fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「このっ―――!」
最後の一枚に、亀裂が走る。
もう限界だ。これ以上の耐久はできない、アイアスの盾が崩れる。
だが、もう、次の手が無い。ランスロットとの戦いで、魔力の限界まで投影し尽した。そして最後、絞り出すようにアイアスを投影した。かろうじて現界は維持できるが、投影はてあと一本。しかも高ランクの宝具投影はもう不可能。
眼下に、視線を落とす。
強化した双剣。それが最後の得物。ジャンヌが何を仕掛けるか不明だが、目の前の海魔を全て薙ぎ払い、大物を始末するだけの火力を発揮できるとは考えにくい。ならばどちらかは自分がやらなければ―――!
思考は一瞬、判断は刹那。崩壊したアイアスの盾からなだれ込んできた海魔へと、床から引き抜いた双剣を叩きつけ―――。
「そこ、どきなさい」
炎の渦が、化け物を焼き殺した。
クロですら、その炎は瞠目に値するものだった
小聖杯として調律された彼女は、それこそ魔術師としては極めて高位に位置する。それこそ、彼女が相応の年月を修練に費やせば、
そのクロをして、目を見張るほどの高純度の神秘を纏った炎の渦。そここそ竜の吐息を想起させる奔騰だった。
がちゃ、と鎧が軋む音がした。
束ねてあったはずの髪は、炎が巻き起こす風で尾のように靡いている。鋭い目の睥睨は、さながら巨大な竜の一瞥だった。
「あ、アナタ―――!?」
「敵じゃないわよ。少なくとも、あの
がちゃん。
弾む、金属音。クロの隣に並んだ黒い聖女は、恨めし気に怪物の群れを侮蔑した。
「ねぇ、知っていて? 悪魔って、神サマの反逆者じゃないのよ」
「―――そうね。悪魔は人を試す神の御使いである―――でも、それが何?」
「つまるところ、アイツは私をそう理解したのよ。どうやって知ったのかは知らないけど、憎悪と憤怒がなんであるかを理解して、その上で私を
吐き捨てるように、彼女は言った。冷たい怒りを身体に湛えながら、彼女は、目の前の海魔の大軍を蔑視する。
「さぁ、早く魔力を回しなさいマスター! じゃないと、このタコ諸共アンタまで焼き尽くすわよ!」
「わ、わかった!」
藤丸は慌てて言うと、改めて、己の右手を掲げる様に差し出した。
「令呪を以て命ずる! アヴェンジャー、ジャンヌ・オルタ! 君の手で、ジルを―――止めるんだ!」
「D`acoor、アヴェンジャー、吶喊するわ!」
ぐい、とジャンヌ・オルタの背が沈む。ため込みは一瞬、炎の魔力放出によって跳躍した。
犇めくように殺到する怪物の群れ。だが、彼女は全く怯まない。それどころかロケットモーターを爆発させるように猪突を敢行する。
白銀の剣が振るわれる。無造作なだけの一振りにも関わらず、巻き上がった炎は対軍宝具の破壊力に比肩した。
竜を具象する炎の柱。周囲の冒涜的な生物は瞬きの間すら無く蒸発し、煉獄の炎は腐臭すらをもまとめて焼き払っていく。
―――だが、一匹。折り重なった同族の焼死体により、かろうじて即死を免れた軟体生物が緩慢な仕草で身を乗り出した。
幸い、というべきか。
生物が識別したのは、黒い聖女の後ろ姿だった。炎をまき散らしながら、分厚い生物の壁を焼き殺していく彼女には、前しか見えていない。背後で身じろぎする瀕死の敵など、一切意識の外だった。
聖女の背に、音も無く聖女ににじり寄る。あるいは、瀕死であったのが幸運だったか。千切れた身体では満足に動けず、それゆえに、その蛸のような生き物は、気配を感じさせずにジャンヌ・オルタの背へと近寄った。
触手が、彼女の背に狙いをつける。別側面であるジャンヌ・オルタは、ジャンヌ自身と異なり防御は不得手だった。宝具によって召喚された海魔の捕食器であれば、用意に彼女の肉体を貫通したであろう―――
ずぶ、びちゃり。
肉片が飛び散る。苦悶に痙攣すること1秒未満、息絶えた体躯が床に血飛沫をまき散らした。
「あら」
ジャンヌ・オルタの目が、少女の姿を捉える。
猛禽の翼の如き双剣で海魔を斬殺したクロは、挑む様にジャンヌを見返した。
「素人? 後ろにも目をつけなさいよね」
「しょうがないじゃない、アタシ、赤ちゃんみたいなもんなんだし。」
ずい、とクロが横に並ぶ。少女の姿を一瞥した。
「アイツがお節介なババアみたいに言ってたわ。アンタを頼りなさい、ってね」
「ふぅん?」
「それじゃあ大先輩さま? 敵陣を突破するわ、それしか武器が無いみたいだけど大丈夫?私の、貸してあげましょうか?」
「赤ん坊なだけあって、寝言もお得意のようね? これだけあれば十分よ」
双剣の内、黒い剣を掲げて見せる。ふん、と傲岸に鼻で笑ったのは、果たしてジャンヌであったか、それともクロであったか―――。
「ついてこれる?」
聖女の顔に、爬虫類じみた凄絶な笑みが浮かぶ。
「アナタの方こそ、ついてきなさいよね!」
少女は応えるように、猛禽じみた鋭い嫣然を返した。
※
ジル・ド・レェ。
どこぞの馬の骨とも知れぬジャンヌ・ダルクを監視する任にあたりながら、彼は次第に、ジャンヌという存在に心惹かれていく。それは恋愛などという感情とは異なる、もっと宗教的な情動であり、それ故に、青年は少女を聖者として信奉していった。
ジャンヌが死した時、男はその場に立ち会うことが出来なかった。聖女が焼死したという知らせを、男は後から知り―――ただ、悲嘆に暮れる他なかった。
数多のものを呪った。自分の愚鈍を呪い、民衆の日和見を呪い、聖職者の堕落を呪い、神の驕慢を呪い―――世界そのものを、呪った。
だが他方、男は、ジャンヌ本人が決して誰も恨まず、まして呪わず、灰になったとよく理解していた。ここで死ぬのは、神が定めた道程なのだと。世界が進むための運命なのだとそう理解し、きっと受け入れたのだろう。ジルは、ジャンヌがそうして自らの生を差し出したと、理解、していた。
だが―――いや、それ故にこそ。
男は、少女に、怒ってほしかったのだ。もっと物分かり悪く、怒ってほしかったのだ。異端審問の場で、聖者の論及に精緻な反論などするのではなく、ただこの世界の無常に、怒ってほしかったのだ。
だから、この聖杯に願ったのだ。
あの者から受け取った万能の願望機に、願ったのだ。
どうか。どうか、ジャンヌに、怒ってほしいのだ、と―――。
「―――『
紅蓮の聖女を手にした竜の魔女。とても安直ですが、今回の章のテーマ回収のお話でした。