fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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幻想大剣・天魔失墜

―――竜、という生物にとり。

人間とは、ひ弱な生き物だった。肉体的に脆弱で、力能的に不完全で、魔術的に低級な存在者である。幻想種の頂点に君臨する竜種にとっては、取るに足らないものだった。

悪竜ファヴニールにとっても、その基本的なスタンスは変わらなかった。人間とは、眼中にないものである。

いや。だった、というべきだ。人間より生まれ、人間に斃された悪竜現象(ファヴニール)は、その認識を変えていた。人間の底意地とは恐るべきものであり、油断ならないものである、と認識しなおしていた。

故にこそ、彼は、今回、なんらの油断も無く人間と対峙した。町を焼く時も、竜殺しの騎兵を噛み砕いた時も、フランス軍を滅ぼした時も、一切の予断なく殺戮を行使した。

だからこそ、彼はあの攻撃にも対処してみせた。

隙を突かれる形で放たれた”竜殺し”の大剣を2発目のブレスで相殺した。さらに己の生命力すらをも削り取り、3発目の劫火を振りまいた。間違いなく3発目で、あの女騎士ごと竜殺しを抹殺したという確信があった。

だが、悪竜はその確信があったとしても、やはり油断はしなかった。万が一に備えて距離を取り、コンディションを整えるべきだ。3発にも及ぶ全力でのブレスは、如何な太古の竜とは言え消耗が激しすぎる。ここで何者かに襲われれば、一溜りもない―――冷静に状況を判断し、竜は、翼を広げた。

後脚で大地を蹴り上げる。その勢いで跳躍し、あとは主翼で風を捕まえて揚力を発生させて、一気に後退をかける。巨体にも関わらず、軽やかに空へと飛び上がった。

飛び上がる、はずだった。

ぎょっと、悪竜は瞠目した。宙に跳んだのも束の間、ぐらりと視界が揺らぐなり、真っ逆さまに地面へと巨体が墜落した。

地鳴りにも似た振動を響かせ、20mを超す巨体が地面に激突する。ただ墜落しただけだというのに地面を抉り、土煙が空高く巻き上がった。

何が起きたのか、彼はすぐに理解した。

左の翼に何かが巻き付いていた。

鎖にも似た、何か。長い鎖が翼を縛り上げ、ぴくりとも動かせなかった。墜落した原因は、この鎖だった。

否―――それだけではない。もう片方の翼、無傷なはずの翼でなんとか飛び立とうとした悪竜は、その翼が()()ことに今更に気づいた。

そう、()()()()のである。巨体を浮かすだけの揚力を発生させるその翼が、根本からすっかり消滅していた。まるで消しゴムで鉛筆の文字を消したかのように。

その起源を北の大地に持つファヴニールにとり、その宝具は知る由の無いものだった。

―――神をも捉えんとした巨人、その巨人をも拘束した網の具現。セイバークラスのアストルフォが有する宝具、『僥倖の鉤引綱(ヴルカーノ・カリゴランテ)』。

―――突いた敵を悉く転ばせるブラダマンテの魔槍、ライダークラスの彼女が有する宝具『触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)』。

同時に放たれた2発の宝具、その一つは巨竜の翼を拘束し、その一つは翼をその根元から霊体化させていた。

不味い。明らかに、不味い。ファヴニールは、状況を正しく理解していた。身動きの取れない現状は、間違いなく、隙だらけだった。この状況を、あの男が見逃すはずはない。

「エーテル体たる我が身を糧に! 魔剣、完了」

あるいはその心象を裏付けるように、あるいは死の宣告のように。

「此れなるは、竜殺しの魔剣!」

声は直上。空を仰いだファヴニールの目に、影が飛び込む。

幻獣の背から舞い降りる剣士。無骨なまでの肢体から延びる大剣が、ファヴニールに不定の情動を惹起させた。

あれこそは死、あれこそは終焉。かつて悪竜を殺し、そして今悪竜を殺さんとする最強の魔剣が、そこに在った。

「『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』ッ!」

 

 

 

 

それこそは、ジークフリートが取り得る唯一の策だった。

第五真説要素(真エーテル)が無く、また生前のように竜の心臓の無いジークフリートでは、

真名の解放は一度が限度だった。

不可能なはずの二発目。それを可能にするものこそ、決死の覚悟―――サーヴァント体である自らの身体を構成する第五真説要素(真エーテル)を解放し、それを燃料にすることだった。

