fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
マシュが泥人形の軍勢に突撃したのは、クロの砲撃より数瞬、速かった。
シールドを土台に、リニアカタパルトから発艦する戦闘機の如くに滑空したマシュはレッドアウトを引き起こしかねないマイナスGの暴風の中、倒すべき敵を見定めた。
「マシュ、放して大丈夫。存分にやっちゃって!」
「了解。マシュ・キリエライト、吶喊します!」
抱きかかえたリツカの体躯を、宙に放り出す。彼女ならきっと大丈夫、という確信すらをも置き去りに、マシュは敵陣へと激突した。
最初の標的は、先頭集団でもひときわ巨大なゴーレムだった。大きさにすれば3mはあっただろうか。巨漢の力士にも見えたゴーレムの頭部めがけ、マシュは乾坤一擲とばかりに大楯を投擲した。
魔力放出によるパワーダイブと重力落下。さらにはデミ・サーヴァントのマシュの膂力を運動エネルギーに転換した巨大な盾は、それだけで神の杖もかくやといった質量兵器と化していた。十字形の盾はゴーレムの肩口に突き刺さると、容易く堅牢な泥の体躯をかち割り、破砕し、真っ二つに両断した。
さらに、巨大な質量と超絶的な運動エネルギーによって齎された衝撃と言う名の破壊のエネルギーの乱舞は周囲のゴーレム6体を忽ちになぎ倒し、バラバラに粉砕した。
一瞬の、闃然。周囲の喧騒が死滅したかのような静寂に降り立ったマシュは、シールドを泥の骸から引き抜いた。
リツカの声が響いたのは、その直後だった。
「これより我が軍はローマ帝国に加勢する! この戦い、決して負けぬぞ!」
酷く演技がかった声だ。少なくとも、普段のリツカの声ではない。だが、少壮気鋭とばかりに戦場を勇躍したリツカの姿は、マシュの主観性を加味しても、威容を纏うものだった。
凪いだ黄昏の海のような静けさが、波打っていく。周囲の視線を一身に集めたリツカは、何故か仰々しく右手を天に掲げ、「ふんす!」とでも言いたげにドヤっていた。
その直後、だ。
遥か敵陣の後方。音速を超えて飛来した宝具が炸裂し、数多のゴーレムが塵のように宙を舞った。
それが、最後の契機。
人間の膂力では、到底扱いきれない巨大な盾を軽やかに扱う少女。ゴーレムをまとめて吹き飛ばす爆破。そうして、それらを指揮統率する人物。たじろぎを見せた泥人形たちも併せ、金と赤の装いをした軍勢が歓喜の叫喚を上げたのは、巧妙な舞台演出の為せる業だった。
「さぁ行くよマシュ! ヒーローはヒーローらしく、派手に戦おうじゃあないか!」
激発一擲。大地を砕く勢いで踏み込んだマシュは再度敵陣に猪突して、泥人形へと躍りかかった。
盾で圧し潰し、回し蹴りで打ち砕く。時にシールドごと突撃し、時に投擲した盾で両断する。骸となった泥人形から盾を引き抜くや、次の獲物とばかりにもう一体のゴーレムに飛び掛かりかけた。
だが、飛び掛からなかった。否。飛び掛かれなかった。あるいはそれは、彼女に憑依された英霊の闘争本能によるものだったか、あるいは背後から聞こえたリツカの声だったか。どちらにせよ両足に力を貯めた瞬間、マシュは己に突き刺さる敵意に蒼褪めた。
「マシュ、後ろ!」
咄嗟に盾を掲げて、その瞬間に何故か理解する。
あ、ダメだ、という感覚。いくら防御しようとも、その攻撃は己を打ち殺すという予感。仮に宝具を展開しようとも、食い破られるという鬼気。それほどまでに、その突撃はマシュにとって致命的だった。
だから、その唸るような奔騰が明後日に弾け飛んだ瞬間、マシュはへなへなと地面に崩れ落ちた。自分が生きている、という感覚を掴むまでにコンマセカンド。全身を悪寒に襲われながら、マシュは2つの影をただ見上げることしかできなかった。
