fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
ローマより北西約600km地点
ポー平原に位置する都市、メディオラヌム。アルプス山麓を背景にした広大な平原に顔を出す町並みは、未来、ミラノと呼ばれ、イタリアを代表する都市に発展する。紀元前222年にローマ帝国に征服されたのち、長きにわたる繁栄を謳歌するはずの町並みは、しかし、この時ばかりは色彩を喪っているように見えた。
まず、民衆の姿が無い。昨今の情勢より大勢の民衆が首都ローマに疎開させられ、民間人は街を運営する最低限度の人間しかいない。代わりに街を占めるようになったのは、ローマ帝国の兵士たちである。即応待機状態の中武装状態でたむろする様は、隠し切れない疲労が滲んでいた。
「でもここまで長大な補給路をまともに運営している時点で、皇帝ネロは尋常じゃあないんだけどね。サーヴァントの賜物なのかもしれないけど。それとも、ライネスちゃんの手かな?」
と注釈を入れたのは、リツカである。確かに、疲労を滲ませながらも兵士たちの表情は完全な陰鬱に沈んだわけではない。時折だが、気勢に満ち満ちた声が聞こえてくることも、なくはなかった。
―――リツカは、早くもライネスのことをちゃん付けで呼んでいた。基本的に馬が合わない人物同士らしいが、合わないなりに親しい関係の構築の仕方があるのかもしれない。あるいは、どちらも人間ができているのか。本音トークだけの人間関係しかないと却って疲れるよ、とは、そんなトウマに対してリツカが返した言葉だった。
「それに、この長期遠征。兵士たちの士気は簡単に崩れるのに、こうもモラルは高い。それだけ、皇帝陛下は皆に愛されてるのかもしれないね」
栗毛の馬に揺られながら、さらにリツカは論評した。温厚というか何も考えていなそうに見えて、リツカは目端の行き届いた人物だった。
「それにしてもマシュ、乗馬が上手いね?」
「いえ、その…騎乗スキルがあるだけですから」
「トーマも見習ったらいいのにね」ふふん、と鼻を鳴らすクロ。
「しがない高校生が馬に乗れると思ったら大間違いですよ」と悔し気に、トウマは抗議した。「アニメや漫画の主人公じゃないんですよ?」
「でも私だって乗れてるじゃない? あれ、私騎乗スキルあるんだっけ?」
(あるみたいだよ。基本アーチャーのクラススキルには無いんだけども)
「メルトリリス……」
(え、何か言ったかい?)
「いえなんでも」
ゆら、ゆら。カルデアの4人の中で、唯一まともに馬に乗れなかったトウマだけは、マシュと相乗りの形になっていた。サーヴァントとして騎乗スキルを持ち、且つクロよりランクが高いため、2人乗りでも問題ないとの判断からだった。
「なんかすんませんね」
「いえ。その、むしろ乗り心地は悪くありませんか? ご迷惑をおかけしていませんか?」
「
マシュの背後から抱き着く様に馬にゆられたトウマは、ローマを出発してからもう何度目かの謝罪をし、そして同じような一連の会話を続けていたのである。こんな会話をいちいち挟んでいたのは、トウマとしは本心からの申し訳なさからだった。半分は余計な仕事を増やすことへの申し訳なさであり、もう半分は「いやこんなオタクに背中から寄り掛かられて気分が良いわけねぇよな……」という申し訳なさでもある。マシュの生真面目そうな気質も相まって、慙愧に堪えぬとはこのことであると日々思うトウマであった。
「流石に未来からやってきた勇者たち心構えが違うと見えるね? 最前線だというのにその余裕っぷり、戦いが始まったら一体どんな風に化けの皮が剥けるのやら。特にそこの少年君、君なんかはそのチワワみたいな皮を剥いだらどんな野獣が出てくるんだい?」
