fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「うぅむ。つまりは、其方らは未来からやってきて世界を救わんとしている。ということか?」
馬上に揺られながら、深紅の意匠を着飾った彼女は難し気な顔で言った。
あの戦闘より数十分。敵の撃退を勝利と見做した彼女及びその麾下の軍勢は、一路、帰途についていた。
草原を駆ける微風に心地よさを感じると同時に、トウマは雑多な情動の処理にあくせくしていた。
周囲から向けられる、好奇の視線。戦場に急に現れ、超常の力能を振るうトウマ達4人尊敬の念を示し、同時にその珍奇な背格好へと物珍し気な好奇心を露わにする。端的に言って、変人扱いである。
とはいえ、トウマ自身はそうした珍物を眺めやる視線には不慣れでは無かった。2015年現在、オタクは世間一般に受け入れられ始めた珍生物だったが、やはり珍生物の域を出ないのも事実だった。ヘゲモニーを執る世間から、緩やかな承認を受けただけの外様に過ぎないのであり、それ故に学校生活ではそうした扱いの中で生きてきたものだ。今のソレは、そうした日常の延長に過ぎないと言えば、過ぎない。
では、心情を乱すものと言えば何かと言えば。
(俄かには信じがたいことだとは思いますが)
「確かに。余には、控えめに見ても貴殿らが妄想に駆られた宗教家にしか見えぬ。声だけの怪しげな術も含めてな」
ロマニに対し、遠慮なく言い放った金髪の女性こそが、その震源だった。
違えようがない。舌足らずのようでいて朗々とした声に、砂金のような髪。いわゆるセイバー顔なのに
ジャンヌの時もそうだったが。例えば街中で意中の俳優に遭遇してしまった一般人の心境、とでも言おうか。ともかく感動して何が何やらわからなくなる感覚に、トウマはまだ慣れていなかった。
「だが、其方らの言うことを否定できぬことも事実。サーヴァント、とか言ったか。常人を遥かに上回る力を持った者たちがここ最近で現れ始めてな。死を知らぬと言って憚らぬ余の宮廷魔術師に死を与えた者―――バーサーカーとかいう先ほどの手練れも、サーヴァントとやらであれば納得がいくというものよ」
半ば独り言するように言ったネロの表情には、畏怖にも、怯懦にも似た苦慮が滲んでいた。
時代は、未だ1世紀を半分迎えた60年。神秘は薄れ始めたとしても、未だ濃密なマナが大気に漂うこの時代の偉大な魔術師を打倒し得るなど、サーヴァント以外には考えつかない。
「故に、余は其方らの誇大妄想を真実であると見做すぞ。其方らは誠実の徒にも見えるしな」
言って、さらりと馬上からネロの視線が4人を浚う。マシュとリツカ、クロと眺めて、そうしてトウマを見やると、しげしげと視線を止めた。
「しかし飾り気のない男よな。それで本当に人類を救うなどという大業、成就できるのか?」
「アッ、えっと。すみません」
「善い。余が赦そう。世界を平らげる人物とは、存外にして其方のような凡夫なのやもしれぬしな」
威勢よく、ネロは笑った。反対に委縮しきったトウマは、それは見事なコミュ障キモオタのムーブそのものだった。
「セネカが言っていたな。本人は無力だが、才気溢れる傑物をその気にさせる人誑しというものが居る、とな。シバイめもそのようなことを言っていたか?」
ネロは快活にも言った。相変わらず「ソッソウデスカネ」などとキモオタムーブを続けながら、トウマはネロという人物の認識を改めて感じざるを得ない。
活力をそのまま象ったかのような、少壮気鋭の皇帝。天真爛漫、天衣無縫。そんな言葉は彼女の為に生み出された言葉なんじゃあないか、と思わせる溌剌さこそが、ネロという人物だった。
「そうそう。シバイも自らをサーヴァントと名乗っておったな。確かに、思えばあやつの背格好は其方らによく似ている」
「陛下はサーヴァントを配下にしておいでで?」
「うむ、そういうことになるな」
ネロはそう言うと、そういえば、と言うようにクロを眺めやった。暫し眺めてから、うむ? と首を捻ったネロは「何でもない、無礼を赦せ」とだけ述べた。