1騎。それは、あまりにこの戦場に在って異様な存在だった。それもやはりゴーレムの一種なのだろう、泥の騎馬に跨った女武者が、雷光の如き鋭敏な眼差しを落としている。艶やかさを通り越し、おどろおどろしいまでの漆黒の長髪を靡かせた女武者。明確に発散された敵意は、他の誰でもないマシュを貫く。
その、敵意から守るように。もう一つの影が、女武者に相対する。
ローマ帝国を象徴する、赤と金の装いに身を包んだ剣士。少年的ですらある華奢な身体は矮躯としか言いようが無かったが、大地に根を張るが如くに屹立した姿は、女武者の敵意など物ともしない威勢を湛えていた。
「大事ないか、盾持つ乙女よ」
謡うような声だった。その声で、ようやっとその人物が女性であることに、マシュは気づいた。
「貴殿らの加勢、感謝するぞ。さしずめシバイの手筈と言ったところか? あやつめ、余の与り知らぬところで手を回すのが上手いからな」
「いえ、あの私は」
「善い、今は委細聞かぬ。まずは余の都を辱めんとする粗忽者を誅する時故な」
ちら、と赤い剣士が視線を寄越す。煌びやかな
人を惹きつける何かが、この少女にはある。立ち上がったマシュは彼女の隣に並ぶと、盾を構えた。
「うむ! 善い面構えだ、貴殿のような麗しの乙女は、余の好むところ。あやつめ、やはり善い仕事をする」
朗々とした、という形容がこれほどまでに似合う声音があっただろうか。まだ幼童の色が抜けないにも関わらず、のびやかに響く声音。凡百の人間よりも卓越した存在強度を感じさせる、豊かな声だった。
「存分に愛でねば礼を失するというものであろう?」
「え、ええ!?」
「だが、その前に、。アレを、退けんとな」
剣士が、己の装いと同じ色合いの剣を向ける。大樹から切り出したが如き歪な剣の切っ先が、ひたと女武者を捉える。
だが、彼女の睥睨は変わらない。巨大な鉞のように冷たい視線は、この場において盾持つマシュと剣を構えるネロを仔細漏らさず睨みつけている。背後にいるリツカには、一切目もくれず。
女武者が、僅かに身を乗り出す。
下馬しよう、という仕草。思わず全身に緊張を走らせたマシュが、剣士を守るように一歩踏み出した。
時だった。
「バーサーカー、ここまでだ!」
不意に、女武者の前にもう1騎が飛び込んだ。
勇壮な駿馬を駆る、少年だった。普段は温和そうな面持ちであろう表情に、峻烈を宿した赤い髪の少年は一瞬だけこちらに瞥を寄越したが、それだけだった。
「首都からの援軍も確認された。マテリアルの奪取は困難だ、先生の言う通り、撤退しよう」
「ええ、そうですねライダー。時間がかかりすぎてしまった。貴方とキャスターに 従いましょう」
バーサーカー、と呼ばれた女武者は、その呼び名に反して酷く理知的に声を返した。峻厳の面持ちは変わらず、にも拘らず穏やかさすら感じさせる声だった。
「尻尾を巻いて逃げるか? ふん、余の威光に仇名す叛徒どもには似合いよな?」
息するように、赤い剣士は罵倒を投げつける。ライダー、と呼ばれた赤い髪の少年は特に気分を害する様子も無く、ただ口角に笑みだけを湛えていた。
「流石に弁舌だけは立派だね、ローマの暴君。いつか君のことは征服したいと思うけど」
ライダーが手綱を引き絞る。威嚇の如きに青鹿毛の馬が嘶くと、軽やか無い身を翻した。
「それは、残念ながら今じゃあない。行くよ、ブケファラス!」
再度の嘶き一つ。猛然と駆けだしたライダーに続く様に、バーサーカーも泥の騎馬を鞭うった。
その背を追いかけようとしたマシュを止めた声は、2つだった。「いいよマシュ」と短く身近に言うリツカの声が一つ。もう一つは、マシュでは無く周囲の群衆へと向けられた朗々とした弁舌だった。
