fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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二人の48番目

風が、吹いている。

冷たい銀の月光を背に、弓兵(アーチャー)と名乗った少女が、トウマを見下ろしていた。

知っている人だった。否、知っている()()()()()()だった。聖骸布で構成される魔術礼装、赤原礼装を装備する浅黒い肌の少女。人懐っこそうだが、どこか底知れない微笑。

クロエ・フォン・アインツベルン。それが、彼女の真名(なまえ)だった。

ゆらりと身を翻した彼女の手には、1対の双剣が握られていた。

亀甲模様を刻まれた片刃の剣。

水面の波紋が波打つ片刃の剣。

干将莫邪。

古き中華の刀鍛冶が作り出した雌雄一対の双剣の刃先が、妖しく煌めいた。

「それじゃ、ひとまず暴れましょうか!」

鈴を鳴らすような声が耳朶を打った。と思った次の瞬間に、彼女の矮躯が跳躍した。

接近された竜牙兵は、およそ何が起きたか理解できなかっただろう。頸を斬り飛ばされたまま、朽木のように倒れ込んでいった。

迅い。マシュも大概人の域を外れた速さだったが、クロのそれはさらにその上だ。

いや、単なる速度、ではない。

戦闘への慣れ、それによる無駄な動作の省略。最適な武装の選択、そして火力投射。彼女の核を形成する英霊から引き出した戦闘経験を由来とするスキル【心眼(偽)】による戦闘理論は、その幼い外見と相反するが如くに精緻だった。

あとは、単なる殺戮だった。双剣で屋敷内の敵を制圧し終えると屋根へ、弓を取り出した後は、一方的な鴨撃ちで野外の敵を全滅させた。彼女、アーチャー(クロエ)が現れておよそ1分で、周辺は制圧された。

「弱すぎ。でも、デモンストレーションとしては良かった?」

蠱惑的に破顔するクロエ。両の手に握られていた双剣は既になく、土蔵の前に突き立てられた岩のような斧剣も、砂に解けるように崩れていった。

「あ、カワイイ! 何これ、猫?」

「え、あぁうん。フォウくん」

「フォウくん? 抱っこしていい?」

「フォウ、フォウフォウ!」

威勢よく応えると、青白い獣は勢いよくクロエの胸元へと飛び込んでいった。小さな獣はいつも女の子に愛されているものなのだろう。機敏に小さな肩に乗っかると、クロエに頬擦りをしていた。

しかし、クロとは。Fate―――というよりTYPE-MOONの世界に来た、という予測がいよいよ真実味を帯びてきた。

いや、よく見ると、見知ったクロそのものじゃない、と気づいた。彼女の纏う赤い礼装は、英霊エミヤのようでかなりデザインが違う。もっと小悪魔っぽいというか、砕けたハートのようなそんなデザインのはずだ。だが、今の彼女は、比較的元のデザインに近い。というより、イリヤがアーチャーのクラスカードを夢幻召喚(インストール)したときの姿、そのものだ。

「ねぇ、味方?」

くい、とクロが顎をしゃくる。つられてそちらを見れば、大盾を持った少女と赤銅色の髪の少女。リツカとマシュ、だ。

「おーい、トーマ君!」

ぶんぶんと手を振るリツカ。どこか子ども染みた仕草の隣で、マシュはなんとなく戸惑っているようだった。

―――木刀を構えた、リツカの姿が脳裏を過る。

彼女は自分を救おうとしてくれた、それは紛れもない事実だ。

「うん、味方」

そう、と応えたクロエは、ふ、と息を吐いた。僅かに力んでいた身体が脱力する。朗らかな顔をしながら、いざとなれば即座に戦闘に移る準備をしていた。サーヴァント、という言葉を思い出さずにはいられなかった。

