fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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謀り合いの前奏曲

ローマより北西 約600km地点

 

端的に言って、それは鳥だった。

大きさはおよそ掌に乗る程度の、小さな鳥である。翼を広げても、両手に収まる程度の大きさだ。ちゅんちゅん、と小さく鳴く様は、愛玩用の小鳥をも思わせただろう。

だが、一点だけ、通常の鳥とは異なるものがある。それは、その小鳥を構成する物質だ。その小鳥は、泥により錬成されていたのだ。自然に生まれた生命でないことは一目瞭然である。人為的に作り上げられたものではあったが、しかし、それは生命であることに違いはなかった。その創造主たる錬金術師の意図を正しく反映するように、その泥の鳥は瑞々しい生命を持っていた。

見る者が見れば、その鳥がどれだけ洗練されたカバラの産物であるか理解したことであろう。あるいは卒倒しかねないほどの錬成物だったのだが、彼には、その点においてはさしたる興味が無かった。

「ふむ、やや攻めあぐね入ているわけですか」

肩に止まった小鳥の情報に、眉を顰める。眼鏡姿の長躯の男は、思案気に顎に手を当てた。

「サーヴァントが2騎、と。確かに、それではあの泥人形たちだけでは手に余りますね」

逡巡すること1分ほど。自分の言い聞かせるように首肯をした男は、周囲を振り仰いだ。

山間に設営されたキャンプ地には、未だ起動状態にないゴーレム数機が並ぶ。人間のそれを上回る巨体が連なる中にあって、男が見とめた機体は、なお威容を誇っていた。

大きさだけであれば、ゴーレムよりも一回りは小さい。にも拘わらず、大地に根を張るように屹立する頑強な躯体は、人間の外見を象っていた。

「出陣ですぞ」

男が、その機体へと声をかける。鎮座するそれにかける男の声は、古なじみの親しみを感じさせる声音だった。

いや、むしろ事実そういった声であった。その機体へとそのような声をかけた人物は、この時代も、そして機体が駆動していた時代も、恐らくその男だけだったのだ。

静かな唸り声が、機体の内側から響く。駆動音にも似た小刻みな振動音、ハムノイズとともに、その目が見開かれた。

「お久しぶりですねぇ。全くあの触手、好き勝手なことをしてくれます」

頑強な躯体は、男の声には応えなかった。己を見上げる痩躯の男を映す無機質な目には、奇妙な親しみのようなものが滲んでいた。

「いえ、結構。将軍は眠っておいででしたので」

男は被りを深くしながらも、肩を竦めて見せた。

「えぇ、そうですね。余計な雑事など興味はありませんよねぇ。貴方はそういう方でした。いえ、私としてはもう少し気にしていただきたかった気もするのですが。ですが、些末事に思い悩む貴方など貴方ではありませんからねぇ、あれはあれで良かったのでしょう」

独白にも似た述懐。昔を懐かしむ声色には、後悔などといったものは欠片とてない。幼いころの失敗を笑い飛ばすような、そんな物言いだった。

―――境界記録帯、ゴーストライナー。あくまで時代から切り離された英霊にとって、『過去』は所詮終わったことなのだ。割り切れない英霊も居るとは聞くが、詮の無いことに思い悩んでも仕方ない、というのが男の心持だった。

「では行きましょう。貴方であれば、サーヴァントの1騎や2騎、軽く捻り潰せるでしょう」

男の声に、その躯体は軽く頷きを返した。かつての仕草に小さく笑った男は、眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げた。

巨体が、重々しい一歩を踏み出す。男は仕えるように巨体の背後へ続いた。

サーヴァント、キャスター。真名、陳宮。

サーヴァント、バーサーカー。真名、呂布奉先。

この2騎のサーヴァントこそメディオラヌム制圧の為に派遣された分遣隊、その切り札だった。

 

 

