fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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体調面の関係で投稿が遅れました。
お待ちいただいていた方々、誠に申し訳ありません。


麗しの騎士の咆哮

ブラダマンテの人生は、簡単に言えば、『人』との戦いだった。

長い旅の最中、幾度も死闘を繰り広げた。そのいずれもが激闘だった。

だが―――。

「ブラダマンテ。竜と戦ったことは、これまであるか?」

隣に並ぶジークフリートが言う。質朴な男は、目の前に聳える巨体を俯瞰するように眺めていた。

「いえ―――悪い魔術師と戦ったことがあるだけです」

そうか、とジークフリートは頷くと、ちらりと、ブラダマンテを一瞥した。生真面目で、ともすればあのロジェロの養父にも似た男が、何故か温和な顔をしていた。

「何か、秘訣などあるのでしょうか。竜退治には?」

思わず言うと、ジークフリートは、肩を竦めて見せた。

「秘訣、か。正直に告白するが」ジークフリートは脱力したまま言った。「俺はあれにどうやって勝ったんだろうな?」

「へ?」

「すまない、全然わからないんだ。とにかくがむしゃらに戦って、いつの間にか勝っていたんだ」

ジークフリートは自虐するように、言うと、もう一度すまないな、と付け加えた。

その言葉の意味を、ブラダマンテは能く理解した。ジークフリートほどの大英雄が諦観を語るほどに、かの竜は―――この邪竜は、強い。

「勝とう、なんて思うな。とにかく頭を使え、そして身体を動かせ。相反する行動の中で最適解を選び出せ。そうして掴み取るんだ―――五秒後の生存を」

そうして、ジークフリートは、剣を構えた。既に 300を超える飛竜地竜を斬り殺した剣は、既に剣としての機能を失い始めていた。かつて聖人が振るったという剣は、ジークフリートの持つ竜殺しのスキルと相乗する特性を持っていたが、それにも限度はあった。雑竜程度ならばあと50体だろうが屠るだろうが、あの邪竜を相手には既に心もとない。倒すならば、その背に負う魔剣を解き放たねばならないだろう。

だが、まだ、その時では無い。魔剣の解放にはまだ、早すぎる―――。

「来るぞ!」

ゆらめくように、巨影が身動ぎした。

緩慢にも見える挙動。だがそれは、巨体故に”そう見える”というだけのことに過ぎなかった。

動いた。そう思った刹那、視界を巨体が埋め尽くした。

迅い。わずかに数舜、相対距離を詰めた巨竜の腕が横薙ぎに唸る。何の魔力も込められていない、単純な殴打。ただそれだけの攻撃ながら、その破壊力は高位の宝具にも匹敵する。人間を超えた怪異、破壊の象徴、【怪力】。ファヴニールのそれは、ランクにすればA+。およそ人間と言う器では到達しえない殴打が襲い掛かった。

咄嗟に、地面を蹴り上げる。背後に飛び退いたブラダマンテは、しかし次の瞬間、意識が吹き飛んだ。

何か、喰らった。そう理解したときには、既に自分の身体はゴム毬みたいに吹き飛ばされて、岩塊に激突していた。

痛い、なんて陳腐な情動しか惹き起こさないほどの激痛。【頑健】に近似するスキルを有するブラダマンテ以外のサーヴァントであれば、この一撃だけで挽肉と化しただろう。

だが、たとえ防御特化の身体強化スキルを有するブラダマンテとて、その一撃は気絶するほどの一撃だった。尾部―――しなやかな筋肉の塊である尻尾の薙ぎ払いは、拳のそれを遥かに超えていた。

立たなければ。嵐のような身体の激痛の中、なんとか精神を奮い立たせる。笑うように揺れる膝に力を込めて立ち上がるまで、1秒半。隙というにはあまりに大きな隙だったが、悪竜の追撃は無かった。いや、あるいは追撃する必要すら無い、とファヴニールは判断した。