「逃げ惑う者など捨て置け! 勝利は既に我らに在り、今はその美酒を存分に呷ろう!」
鋭く、それでいて悠然とした声音は、あの赤い剣士の言葉だった。撤退する敵軍を追わんとしてた高揚を鎮めながら、それでいて別種の熱気を吹き込む精強な声。忽ちに周囲を包む歓声のただ中で、マシュは困惑にも似た様子で立ち尽くしていた。
「うまく行って良かった」
リツカはそう言うと、朗らかな顔をした。彼女は、最初からこの結果が齎されることを熟慮していたのだ。自らの加勢により敵が撤退するという予測―――否、戦術的推理を十分に策定させたのだ。19歳、マシュよりも一回り年上の先輩の温厚そうな顔からは、そんな知悉は一切にして知れなかった。
「うむ、貴殿はこの盾持つ乙女の上官か?」
耳聾するほどの歓声にも怯まない様子で、赤い剣士は興味深げな目をリツカへ向けた。
「えぇ、まぁ。そんなところです」
「貴殿らの加勢が無ければ、ローマの蹂躙を赦すところであった。ローマ帝国皇帝の名において、貴殿らに深く感謝する。贅を尽くした報酬を用意するぞ」
謝意を表明しながらも、むんずと胸を張る。高らかに言い述べる様は、ともすれば傲岸にも見えただろう。驕慢をアプリオリに身に着ける彼女のその振舞は、しかし全く以て鼻につくものが無かった。
だが、そんな彼女の自然な振舞よりも。
「皇帝、ということは。貴女が?」
ともすれば、その目を丸くしたマシュのその物言いこそは傲慢不遜と断じられかねないものだった。暗愚な人物であれば、それだけでマシュを罰したやもしれぬ。
だが、彼女は、そういった愚劣さとは程遠い人物であった。
「うむ! 余こそは至尊に冠絶たるローマ皇帝、ネロ・クラウディウスである!」
えへん、とばかりに鼻を鳴らす赤い剣士―――ネロ・クラウディウスは、気鋭を表情に湛えていた。
※
赤毛のライダーは背後を丐眄すると、爽やかに息を吐いた。樹々乱立する中には、無数のゴーレムたちが沈黙に座している。傷を負った個体も居るが、損なわれた戦力はいたって微々たるものと言えるだろう。
首都強襲の作戦が失敗した失意は、彼にはない。優れた指揮官とは戦術レベルでの勝敗に拘泥しないものであり、その意味で、赤毛のライダーは無能とは程遠い才知に溢れた指揮官だった。
その真名、アレキサンダー。世界征服という子供じみた夢を実現しかけた大王イスカンダルの幼少の姿として召喚された、ライダークラスのサーヴァントである。
そして、彼の傍にはもう2騎のサーヴァントが居た。
1騎は、バーサーカー。真名を源頼光と言う。張り詰めた弦のような鋭利さを感じさせるサーヴァントは、戦火から離れてみれば、眉目秀麗な面持ちに温和を湛えた人物である。損傷したゴーレムを労わる様子は、上官というよりは母親のそれを感じさせる。
そして、もう1騎。現代的―――あるいはアレキサンダーからすれば、未来的―――なダークスーツを着た、長髪の男だった。気だるげ、というよりは純粋な疲労を感じさせる目つきに、偏執的なまでに眉間に深く刻まれた皺は、積年の懊悩と、小学生染みた偏屈さでできたものに見えた。
サーヴァントとしての真名は、諸葛孔明。かの偉大な軍師の名を戴きながらも、その男に偉人の風体は感じられない。良くて、三流学者程度の雰囲気しか無かった。
何より、その佇まいが酷かった。大柄のゴーレムに背負われながら、ぜぇぜぇと息つく様は、凡百貧弱な学僧以外の何者でもない。端的に、彼は運動能力が劣弱の極みだったのである。ぜえひゅう、と荒い呼吸をするサーヴァントを気遣ってか、大柄なゴーレムは頻りに背中のモヤシを気にして、手を伸ばしてひ弱な背を摩っていた。
