fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「正面から敵、数は5! ワームが3匹、あと変なタコ2匹!」
クロは素早く激を飛ばしながら、目前に躍り出た敵5匹を視界に捉えた。
リヨンで遭遇した
即座に判断する。無駄な魔力消費は押さえたい。さりとて時間はかけられない。逡巡ほどすらない思考の最中、クロは手馴染みの双剣を投影した。
右手に現れる黒い亀甲模様の剣。無骨な片刃の剣の骨子が現れるや、未だ顕現しえない剣を素早く投擲した。
音速を遥かに超えた速度で射出された剣は、地竜の胴体に突き刺さった。深々と突き刺さり、床に縫い付けられた地竜が悲鳴を上げる。未だ絶命こそしていなかったが、クロはその敵を無視し、左から襲い掛かる地竜の胴へと白刃の剣を撃ち込んだ。
僅かに手に残る切断の感触。飛竜に比べ堅牢な鱗を持つ地竜は、恐らく対物ライフルクラスでなければ撃ち抜けまい。いかな宝具とて、容易く切断で出来るものではない。舌打ちしたクロは思いっきり床を蹴り上げると、そのまま魔獣を飛び越え、床へと音も無く着地した。
魔獣がぐにゃりと身体を捻じ曲げる。それよりワンテンポ早く身体を捩った地竜が地面に縫い付けられた地竜の体躯へと圧し掛かる。
「残念、バイバーイ」
瞬間、地竜の身体が千切れ飛んだ。足元から膨れ上がった爆発が竜の身体を肉塊にし、爆破の余波が軟体動物めいた魔獣を丸焦げにした。
「流石ですね、クロエ。一瞬で5体とは」
「ま、普通よね、このくらい」
えっへん、とちょっとクロは鼻を高くした。消費した魔力は、壊れた幻想で自壊させた干将1振り。最小限の魔力消費で迅速に始末できた、はずだ。
「それにしても、これは一体何なのでしょう。この……タコ?」
マシュはどこか険しい顔をしながら、地面にぶちまけられた奇妙な生き物を見下ろしていた。
奇妙な生き物だった。無数の触手があり、口は一つ。目らしきものは見当たらない。名状しがたい神涜的な生物は、陳腐な形容だが、魔界から這いずり出てきた生物といった風采ですらあった。控えめに言って、竜種かその派生体とは言い難い。
「みんな、怪我は無いかしら。大丈夫?」
《トーマは、これ知ってる?》
クロはそれとなく声を駆けながら、藤丸の方を横目で一瞥する。クロの視線に、藤丸は頷いた。
《あるサーヴァントの宝具によって生まれるもの、なんだけど。デオンの情報には、居なかった》
《じゃあ、やっぱりアイツ―――いや、でも》
ふと、頭が思考にいきかけた時だった。
「くっ―――
右手に、双剣の片割れを投影する。剣が姿を現すよりさらに早く幻の柄を握りこんだクロは、裂帛の気勢とともに繰り出された剣の刃先へと双剣を叩きつけた。
能う限り、クロはその剣戟を最速で繰り出した。威力を度外視し、ただ振るうだけに特化させた。そうでもしないと、その剣には速度で敵わないと、彼女の心眼が告げていた。
だというのに、その一太刀は、クロが剣を放つよりもさらに早く迸った。振り抜く直前、剣の柄の境目あたりに直撃するや、絶叫染みた金属音とともにクロの手から双剣が弾け飛んだ。
視界に、黒い霧が過る。その夜霧の彼方、赤い眼光がぎらりと仄光り、立て続けの薙ぎ払いがクロの脇腹に迫った。
「こ―――んのぉ!」
剣の刃先が脇腹を抉るより数舜速く、彼女の左足が唸りを上げた。黒い霧を抉るように放たれた踵が手首に炸裂し、弾き飛ばされた剣が壁面へと突き刺さった。
咄嗟、クロは真上に舞い上がった双剣へと手を伸ばす。相手は無手、さっきの一撃で尋常じゃない敵なのは既にわかっているが、得物さえなければどうとでもなる。両の手を剣の柄と伸ばしたクロは、しかし、その光景に、瞠目した。
自ら伸ばした手の向こう。黒霧の中から突き出された甲冑の手が、するりと伸びる。意思を持った触手めいた手が莫耶の柄を、がちりと、握りこんだ。
―――あ、と思った。
その感覚を、クロは、知っていた。英霊エミヤとしての経験ではなく、クロエ・フォン・アインツベルンとしての記録の中に、その瞬間の情動の記録が、あった。
『干将莫耶』。自らの手で投影した愛剣が、一対の分かちがたい夫婦剣が、その手に握られた瞬間に―――。
ぎらり、と白亜の剣が閃く。黒い甲冑に覆われた手が莫耶を目にもとまらぬ速さで振り下ろした。
ほぼ同時。クロの左手が干将の柄を掴み取る。肉薄する白刃を殴りつけるように黒刃を叩きつける。
拮抗は一瞬。剣ごとクロの矮躯はあまりに容易く吹き飛ばされた。
地面に、赤い影が転がる。身体損傷は無い、
「大丈夫ですか、クロエ!?」
