fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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赤套の小悪魔

 

中央隔壁 閉鎖します。

館内洗浄開始まで あと 180秒です。

 

コフィン内マスターのバイタルデータ 基準値に到達せず。

 

レイシフト 定員に 達していません。

当該マスターを検索中

 

……2名発見

適応番号48号 藤丸立華 を マスターとして 再設定 します。

 

適応番号……未登録

マスター適性を確認

適性を認む マスターとして 再設定 します。

 

聖晶石残数検索

規定数を確認 サーヴァントを 召喚します。

 

アーチャーの召喚を 確認。

 

アンサモンプログラム スタート。

霊子変換を開始 します。

 

レイシフト開始まで あと

 

 

 

 

全工程 完了

ファーストオーダー 実証を 開始 します。

 

 

「あ、起きました」

ふと、目を覚ました藤丸が見たのは、自分を覗き込む女の子の顔2つだった。

赤胴色の髪の女の子に、前髪が長い銀髪の女の子。赤胴色の髪の女の子は、しゃがんだ格好で藤丸の顔を覗き込んでいた。前髪の長い女の子は、なんとなく怪訝な顔をしていた。

「痛いとこ無い?」

「え、まぁ…うん、特には」

当たり障りなく返答すると、藤丸は、のそりと上体を起こした。特別、痛みは感じない。酷く億劫な感じはするが、体調不良というわけでもない。

体調は左程悪くない。悪くは無いが、しかし、ここは一体何だろう――――周囲を見回した藤丸は、何の感情を湧き立たせる余裕も無く、思案した。

空には、分厚い黒雲が垂れこめている。果たして夜なのか昼なのかすらわからないほどだが、しかし周囲は妙に明るい。瓦礫の山から吹き出た炎が、赤々と燃えているせいだった。

「この人も、一緒にレイシフトしたのかな」

「どうでしょうか。あの時、管制室に誰か居た記憶は」

互いに眉を寄せて話をする二人。レイシフト、という言葉の意味もわからずにただ二人を見上げるばかりだった藤丸は、改めて、前髪の長い女の子の格好を、注視した。

……なんというか、スゴイ格好をしているなぁと思った。近未来的なような、中世的なような、不思議な意匠の鎧。左手に持った十字の盾は、彼女の身の丈を優に超える巨大さだ。

黒々とした空。燃える市街地、巨大な盾を持ったなんかスゴイ格好の少女。それらを総合してわかることと言えば――――。

――――まるで意味が解らないぞ?

とりあえず、藤丸は立つことにした。人を目の前にして、いつまでも寝転がっているのはなんとなく憚られたし、自分は負傷などしていないことの証明にもなるだろう。

「大丈夫? えーっと……」

立華(タチバナ)立華藤丸(タチバナトウマ)。うん、特に悪いところは無い、かな」

案の定、すっくと立ち上がって見せた藤丸は、ぐるぐると右肩をまわして見せる。改めて思うが、体調は悪くないなと思う。周囲のおどろおどろしい風景には、何か暗がり以上に気圧されるものがあるけれども―――。

「タチバナ……日本人、なのかな」

「一応?」

「フユキの人?」

「フユキ……?」

赤胴色の髪の少女は、そんな単語を、ごくさらりと口にした。

フユキ。日本人? という質問の文脈からするなら、日本のどこかの地名を指した単語、だろう。となるとフユキは冬木、といったところだろうか。そして、この燃え盛る都市の名前が、冬木、という名前の街、ということなのだろう。

「いや、違うんだけど……」

「そうかー。あ、そう言えば私は立華(リツカ)藤丸立華(フジマルリツカ)

「……マシュ・キリエライトです。先輩……いえ、マスターのサーヴァントです」

マシュ、と名乗った厳めしい少女は、どこか示威的に言った。特に、サーヴァント、という言葉は念押すような、脅すような色があった。

「それと、フォウくん」

ふぉう、と可愛らしい鳴き声が耳を衝いた。と、どこからともなくマシュの肩から、小動物らしき生き物が顔を出した。

犬のような、栗鼠のような。ヘンテコな生き物は、もう一度鳴くと、不思議そうに藤丸を眺めた。

リツカ、と名乗った女の子は、人の好さそうな笑みを浮かべている。たった数語だけの言葉を交わしたというのに、既に打ち解けた感がある。コミュ力が強い。

他方。

マシュは、相変わらず怪訝な顔をしていた。リツカと異なり、明らかにトウマのことを不審がっている様子だった。そんな取り付く島の無い視線は、のほほんと高校生活を過ごしてきた彼には馴染みのない視線であり、若干のショックを受けた。だが、それ以上に、彼女が言った言葉が、頭蓋の裏にびちゃりとこびりついた。

