fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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錬鉄の小悪魔第2章、はじまります


第2章 将師狂想歌劇セプテム~綺羅星の軍神皇帝~
ありきたりなアペルトゥーラ


肺が、苦しい。

切れ切れになる呼吸。燃えるように熱い胸郭。噴き出す汗と騒めくような夜風に身体を冷却させながらも、彼女は、小さな身体を必死に駆動させていた。

不自由な身体だった。本当ならば颯爽と草原を翔け抜ける身体を持っていたはずなのに、それは、今は、亡い。

思わず、少女は足を止めた。呼吸すら厳しくなった彼女の矮躯が、悲鳴を上げたのだ。煩わしさと焦燥に駆られながら、それでもなんともならない己の不できが、今だけは不快だった。

さわ、と風が駆け抜け、草原が秘密めいたささやき声を漏らす。冷厳な夜風が、彼女の肌を、それでも包んだ。

少女は、草原に倒れ込みながら、空を振り仰いだ。

あぁ、だけど―――。

雲一つない、星光の虚空(ソラ)。雫のような赫焉の綺羅星が、昏い穹窿(きゅうりゅう)に、名前のない座標(星座)を象っていた。

 

 

立華藤丸(たちばなとうま)、16歳。高校2年生になった少年は、時折自分の年齢に奇妙な違和感を覚えることがある。

16歳。その年齢は即ちアニメの主人公たちの、おおよその年齢である。

高校生になった少年の感慨は。とにかくその点にあった、と言っていい。だって、小学生や中学生の頃夢見るように凝視し続けたテレビ画面の向こうの主人公たちと、自分が同じ年齢とはどういうことか。彼ら彼女らはもっと大人びていなかったか。それに比べて自分はガキすぎでは? などと、思ったものである。

これは大部分のオタクが、その生涯を以て経験し続ける奇妙で薄っぺらな葛藤の、最初の一歩だったと言えよう。オタクたちはこうして、アニメのキャラクターたちに比べて現実の人間の方がよっぽど薄っぺらでリアリティが無く感動的な設定も無い、でもそれが人間と言う存在者なのであると理解していくものなのであった。

トウマはまずその一歩を踏み出して、そうして多分60歳くらいまではその葛藤―――と呼ぶにはあまりにくだらないが―――を抱えていくはずだった。

そう、あの日まで。

奇しくも16歳の少年が、唐突にも主人公として冒険譚に投げ込まれた、あの日まで。

 

 

なんて意味深長なプロローグで始まったけれども、トウマの朝は、酷く破廉恥な幕開けで始まった。

まず、彼は起きると同時に思ったことがある。即ち。

「二度寝していいかな」

という、愚鈍(勤勉)な社畜のような感慨である。

事情はある、と言えばあった。日中は身体機能向上の為のトレーニングを行い、夕方からは魔術の訓練を行う。第一特異点の修復を終え、余暇が過ぎてからは日々訓練の連続だ。レイシフトの前々日まで続いた特訓の疲労感は尋常ではなく。レイシフト前日の余暇はあまりの疲労で、ヒュプノスと18時間過ごしたのは仕方のないことであった。

 仕方のないことではあったが、それにしても、今日はレイシフトを行うまさに当日なのだ。人理を救うという大業を前にして、トウマの放った言葉はちょっとあんまりだった。

 それでも、トウマはまだ、色々な意味で常識人だった。二度寝の誘惑に駆られながらも、唸り声を一言。気合を入れるというより粘っこく纏わりつく眠気を渋々といったように振り払うような声とともに、なんとか目を開けた。

 「ん?」

 目を開けてから、トウマは目の前の光景を、ちょっとよく理解できなかった。

 白い、三角形があった。正確には逆三角形である。布で構成されるそれは、どうやら衣類の一種であるらしい。その衣類の目的は、聖域―――その、あの、アレを視覚的衛生的に保護するためのものでは、ないか?

 畢竟。

 その逆三角形の銘を―――。

 「お、おお、パ―――!?」

 「んぃー」

 がばがばと勢い余って起き出したトウマ少年16歳が目にしたのは、なんか布面積の少ない褐色の小悪魔だった。

 「おはよ~トーマ」

 なんて感じに、のほほんと丁寧にも朝の挨拶をして見せるちっこい女の子。眠たげに目元をごしごしと擦る少女―――クロエ・フォン・アインツベルンは、ふわぁ、と大きな口を開けてあくびをした。

 頭がとんらんしてる。いや混乱してる。表層の記憶からは現状を理解し得る要素は何もなく、ただ下着姿の少女がちょこなん、とベッドに女の子座りをしている様を、漠と眺めているほかなかった。