葦毛の馬に跨ったサーヴァント、ライダー司馬懿ことライネスは底知れない嫣然で4人を眺めまわした。特にトウマを見やる目つきは、「そっちこそ獣では」と言いたくなるほどに鋭かったりする。
慄くトウマを見て満足したか、ライネスは鼻歌なんか歌いながら、遠く街中に見えてきた建物を指で示した。
「あれだ。この街の宿を接収した指揮所。あそこに―――っと、噂をすれば」
軽く、ライネスは手綱を引いて葦毛の馬を止めた。続く様に馬3頭が止まる中、馬上からの視界の中に、赤い点が浮かんだ。
指揮所とされた建物からやってくる騎兵。遠目でもわかる白い甲冑に、さらに印象深い
猛然と騎馬を駆りながら、それでいて馬自身は爽やかな疲労を味わっているように見える。そう思わせるように馬を操縦しながら駆けてきた女性自身もまた、温厚を絵にかいたような風采だった。
「やぁ軍師殿、いらっしゃい。早かったね?」
「皆、サーヴァントとそのマスターだったからな。そちらも、そう余裕がある状況ではあるまい?」
司馬懿の言葉に、赤い髪の女性は苦笑いのような表情を浮かべる。乾いた笑い声を漏らしただけの女性は、順当に話題を変えた。
「そちらさんたちが、話にあった?」
「あぁ。未来からのお客人で、世界の救い主だそうだ」
司馬懿のさらっとした棘のある物言いを「ふーん」の一言で済ませると、赤い髪の女性は青毛の馬の頭を並べた。
「ネロ公から聞いてると思うけど。ブーディカ、クラスはライダー。まぁ故あって、今はローマ帝国の客将なんかやらせてもらってる」
少しだけ、その物言いは歯切れが悪い。歯切れ悪くとも、はにかみを浮かべるところが、この小金瓜色の頭の女性の人の好さを示しているように見えた。
「リツカです。まぁ、マスターなんかやってたりします」
対するリツカの挨拶は、至ってのほほん、としている。そんなマスターの挨拶にちょっとばかりの困惑をしながらマシュは礼儀正しくフルネームとクラスを述べた。クロはすこしばかりそわそわしながらも、マシュに倣っている。
トウマは、「一応、クロのマスターです」と述べるに留まった。生真面目さもなければリツカのような放胆も感じさせない平凡の極みのような言葉だったが、ブーディカはそんな頼りない朴訥を咎めるような人物ではなかった。
「それにしてもみんな若いねぇ~」
馬上の面々を眺めやったブーディカの言葉は、まるで近所のお姉さんの如くである。緊張感の欠片も感じさせない口ぶりは、果たして生来のものなのか、それとも歴戦の猛者のそれなのだろうか。トウマには、よくわからかった。
中でもブーディカが関心を寄せたのは、まずマシュだった。「なんだか大変だねぇ」と意味深長に述べては、馬上だというのに器用にマシュの頭を頻りに撫でていた。
「先輩、苦しいです、胸が」
「あのー、そういうわけですのでどうかお手柔らかに」
「あーごめんごめん、なんだか懐かしい気分になっちゃってさぁ」
ニコニコしながらマシュを解放すると、今度は順繰りにブーディカは来客を“よしよし”していった。ブーディカなりの大らかな歓迎は気分が良いものに違いはなかったのだが、トウマには幾分か刺激が強かったと述べておく必要はあるだろう。息苦しい“よしよし”を盛大に食らったトウマを、クロは後に「鼻の下はナイアガラの滝を想起させた」と厳めしく語ったものである。また、リツカはこれにある程度の同情を示して、「いやだってブーディカぱいはよかったからしょうがないでしょ」と擁護した。
「それじゃあ、これからの話をしなきゃね。時間も無いし」