「サーヴァント、って」

「あー、えっと」リツカは若干困惑気に眉を顰めると、マシュを振り仰いだ。「なんて説明すればいいかな」

不明瞭な言葉の意味を尋ねた。

リツカとマシュからすれば、トウマの言動はそのように理解されただろう。が、その実、彼の疑念は全く別種のものだった。

―――燃える都市。

―――冬木。

―――サーヴァント。断片的な情報が、不意に固まった。

「えーっと、昔の凄い人を呼び出して」

「マスター」

「もー、マシュも説明してよぉ」

「マスター、殺されますよ」

朗らかに笑っていたリツカが、息を飲む。

マシュの視線は、既にトウマに無い。彼女の目が鋭く捉えるもの、それは。

「ガイコツ……?」

果たして、その呟きは誰のものだったか。

長く伸びる道路の先に、剣を携えた人骨が、ゆらゆらと蠢いていた。

「そこで停止してください。その標識より前に出た場合、敵対行為と見做します」

マシュが鋭く声を放つ。先ほどまでのおとなしい少女、という感は、既にない。サーヴァント、という言葉と彼女の声の圧が重なり、知らず、トウマは一歩後ずさった。

だが、蠢く人骨は、さして意に介していないようだった。からからと骨同士が擦りあうような耳障りな叫喚を響かせるや、それまで緩慢な動作だった骸骨が、不意に加速した。

「―――言語による意思疎通は不可能、敵性生物と断定。攻撃行動に移ります!」

ぐい、とマシュが沈み込む。膝を曲げて膂力を貯め、次の瞬間には、弾丸のように骸骨の群れへと猪突した。

攻性接敵(エンゲージ・オフェンシブ)!」

巨大な盾を振りぬく。骸骨が持ち上げた剣を振り下ろすより早く薙ぎ払われた盾は、軽々と骸骨1体を破砕し、その余波だけで周囲を吹き飛ばしていった。

次いで、襲い掛かった骸骨の槍の一撃を盾で弾く。敵がよろめくと見るや、突き立てた盾を支えに飛び上がり、左足でもって骸骨の上半身を蹴り飛ばした。

「すげぇ」

思わず、トウマは声を漏らした。

その敏捷、その腕力、明らかに人間のそれではなかった。軽々と巨大な盾を振るい、群がる骸骨を木の葉のように蹴散らしている。骸骨の正体がなんであれ、マシュの敵ではないことは明らかだった。

だが。

「敵が多い」

ぼそり、と声が耳朶を打った。

一瞬、トウマは誰の声かわからなかった。一拍して、それがリツカの声だと理解した。

イメージが、違った。なんとなく朗らかで人が好い、というイメージとは明らかに違う、冷ややかで頴悟な声音。

「マシュ、一旦撤退しよう!」

「えっでも」

応じたマシュは、明らかな困惑を滲ませていた。それは撤退の命令というよりは、リツカがそんなことを言うことへの、驚きのようにも見えた。

「状況も不明確なまま消耗するのは賢くない。遅滞戦闘をしながら陽動、折を見て撤退して! 合流地点はこっちで指示(マーク)するから!」

「わ、わかりました! マシュ・キリエライト、マスターの指示に従います!」

気圧されるように応えるや、マシュは斬りかかってきた骸骨めがけ、盾を叩きつけた。衝撃は軽々と足元のコンクリートを貫くと、土煙を巻き上げる。土砂を煙幕替わりに展開すると、マシュは素早くその場を離脱した。

「トウマくん、こっち!」

リツカが駆けだす。慌てて返答したトウマは走り出したリツカの背を――――。

「フォウくん!」

足元の青白い動物を、抱きかかえる。吃驚したようにもがき始めたフォウをしっかりと抱えたトウマは、先を行くリツカを追いかけた。

 

 