ふらふらと立ち上がったブラダマンテは、その光景を、見せつけられた。

サーヴァントを肉塊にせしめる殴打の、巨体での押しつぶし、尻尾の叩きつけ。愚鈍そうな見た目に反する連撃は、あらゆるモノに破壊を齎す死の暴風だった。

その暴風の中、何かが、聳えている。盤踞と屹立する菩提樹の如き何か。全てを芥と化す嵐の中、なお高らかに聳える影。

言うまでもない。ジークフリートはその暴風に抗うように、剣を振るっていた。時に真正面から叩き落し、時に衝撃を受け流し、時に暴威に身を任せる。『悪竜の鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』の守りだけではない。一時代の頂点に君臨し得る武練を以てして、悪竜の攻撃を防ぎきっていた。その攻防に、自分が入り込む余地は無い。少なからず、あの悪竜にとり、ブラダマンテは眼中に無かった。

違う。それは思い込みに過ぎない。だからこそ、付け入る隙がある。奥歯を、第二大臼歯を咬み合わせる。歯堤が軋むほどに歯噛みし、ブラダマンテは、猪突した。

進路に割り込む飛竜の顔面をランスで抉り抜く。地竜の顔面を踵で轢き潰し、別な飛竜の首を左手で捻じ切る。狂戦士の如き暴威を振りまきながら、ブラダマンテの脳髄は、努めて冷静に状況を理解していた。

ファヴニールにとって、自分はそこいらの石ころと変わらない。ならば、石ころが派手に暴れれば、それだけ注意を惹く。その時こそ、屠竜の瞬間。

ならば考える。どうすればあの巨竜の意を引くことが出来るか。あの悪竜の注意を惹き、ブラダマンテという英霊が取るに足らない石ころでないと思わせられるか。

悪竜が咆哮を上げる。巨体に似合わない金属音じみた甲高い怒声。鼓膜を焼くほどの叫喚と同時、竜の口蓋に炎が巻き上がった。

ブレスが来る。数千度にも達する紅蓮の炎が来る。いかなジークフリートと言えども、あの攻撃を喰らえば一溜りもない。

悪竜の目には、目の前の竜殺ししか見えていない。ただ目の前の敵を焼き殺すことしか考えていない。

ならば―――

「―――騎士(パラディン)を、無礼(なめ)るなァ!!!」

ブラダマンテの体躯が、飛んだ。砲弾さながらに加速したブラダマンテの体躯はそのまま竜の首元へと肉薄した。

槍を掬い上げるように振り抜く。馬上槍、という概念の兵装の運用として明らかに間違ったその攻撃―――打撃が、竜の顎を殴りつけた。

同時、ブラダマンテは【怪力】を発動させた。ランクにしてB+。バーサーカーに近い姿を取るライダークラスの彼女は、人間の身でありながら、そのスキルを有していた。

その打撃は、およそ宝具の一撃にすら比肩する殴打だった。

言ってしまえば、それはいきなり後ろから玄翁で後頭部を殴りつけられるようなものだった。ファヴニールに傷は無い―――だが、不意に生じた炸裂は、巨竜の頭を直上めがけてかちあげた。

無理やり閉じた口腔の中で、炎が爆ぜる。苦痛にもだえるような絶叫が大気を震わせ、竜の巨躯が怯む様に仰け反った。

刹那、突風がブラダマンテの傍を擦過した。

黒い突風。暴風を貫くように吹きすさぶ鋭利な疾駆。ブラダマンテの意図を正確に理解したジークフリートは、その瞬間を、見逃さなかった。

苦し紛れの尻尾が鞭のように唸る。

ジークフリートを貫くように突き出された刺突を、彼は猛然と斬り伏せた。

同時、剣が砕けた。ここまで亜竜を斬り殺し続けた剣が、遂に拉げた。だが、問題は、無かった。今この瞬間こそ必殺の間合い。幻想を堕とす時は、来た。

その手に、魔剣が閃く。黄昏の残り陽を受け、刀身に焔が灯る。大気中の大源(マナ)を喰らい尽くし、その宝具の真名が迸る。

―――その瞬間を、ブラダマンテは、刻銘に目にした。

ジークフリートが剣を振るう瞬間、その嶮山の如き巨躯が、ぐにゃりと蠢いた。脊椎動物の可動域ではない。さながら蛸のように身体を捻じ曲げた巨竜は、仰け反った勢いのまま身体をさらに仰け反らせ、ジークフリートの鼻先へと顎を掲げた。

魔剣から屹立する黄昏の輝煌。大軍を薙ぎ払い竜を屠る閃光が直撃する寸前、ファヴニールの口腔内に赫焉が灯る。これまでの比にならない灼熱を滾らせること1秒未満、怒涛の津波となって火焔が押し寄せた。

