fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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投稿ペースが遅れがちで申し訳ないです。
今後もまだまだ不定期にはなりますが、ご承知おきいただけますと幸いでございます。


嫌な女

肉薄する触手、触手、触手、触手。

視界に移るのは、全て蛸か烏賊の触手めいた触腕だった。両手に持つ双剣でひたすらに触手を屠るクロに届く気配こそ無いが、むしろ事態は逆であろう。触手の群れは最早壁とすら呼べるレベルであり……クロの火力では、その分厚い戦線を突破しきれないのだ。

いや、それどころか、クロの手では海魔の群れを持て余している。彼女の放つ斬撃をすり抜けた魔の手が、トウマの足元に這いずり寄る。

咄嗟、ジャンヌが聖カトリーヌの剣を抜く。鋭く迫る腕を大振りに、振り上げると、酷く不格好な仕草で振り下ろした。

びちゃ、と水っぽい音が破裂する。芋虫の体内に充満する青っぽい汁のような血をまき散らしながら、触手の先端は数秒のたうつと動きを止めた。

「大丈夫ですか、トーマ」

「あぁうん、大丈夫だけど」

呆然と応えながら、トウマは、目の前の光景に、ただ気圧されていた。

いや、目の前の光景に気圧されていたわけではない。ただ目の前の光景を表象する、己という存在の立場に慄いていた。

重大な局面に居る。しかも、責任者として。物事を判断し、それを決断する責任者として、居る。所詮、平凡な高校生でしかないトウマにとっては荷が勝ちすぎる重責に、16歳の少年は失神しかけていた。

きっと、勝ち筋はある。この海魔を打ち滅ぼし、勝利を決定的に方向付ける手があるはずだ。

そうだ、思い出せ。アニメでどうやってジル・ド・レェは負けた? 呼び出された化け物は、どうやって滅ぼされた?

漠然と立ちすくみながらの、想起。

原作では―――そう、単純な、大火力による掃討だった。『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』による大火力の投射。こと用兵において最も素直な戦術により、大海魔を消滅させた。

素直な戦術には変わりない。だがそれは、アーサー王(セイバー)が居たからこそできた戦術に他ならない。

《クロ、試しに聞きたい! エクスカリバーの投影って、できるかな!?》

一拍の、猶予。双剣を長剣に強化して周囲の腕を斬り飛ばしたクロが、鋭く視線を返した。

《残念だけど、無理。投影そのものは出来るけど、私が作る偽物の偽物(ハリボテ)だと真名解放まで行けない。それに、あの時はできたけど―――!》

それ以降の言葉は、無かった。斬り飛ばしたはずの無数の海魔の残骸がぐにゃりと首を擡げたかと思うと、それぞれが独立した個体となって一挙に押し寄せたのだ。

内心で、舌を打つ。

彼女のその特異な投影魔術(トレース)ならば、物そのものを創ることは可能だろう、と踏んではいた。そもそも、言ってみれば、彼女の誕生はエクスカリバーの投影とともにあったとすら言える。

だが、真名解放できないのでは無意味だ。いかなイリヤ(クロ)とて神造兵装の投影にはなんらかの制約が付きまとうと予想はしていたが―――。

いや。仮に、ため込んだ魔力を以てエクスカリバーを投影したあの時とて、火力は騎士王のそれに比べればはるかに劣る。それでは、この無限の軍勢を一挙に屠ることはできない。

《でも、令呪があれば!》

ざくり、と声が耳朶を打つ。

令呪。そうだ、マスターの役目はおよそ令呪に集約される。

冬木のそれと違い、カルデアの召喚システムのおいて、令呪はサーヴァントを縛る桎梏ではなく、純粋な魔力リソースとしての側面が強い。それこそ対城宝具に届き、5つの魔法にも及ぶ神秘を実現させる魔術の粋。

これならば、あるいは―――!