「次の曲がり角、左曲がるよ!」

リツカの声が、鋭く鼓膜に刺さる。猛然と先を走る彼女に、トウマはあまりの苦しさに応えるどころではなかった。

走り始めて、既に20分。ジョギング程度ならともかく、全力疾走を継続して20分続けるのは、帰宅部だったトウマにはあまりに過酷だった。心臓は今にも破裂しそうで、肺には孔が空きそうだった。苦しい、という思考だけが脳みそを埋め尽くし、頭が割れてしまいそうだった。息を吸い込もうと開きっぱなしの口からは、唾液が漏れた。

今すぐにでも道路に寝転がって、目いっぱい酸素を取り入れたかった。それでも彼がそうしなかったのは、目の前を走るリツカの背があったからだった。

信じられなかった。自分はこんなに辛いのに、彼女はものともしないで走り続けている。

なんでか、その背にはついていかなきゃと思わせる何かがあった。鼓舞されるような、真に迫るような、何か―――凄味があった。

さらに5分。坂道を駆け上がる途中、不意に視界がぐらついた。走らなきゃ、という強迫観念すら既に意味はなく、強張った身体はそのままコンクリートで舗装された地面に激突した。

ざくり、と鋭利な衝撃が右半身を裂いた。

受け身を取る余裕はあったのだろうが、彼にそんなことをする技倆は無い。できたことと言えば、咄嗟に抱きかかえていた小動物を放り投げることくらいだった。

「フォウ、フォーウ!」

「トウマくん!」

身体が燃えるようだ。肺が裂けそうだ。全身から冷えた汗が噴き出している。酸素が足りないせいか、頭が痛い。目を開けることすら億劫だった。

リツカが背を摩っている。大丈夫、とやせ我慢をする余裕すら無い―――。

彼女の手が肩と膝裏に回った。と思った次の瞬間、トウマの身体は、軽々と宙に浮いた。

「ごめん、ちょっと我慢してね。フォウくん、ちゃんとついてきてね」

苦もなくトウマを抱きかかえると、彼女は道沿いの民家の門を潜った。

家の作りは結構古く、トウマの祖父母の家のようだ。リツカは躊躇なくガラス戸の玄関を蹴破って入ると、そのまま敷居を跨いだ。

入るとすぐ右手、開けっ放しの襖を潜ると、リツカは立ち止まった。トウマをそっと床に下ろすと、「ちょっと、休もう」と小声で言った。

まだ、息が荒い。努力呼吸をしないと厳しい。だが、大分マシになったな、と思う。額から滴る汗を学生服の袖口で拭って、トウマは周囲を見回した。

薄暗がりでよくわからないが、床は畳張り、だろうか。中央のテーブルは、5人並んで食事できるほどには大きい。いわゆる、居間(リビング)だ。

しゃがんだリツカは、心配するようにトウマの顔を覗き込んでいた。いや、心配という表情ではなかった。心配という表情の中に、微かに、抑えきれない困惑が滲んでいた。

「いや速いね、リツカさん」肩で息をしながら、トウマは引き攣るように苦笑いした。身体は落ち着き始めたが、左腕が、酷くズキズキした。「俺、全然駄目で。中学生の頃は卓球やってたんだけど、高校になってからはやめちゃって」

「ごめん、なんか」

言って、リツカは顔を逸らした。言うべき言葉もわからずに押し黙った彼女は、膝を伸ばした。

「マシュ、もうちょっとでこっちに着くって言ってた。武器になるの探してくるね」

言うや否や、彼女は襖を開けて居間から出ていった。有無を言わさぬ雰囲気だった。

「俺、なんか、気に障ること言ったかな」

「フォウ、フォウフォウ」

傍にちょこなんと座るフォウの頭を撫でる。すっかり慣れたのか、特に厭がる様子もなく、猫みたいな動物は撫でられるがままにされていた。

束の間の、静寂。深く息を吐いたトウマは、瞑目した。

思い出せ。何故こんなことになったのか、思い出せ。

燃える都市。冬木。マスター。サーヴァント。そして、この居間。断片的な情報を繋ぎ合わせたトウマは、身震いした。

「Fateかよ……何、異世界転生って奴?」

自分がよく知るゲームの世界に、どうやら、自分は居る、らしい。そう、結論付けた。

馬鹿げた考えだ、と思った。時々見る夢に違いない、と思った。アニメやゲームの世界の夢を見ることは、珍しいことではない。なら、この光景も、所詮は夢に過ぎない。そう結論付けるほうが、理に適っているだろう。

だが、と思う。自分の光景を夢であると対自化して理解できる夢なんて、あるのだろうか。何より、この理不尽な状況に投げ込まれた時特有の、現実が壊乱する非現実感は、何よりも目の前の出来事が現実であることを証明してはいないか?