「良かったぁ、無事で」

「なんとか……」

ぎこちなく笑い返す。なんとなく、隣で聞いてるクロは得意げな顔だ。

「トーマ君もマスターだったんだね!」

「え」

―――リツカは、ニコニコと笑顔で言った。

マスター。それはそうだ。サーヴァントを召喚したなら、自分がマスターなのだろう。7騎のサーヴァントで殺し合う、聖杯戦争。そのマスターになった、ということだろう。

そう言えば。慌てて左手の甲を見れば、赤い紋章が刻まれていた。

「セイバーかアーチャー? それともキャスター?」

「アーチャーよ。まぁ基本は剣で戦ってるけどね。そっちのおねーさんは?」

「え、あ。シールダー……です。マシュです、マシュ・キリエライト」

「シールダーなんてクラスあるんだ。私も防御系の宝具持ってるよ」

「本当ですか!? えっと、差し支えなければ……」

「んーちょっと差し支えあるかなぁ」

「ですよね……」

当たり前にワイワイ会話する3人。いやいいんだろうか、そんな当たり前にクラスとかバラしちゃって。大丈夫なんだろうか……?

「大丈夫ですよ、所長ー!」

と、リツカが声を上げる。彼女の声の先を見れば、左手の建物―――多分、道場―――から、誰かが顔を覗かせている。

「この人、仲間です!」

「わ、わかったわよ! 今行くから」

酷く棘のある返答を返すと、所長、と呼ばれた人物が恐る恐るといった様子で、こちらへと歩いてきた。

「この人が、タチバナトーマ君です」

リツカが紹介した人物……どことなく品のある出で立ちをした女性は、さっきの声色の通りの険のある表情でトウマを見返した。というより、睨み返した。

「それで、この人が」

「オルガマリーよ。オルガマリー・アニムスフィア。フジマルに話は聴きました」

所長―――オルガマリーは酷く丁寧に名前を述べた。丁寧すぎて、明らかに快く思っていないことが明らかだ。

「あの……どうも」

……トウマにできたことは、そんな物凄く無難な挨拶だけだった。それもそうである。彼は17年間生きてきて、訝し気な顔すら向けられたことの無い青年である。家庭は円満、そこそこ友人にも恵まれてきた。叱られたことと言えば、中学の時に宿題を忘れて以来。明確な敵意を真正面からぶつけられることなど、とてもじゃないが慣れていなかった。

「何なのよ」

オルガマリーはそんなトウマのことなど知ってか知らずか、さらに鋭い視線を向けた。思わずたじろいだ彼は、精々吃ることしかできなかった。

「何なのよ馬鹿にして! いつの間にかデミ・サーヴァントは成功してるし! どこぞの馬の骨ともわからない三流がマスターになってるし! しかも何なのよ、コイツは! 折角仲間が居ると思えば三流以下のド三流! しかもそのド三流すらマスター! なんでこんな目にあってるのよ!? 私が一体何をしたのよ!」

まるで、鼓膜にアイスピックを突き刺すような金切り声だった。感情的としか言いようのない怒気に思わず委縮した。

だが、トウマはクロを目で制した。咄嗟に間に入ろうとしたクロは踏みとどまると、ちょっと不満そうに肩を竦めた。

トウマは、ただオルガマリーを見返した。慄く彼女を、そしてその慄きをかみ殺すように食いしばる彼女を、ただ見返した。

「レフが居ない……私は、何なのよ」

彼女は小さく呟くと、既にぼさぼさになり始めた髪を掻き毟った。不快そうに舌を打つと、オルガマリーは感情を吐き出すように溜息を吐いた。

「ロマニ・アーキマン。トーマ・タチバナのデータ確認は」

吐き捨てるように言う。

誰に話しかけてるのだろう、という疑問への回答は、1秒後に解決した。どこからともなく(確認終えたよ)と、棘の無い声が耳朶に触れた。

と思った瞬間、不意にトウマの目の前に青い光が薄く広がった。まるで液晶画面のように広がった光の中に、男の顔が映っていた。

「うお、映像投影……」

(結果から言おう。トーマ・タチバナ。リツカくんと同じ一般公募で日本から来てくれたマスター候補の1人だ。登録ナンバーは48番。年齢はリツカくんと同じだね)