「シバイ、というと、かの軍師司馬懿でしょうか?」
「だろうね。でも私と似た格好、っていうと」
「そら、噂をすれば」
馬上から、ネロが顎をしゃくった。
促されるように、目を向ける。草原の丘、その先。ぽつねんと、確かに1つの点があった。
地鳴りのように響く音は、馬の駆ける音だろう。灰斑の葦毛はみるみる内に輪郭を明瞭にさせていく。
「遅いではないか、軍師殿」
ネロはわざとらしく、声を張り上げた。皮肉の響きを持ちながら、その揶揄すら親しみの証とでも言うような調子だ。
不躾に声をかけられた相手―――ネロの目の前に葦毛の騎馬を止めた“軍師殿”も、変わらぬ不躾さで返事としてた。
「君がトロいからきてやったんじゃあないか。むしろ、オレに感謝した方が良いと思うが?」
皇帝に対する言葉としては、それこそ躾けの成っていない物言いだっただろう。聞くものが聞けば卒倒しかねない言葉を、その“軍師殿”は至って生真面目そうに言ってのけた。堅物そうな言い方なだけに、冗談とはとても思えないところも相まって、トウマは多少、ヒヤッとした。
司馬懿。文字通り群雄割拠した三国時代を実質的に平定し、西晋の基礎を築き上げた時代の寵児―――らしい。
らしい、と仮定したのは、トウマが後からマシュに説明を受けた又聞きに過ぎないからだった。無双シリーズをちょろっとしか触れていないトウマには、曹操やら劉備はなんとなくわかるが……くらいな知識しか無かった。
そして『らしい』と仮定した理由はもう一つ。葦毛の馬に跨る人物は、どこをどう見ても司馬懿という名前が似合わないような風体をしていたからだった。
よく手入れのされた金の髪は、純金をそのまま糸に繰り延べたかのようだ。長い金の髪がさらりと風に靡く様子は、闊達なネロのそれとはまた異なる印象だ。白皙の肌も相まって果敢無げにも見えたが、その切れ上がる刀剣の如き空色の眼差しは、気弱さとは全く無縁な様子だった。
そう、その雰囲気はどう見ても西洋人だった。どう見ても東洋の人間ではない。それに、そのいで立ち。ダークブルーを色調としたトレンチのワンピースと言い頭にちょこなんと被せられた帽子と言い、足を包む黒のストッキングと言い、華美さを廃絶しながらも気品を満たした装いは、どう見ても現代的な服装だった。
それこそ、現代にサーヴァントが召喚されればそういうこともあるのは、SNの頃で実証済みではある。あのAUOのハイセンスなジャージのことである。だがあれは、サーヴァントが現代知識を与えられたからこその惨劇…ではなく結果である。この時代に召喚されたサーヴァントとしては、奇異の一言だった。
そんなトウマの視線に気づいたのか、司馬懿を名乗る15歳ほどの少女は、悪魔じみた嫣然を口端に浮かべた。
「おや、どうしたんだい少年。穴が開くほどに私のことを見て」
声色は、さっきと同じだった。だがその言葉遣いは、明らかに違っていた。外見と声色相応の話し方は、むしろ自然だった。ついさっきまでの直截で不躾なそれとは種を異にするそれはまさに。
「精力的だねぇ、そんなに可愛らしい女の子に囲まれて、まだ飽き足らないご様子だ。フェルグス・マック・ロイも見上げる気宇じゃあないか」
「この者らは其方のハレムであったのか? うぅむ、しかしそれではこの乙女を余の物にできんではないか」
「なんなら君がこの少年君のハーレムに招待願えばいいさ、本質的には真逆だけど、結果的には似てるし。というかあの目をよく見たまえよ。如何にも無垢なチワワみたいな目は我々を騙す為の擬態なのさ。あの目で君を油断させて、辱めてやろうというんだ」
「なんと、余を手に入れようとはなんたる大言壮語! 無害な子犬のようで、その実は猛々しい闘犬であったか。だが善い、善いぞ。余を恣にするくらいでなくては、未来を救うなどという偉業は達成できまい」
コロコロと表情を変えながらハリのある声で話すネロに、司馬懿を名乗る少女は終始したり顔だ。他者を睥睨せずにはいられない天性の魔たる表情の既視感と言ったらない。そしてその既視感の元凶たる褐色のサキュッ子と言えば、何やら我慢するようにそわそわしていた。あれは一緒になって弄りたいという情動と、
