし裁定者。その聖杯に召喚されたサーヴァントに対してこそ絶対的な執行権を有するが、別な聖杯、あるいはシステムで召喚されたサーヴァントに対して、彼女はあらゆる権利を有していなかった。

あのサーヴァント2騎こそ、ジャンヌ・ダルクにとっての頭痛の種だった。動向のつかめないサーヴァントがこのフランスをウロチョロしている、という事実が、不愉快極まりない。そして、恐らく―――敵は、この弱点を突いてくる。あの敵勢力がこの事実に気づいているとは思えない。だが、あの女―――赤銅色の髪のあの(マスター)の、あの目は、何か侮れない。いや、侮ってはいけない何かがある。

ふと、ジャンヌ・ダルクは、自らの手が汗ばんでいることに気が付いた。不快そうに鼻を鳴らしたジャンヌは、余分な思考をさっさと捨てた。

考えるべきことは、そんなことじゃない。敵がどう動くか。それを、予測することだ。

当然、考えられる手は戦力集中による正面突破。戦力分散の愚は侵さない―――。

だが、それは無難な手だ。こちらも全戦力を投入してしまえば、戦局の趨勢は不透明になる。必勝を狙うには、その無難な手はあまりに無難。

ならば―――。

「何―――?」

ジャンヌ・ダルクは、その存在を、不意に知覚した。

 

 

 

 

 

 

大聖堂近辺、

 

「これで問題ない、でしょうか」

ジャンヌ・ダルクは手首のスイッチを押すと、伺うように、リツカとトウマを見比べた。

(うん、問題ない。君の存在はこっちのセンサーでも捕捉している。間違いなく、向こうのルーラーも君の存在を捉えたと思うよ)

網膜投影される戦域マップには、確かにジャンヌを示す青いブリップが表示されている。カルデアで収集した情報を統合表示する戦域マップには、その他、直近にマシュとクロの2人。そしてオルレアン周囲一帯を覆う平原に、5騎のサーヴァントを示すブリップが浮かんでいた。

(無線封鎖解除完了。戦闘服、高静粛性状態(ステルスモード)の解除を確認。)

「了解、これより作戦行動に入る。みんな、ここからは時間との勝負だ。行くよ!」

 

 

 

 

(アルファ分隊、作戦行動に入った)

「あぁ、こちらでも確認した」

ジークフリートは空中投影された映像を一瞥しながら、接近するワームの首へと剣戟を撃ち込んだ。

堅い鱗に覆われたはずのそれは、通常ならば砲弾すら防ぎ得る強度だったろう。だが、素早く撃ち込まれた剣はバターをスライスするように、容易く竜の首を刎ね飛ばした。

血飛沫をぶちまける竜を傍目に、再度、剣を薙ぎ払う。飛来したワイバーンを横一文字に叩き切り、その余波だけでワームが挽肉と化していく。迫りくる攻撃は躱す必要すらない。火焔も爪も牙も、『悪竜の鎧(アーマー・オブ・ファブニール)』を貫くどころか、傷一つ与えることすらできない。