「一般、ね」オルガマリーは胡乱げに目を細めると、リストに巻いた何か……スマートウォッチのような機器を操作し始めた。「こんな奴居たかしら。というか、フジマルも48じゃなかった?」

(こっちの手違いみたいだね。最後のマスター候補者のスカウトが同時だったらしく、1枠で2人取っちゃったみたいだ。トーマくん、これからライブラリに登録する予定だったみたいだからまだパーソナルデーターが無い)

「はぁ? 仮にも国連機関でしょうが……まあいいわ」

呆れたように声を漏らすと、オルガマリーはトウマを一瞥した。

それにしても、何の話だろう―――なんとなくリツカに顔を向けると、彼女は含み笑いを返した。次いで空中に投影されたモニターに、目をやる。ぶつぶつと思案し始めたオルガマリーの目を盗んでトウマに目を合わせてきた、モニターの男。ロマニ・アーキマンと名乗った男も、にへら、と軟弱そうに笑った。

(僕はロマニ・アーキマン。ロマン、ってみんなから呼ばれてる。宜しくね)

「あ、はい。トーマ、です」

(いやあ、男の子が増えてくれて嬉しいよ。いやほらね? 女の子に囲まれるのもいいけどさ、気が休まらないからさ)

「はぁ……」

何の話をしているんだろう、この人は。それとなく相槌を打って話を合わせながらも、状況に困惑していた。

てっきりマスターになって冬木の聖杯戦争を戦え、ということなのかと思ったが、なんとなく状況は違うらしい。

現状を整理するなら。とりあえず、リツカと、ロマンから味方と思われてる……ということ、だろうか。何故味方と思ってくれているのかはよくわからないが、ありがたいことだ

と思う。

オルガマリーがどう思っているのかは不明だが……。多分、敵とは見做されていないのだろう。

「緊急事態、ね。わかりました、両名をカルデアのマスターと認めます。これよりマスター2名及びマシュと、えーっと」

「アーチャーだって、所長」

「アーチャーの計4名を探索員として特異点Fの調査を開始します。良いわね?」

「はーい」

元気よく手を挙げるリツカ。呑気な声だなぁと思う。緊張感がない、というか。オルガマリーも呆れたように何か言いかけたが、諦めたように口を塞いだ。なんとなく、2人は仲が良いように、見える。

「それで? 探索、って何をするわけ?」

「うぇ!? えーっと、そうね。良い質問です」

何故かたじろぐオルガマリー。なんとなく、彼女はクロとどう接していいか距離感を掴みかねているらしい。それこそ小学生の女の子の外見のサーヴァント、というのがやりにくいのか、丁寧なのか砕けているのか、よくわからない喋り方をしている。