「うむ、しかし其方が出てくるのは久しぶりではないか?」
「生きのいい獲物がのこのこ目の前を散歩しているんだ。草食動物でもあるまいに、歯牙にかけるのは当然の摂理だろう?」
ちら、と馬上から司馬懿の視線がトウマを舐め挙げる。ぞっと寒心しているのも特に構う様子も無く、司馬懿は、ようやっと目を白黒させるマシュとリツカへと意識を向けた。
「君たちの疑問については、まぁ簡単なことさ。私は純正のサーヴァントとはちょっと成り立ちが違ってね。ただの人間を依り代に成立する、疑似サーヴァントって奴さ」
「疑似、サーヴァント」
何故か、マシュはその言葉を反芻した。なんとなく気になってマシュの顔を盗み見るように横目で見ようとしたが、長い髪に隠れ、伺い知ることはできなかった。
そして、何故だろうか。オンに入った無線の向こうで、息を飲むような沈黙があったような気がした。気のせいだった、だろうか。
「人格が2つある、ということなのかな。そういうものってこと?」
「物分かりが早くて助かるよ。憑依する側のサーヴァントとしての人格と、憑依された側の人間の人格が2つあるんだ。普段は司馬懿殿に任せてるけど、時々私も出てくる。こっちの時はまぁ―――ライネス、とでも呼んでくれれば、いい」
司馬懿―――否、今はライネス、と言うべきか。ともかく彼女の説明は、現状を説明するに足るものだった。というか、サーヴァントってそんな設定あったっけかな、と思う。まぁこの世界はあくまで現実なのだから、菌糸類が作った設定やらとはズレがあってもおかしくはないか。
そんな風にトウマが思考停止にも似た思考をしている他方、ライネスは「それじゃ」とだけ言葉を残すと、さっさと人格の裏へと後退していった。ふっと目を閉じるのも一瞬、細く目を開けた司馬懿は、やれやれ、と言ったように小首を傾げていた。
「ライネス殿は、自由な気風でお育ちになったと見える」
愚痴と言うには、司馬懿は特段気にした様子も無くさらりと言うと、ゆらりと脱力した様子のまま鋭い一瞥を向けた。
視線を向けた相手は、赤銅色の髪の少女だった。品定め、というには剣呑で、敵意というには温和な目。だがそれも一瞬、司馬懿は気鋭を瞬時に霧散させた。
「時間がかかりすぎたな。これでは本当にとんまになってしまうぞ」
「む? 何か火急の用か。ブーディカとアサシンがしてやられるとも思えぬが」
「だから皇帝陛下は自覚が足りぬというのだ。仕方ないかもしれないが。」
はてな顔のネロに、司馬懿は眉を潜めた。粛然とした老成を浮かべる少女然とした容貌は、妙に絵になる光景だった。
「娘が待っている、と言っているのだ」司馬懿は不機嫌そうに言うと、葦毛の馬の頭を都へと向けた。「アルテラがお待ちかねだよ」
※
某日、某所。
いや、実際のところ、彼女が居た場所はそれほどまで曖昧な場所では無かった。
首都郊外での戦闘があった場所から、10kmと離れてはいなかった。それでいて、ロード・エルメロイⅡ世やアレキサンダー、源頼光が戦略的な歓談を行っていた森林からも、やはり20kmと離れていない。およそ両者の中間地点ほどの林の中に、彼女は居た。
いつから居たのかは不明。あるいはどこから来たのかも不明。忽然と樹々の間から顔を出した白髪の女性は、薄く目を開けると、すんすん、と周囲の匂いを嗅いだ。
その表情は、無邪気にも見えた。あるいは感懐を胸郭一杯に湛えているのであろうか。嗅いだ匂いを反芻し尽すと、彼女は鬱蒼とした林の中にぽっかりと開いた場所へと歩を進める。
空を、見上げる。すっかりと晴れ渡る青々とした空は、彼女の記憶に在るものと不気味な相似をしていた。その光景に慨歎と憧憬を惹起させながらも、古い光景と乖離した何かが、厚顔にものさばっている。
光の、帯。煌びやかに光を撒き散らす、人理を薪とした焚火。
彼女は、沈黙を以てその大災害を眺望する。見開かれた真紅の瞳が何を意味するかは、あるいは本人すらをも知り得なかった。無意識下にすら存ぜぬ、喜悦にも似た情動。口元を獣のように歪ませながらも、さりとて、彼女はまだ何かを為すほどの力を有しては居なかった。