「大したことない、大丈夫」
ジャンヌの手を取りながら、立ち上がる。少し強がってみせながらも、クロは、その眼前の敵を睨むように捕捉した。
霧に包まれた黒い騎士甲冑のサーヴァント。リヨンの街に現れた、バーサーカーのサーヴァント。その手には、クロが投影したはずの莫耶が握られていた。
間違いない。あれは、
その真名、は―――。
「あら、残念。クソネズミを始末したと思ったのですけれど、上手くいかないものですね」
ひやりとした声が、耳朶を打った。
よく聞き知った声。傍らに立つ彼女と同じ声だというのに、酷く侮蔑的で冒涜的なその声の正体は。
「皆さまこんにちは。我が聖なる御堂へ、土足でずかずかと。随分礼儀正しいようですね」
「ジャンヌ・ダルク」
マシュが、呟くように声を漏らした。その声に死蝋色の肌の女は、にこりと表情を歪めた。
「はい、その通りですよ、サーヴァントもどき。そこな残りカスとは違う、真性のジャンヌ・ダルクです」
黒衣がはためく。焼け落ちたかのような襤褸の外套がふわりとはためくや、ジャンヌ・ダルクは、剣を引き抜いた。
「―――『
※
佐々木小次郎は、ふと、脱力した。
そうして、聖堂の方を振り仰ぐ。不愉快さでかえって荘厳さすら感じさせる竜の居城が、僅かに揺れた。
間違いない。今の宝具は、あの悪趣味な聖女のものだ。自らが出向いているということは、あちらの聖女が本物、ということだろうか。
「まぁ……其方には、全く聖女の佇まいは感じられんからなぁ」
「な、なにおう! あんな駄肉より、ボクの方が全ッ然かわいいじゃないか!」
小次郎は、げんなりと肩を落とした。呆れる小次郎の視界には、土まみれになったジャンヌ―――のような何かの姿があった。
というか、そういうところだと思う。
「如何なるカラクリかはわからぬが。其方、もう少し隠す気は無かったのか」
「べっつにぃ。要するに、ちょっとでも不審に思われないようにするためのものだし。あっちがステルス解除しちゃったら、もうボクは用済―――」
続く言葉は、無かった。へらへらと身体をくねらせるジャンヌの胴体が、ずるりと落ちていく。
手応えは無い。まるで霞を切り裂いたかのような、空虚な感触。すん、と鼻息一つ、瞬く間に消滅したジャンヌ・ダルクから視線を外した。
「其方の力か、セイバー」
「ま、そんなところ。ボクのたぁーくさんある宝具の内の、一つ。姿を変えたのは、別だけどね」
「なるほど、最優のセイバーとて奇を衒うものが居てもおかしくはないな」
「あー、今ボクのこと馬鹿にしたでしょ。へへーんだ、後悔してもしらないからね。ボクってば、本当は強―――あ」
―――既に、佐々木小次郎は、敵セイバーの懐へと飛び込んでいた。
最速の敏捷、その数値はA。セイバークラスたる佐々木小次郎が有する【無冠の武芸】により、低く表示されるその実数値は実にA+。かのクランの猛犬すら上回るその神速は、シャルルマーニュ12勇士の中で最弱とすら言われるアストルフォには到底対処できるものでは無かった。
「あー嘘嘘! ボクなんかが勝てるわけないよ、だってボク本当はクソ雑魚ナメクうぼぁー!」
ぽーん、と毬のように、セイバーの頭が刎ね飛ばされていく。べちゃり、と地面に転がると、酷く間抜けな顔のまま、顔と身体が消滅し―――。
「うりゃー隙あり!」
ぎょっとした小次郎が背後へと剣を振る。虚空を斬るはずの刀身は、しかしどこからともなく現れた細身の剣を撃ち落とした。
「んげ! なんで今のが防げるのさぁばあ!?」
再度、小次郎の剣が閃く。いつの間にか背後に現れたセイバーの胴を叩き切ると、小次郎は、真顔でその光景を眺めた。
「ひぇーアイツ化け物だよう! 後ろに目がついてるよう!」
「大丈夫、いくら化け物でもたくさんで戦えばなんとかなるよ!」
「えぇ~ホントにござるかぁ? もう3人もやられちゃったよ?」
「まだまだ! ボク達の戦いはこれからだよ、とりあえず弾幕の薄い左舷から攻めてみよう!」
「それ打ち切りっぽくない?」
わちゃわちゃするうさ耳集団。その数えーと、ひーふーみーよーいつ……。
「もーやっぱりボクは可愛いなぁ。ねぇボクもそう思うよね?」
「ライダーの時のボクも可愛いんだよなぁ、いつか一緒に召喚されないかなぁ」
「あ、ボクはあるよ! あれはえぇと……あれ、いつだっけ?」
「ねーおなかすいたよう、クリスマスケーキとか食べたいー」
「イベントはまだ随分先だよう、第一ボクらの実装って大分先じゃない? あれ?」
―――とりあえず、小次郎は、考えるのをやめた。
「ふっふーん、恐れ戦いているな? どうだい、これがボクの第二宝具、その名も『