「いいんですか、先生」

アレキサンダーのその言質は、実際のところは心配などを全く含まない物言いだった。どちらかというと自らの師を試すような口ぶりですらあり、実際のところその通りだった。

音に聞こえし大王から水を向けられた三流学者風の男、諸葛孔明もといロード・エルメロイⅡ世は相変わらず眉間に皺を刻んだまま「仕方がないだろう」と投げやりに応えるばかりだった。

「向こうが私の助力を拒否したのだ。私にとやかく言うことはない」

「そんなこと言って。実際そこまで見越していらっしゃったんでしょう?」

じろり、とエルメロイⅡ世は馬上の少年を睨みつけた。不敵な物言いに何を感じたのか、いやましに不機嫌になっていた。

が、一瞬だけ。不機嫌な顔つきのまま生まれてきたとしか思えなかった男が、不意に破顔した。

「俺は真心で助けたいって言ったんだぜ? ここで敵を覆滅するには、オマエの突破力と俺の知力が必要だって正論を述べただけさ。あの裏切り者のデカブツだけじゃあ足りないってな」

「おや、諸葛孔明殿」

アレキサンダーは意外そうに目を丸くしながら、いつもは捻くれそのものみたいな顔に浮かぶ底抜けの無邪気な笑みを浮かべた。

だが、それも一瞬だ。すぐに普段の顔つき……というよりなおのこと、エルメロイⅡ世は険峻を深めた。

「むむむ」

「何がむむむなんですか、先生?」

僅かに羞恥を滲ませると、エルメロイⅡ世は咳払いのようなものを打った。「孔明殿は時折戯れが過ぎる」

「新しい戦力の力量を図るのに、呂布奉先は適任と言えば適任だ。陳宮軍師の知略とあの暴威に屈するようなら、魔神の打倒など夢のまた先だろう?」

「手厳しい物言いですね」アレキサンダーは変わらずににこやかな表情を浮かべている。「義妹様にもお厳しい、ということでしょうか?」

エルメロイⅡ世は、微妙そうな顔で馬上のアレキサンダーを見上げた。非難か、困惑か。理知的とは程遠いその佇まいは、如何にも三流学者といった風体を増すものだった。

時計塔のロードという男は、ダークスーツの懐から安物の煙草を取り出した。気を落ち着けるための安煙草を吹かすと、「アレがそんな貧弱なら、いっそ気楽だったんだがな」と苦く声を漏らした。

ゆらゆらと、白煙が宙に揺蕩っている。目を細める男は、その苦い声のわりに、表情そのものはどこか脱力気味だった。

懐古か、何なのか。苦い声も、実のところ苦笑いをしそこなったが故に漏れただけの、愛惜のような情動だったのだろうか。彼には、それはよくわらかない。ただ何か、奇妙にもやもやした感情を自覚した少年は、その感情の意味をよく理解して、咀嚼した。この点で、英霊アレキサンダーは年相応に子供だったし、またやはり英霊として極めて犀利(さいり)であった。

「どういう方なんですか。その、ライネス様は?」

だから、アレキサンダーはその感情のままに言った。

それでいて、口ぶりはいたって丁寧である。その名前に様をつけた。彼は先生と呼称する男のことは弄ったら楽しいが、さりとて軽んじるつもりはさらさら無かった。むしろ尊称を以て当たる男の親族であれば、やはりその親族もまた尊称を以てしかるべきと見做している。後に征服王などと呼ばれ、ともすれば粗暴とも思える振舞をすることもあるアレキサンダーであるが、その身には高い教養と良識が備わっている。イスカンダルとしての粗野は、そういった良識と教養の上に築かれたものであり、野蛮とは程遠い種のものである。数多の英雄が一人の男の旗の下に集うということは、そういうことなのだ。

そして、その物腰こそは、彼の子供じみた情動の発露でもあり、また紳士としての振舞でもあった。

エルメロイⅡ世は、げんなりと言った様子で肩を落とした。忽ちに一本吸い尽くすと、もう一本煙草を口にくわえて、指先に灯した火で炙った。

「あれは」煙草をポケット灰皿に押し込んで、男はうんざりしながらも、妙な郷愁のように空を仰いだ。「典型的小悪魔、だな」

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