fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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年末に続き、年明けも私事のため、投稿が不定期になります。



黒荒ぶ暴風

恐らく、その瞬間をトウマが理解できたのは、その距離感にあった。

アロンダイトの刃が、クロの胴体を問答無用で叩き切るその瞬間だった。

クロの口元が、歪んだ。邪気すら感じさせる、悪魔めいた笑み。その意味を、トウマはよく理解していた。

あの表情には、スゴ味がある。あの悪魔めいた猟奇的な嫣然は、敵が罠にかかったという事実に対する喜悦であり―――そして、必ずあの敵をぶち殺すというスゴ味がある、残虐なまでの嫣然だった。

ここまで、()()()()に動いている。第一の切り札を封殺し、第二の切り札を抜かせる。苦く顔を顰めながらも、トウマは、懸命に事態が好推移している事実を飲み下した。

聖剣が、虚空を切り裂いた。少女の体躯を粗びき肉団子にするはずだった聖剣は、空しくも虚空だけを切断した。

ここからが本番。これからの一手こそ、逆転の為のカードだった。

―――やはり、トウマはその状況をよく理解できていた。戦況を俯瞰する状況だったからだろう。空気に溶けるように消えたクロは、今度はまるで霞が集まるようにランスロットの背後に現れ出た。

その手に握るのは、歪な短剣だった。とても殺傷能力があるようには見えない短剣。それこそはランスロット打倒のための切り札であり―――空間転移を利用した背後からの強襲こそが、切り札をぶち込むための一手だった。

狂戦士であるランスロットの最期は、魔力切れによる自滅だった。狂戦士、というクラス自体が魔力消費に激しい。さらには、ランスロットの切り札たる『無毀なる湖光(アロンダイト)』は、ただでさえ激しい魔力消費を跳ね上げる。一流の魔術師ですら瞬時に干からびるほどの魔力消費、即ち劣悪な燃費こそが、バーサーカークラスで召喚されたランスロットのほぼ唯一の弱点だった。

ならば、そこを突く。いわゆるマスターが何者なのかは不明だが、何者であったとしてもあの短剣の前ではすべてが無力。真名を解放し、マスターとの契約を解除してしまえば、それで終いだった。

後は、クロがあの短剣を無事に突き刺せば完了だ。それも、無事に終わるだろう。空間転移による背後からの強襲に反撃できるサーヴァントなど、そう数は居ない―――。

そう、数は居ない。確かに、反撃できるサーヴァントは数少ない。佐々木小次郎は迎撃してみせたが、あれはごく少数の例外に過ぎない。

ランスロットは、どちらに含まれるのだろう。ランスロットは、果たして通常の、対応できないサーヴァントに分類されるのだろうか。それはあまりに楽観的な予測ではないだろうか。むしろ今までの戦いぶりから察するに、アレは―――。

明確な予感。それは予感と言うよりも、むしろ確信に近い逡巡。彼女の名前を叫ぶよりはるかに早く、トウマは、その光景を見た。

人間の視界では到底捉えることなど不可能なその瞬間が、刻銘に網膜に焼き付く。

ランスロットの挙動は、人間と言う構造体の限界に達する稼働をした。背後からの攻撃に、僅かに首を振るだけで視界に捉える。攻撃の速度、距離、得物、攻撃部位、あらゆる情報をコンマ数秒未満の刹那に全て統覚。右腕を持ち上げて脇下にクロの手を誘い込み、無手の左手でか細い手首を鷲掴みにする。圧壊するほどに手首を掴むなり、振り向きざまに右手の大剣を薙ぎ払った。

ぷしゅ。あまりにあっけない水気のある音が、飛び散った。音に聞く名剣はエーテル体の肉体をまるで豚肉でも斬るみたいに切断し、噴き出した鮮血は噴水みたいに巻き上がった。

噴き出した血に塗れ、クロの身体が地面に転がる。所在なく顔を上げた彼女が見たのは、剣を振り抜く騎士甲冑の姿であり―――その体躯には、無数の双剣が剣山のように突き刺さっていた。