わけがわからない、という言葉が鎌首を擡げてくる。なんで、自分がこんな目にあっているんだっけ、と思う。だが、考えても詮の無いこと、と今は置いておかなければ―――。

であれば、時代はどっちだろう。冬木が舞台になった作品は、大別するなら2つ。

Stay nightか、Zeroか。街を覆う火を見れば、Zeroの終盤と理解するのが―――。

あれ、と思った。確かに、冬木は大火に襲われた。溢れ出した聖杯の泥が、街を焼き尽くしたのだ。

だが、それは大橋を挟んだ対岸―――新都のほうであって、深山町のほうでは、なかったような。

トウマは視線を彷徨わせた。居間なら、カレンダーがあって然るべきだろう。

目的のものは、すぐに見つかった。細長いカレンダー、その日付は、

2004年2月。

時間的には、まさしくstay nightの時期だ。

だが、どのルートにもこんな展開は無かった。であれば、この光景は、この世界は、自分の知っている何かとは致命的にズレを起こしている、ということだろうか。

――― 一瞬、思った。これが知っている世界なら、状況と展開を先読みすればなんとかなるだろうか、と。だが、知識を活用して有利になれるような都合の良い話では、ないらしい。ずきずきする左腕の痛みが、甘い考えから現実に引き戻すかのようだった。

いや、それだけじゃない。何か、体が、妙に熱い。全身の血管に溶けた鉛を流し込まれているような、そんな錯覚すら覚えるほどに、熱い。そのせいか、思考が鈍い。幻聴すら聞こえてくる、遠くで、カランカラン、と音がする。

不意に、襖が開いた。木と木が擦れ合う。滑らかな雑音。リツカが帰ってきたのか、それともすぐに戻ると言っていたマシュか。どちらにせよ安堵を感じながら顔を上げた。

そうして、ぞっとした。襖を開けたのは、そのどちらでもなかった。

骸骨、だった。だが、さっきまでマシュが戦っていたものとは、何か違った。

先ほど見たのは、あくまで人の骸骨といった風貌だった。だが、目の前で槍を構えていた骸骨は、人型をしていたが人間のそれではなかった。

「―――!?」

咄嗟に躱せたのは、単なる偶然だった。

ぎょっとして、腰を抜かした。ただそんな偶然だけで、投擲された短剣を躱した。

頭上の壁に突き刺さる、骨状の短剣。ぞっとしながらも、トウマは、その姿を克明に見た。

竜牙兵。Stay nightにて、キャスター(メディア)が使役していたものだ。それこそシナリオや映像作品では単なるやられ役に過ぎない雑魚『モブ』だが、それはあくまで、士郎(主人公)セイバー(ヒロイン)だから、軽々と倒していたにすぎない。所詮ただの高校生で、別に運動部でもなく、ほどほどにアニメやゲーム等を愉しみながら、あての無い日々を送っていた立華藤丸(タチバナトウマ)にとっては、脅威以外の何物でもなかった。

蛇に睨まれた蛙。そんな言葉が、脳裏を過る。疲労のせいもあった。だが何より、目と鼻の先に突き付けられた死という終わりはあまりに虚ろで、身体を強張らせるしか、なかった。