「貴女、カルデアで登録されているサーヴァント、なのよね。5例目ってことかしら。どこまで知識のフィードバックがあるの、座からは」

「全然? すっぽり」

「うー。そこからね、わかりました。前提知識の共有も兼ねて再度説明します。フジマル、貴女もちゃんと聴きなさい。ブリーフィングの時寝てたでしょ」

「えー覚えてますよ」

「本当かしら……じゃあ説明しなさい」

「えっ……っと。所長が5歳の時おねしょしたとかなんとかで」

「何で知ってるのよ!? いやじゃなくて、そんな話してないわよ、覚えてないんじゃない! 思い出しなさい! おーもーいーだーしーなーさーい!」

「やーめーてー!」

ぶんぶんとリツカの頭を揺さぶるオルガマリー。と。ぎろり、とオルガマリーがトウマを睨みつける。特に何を言うわけでもなく、無言で睨みつけている。

「ナニモキイテマセン」

トウマは首を横に振った。とにかく、首を横に振った。

「仲が良いのは構わないんだけど、早く話してくれる?」

「仲が良いだって所長ー」

「暑苦しいから抱きつこうとしないでよ」

ぐいぐいとリツカの顔を押さえつけながら、オルガマリーは咳払いした。否定しないあたり、まんざらではない、ということなのだろうか。

「そうね、それじゃあカルデア目的と今回のレイシフト実験の概要だけ話します。一度だけしか話さないのでよく聴きなさいよ」

「はーい」

「貴女に言ってるんですけど? なんでそんな能天気なの?」

―――そんなこんなで、時折リツカからの茶々が入りながらも、オルガマリーの説明が始まった。

カルデアという組織のそもそもの運用目的。未来を観測する機器の不調、それに伴う原因の究明としての過去への転送。そして爆破事故と、偶然の過去への転送。

およそ5分、手短簡潔かつ、平易な説明だ。たった5分だけだというのに、ズブの素人にすら理解できるように説明できるのは、中々至難の業だ。

オルガマリー・アニムスフィア。感情的だが、同時に知的な人だなと思った。頼りになることは、間違いなさそうだ。

「ふーん、大体わかったわ」

「なら良かったです」オルガマリーはちょっと安堵したように言った。「フジマルは? ちゃんと聴いてた?」

「聞いてたよー」

「……」

「ほ、ほら! 特異点Fの探索! ですよね!」

「そうね。あと、それに関して補足です。当初予定ではあくまで原因の探査・究明にとどめるつもりでしたが、原因の解析・排除も念頭に置きます」

(随分思い切るね? らしくないんじゃないかな)

「五月蠅いわね……単に戦力が揃ってるってだけよ。マスターはともかく、アーチャーは頼りになりそうでしょ」

言われたクロは、取り澄ましたように鼻を鳴らした。ちょっと得意げだ。

「それで、どう動きますか?」

マシュが恐る恐る言うと、じゃあ、とクロが手を挙げた。

「私から提案。弓兵(アーチャー)の私が斥候(コンバット・パトロール)として動くわ。敏捷にも自信あるしね」

「戦力分散すべきかしら?」

「それなら大丈夫じゃないかなぁ。アーチャーなら遠距離からの掩護もできるだろうし」

「わ、わかってるわよ!」

思わず、といったようにリツカに言い返すと、オルガマリーは咳払いした。

「今は何より情報が大事、か。わかりました、許可します。アーチャーは、進発後無線閉鎖状態で索敵にあたりなさい。手に負えない敵に遭遇した場合のみ連絡を」

「了解、所長さん。じゃ、行こ。マスター」

さも当然。小悪魔めいた(サキュっとした)笑みを見せたクロは、トウマの手を取った。

え、俺もいくの?

「ちょ、ちょっと待ちなさ―――」

「それじゃあまたねー」

ぐい、と身体が引っ張られる。オルガマリーの制止も無視した赤い小悪魔は一息で武家屋敷の塀を飛び越えると、炎の闇夜へと消えていった。

「あわ、んにゃー! 死ぬゥ!?」

……情けない叫び声を引き連れながら。

 

 

「大丈夫でしょうか……タチバナさん」

「大丈夫じゃないかなぁ」

「あー! もうこれだから!! 勝手に動いて!!」

「こっちの方が大丈夫じゃないと思う」

「ソウデスネ」

 

 

新都を彷徨うこと、どれくらいの時間か。夜が淀んだ燃える都市に気が滅入ってきたときだった。

ふと、目の前の暗闇が身動ぎした。黒い淀みの中に、ぽかりと白い髑髏が浮かんだ。

ころころと薄弱な音がした。髑髏が再び身動ぎしている。まるで……怖がっているように、見えた。

ゆらゆらと、黒い淀みから何かが延びる。先端には、5本の突端がある。

それは、腕だった。細く削げたそれは、長い腕だった。燃えるように赤く染まった、その、腕は。

「苦悶を零せ―――」

地の獄に繋がれた悪霊(シャイターン)の手を想起させた。

「―――『』!」

ぐ、し、ゃ、り。潰された。

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