「湖の騎士ランスロット。貴方くらいのサーヴァントなら、背後からの奇襲程度には当然対応する。そうでしょう?」

すっくと立ちあがったクロは、あの獰猛に口角を上げると、嗤うように小首を傾げた。全身を貫かれたランスロットは身動ぎすらできずに、眼下の小さな悪魔を見下ろした。

「ならそれを利用して、周囲にばらまいた私の剣で次の一手を打つ。ま、反則だけど。戦略は王道を行くものだけど、戦術は狡猾に行くものでしょう?」

クロは、雑談でもするように言うと、短剣を構えた。歪な形の短剣、裏切りの魔女の幻想を象った短剣を掲げると、

「『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』!」

その胸へと、深く突き立てた。

衝撃は、一瞬だった。紙が裂けるような放電音が弾けるや、行き場を失った魔力が束の間周囲をのたうつ。痙攣しながら無音の絶叫を上げたランスロットは、そこで、虚脱するように立ち尽くした。

変化は、すぐさま生じた。金の鱗粉めいた光がランスロットの輪郭を溶かし始める。サーヴァントが自らのエーテル体を維持できなくなることで生じる、償還現象。霊核の破壊などでも生じる、サーヴァントとしての死の現象。さながらその光景は、菌糸に食まれる朽ちた古木を想起させた。

即ち、ランスロットというサーヴァントは、これで消滅する。それを裏付けるように、騎士の右手から聖剣が零れ落ちた。甲高い金属音を数度響かせて地面に転がったアロンダイトは灰が風に浚われるように消え去り、騎士甲冑の隙間から、毒々しいまでの黒煙が断末魔のように噴き出し始めた。

クロが、振り返る。無邪気に笑って見せる彼女の顔には、先刻の凄絶な表情は無い。それこそ、まるで習い事でいい成績を上げた子供が見せるような、そんな屈託のない顔だ。その顔こそが、目の前の現実を―――あのランスロットを降したという現実を、ありありと感じさせた。

だが、トウマは、安堵しかけて、身体を強張らせた。

何かが、おかしい―――奇妙な懸念が頭の片隅に占拠する。勝利は間違いないはずなのに、現前の光景が何か、違和感を訴えていた。

エーテル体を大源に溶かし、償還されゆくランスロット。突き刺さった幾対もの干将莫耶。身体から立ち上る黒い霧。既に亡い、聖剣(アロンダイト)―――。

「―――ダメだ! まだ倒してない!」

瞬間。

黒白の閃光が奔った。

 

 

 

 

双剣同士が衝突する。腕に残る斬撃の余韻は硬く、反発した衝撃がランスロットの躯体を打つ。はずみで、剣を引き抜いた傷口から汚水のように血が噴き出し、甲冑の隙間から落涙のように血が滴った。

絶好の機会にも関わらず、赤いアーチャーを仕留め損ねた。間違いなく油断を突いた攻撃だったというのに、少女は咄嗟に双剣を作り出し、ランスロットの攻撃を防いで見せた。あのマスターの声で気づいたのだろう、あと一歩だったというのに、隙の無いことだ―――

微かな敵への賞賛。かつて誉れ高い騎士であった男の知悉も、しかし一瞬だけのものだった。猛り狂う焦燥が理性など等にかき消し、全身を剣が抉る激痛の中、ランスロットは数秒だけ引き延ばした寿命を我武者羅に戦うことしかできなかった。

魔力消費の激しい『無毀なる湖光(アロンダイト)』を持ち続ければ、一瞬で魔力がそこをつく。なら使用放棄することで、僅かだが延命できる。それがどれだけの時間かはわからない。5秒も無いことはわかる。もしかしたら1秒程度かもしれない。でもそれでいい。能う限りにおいて、最後まで戦い続ける。それこそが、狂戦士(バーサーカー)として召喚された騎士の、あの騎士王にどこか似た黒い聖女に対する最後の忠義だった。