既に、屠殺した亜竜の数は200を超えた。汗一つかかず、疲労すら感じず。あまつさえ、かの魔剣バルムンクすら、彼は抜いていなかった。

「ジークフリート、後―――」

サンソンの声が鼓膜に突き刺さる。腰から短剣を引き抜くや、振り向きざまに投擲。さながら戦車砲もかくや、放たれた短剣は黒い飛竜の脳天に突き刺さった。

だが死なない。頭蓋から血と脳漿をまき散らしながら、奇声のように咆哮を上げた飛竜が襲い掛かる。

だが、ジークフリートは剣を振らなかった。振る必要すらなかった。何故ならその奇声は、断末魔の悲鳴に過ぎなかったからだ。

ずるり、と竜の首が落ちる。奇妙な踊りを舞うようにふらつくと、飛竜はそのまま地面へと倒れ込んだ。

「流石だな、ムッシュ・ド・パリ。俺より剣の扱いが上手い」

「謙遜が過ぎますよ。ムッシュ。私はただ、首を落とすことが得意なだけですから」

涼しい顔で溜息一つ、サンソンは再度、剣を握りなおした。

「しかし、流石に数が多いですね」

サンソンは、呆れる様に剣を肩に担いだ。

全くだな、と内心で応じたジークフリートは、空を、地を埋め尽くす亜竜体の群体を眺めた。

ジークフリートにとり、いかほど雑竜が居ようが物の数ではない。それらの牙や爪では悪竜の鎧は貫けず、竜殺しの剣は紙切れのように竜の鱗を断ち切るだろう。

だが、戦えば戦うほどに魔力は消費する。僅かとは言え、それが何十何百にも重なれば、無視できないほどになる。

ならば、抜くべきか。背負った魔剣の真名を解き放てば、周囲一帯の竜種全てを薙ぎ払うことすら可能なはずだ。無駄な戦闘に魔力を費やすならば、いっそ―――。

「ジークフリート殿、来ます!」

サンソンが剣を構える。津波のように押し寄せる、無限にも思えるほどの敵。舌を打ったジークフリートは剣を地面に突き立て、その背に負った剣の柄へと手を伸ばした。

「なら、ボクに任せてよ!」

ぴょん、と跳ねるような声とともに、アストルフォが2人の前へと飛び出した。

その手にあるのは黒い角笛。高らかに掲げると、刹那の閃きとともに黒角笛がアストルフォの体躯を覆った。

「耳塞いでてよ!」アストルフォが身体を仰け反らせる。サーヴァントの肺一杯に空気を押し込むなり、マウスピースへと口を押し付けた。「―――『恐怖呼び起せし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)』!」

アストルフォを起点に、衝撃が破裂した。衝撃、確かにそれはそうとしか言いようのないものだった。

竜の咆哮、霊鳥の叫喚、妖魔の絶叫。あらゆる怪異の絶叫を重ねたかの如き爆音が膨れ上がる。無色の衝撃は再現なく膨れ上がり、空を舞う飛竜を文字通り粉々にした。

かつて、妖鳥に恐怖を喚起し追い払った魔の笛。その音色は味方には単なる爆音に過ぎないが、敵対する者を悉く塵灰に帰す範囲攻撃宝具。サーヴァント相手でも行動不能に追い込みうるそれは、アストルフォが有する宝具の内の一つだった。

「どんなもんだい!」鼻高々にジャンヌは胸を張った。「ダメだよジークフリート、それは切り札なんだら、ここで使っちゃ」

ビシっ、とジャンヌはジークフリートの鼻先に指を突き付けた。魔剣の柄に手を伸ばしたまま固まっていたジークフリートは、手を下した。「すまない、助かった」

「なんで君が威張るんだよう! 頑張ったのはボクだぞ! 褒めるならボクだよう!」

「あ……すまない」

「だって別に変わんないじゃん、ボクはボクだし」

「あ、そっかぁ……うーんでもやっぱりモヤモヤするぅ!」

「……早く行くぞ、アストルフォ、ジャンヌ」

 

 

 

 

 

 

「平原に展開するサーヴァントはあくまで陽動。城内の敵こそ本命……ということでしょう、ジャンヌ」

「そうね、デオン。そういうことだと思いますよ」

デオンの言葉に、ジャンヌ・ダルクは生返事を返した。

ジャンヌ・ダルクの索敵網に、忽然と姿を現したサーヴァント。霊基のクラスは、2騎目のルーラー。それが意味するところは、即ち。

「平原に小次郎とエリザベートを向かわせなさい。ファブニールだけで十分でしょうが、念には念を入れます。城内の敵はランスロットと酒呑童子を向かわせなさい」

「私は如何様に。城内の敵の駆り出しに向かいますか」

そうね、とジャンヌ・ダルクは言うと、その琥珀色の目を、冷たくデオンへと向けた。相変わらず動じる気配も無く見返してくる騎士の目に眉を顰めると、ジャンヌ・ダルクは不愉快そうに舌を打った。

「貴方でしょう、デオン? あの連中に、()()()()()()()()

ジャンヌ・ダルクが玉座から立ち上がる。未だ膝をつくデオンの目前まで足を運ぶと、彼女の頭頂部をしげしげと注視した。

「教えてあげましょうか。背後から現れた連中、唯一作っておいた退路からこちらに進んできているのですよ。聖堂直下にわざわざ作った地下道を通って。もちろんこの聖堂の構造は魔城に作り替えた際に細部を作り替えてありますから、あのジャンヌ・ダルクには知る由もありません。そんな退避路のことなんて」

デオンは未だに動こうとしない。片膝をつき、黙然と平服する姿は、忠臣そのものとすら言える佇まいだった。

「見上げた忠誠心ですね。それだけあの世間知らずの馬鹿な娘にお熱だった、と言うことですか」

「彼女の頭の中は確かにお花畑だよ、ジャンヌ・ダルク」デオンはこの時、初めて、ゆらゆらと顔を上げた。「でも君よりははるかに偉大さ。頭の中が空っぽの、お人形のジャンヌ・ダルク?」

瞬間、デオンの体躯が跳ねた。右手が腰のレイピアへと伸びるなり、目にもとまらぬ速度で抜き放つ。抜刀の気勢はそのままに、刹那の合間にジャンヌ・ダルクの懐に飛び込んだ蒼白の閃光は、しかし。