「よぉーし! みんなかかれー!」
「わー!」
「わー!」
「わー……わぁ!?」
劇剣、俊燕の如し。小次郎に押し寄せた7人のセイバーは、まるで癇癪を起した子供が投げ捨てる玩具みたいに宙を舞って、忽ちに霧散した。
「拙者、生前は赤貧百姓故、狩りなど興じたことは無いのだが」
さらに一閃。襲い掛かってきたセイバーを斬って捨て、たじろぐセイバーをぶった切り、逃げ惑うセイバーの背を串刺しした。
「偶には燕ではなく兎狩り、というのもまた酔狂よな?」
「ねぇ、なんかあの人怒ってない? 怒ってるよあの人! 無表情でバチギレしてるよう!」
「『燕返し』!」
「んぎゃー!?」
「『燕返し』!!」
「にゃー!?!?」
「『燕返し』ィ!!!」
「あばー!?!?!?」
ひたすらにわーきゃーするピンクいサーヴァントをぶった斬りながら、小次郎は、思うのだった。
「『燕返し』!『燕返し』!『燕返し』!」
「おぎゃぁーん!」
なんでさ。
※
ばったばったと切り刻まれていくアストルフォの幻影たち。横目で一瞥したサンソンは、しかし、心配を抱くだけの思考的余裕すらも無かった。
脳裏を掠めた憂慮を粉々にするほどの怒号が頭頂部を殴りつける。鼓膜をぶちぬくほどのそれは、悲鳴にも似た絶叫だった。
サンソンは殆ど反射のままに剣を振るう。そうでなければ到底追いつかないほどの速度でもって放たれた刺突が、サンソンの剣に炸裂した。
途方も無い衝撃が腕を叩いた。サーヴァントのその身が軋むほどの破壊、防御越しに気を失うほどの唸りがサンソンを襲った。事実、その一撃が齎す破壊は、直撃すらしていないにかかわらず、サンソンの霊基を襤褸にしていた。
しかも、それが一撃ではない。穿つ刺突薙ぎ払いの殴打、一撃一撃が暴威としか言いようのない火力で以て振るわれていた。
自我が消し飛ぶほどの暴風の中、サンソンは脱力しかけた両の手の五指に力を込め、掬い上げるように繰り出された槍の切っ先へと雷のように剣を叩き落した。
交錯する刃、激突する鋭利な穂先。鈍く響くような金属音に腕を軋ませながら、サンソンはその槍の一撃を抑え込んだ。
強い、と思った。この目の前の敵、血糊の如く真紅の髪に、悪鬼めいた捻じれた角を掲げたサーヴァント、エリザベート・バートリィ。栄養の足らない少女めいた姿恰好ながら、一撃一撃は怪力無双のバーサーカーもかくやである。
何か、技巧めいたものは感じられない。エリザベートはただ我武者羅に、一生懸命、力いっぱいに槍を振るっていた。幼稚ですらある戦い方である。
だというのに、彼女は、強かった。想像を絶する怪力をただ行使する、それだけだというのに、その強さはトップクラスのサーヴァントの強さに比肩していた。少なくとも、英霊シャルル=アンリ・サンソンの記録する中で、これより強力なサーヴァントと矛を交えたことは無かった。
力こそ強さ。理屈ですらない理屈でもって、エリザベート・バートリィは最強の座に君臨していた。
だが―――何故だ、と思った。サンソン自身、エリザベート・バートリィのことはほとんど知らない……それこそ2度しか顔を合わせたことは無い。だが、彼女は、こうではなかった。もっと傲岸不遜で悪辣で、それでいて、残忍なほどに無邪気で無垢だったはず。
今の彼女に、その稚拙な余裕は感じられない。それどころか、怯懦に竦むように見開かれた双眸は、奇妙な虚空を射抜くように見つめて―――。
「―――頭が、痛いのよ」
呟くような声、だった。
「どれだけ血を浴びても、苛めても、頭が、痛いのよ」
「何を―――」
「どうしてあの
悲鳴にも似た絶叫が、サンソンを、打った。
「痛いの、凄い痛いの―――ずっとあの人の声が頭の中で響いてるの、何度かき消そうとしても、消えないのよ! なんでよ、私は何も悪くないのに! 誰も、それが悪いことだなんて教えてくれなかったもの! 今更私に、手を差し伸べないでよ!」
―――あ。
爆発する衝動、全身を打つ衝撃。サンソンの力など到底及ばない破壊が膨れ上がり、サンソンは、まるで暴風に吹かれる木の葉のように吹き飛ばされていった。受け身など取るだけの余裕は無く、諸に地面に激突しながらも、サンソンは、そんな痛みなど無視して、立ち上がった。
サンソンは、微笑を浮かべていた。呆れたような、あるいは誉れ高いような穏やかな微笑を浮かべた。
「全く―――変わらないな」
剣を、構えた。衒いは欠片も無く、処刑人は八双に構えた。
「―――エリザベート。君の悪性、
御形サンがとても楽しそうに投げてきた戦闘シーン。
農民は怒っていいんですよ。