真名は、解放した。本来大軍を薙ぎ払うエネルギーを放出するはずの大剣は、未だ黄昏の閃光を解き放っていなかった。

右腕が折れた。膨大なエネルギーを放出することなく封じ込める運用―――本来とは異なる使用による反動が、霊核を軋ませた。

だが、知ったことか、と思った。死ななければいい、あの悪竜の首を落とすまで死ななければ、それでいい。その瞬間まで腕さえ残っていれば、そしてその後は跡形も無く消し飛んだとしても、全ては些末事だ。専心は唯悪竜の絶殺のみ、その他すべてはどうでもいいことだ。

悪竜が身を捩る。さっきの反撃のように自身の可動域、その限界を超えて首を擡げた巨竜の顎が大きく開く。伽藍洞のような黒い口腔の奥で、ぬらりと炎が顔を覗かせた。

連続、4発目のブレスがくる。3発目すら恐らくギリギリだったのだろう、明らかにそれまでとは火力が落ちていた。だというのに放たれるこの4発目は、恐らくきっと、文字通り全身全霊をかけた火焔に違いない。仮に威力が減退していたとしても、『悪竜現象(ファヴニール)』で防ぎきれるものではない―――。

―――逡巡は、無かった。元よりこちらも決死、今更策は変わらない。いや―――ジークフリートは、恐らくこの攻撃すらをも、()()()()()()

悪竜現象(ファヴニール)とは即ち、大欲の具現。なれば生きたいと言う欲求は並みの生命のそれを遥かに超え、己の限界すらをも引き出すのだろう。その力への意思こそ悪竜現象(ファヴニール)の本質であり、そしてそれと対峙したジークフリートが良く知るものだった。

だからこそ、自分のこの選択は間違っていない。この絶技は間違っていない。大神の剣より再構築されたこの魔剣、その根幹から流れ着いた剣技こそ、この状況の最善手だった。

火焔が迸る。さながら活火山の噴火のように、天へと紅蓮が屹立する。威力は確かに下がっているが、それでもサーヴァントを丸焦げのロースチキンにするには十分な火力だった。

まず、肺が燃えた。気管支は焼け焦げ肺胞が破裂し、小腸大腸十二指腸直腸肝臓膵臓腎臓脾臓が瞬時に燃え尽き両足が焼き切れ胸から下が崩壊し左腕が捥げ眼球が溶け脳髄が蒸発した。

だが、それでも、ジークフリートは右手を離さなかった。下半身は既に焼け落ち左腕も燃え尽き額から上が消えていたが、それでも、バルムンクを握る手を離さなかった。

―――いくつものサーヴァントが、身命を賭してこの瞬間を繋いできた。結局真名を知ることなく分かれることとなった仮面のアサシン、そして束の間共闘し、脱出までの時間稼ぎの為に消滅した麗しのアタランテ、マリー・アントワネット。バルムンクを造り上げたクロエ、解呪に尽力したジャンヌにサリエリ、立った今身を挺してこの隙を作り出したアストルフォ、そして幻獣によって上空にジークフリートを誘因したブラダマンテ。全員の尽力が無ければ、この瞬間にはたどり着けなかった。

ならば、次は自分の番。この一撃の為に、死力を尽くすのみ―――!

―――炎が、消える。数千度の炎に晒された時間は恐らく1秒未満だった。永遠にも思えた灼熱の1秒間を超えて、ジークフリートはその瞬間へと猪突した。

既に、両目は焦げ付いていた。だが、ジークフリートは迷わない。己の落下速度、ファヴニールの運動性能、その他もろもろの状況からして、この剣は間違いなく悪竜の喉に食らいつく。

だが、何より。竜殺し(ジークフリート)(ファヴニール)を殺し損ねることなど、万に一つもありはしなかった。

切っ先が竜の鎧を突き破る。戦車砲すら弾き返し得る竜の鎧をアルミのように刺し貫き、皮膚を抉り肉を斬り飛ばし骨身を破砕する。絶叫を引き裂いたファヴニールがのたうつのもかまわず、幻想の如き大剣は一刀のもとに竜の首すじを切り落とした。

殺した。目は見えなかったが、ジークフリートは確信した。この手は間違いなくファヴニールの首を、その命ごと切り落とした。悪竜現象(ファヴニール)は、ここに終わった。

反動で、右腕が捥げた。胴体だけになったジークフリートは、谷底へとゴムボールを投げるように、地面へと自由落下していく。

落下しながら、ジークフリートの残った身体は消滅を迎えた。黄昏にも似た黄金色の燐光が身体の輪郭に灯り、徐々に、ジークフリートという存在を溶かしていく。

最期に、男は、ふと思う。

悪竜現象(ファヴニール)とは、即ち、度を越した欲望が形を持って発現する自然現象だ。であれば、逆説的に、悪竜現象(ファヴニール)を引き起こした大欲が、このフランスに渦巻いているはずだった。それこそ、神をも殺すほどの欲望が―――。