いや、むしろ、彼女にはそもそも力など存在しないだろう。善く鍛えられたとは言え、彼女という存在の源流はただの人間に過ぎぬ。どれほど高みを眺めやろうとも、それには限度があった。
だが、それでも別に構いはしないのだ。
魔術師は―――あるいは戦場に剣を執るものは悉く誤解をする事柄であるが。
最強を誇るに、己自身が最強足る必要はない。自らは最弱であろうとも、傍らに最強の使徒が在れば、それで善いのだ。最強を使役することを以て、自らを最強に仕立て上げる。それこそが魔術師のあるべき姿だ。狐は自ら虎になるべきではなく、その威を借りる方が合理的である、ということだ。
故に。
彼女は、最強を召喚する。赤き冠位の魔術師が星の雫と契約するように、彼女は、想定し得る最強の霊基を借用する。
赤い疵。令呪と呼ばれる痣が、右の前腕に浮かび上がる。右の手の甲に既に存在する剣の形状の令呪、さらに前腕を掴みかかるような掌の形の令呪に加えて手首に浮かんだ痣は、ともすれば手首にまとわりつく鎖のように見えた。
それが召喚されたのは、令呪が浮かび上がった直後のことであった。
ずるりと、地面から黒煙が這い出した。粘性でありながら、濃霧のような黒い虚数の泥の如き何か。輪郭を朧にした黒い泥は、だが、すぐに形状を固めた。
黒い外套を全身に纏った、影。あるいはこれまで彼女が使役する霊基と、同じ殻を有する影法師の遺構。残骸とも言うべきサーヴァントの頭部があるべき場所には、ただただ冥いがらんどうが覗いていた。
その虚ろな
行動は、一瞬だった。身を沈ませた影は己の手を槍へと変化させ、チョコ菓子を延ばしたような肌の女性のそのほっそりとした喉元へと刺突を放った。
彼女は、身動ぎすら無かった。正確には、彼女には反応することすらできなかったというべきだった。平々凡々に過ぎない、魔術師としても凡庸に過ぎなかった彼女にとって、冠絶たるサーヴァントの攻撃など目視すら不可能なのだから。回避する術など当然無かった。
だが、その容赦のない攻撃が彼女の首を刎ねることはなかった。
神造りの辣腕が放った槍の如き手刀は、寸で制止していた。
彼女が何かをしたわけではない。ただ影の自由意志で以て、その攻撃を止めたのだ。
明瞭に発散された殺意を前に、彼女は柔らかい微笑だけを返した。その微笑に、影は目を見開くばかりだった。数瞬前の瞠目とは違った目で少女を見やった後にアメジストの目宿ったのは、侮蔑と非難であり。そうして、突き放したような同情だった。
「ごめんね、ランサー」彼女は、困ったように言った。「貴方のことは、私はよくわからないんだ」
どうでもいいことだ、と手で振り払うように。ランサーは突き出した手を収めると、ふん、と傲慢そうに鼻を鳴らした。
その様子に、彼女はほろ苦く笑った。懐古するようで、それでいて新鮮な体験をする、奇妙な苦笑いだった。
ランサーは、無言のままに彼女の背に付いた。微妙に離れた距離感は、侮蔑と同位の同情を示していた。寄り添わせるべき感情など一切なく。それ故の突き放した同情は、あるいは。
「慎重に行こうか、ランサー。2番目の特異点、セプテムには、確かレフ・ライノール・フラウロスが居るはずだから。ま、だからこそ、魔術式君も、気が抜けてるのかもしれないけどね」
首肯を返すランサー。取り付く島のない己が使い魔の在り方に、白い髪をサイドでまとめた少女は、特段非難する色もなく受け入れた。
どうあれ兵器に過ぎないソレが持つ感情は、人間に似ていても人間のそれとは微妙に乖離する。両者の間に横たわる絶対的な共訳不可能性の中で、それはランサーが唯一できる、優しさのようなものだったかもしれなかった。
少女が歩き出す。まだ行く当てを見定められない歩みの傍らに、ランサーは従った。
言わせたいセリフを考えてから、どうすればそこに向かうか。
そんな感じのお話の作り方しかしてこなかった私が御形サンに(私としては)ちゃんとしたプロットを作って送りました。
こういうのしっかり組んで作品を組んでらっしゃる方々に尊敬を。