青毛の馬を、ブーディカはゆるりと歩き出させる。優雅に鬣を靡かせるブーディカの愛馬を追うように、4人3頭は後に続いた。
ブーディカに連れられた一行を迎えたのは、ほどほどに大きな宿屋だった。それこそ、片田舎の公民館くらいはあるだろうか。3階建ての建築物の建築様式はよくわからないが、1階はぶちぬきの間取りになっており、陽が落ちればアルコールが宿屋の客と近所に住む民衆の脳みそを心地よく麻痺させるのが通例だったはずだった。
だが、今はその大らかさはない。整然と並んだテーブルと椅子は戦闘の会議に供され、広場に集う人間たちは陽気さとは無縁の厳めしい顔を並べるばかりだった。
既に、2度。敵の攻勢を退けたメディオラヌム前線指揮所の堅実さは、しかし、今日ばかりはどこか剣呑さが無い。前線指揮官を務めるブーディカの表情は久方ぶりの温和さを湛え、客人たちを迎えていた。
「ごめんね、ローマだったらちゃんと料理くらい出したいんだけど」
カウンターの奥から顔を出したブーディカは、酷く残念そうな顔をしていた。
「せっかくだから、私の故郷の料理でもマシュに教えようかなぁと思ったんだけど」
「いえ、そんな」
マシュは幾ばくか、どぎまぎしたように応えた。先ほどの”よしよし”攻撃はトウマへの特効ダメージもデカかったのだが、人間関係にあまり豊かでない様子のマシュにも十分な殲滅力を持っていた。
「そんな遠慮しなくてもいいのに」
マシュは、無言のままへこへこと頭を動かしていた。彼女なりの、精いっぱいの仕草だった。
その彼女の仕草を、社会経験の少ない少女の初心な仕草と微笑ましく感じることもできただろう。だが、マシュの身振りには幾ばくかの困惑を滲ませている。ブーディカはそんなマシュの様子に気づいて、やっぱり人のよさそうな苦笑いを浮かべて見せたのだ。
「それで、戦況の如何は」
テーブルに並んで顔を並べたところで、口を開いたのは司馬懿だった。元より剛毅且つ沈着な軍師の人格なだけに、その物言いは単刀直入だった。
「そろそろ3度目の攻勢がある。索敵部隊の報告からそれは確か」
「それで、今回はこちらも攻勢に打って出る算段か」
「流石戦史に名高い軍師殿。その通り、今回は防戦に徹するのではなく、敵の本陣を叩くつもり」
闊達にブーディカは言って見せたが、その表情には拭い難い影がある。トウマでさえ気づくその困惑的な陰鬱は、情勢は決して楽観視できるものではないと雄弁に語っているように見えた。
おそらく、敏くもそれを理解した司馬懿は、手慰みに顎を撫でている。眉目秀麗なかんばせに浮かぶ犀利の様相は、創造的な芸術家というよりも太古の遺物を閲する研究者を思わせた。
「2面作戦を展開する、ってことですか?」
口を開いたのは、ブーディカでも司馬懿でもなく、リツカだった。
「どうしてそう思った?」思案気なまま、一瞥すら暮れずに司馬懿が応える。
「敵を誘い込んで包囲・殲滅するならわざわざこのタイミングじゃなくても良い。それに戦術行動としては長大になりすぎて、無駄が多いし敵本陣を取り逃がす可能性が高い。なら少数精鋭の部隊を編制。敵攻勢部隊をこちらに誘引した後に本陣強襲に充てるべきかなぁみたいな。その後は補給線を分断してもいいし、強襲部隊を反転させて敵攻勢部隊を背後から攻撃、そのまま包囲殲滅に持ち込むことだってできるかなぁと。そして、今まではそれができなかったけど、私たちが来たからできた。ということで、どうでしょうか」
のほほん、とした顔のまま、リツカはできの悪いゼミ生が教授に伺いを立てるように述べた。司馬懿はさして感心した風でもなく頷いていたが、それは頭の中の思案を揺り動かすための動作のようにも見えた。