僅かな、懸念。それでも、ジークフリートは小さく口角を上げた。

その1秒後。ジークフリートの最期の一片が、溶けた。

 

 

 

 

 

 

ジャンヌ・ダルクは、その時確かに、その感触を味わった。

何か、自分の心の内にあったものがごっそりと消えるような感覚。まるで半身を失ったかのような喪失感。その奇妙な感覚が何なのか、彼女は、忽ちに理解した。

それは、即ち―――。

「ファヴニールが斃れましたか?」

ぞわ、と声が耳朶を打った。

既に襤褸になったジャンヌは、平然と立ち尽くしていた。炎に焼かれ、随分と損傷が酷いが、特にそれを意には介していない様子だ。平然としたその顔つきは、端的に言って、異常だった。

「貴女は表情に出やすいですね。()()()()()()()()()()()だってもう少し抑えが効くものですよ。ねぇ、(ジャンヌ)?」

「何なんだお前は―――お前は何を知っている!?」

ジャンヌ・ダルクが子供の癇癪のように手を払う。それを合図に、床面を割って火焔の柱が立ち上る。その数4、さながら竜のように身を擡げた火柱が立て続けにジャンヌへと襲い掛かる。

壁とすら言い得る連撃を、ジャンヌは毛ほども恐れていなかった。身動ぎ一つ、寸で躱しては旗で撃ち払う。

「おおよその経緯は理解しました。そしてこの事件の裏に誰が居るのかも」

ジャンヌはそういうと、困ったように、肩を竦めて見せた。眉を寄せながら、それでいて慈悲深く口角を上げるその表情の名を、ジャンヌ・ダルクは、理解できなかった。

「知ったような口を―――!」

一歩、ジャンヌの懐へと踏み込む。心臓を抉るように突き出された旗の穂先を身一つで躱して見せるや、ジャンヌはむんずと旗を掴みかかる。勢いのままジャンヌが旗を膂力一杯に旗ごとジャンヌ・ダルクの体躯を引き摺り出した。

咄嗟、ジャンヌ・ダルクは何もできなかった。なされるがままにジャンヌの面前へと引き寄せられるや、直後、ジャンヌの頭突きが額に炸裂した。

「―――聞かせてもらいます! 第一、私は貴女なのだから言う権利があります! それに―――」

ジャンヌの手が、襟首をつかむ。掴んだまま容赦なくジャンヌ・ダルクの矮躯を引き寄せると、額のサークレット同士がぶつかり合い、甲高い悲鳴にも似た金属音が零れた。

「貴女は(ジャンヌ)を名乗っているのでしょう!? ならばいつまで、彼に異教徒の真似事をさせておくのです! 一体いつまで! 冒涜のための冒涜を許し続けるのです! 聖女として、(ジャンヌ)として! 恥ずかしくないのですか、貴女(ジャンヌ)!」

「無駄な口をこれ以上開くなァ!」

炎が、巻き上がった。ジャンヌ・ダルクの身体を薪に巻き上がった炎渦は瞬く間にジャンヌの身体すらをも巻き付ついていく。

だが、ジャンヌは手を離さなかった。擦り合わせた額すらをも動かさず、頑健な水晶(クリスタル)のような眼光が、ジャンヌ・ダルクを射抜いた。

たまらず、ジャンヌ・ダルクは手を振りほどいた。どれだけ執念があろうとも、鬼気迫ろうとも、基本スペックはジャンヌ・ダルクの方が数段上だった。

そう、基本スペックは黒衣のジャンヌ・ダルクの方が遥かに上なのだ。本来あのジャンヌなどは残り滓でしかなく、そこいらの虫けらなのだ。

なのに何故、押されている。何故、後退している―――!?

魔術回路を励起させる。ジャンヌ・ダルクが本来持ち得るはずがなかった憤怒、その終末の炎を象る憤怒が無数の杭となってジャンヌへと襲い掛かる。

当然、ジャンヌはそれを宝具で防ぐものと思っていた。『我が神は此処に在りて(リュミノジテ・エテルネッル)』の防御力は、彼女の善く知るところだった。万全の状態であれば対城宝具すら防ぎ得る絶対的な防御、それを正面から打ち砕く。頭の中にあるジャンヌ・ダルクという英霊の基本スペックを鑑みれば、十分に、あのクソ忌々しい面をぶっ飛ばせる。

(ジャンヌ)の攻撃ならば、アイツ(ジャンヌ)の宝具を打ち破れる―――!

―――いや。

何故、(ジャンヌ)は、アイツ(ジャンヌ)の宝具のスペックをこんなにも詳細に理解しているのだ?

「―――ハっ!?」

「宝具解放―――『我が神は此処に在りて(リュミノジテ・エテルネッル)』!」

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