「それで、善かったのですか、ロード・エルメロイ。当初目標は、どれも達成できませんでしたが」
頼光に問われた諸葛孔明―――ロード・エルメロイと呼ばれた男は、幾ばくか困惑と恐縮で眉尻を下げた。
「構いません。達成はできていませんが、収穫はありました。徒に戦力を浪費すべき時でもありませんので」
丁寧な物腰で応えながらも、孔明は一言だけ言葉を添えた。「Ⅱ世をつけていただきたい、レディ」
「あら、こちらこそ失礼を致しました。以前にも仰っていただいたことですのに」
「いえ。些細なことですので」
当たり障りなく、孔明―――エルメロイⅡ世は応じた。最も、それが些細なことでないことは誰の目にも明らかだった。ただでさえ陰険そうな顔に、見るも鮮やかとばかりに自己嫌悪じみた表情を浮かべるのだから、これで些末事であるはずがない。
とは言え、頼光は特にそれには触れなかった。子供じみた―――もとい、偏執的な苦悩はそっとしておくべきである、という頼光の配慮からであろう。そしてそんな配慮を狂戦士にさせているという事実を十二分に悟っていた男は、なおのこと眉間に皺を刻んだ。アレキサンダーは、これだと多分、眉と眉の間にマリアナ海溝ができそうだなぁ、などという愚にも付かないことを考えていた。
「収穫、か。あの盾のサーヴァントかな? 三騎士のどれか、って感じだったけど。バーサーカー、名うての君でも手を焼いたんじゃあないかな」
アレキサンダーは、健やかに頼光へと水を向ける。手を焼いた、という表現でさえも、あの盾のサーヴァントを高く評価したつもりではあった。それほどに源頼光というサーヴァントは、強力だった。数多のレトリックを駆使して形容することすら、不毛であると思わせるほどに。
「あの赤いアーチャーも善い腕でした。貴殿を掣肘する技倆、目を見張るものがありますね」
頼光の返答も、本質的にはアレキサンダーのそれと大差はなかった。
畢竟。この場に集うサーヴァント2騎は、それぞれの性能を客観的に比較し、合理的に性能を判断しながら、主観的な賞賛を述べるに足るだけの人格を備えた傑物であった。
「これならば、アルテラの喪失も問題足り得ないのではありまんか?」
エルメロイⅡ世は、思慮するように身動ぎした。アルテラ、という言葉に反応しているようにも見えた。ポーカーフェイスを保つ意味はこの場では存在しなかったが、それでも顔に張り付いた顰め面は変わらない。懐から取り出した安物の煙草に、なんらかの魔術で火をつけると、不味そうに煙をくゆらせていた。
「確かに」と独り言のように、男は呟いた。「駒はできる限り多い方が良い」
だが何よりも、と続けた言葉の先はなかった。
迂遠そうな顔は、宇宙に広がるほどの権謀術数を巡らせているようにも見えた。実は見えただけで、撤退戦の疲労の息を整えているだけなのかもしれないが。煙草を深く吸い込んでゲホゲホしたりする様を見ると、後者なんじゃあないかなぁ、と思わずにはいられないアレキサンダーである。
「でも、そっちの戦力だけでは版図は完成しない。そうでしょう、先生?」
アレキサンダーは最後の一言を、芝居がかったように言った。先生、と呼ばれた方は少しだけ不機嫌そうな―――自己嫌悪的な不機嫌さを滲ませつつも、無言のまま肯定した。
安物の煙草をフィルターが焼け付くまで吸い尽くすと、エルメロイⅡ世は吸い殻を地面に放り投げた。
「ポイ捨てはダメですよ、先生」
「む」
決まり悪そうに煙草の吸殻を拾う。しげしげとフィルターだけになった白い紙筒を見やると、とても健康的ではない痩せた身体の男は、やれやれと決まり悪そうに空を仰いだ。
「