竜牙兵が踏み込む。握られた獲物は槍。遠い間合いから襲来する死に対し、トウマはほとんど何もできなかった。

だが、ついぞその穂先がトウマを貫くことはなかった。錆びた槍の先端が心臓に突き刺さるその数瞬前、テーブルに上がった竜牙兵が、粉々に砕けた。

「トウマくん、大丈夫!?」

トウマに駆け寄る赤銅色の髪の少女。リツカの右手には、使い古された木刀が握られていた。彼女は、ただの木刀の一振りで、さっきの竜牙兵を打ち砕いたのだ。

「見られてた。いや、読まれてた。鷹の目が指揮してる」

彼女が口走る。リツカの鼻頭に脂汗が浮かんでいる。顔色も、良くない。何より、あの困惑の表情が、べたりと張り付いている。

「トウマくん、中庭を出たら土蔵がある。マシュが来るまで私が囮になる、そこに逃げてて。フォウくん、着いててあげて」

「フォウフォウ、フォウ」

「そろそろだから大丈夫。なんとかする」

でも、と言おうとした。言おうとしたが、口が上手く動かせなかった。

リツカは、困ったように微笑した。そっと差し出された手が、トウマの頭を撫でた。

この女の子は、優しいんだなぁ、と思った。泣きたくなる程に優しくて、強いんだなぁと思った。でなければ、こんな辛そうに、笑わないよなぁ―――。

「早く!」

「わ、わかった!」

責め立てるような声に立ち上がる。左腕の痛みは相変わらず、熱に浮かされたようにぼーっとしてきている上に全身の倦怠感も酷い。それでも、トウマは走った。背後から骨が砕ける音がした、慌てて振り返りかけて―――。

「振り返るな! 足を止めるな!」

―――走った。居間を出て中庭へ、そうして土蔵へ。距離にして50m、馬鹿みたいに広い中庭を駆け抜けて、トウマは土蔵の扉に突っ込んだ。

扉は、存外に軽かった。体当たりの気勢のまま床に転がったトウマは、喘ぎながら、もうピクリとも動けなかった。

左腕が、痛い。酷く痛い。殴られた様にも、切り裂かれたようにも、痛い。恐る恐る左腕を見ると、手の甲が血まみれになっていた。

この家に入るときに、すっ転んだ時か。それとも、さっき竜牙兵の短剣を躱した時か? まるで拍動するような痛みは、それだけで、気絶してしまいそうだ―――。

何故、と思った。何故、こんなことになっているんだったか。どうしてこんなに苦しい目にあっているんだったか。答えの無い疑問だけが脳みその中を、延々と、ぐるぐると、巡っている―――。

―――ねぇ。

ずるずる、と引きずる音がした。全身に力を込めて寝返りを打ったトウマは、ただ、その光景を眺めた。眺めるほかなかった。

―――ねぇ、マスター。

槍を持った、竜牙兵。動くたびにカラカラと乾いた音が響く。まるで、嘲笑しているかのようだった。

遠くで、リツカの声が聞こえる。やられたわけではないらしい、と理解して、ちょっとだけ安堵した。

―――ねぇ、マスターは、どうしたい?

竜牙兵が、槍を掲げる。

氷の様な、切っ先だった。心臓を串刺しにせんと繰り出される、槍の一撃。今度は紛れなどなく、確実に、死ぬ。

―――死にたくない、と思った。

だって、おかしい。こんなわけもわからないまま消えるなんて、納得いかない。こんな風に、わけもわからないまま、殺されるなんて、死ぬなんて。何もわからないまま終わるなんて、絶対に、間違ってる―――!

「こんなところで、終われるか―――!」

瞬間。

紅蓮の疾風が吹き抜けた。

疾駆したはずの氷の一撃は、庇わんと振り下ろされた岩の一撃で、竜牙兵ごと叩き潰された。

しゃらん、という、華奢な音。

目前に聳える岩の如き斧剣に似つかわしくない、軽やかな音だった。

赤い外套の少女が、大剣の側に居た。雪の妖精のような少女。ルビーのような赤い目が、トウマを見つめた。

「貴方が、私のマスターよね」

弾むような声で、彼女は言った。健やかな浅黒い肌の少女は、雪のように可憐でありながら、溌溂とした健やかさを感じさせる。

風が、吹いた。闇を打ち払うような冷たい風に、白無垢の髪が靡いた。

「サーヴァント、アーチャー。貴方に呼ばれて来たわ。よろしくね、マスター」

「―――――ク、ロ?」

 

 

ここは、どこだろう。

それは、周囲の景色を、茫然と見回した。

憔悴した視線は、縋るようにあたり一面を探った。だが、目に映るのはただただ、焼き尽くされた都市のみ。焦げ落ちた街のみ。

何故、何故、何故。答えの無い自問だけが脳裏にこびりつく。

名前を呼んだ。何度か叫んで、それでも返ってくる答えは無かった。

途方に暮れたそれは、空を見上げた。

ぽっかりと浮かぶ黒い太陽。その遥か向こうで煌めく、光の帯。

原罪の咆哮。獣の吐息に、それは奇妙な戦きを覚えた。

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