「そう、リツカの言う通り。今までは2面作戦が展開できるほどの戦力と指揮官が居なかったんだけど、君たちとシバイのお陰でそれもできるようになった。それと」
と続けたブーディカの顔には、例の隠し切れない陰鬱が滲んでいた。
「そろそろ、みんなも限界でね。これ以上防戦を続けるのは無理が出始めてるんだ」
「それに、これ以上防戦を続けて戦力を消耗すれば、2面作戦の展開にも無理が出てくる頃合い―――ということだな?」
ブーディカは無言だったが、しっかりと司馬懿の言葉に頷いた。
「了解した。貴殿と、リツカの作戦を採用しよう」
司馬懿は手慰みと頭を振る動作を止めると、椅子に背をもたれかけさせた。
「それで、強襲部隊の編制はどうする? アイツを使うのか?」
「そうそう。彼が居なかったら、そもそも敵本陣の所在すら掴めなかったからね」ブーディカは少し照れ臭そうに語った。「気難しいけど、素直で良い子だよ」
その時と同じくして、不意に門前でがちゃりと音が響いた。衛兵が姿勢を正した音だ。続いて入来者を歓迎する声が響くと、音も無くドアが開いた。
「あ、来た来た」ブーディカは人好きのする例の顔で、そして司馬懿はやや気難しそうに、知己の人物を迎え入れた。「丁度話してたんだよ。エミヤ君」
その名前に、トウマは内心ぶったまげていた。それはそうである。何せその名前は言ってしまえば、“原作主人公”と同義の存在なのだから。
それでも表情や身振りに出さなかっただけ、トウマも“板についてきた”と言うべきである。ぽかんとした間抜け面の内心に、鬱勃の情動を惹起させていたトウマが目にしたのは、しかし。
「……誰?」
間抜け面に相応しい科白だった。
だって、そうである。エミヤと聞いてイメージするのは、白いツンツン頭をした目つきの悪い色黒男ではないか。だのに目の前にいる人物は、似ても似つかない……というか目出し坊らしきもので顔をそっくり覆っていてわからないのだから、そりゃあ間抜けなセリフの一つも出るってもんである。
確かに微妙に類似した点も無くはない。赤いフードと外套を着こんだ姿は、なんとなくエミヤの名前を連想させるが、言ってしまえばそれだけだ。その類似で豊かな想像力を膨らませるほど、彼は重度に拗らせて居なかった。
だが、そんな期待と失望をないまぜにしたトウマとは別に、さらに感情的になりかけた人物が居た。
がたん、と椅子を倒して立ち上がった少女―――クロエ・フォン・アインツベルンは、煌びやかな酸化銅被膜の目を見開いていた。
小さな唇が、何かを描いたが、その輪郭は、誰にも―――おそらく自分自身すら知覚できない無の坩堝に吸い込まれていった。
赤いフードの男が、僅かに身動ぎする。猜疑というより純粋な疑義の振舞に、クロは「なんでもないわ」と素っ気なく応えた。
「ちょっと知り合いに似てただけ」
それで話は終わり、とばかりにクロは椅子に座り直した。腰を下ろしたクロの表情は、普段と変わらない飄々さと取り戻していた。
いや―――その普段通りの振舞が、却って不自然なようにも思えたが、それに気づいたのはおよそトウマだけだった。今一度、エミヤと呼ばれた赤いフードの男を見やった。
アサシン。エミヤ。2つの言葉が不意に同衾して、トウマは不意にその可能性に行きついた。テーブルに音もなく座り込んだ男は、自分を伺うようなトウマの視線を意にも介していない様子だった。
思わず、というようにトウマはクロへと一瞥を向けようとしたが、寸でその行いをやめた。その行為が酷く卑しいものではないか、と思われたためだった。その良識が感ずる疚しさに、従わざるを得なかった。
「それで?」恐らく、そこで自然に会話を斬り出せるのが、ブーディカという人物の気質を現していただろう。どこか気まずい空気を弛緩させるための術を、彼女は能く心得ていたのである。「強襲チームは誰にするの?」