「クソっ!?」

横薙ぎに迸った突風にかき消されていた。

レイピアの刺突を弾き返した剣閃。ぞっとするのも束の間、左方向へと飛び退いたデオンは、着地の余裕すら無く床へと転がった。

「流石はセイバークラスというところか。見世物仕込みのなまくらと侮っていたが、いやはや」

その声は、酷く、軽薄そうな声だった。

まるでそよ風。揺られる柳を思わせる佇まいの男が、ジャンヌ・ダルクの前に立っていた。

「燕を斬ろうと、ひがな剣を振っていただけの私が言えたことではないか。道楽の剣の方が遥かになまくらよな」

無銘の剣士はそういうと、身の丈を超える太刀を振った。刀身についた血糊が飛び散り、床にべとりと張り付いた。

「全く―――君はアサシンかい、小次郎。全然気配に気づかなかったよ」

デオンは呆れたように言うと、緩慢な動作で立ち上がった。乾いた微笑を浮かべると、デオンは、レイピアを床へと投げ捨てた。

「明鏡止水の心だったかな。周囲と一体化する極限の精神性。東洋的な物の見方だね、それを気配遮断のように使ったのかな。おかげで、もう左腕は使い物にならないよ」

ほら、とデオンは愉快そうに左手を持ち上げようとした。

拍子に、ふらふらと左手が揺れた。まるで振り込みたいに揺れる肉塊が、デオンの左肘からぶら下がっていた。

否、そうではない。それは、彼の、左前腕だった。皮一枚残して断ち切られた前腕が、宙で揺られていた。

「もう僕には勝ち目が無いね。まぁただでさえ君には勝ち目が無いんだけどね、小次郎。剣の腕は遥かに君の方が上だ。君の言う通り、ボクの剣の腕は所詮見世物の道楽、その延長でしかない。そして君のスキル、無冠の武芸だっけ? 通常のそれと違って、相手を侮らせるスキルのせいでボクは全力が出せないときた。それに、君には僕の宝具も効かない。最初から君が敵だとボクが勝てる可能性は0なんだよね。いやぁ困ったな、せっかくこの手でジャンヌ・ダルクを仕留めようとしたのに、むざむざ無駄死にだ。王妃のこともボクが死なせたようなものだし、ボクは最低な人間だね。あれ、知らなかったかい? ボクはリヨンでどうなるか、全部予想してたんだよ。ジークフリートを餌に、敵を集中させてまとめて殲滅する。君の思考はよくわかったけど、でもこれはジークフリートを活かすチャンスだとも思ってね。確かにバルムンクは既に無いけど、でもファブニールを倒すなら彼の存在はマストだ。だから素直に君たちの命令を伝達したんだよね。確かに彼らが殲滅される可能性はあったけど、王妃の宝具を知っていたからさ、王妃一人の犠牲で多分切り抜けるとも踏んでたんだよね。彼女の性格からもそうなる可能性は高いと踏んでた。そしたら予想通りさ! あ、意外そうな顔をしているね? 確かにボクは王妃に心から敬愛をしているよ、それは間違いない。でも王妃の願いはフランスを、そして未来を守ることだ。彼女への忠誠を果たすならば、彼女の泡沫の生ではなく彼女の祈りを叶えてこそだろう。それでこそ騎士―――」

そこで、話は終わった。

首を落とされたデオンの体躯が、朽木のように崩れ落ちていく。地面に死体が転がるのも一瞬、次の瞬間には燐光に包まれた身体は、跡形も無く消滅していた。

「数秒、時間を無駄にしたようだな」

「ホント、見上げた騎士様ですこと。それとも外交官としての戦いということでしょうかね」

ジャンヌ・ダルクは、既に消滅した首を睥睨した。壊れた微笑だけを残して消滅した騎士を想起して思い起こした情動は、恐らく、吐き気がするほどの敬意だった。

「それで、如何する。先ほどの指令通りで構わぬか?」

「えぇ構いません。貴方はファブニールの直掩に付きなさい。エリザベートは適当に暴れさせておきなさいな」

「世間知らずの生娘のお守とはまた恐れの多いことよなぁ。いや、そういえば其方も同じであったか?」

「黙りなさい。セクハラで殺しますよ」

「それは恐ろしい。さて、では無駄話もここまでにして、疾く参るとするか」

軽薄そうな笑いを一つ、抜き身の刀を担いだ佐々木小次郎は、特に急ぐ素振りも見せずに玉座の間を後にした。

ジャンヌ・ダルクは、逡巡した。1秒未満の思考の後、彼女は、竜が描かれた旗を手に取った。

 

 

 

 

 

 

その悪寒は、ジークフリートは324体目の飛竜を両断した時に惹起した。

直感の類ではない。これはもっと、宿命的な予感。かの竜の血を受け継いでしまった彼だからこその、底知れない戦振。ジークフリートは、そうして、次に何が起きるのかを察知した。