―――清廉であり、そして裏切りの騎士でもあったランスロットにとって、この召喚が何を意味していたのかは、余人をして推し量りえないものだった。同じく召喚されたサーヴァントには、恥じて自死したものも居たし、無理やり強化を付与された者も居た。中には逃亡した者も居たが―――ランスロットはそのどの選択もせず、黒衣のジャンヌ・ダルクに従い続けた。

狂戦士故の倫理観の破綻があったのかもしれない、あるいは壊れたのかもしれない。あるいは、自己高度に所有された独特な格率だったかもしれなかったが、やはり既に、それを理解する術は無い。ただ余人に理解できる事柄があるとすれば、主従の契約を破棄されたにも関わらず、狂戦士はただ忠義のような奇妙な情動のためだけに、黒衣の聖女の為に死体を懸命に動かしているという現実だけだった。

あと何秒、あと何秒。切迫する死の最中、ただ剣を打つ。ひたすらに、剣を打つ。打つたびに傷口が広がり、胴体は千切れる寸前になって、首もそろそろ落ちそうになっていたが、特に気にしなかった。どちらにせよあと一瞬で死ぬのであれば、どれだけ致命傷だったとしても、掠り傷と大差なかった。

双剣が唸る。防御の為に繰り出された双剣を捻じ伏せる。反動で左腕が取れた。だがどうでもいい。踏鞴を踏むように後退するアーチャーを、猟犬さながらに追いすがる。足が捥げるのもかまわずに猪突して、黒い狂戦士は絶叫とともに襤褸になった莫耶を、少女の脳天へと撃ち落とした。

剣を作る魔術より早く。赤い弓兵を凌駕するためだけに放たれた剣の刀身に、少女のかんばせが映った。あの、小悪魔じみた嫣然が、罅割れた剣に浮かんでいた。

少女が右足を踏み込む。踏み鳴らすようなそれは、力士の四股を踏む動作にも見えただろう。力強くそれでいて可憐ですらある踏み込みの衝撃で、足元の瓦礫が吹き飛ぶ。舞い散る瓦礫の中、紅の光軸が苛辣に迸る。

赤い、薔薇のような槍だった。宝具の発動は感じない。偶然足元に落ちていた宝具を拾い上げたのか? いや、そうではない。必勝を確信したさっきの顔は、間違いなく、その宝具こそが必殺の一撃であることを示していた。

魔槍の刃が鋭利に閃く。回避は不能、せめて即死は免れようと、白刃を槍の穂先へと叩き付け―――。

あ、と思った。

干将が作り上げた夫婦剣、その片割れたる莫耶。己の手に馴染んでしまっていた剣が、その槍の刃に触れた瞬間。

ランスロットのものでは、最早なくなっていた。あっさりと紅蓮の槍は刃を切り裂き、そのまま胴体を抉り抜いた。

視界が、地面に落ちる。胴体を貫いたその槍が、致命傷だった。足には力が入らず。手は指一本すら動かせなくなっていた。

「最後の切り札を切るまでとは思わなかったわ。トーマの言う通りにゲイ・ジャルグを置いておかなかったら、負けてた」

少女の声が、耳朶を打つ。そういえば、さっきの槍は、最初の宝具の斉射の時にあった―――気がしたが、よく思い出せなかった。

「円卓最強の騎士、っていうのはホント伊達じゃないわね。今のだって、本当は心臓狙いだったのにギリギリ躱すし。殺すなら、念入りにひり潰さなきゃね?」

少女の気配が遠ざかる。何かが来る、とわかったが、もうランスロットにはどうしようもなかった。

「バイバーイ、間男(チート野郎)

瞬間、周囲が爆発した。散らばっていた宝具が一斉に起爆したのだ。

焼け焦げる体躯、崩れる床。下層へと墜落した騎士が最後に見たのは、落下する宝具の群れと、侮蔑と尊敬が入り混じる素直な少女の表情だった。

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