炎熱が、爆ぜた。音も視界も何もかもを焼き払う、莫大なエネルギーの奔騰。膨れ上がった炎とバルムンクの閃光が押し広がり、空を飛ぶ飛竜を焼き払い、地を這う竜を蒸発させていく。咄嗟に指輪を装備したランスを突き出さなければ、その余波だけでブラダマンテは消滅していただろう。

光が、収束していく。周囲一帯の何もかもが、焼尽している。爆心地、とすら言いようのない荒野の中、対峙する影が2つあった。

膝をつく、男の影。魔剣を杖に、睨むように見上げるジークフリート。その視線の先に、傲岸に聳える巨大な竜。翼をはためかせた竜の険しい眼差しが、眼下の2騎を捉えていた。

竜が、再度、口を開ける。虚のように開いた口腔、鋭刃の如き牙が覗く顎の果てで、炎が膨れ上がる。

再度のブレスが来る。先ほどあれほどの大火力を―――対軍宝具を上回り、対城宝具にも匹敵する劫火を振りまきながら、あの火竜は、既に次の攻撃に移っていた。

読まれていた。バルムンクがあることも何もかも予見され、嵌められた―――そう思考しかけて、ブラダマンテは、唐突に理解した。

ファヴニールの顔は、恐怖に引きつっていた。あるはずがない己が大敵に遭遇して、恐慌に見舞われていた。なれば、一連の反撃は計算づくのものではない。人間を遥かに超えた動体視力と反射神経によって繰り出された、防御行動でしかなかった。

そして次に放たれる攻撃は、この一撃で殺しきるという明確な殺戮の意思。己の小源(オド)を、その生命力の限界まで絞り出した決死の砲撃だった。

対して、ジークフリートに、次の攻撃は無かった。バルムンクの真名解放により、既に魔力は枯渇。真エーテルも無く、生前の竜の心臓も無いジークフリートにとり、バルムンクの連射は不可能だった。

このままでは、ジークフリートは、消滅する。あの炎に飲み込まれ、髪の毛一本残さずに蒸発する。『悪竜の鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』すら意味をなさないだろう。

そこまで直観して、ブラダマンテは、駆けた。

ジークフリートを死なせてはいけない。あのファヴニールを倒す上で、彼の存在は不可欠だ。だから、なんとしても、生き残らせないと。

考えろ、考えろ。この状況を、ファヴニールの決死の攻撃を上回る手をなんとしても打たないと。さもないと、この戦いは負ける。

でも、どうやって?

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』。ダメだ、宝具の発動から召喚騎乗、真名解放までどれだけ最速で行っても3秒かかる。それでは、時間がかかりすぎる。

麗しきは美姫の指輪(アンジェリカ・カタイ)』。これしかない。この宝具の防御性能では防ぎきれない。もって多く見積もっても3秒、恐らく1秒程度で討ち破られ、その瞬間に自分は消滅する。だがそれだけ時間を稼げれば、なんとかジークフリートは退避できる。なんとかジークフリートを生存させられる。

ブラダマンテは、迷わなかった。彼女の脳裏には、あの王妃の姿があった。

彼女を死なせたことは、ブラダマンテにとって、あまりに情けないことだった。騎士ではない、まして武勇に恃むことすら無かった人の命を対価に生き残ったこと事実に、彼女は筆舌に尽くしがたい疚しさを感じていた。騎士の本懐に悖る屈辱であり、取り返しのつかない出来事だった。

だから、せめて、彼女の信念は守らなければ。彼女が身命を賭して守り抜いたジークフリートを、何が何でも生き残らせなければならなかった。

地面を蹴り上げ、刹那の合間にジークフリートの前に割り込む。槍を構える。

ゆらと、陽炎が渦を巻く。紅蓮の咆哮が轟くまで残り秒未満、火竜の劫火が再び爆発する。

それより、早く。

「『麗しきは(アンジェリカ)』―――」

―――ぽん。

そんな、軽い衝撃だった。

「それもいいけど、ここはボクがやった方が良いかな!」

聞きなれた声が、耳朶を打った。

「―――『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』!」




ゲーム上では割とあっさりと倒せてしまうファヴニールですが、やはり幻想種。ましてやドラゴンですから、強くあれかしということで、まだまだ頑張ってもらいます。
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