空を振り仰ぐ。上空では幻獣が飛竜を食い千切り、その乗り手が振るう槍が飛竜の頭蓋を破砕していた。

「ライダー!」あらん限りに、ジークフリートは声を上げた。「攻撃が来るぞ!」

その、直後だった。

ぞわりと、全身が粟立った。心奥すら痙攣させるほどの悪寒が奔った刹那、紅蓮の火焔が蒼穹を焼尽させた。

数千度にも達する炎の掃討。人間など秒ほどもかからずに蒸発させる、硫黄の火。神罰の具現たる火砕流は当該空域に居た飛竜を、ただの一撃で焼き尽くした。

火が、急速にしぼんでいく。周囲一帯の酸素を喰らい尽くし、燃焼の余地を無くした炎が息をひそめていく。

晴れ渡る、青い空。のっぺりと広がる空に、ライダーの姿は無かった。

「じ、ジークフリート! ブラダマンテが燃えちゃったよ!?」

「いや――」

ジークフリートは素早く視線を周囲に投げた。

焼け焦げた荒野、代り映えの無い視界の隅で、何かがぐにゃりと歪む。空間ごと歪んだかのように見えた瞬間、まるではじき出されるように、白亜の影が飛び出した。

「あ――――ぶなぁ!?」

土煙を巻き上げながら、ブラダマンテはなんとか地面に着地した。が、ふらりと揺れると、彼女は地面に膝をついた。

「無事か」

「なんとか。あと一秒遅かったら、ダメでした」

足を震わせながら、ブラダマンテは立ち上がった。如何な歴戦の騎士(パラディン)と言えども、幻想種の敵意を諸に浴びたことなどないはずだ。まして、その頂点に君臨する竜種の吐息(ブレス)を間近にし、なお立ち上がるその気迫。むしろ、賞賛に値するものだった。

「ヒポグリフは」

「無事です、ヒポも虚数域に退避させました。真名解放は無理ですが、呼ぶことは可能です」

「好都合だ。使える手は多いに越したことはない―――アレと戦う時には、な」

ジークフリートは不敵に顔を引きつらせると、それを、振り仰いだ。

蒼空に漂う巨体。まるで山が翼を持って飛翔しているかの如き錯覚を感じさせる威容。人間など比較することすら烏滸がましい、英霊とて霞んで見えるほどの存在規模。亜竜などという紛い物ですらない真性の竜種が、そこに居た。

悪竜が、地面に降り立つ。ただそれだけで大地が唸りを上げ、天が悲鳴を上げる。ジークフリートは、ただ、相対しているだけだというのに、気絶してしまいそうだった。

今から、これと戦う。竜種の頂き、悪竜現象(ファブニール)と戦う。そんな馬鹿げたことに、自分は、挑もうとしている。

しかも、敵は悪竜一匹ではない。周囲には無数の飛竜地竜が犇めき合い、そうして、その傍らには―――。

「上です、ジークフリート様!」

咄嗟に、ジークフリートは剣を構えた。天へと振り抜いた剣の一閃は、ジークフリートの脳天を穿たんと飛来した刺突を叩き落した。

さらに一撃、左手で引き抜いた短剣を天へと投擲する。矢もかくやといった様相で放たれた剣は、しかし上空の赤影を掠めるにとどまった。

「流石、名高き”竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”。稚拙な奇襲など歯牙にもかけぬ、と言ったところよな」

どこか風雅な男の声が、耳朶を打った。

悪竜の傍に、人影が揺らめく。不知火のように希薄な存在感ながら、悪竜の傍らに平然と佇む長刀の剣使い。古きは極東の風采に身を包んだ、セイバー。

そして、もう一騎。暴風をまき散らしながら舞い降りた槍使い。血のように赤い髪のランサーが、獰猛な大蛇の如き目を向けていた。

悪竜に加え、強力なサーヴァントが2騎。歯噛みしながらも、ジークフリートはこの状況を善い傾向であると認識した。

「アストルフォ、ジャンヌ、あのセイバーの相手を頼む。サンソン、君はランサーを頼めるか。二人とも、無理に倒す必要は無い。俺が奴を仕留めるまでの間、耐えてくれればそれでいい」

「よーし、任せてよ! 正直あのセイバーには10秒でやられる自信があるけど」

「こちらもお任せを」

「ブラダマンテ、君は周囲の飛竜を始末してくれ。俺は奴の相手だけで、正直手一杯になる」

ジークフリートは、まだ、魔剣を抜かなかった。クロが投影した刀剣を正眼に、剣の切っ先に、邪竜の姿を捉えた。

「行くぞ―――全騎、死力を尽くして戦え! 生ある限り最善を尽くせ! 決して無駄死にするな! 邪竜どもに人類(にんげん)の意地を見せよ、戦士(つわもの)どもよ」




シュバリエ・デオン、退場です。かの騎士が登場した話のサブタイトルにあった、赤の鬱金香の花言葉は『私を信じて』でした。
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