クロが、立ち止まる。双剣と地面に突き立てると、彼女は両の手を、まるで夢幻の剣を握るように突き出した。

一か八かの策。それしか突破口は無い、と彼女の背は語っている。ならば、賭けるしかない。騎士王の剣が、この怪物を一掃する可能性に賭けるしか、ない。

「―――まだ、終わらない! 俺たちはまだ、こんなところで終わるわけにはいかない!」

右手を掲げる。手の甲に朱く刻まれた呪刻が、燦然と煌めき始める。

「令呪を以て命ずる! 聖剣を以て、俺たちの敵を―――!」

熱く、焼けるような感覚。全身の疑似神経、魔術回路(サーキット)が悲鳴を上げる。到底扱いきれない魔力が全身を流れ、その濁流ごと精気(オド)まで押し流されるような錯覚。意識が浚われそうになりながら、続く言葉を口唇に形作らせ―――!

「―――いいえ、ダメですよトーマ。それでは、聖杯には―――ジルには、きっと届かないでしょう」

ひた、と冷たい否定の言葉が、耳朶に触れた。

重なる、彼女の右手。密着する、彼女の身体。はっとしたトウマは、足元に突き立てられた、質朴な聖剣を目にした。

「この戦い、“ジャンヌ・ダルク(わたしたち)”にお預けくださいませんか」

静かな、声だった。

そうして、トウマは、その可能性に思い至った。

ジャンヌ・ダルクの宝具は一つではない。もう一つ、彼女には宝具がある。

ごう、と風が巻き起こった。

起点は、剣。巻き起こったのは風ではなく、赫焉の劫火が柱となって立ち上る。

―――『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』。

それが、ジャンヌ・ダルクの宝具の銘だった。

守護の聖女が持つ攻撃宝具。彼女の結末が形となった、絶対破壊の剣。ジャンヌが倒すべき敵と定めた敵を確実に破壊しきる、という点においては、エクスカリバーすら上回る攻撃性能を持つ。

だが、その破壊の代償に、彼女は―――!

視界を、顔が過る。

笑顔とともに去っていった、マリーの顔。寡黙なまま、自らを解きほぐしたサリエリ。そして、ファヴニールとの戦いで消えていった、ジークフリート、アストルフォ、ブラダマンテ、サンソン。

「ダメだジャンヌ、それを使ったら―――!」

「知っているのですね、トーマ。この剣が、何を意味するのか」

耳元の声は、いたって平静だ。むしろ、何故か彼女の声は、どこか明るかった。

「でも、これは終わりではないのです。むしろこれは、誕生なのですよ、トーマ」

声色は変わらない。まるでさんざめく陽のような声。

「クロエ、後は任せます!」

「―――『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』」

瞠目は一瞬、苦み走った顔をしたクロは、掲げた手の先に4枚の巨大な花弁の盾を展開した。

それは壁。津波のように押し寄せる怪物を押しとどめるための防波堤。

だが、それも長くはもたない。個々の力こそ非力だが、無限にも見紛う海魔は、それこそ津波と同義だった。ただ数が多いというその点だけで、城壁にも達するアイアスの盾を軋ませていた。

「それでは、始めましょう」

穏やかな一声。

そうして、聖女は紅蓮の炎を言祝いだ。

「主よ。この身を委ねます―――」

 

 

 

 

「―――告げる(セット)

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

されど汝はその胸に炎を滾らせ侍るべし。

汝三大の言霊を纏う七天、

恩讐の彼方(かなた)より此方(こなた)へ、吠えたてよ、我が憤怒―――!

 

 

 

 

 

 

炎が、止む。

踊り狂うように逆巻いていた炎が、凪いでいく。周囲の大気を清めるように喰らい尽くした煉獄の火が終息していく。

いや―――集束、していく。少年の元に、炎が、集約していく。

晴れる視界。ちりちりと舞う火の粉を受けて、足元に突き立てられた聖剣の刀身が、厳かに瞬いている。

その剣を、誰かの手が、掴んだ。

「あーもう、ほんっとに」

その声は、間違いなくジャンヌの声だった。だが、声の調子は違う。癇癪のある子どもじみた調子を帯びた、その声は―――!

彼女の慈愛を象徴するが如き白亜の『紅蓮の聖女(つるぎ)』を引き抜く手は、黒い甲冑に覆われていた。

思わず、目を見張る。

芯の通った顔は変わらず。さりとて、それこそ温和な天使を思わせる顔はそこには無く、烈日の如き憤怒の形相は、まさに―――。

Meshante……va(嫌な女ね)!」

竜の如き、聖女の形相だった。




私が御形さんに声をかけたきっかけのお話でした。はやくもここまで来たんだなぁとしみじみ。
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