 「何驚いてるのよ?」

 「え、いやだっ……事案」

 クロはもう一度あくびをすると、何ってんだコイツみたいな目を返してきた。

 「昨日夜に魔術について教えてって言ったの、トーマじゃない」

 「そう、だっけ?」

 「そうよ。そしたら途中でトーマ寝落ちするし」

 クロは胡乱な目をした。言われて見れば、そんなことがあったなぁ、と記憶が脳みその奥底から湧き出してきた

 確かに、18時間の睡眠の後なんとなく目を覚ましたトウマは、魔術についてのちょっとした疑問の為、クロを部屋に呼んだ。そうして小一時間講義を受けたところまでは確かに覚えているから、多分その直後に意識を沈没させたのだろう。

 「や。でもそれ、俺の部屋で寝てる理由になるかな」

 「えー?」

 しゃなり、とクロは身動ぎした。真夏の冷蔵庫で冷たい雫を纏う濃い麦茶のような肌色は、健やかを通り越して艶やかですらある。

 「私がトーマと寝るのに理由って、必要?」

 ずい、と彼女が身体を寄せる。鼻先まで迫った彼女の整った……というか整いすぎた顔立ちに赤面したトウマは分かりやすく視線を泳がせた。 

 泳がせてから、結局トウマはクロの顔を控えめに見つめることにした。視線を逸らそうとして、若干サイズの大きなタンクトップのずれた肩紐と、見えそうになりかけている僅かな凸面にぶちあたってしまったからだった。色々と、正視していいものではない。ホントに。

 とは言え。

 面前で蠱惑的に歪む彼女の貌立ちも、正視するにはあまりに破戒的だった。ビスクドールのような造形的美質を持ちながら、鼻腔に微睡むほどに匂い起つ肉感的な美質をも孕み持つ彼女は、端的に―――善かった。

 って。

 「あ」

 「大体そんなこと言ってるけど、トーマだって寝てる間ずっと私のことぎゅーってしてたじゃない」

 「あ、あのクロさん?」

 「抱き癖? 甘えん坊なのね、ちょっと苦しかった―――って」

 ようやっとトウマの視線に気づいたクロは、ぽかんとしたまま、彼の視線を追った。

 向かう先は部屋の入口。あけ放たれた自動スライド型のドアには、人影2つが、どっちも酷く印象的な顔でこっちを見ていた。

 「あら~」何故か近所のお姉さんみたいな顔をする3歳年上の先輩。

 「な、なななな」何故か一音節をひたすら繰り返しながら、顔を真っ赤にする眼鏡っ子の後輩。

 「ちが、これはクロが勝手に入ってきて―――」

 「先輩、破廉恥です!」

 バチン!

 ―――なんでさ。

 

 

 「おーやっと到着かぁ―――ってどうしたんだい、それ?」

 管制室のコンソールから顔を上げたロマニの第一声は、それだった。

 「不手際のようなものです」

 「なんだい、それ」

 一層頭にクエスチョンマークを浮かべたロマニは、なんともなしに行儀よく並んだ4人を見比べた。

 ニコニコするリツカ。にやにやするクロ。顔を赤くしながら申し訳なさげに俯くマシュ。そうして、左の頬に綺麗な掌型の赤い痕をつけたトウマは、死んだ魚みたいな目をしていた。

 「怪我はないかい、レイシフト前だからちゃんと検査を」

 「大丈夫です、見た目ほど痛いですが痛いだけですので。あれです、ギャグ時空って奴です」

 不安げにトウマを見つめるロマニと、どこか悟りすら開いたかのような顔のトウマ。マシュは一層俯きを強くして、小さくなっていた。

 「まぁ、大丈夫ならいいか」

 「ざっくりしてるなぁ」

 「さて、今回みんなに集まって貰ったのは他でもなく―――」

 「普通に進めてくわね」

 聞こえているのか居ないのか、ロマニはツッコミも気にせず自分の話をすることにしていた。わざとらしく作った真顔からは、なんとなく状況を楽しんでいる感が滲んでいるように思えた。多分。

 「第二特異点へのレイシフトだ。オルレアンからまだ幾日も経っていない中でとても申し訳なく思うけど―――」

 ロマニはそういって、表情に苦渋を滲ませながら、4人を見た。そうして一層、彼はやるせないように眉を寄せた。

 だが、それも束の間の話だった。いつも通りの温和そうな表情に戻ると、ロマニは手元のコンソールを手短に操作した。

 管制室中央に鎮座する、赤熱の球体―――カルデアスが、ぐるりと回る。ゆっくりと回転し終えると、カルデアスの表情に、 光点(ブリップ)が浮かび上がった。

 それこそが、次の特異点の位置座標だ。場所は、第一特異点だったオルレアン―――フランスに、比較的近い。

 正確な場所は、フランスよりもずっと南で、やや東に位置する。長靴のような形をしたそれは、2016年現在、イタリアと呼称される国だった。

 「時代は西暦60年。第5代皇帝ネロ・クラウディウスが統治していたローマ帝国が、次の特異点の舞台だ」

 

 

 アンサモンプログラム スタート

 霊子変換を開始 します。

 指定座標を設定。

 人理定礎値:B+

 全工程  完了(クリア)

 グランドオーダー 実証 開始します

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