「俺の感得するところ、アサシンとクロエの2人で頼みたいと思う。その際、指揮はクロエにとってもらおう」
また、ある種司馬懿という男もまた、人間ができていたというべきだろう。この状況で平然とその言葉を発せられるのは、一重に「合理的に勘案されたものを感情で拒絶するのは愚劣の極みである」という命題の合理性を心頭より信じていたからである。というより、判断していたからと言うべきか。
「俺の思うに、クロ。君の戦況判断能力は極めて優れていると理解されるからだ。あの戦闘の折、君が放ったあの宝具。あの着弾地点は『敵戦力を漸減しながら殺しきらず、且つ撤退の判断を促す』という戦略・戦術ともに適った最適の攻撃だったからだが。あの一打を判断できる君は、その可愛らしいなりに似合わずに優れて“戦争”を理解していると私は考える」
「それ、アナタも同じよね」クロは少しだけ照れて―――あるいは照れた素振りをしてみせて言った。「正直、アナタ、とんでもない美少女じゃない」
「むむむ」
司馬懿はその端正に整った白皙の顔を難し気に顰めた。そんな素振りも絵になるあたり、司馬懿―――というかライネスは、結構な美少女だと思う。
「というか、ここに居る子たちはみんな可愛いと思うけどなぁ。ねぇ、エミヤ君?」
赤いフードの男は、特に応えもしなかった。そんなことには返答を喋ることすら無駄と見做しているような、取り付く島の無さだけを発散させていたが、ブーディカはそんなアサシンの不躾さすらをも気にしていない様子だった。
「ま、そういうことならいいけど。そっちの無礼極まりないアサシンはそれでいいのかしら?」
アサシンは、その時僅かに身体を動かしただけだった。
「いいみたいだよ?」
返答したのは、何故かブーディカだった。曰く、彼女は殆ど言語的疎通を図らないアサシンと共同戦線を張るうちに、そのちょっとした仕草から、何を考えているのかおおよそ理解できるようになったらしい。なんだそれ。
少し肩透かしを食らったクロは僅かに眉を潜めながら、「なら指揮官として人事権の発動を要求するわ」と続けた。
「トーマもつれていくわ。3人で強襲チームとしたい」
「理由は」
司馬懿はこの時ばかり、酷い困惑の表情を浮かべた。そして悲しいかな、トウマ自身がその困惑の意味を十二分に理解していた。
「理由は2つ。私の個人的な理由で、トーマと離れたくないだけ」
さらりと、クロはとんでもないことを言った。ざわめきにも似た情動が周囲に電波する中、最も明敏な拒絶の意を表明していたのはアサシンである。ぎちぎちと拳を握りしめて、件の人物を睨みつけていた。無論件の人間とは、トウマのことである。ジークフリートの時と言い、この時点でトウマは気絶しかけていた。
「なんか娘さんをくださいってやってきたバカを睨みつける親父さんみたいな雰囲気だなぁ」
などと妙な表現をしたリツカは、呑気にもこの空気を楽しんでいるらしい。冗談じゃないよ、とトウマは気絶しかけながら思っていた。
「そうじゃなくて」クロはようやっと、自分の言葉の意味に気づいたらしく、ぶんぶんと手を振った。「マスターとサーヴァントって、そういうものだし」
司馬懿は、ここで大きく咳払いをした。一瞬目の色を変えて飛び出そうとしてきたライネスをなんとか諫めた司馬懿は、それだけで疲労困憊の表情になっていた。
「もう一つ目の理由は」
「簡単な話、トーマは対サーヴァント戦闘のスペシャリストだから、かしら」
ほう、と疲労を素早く拭った司馬懿が身を乗り出した。思わず、と言ったように司馬懿に倣ったのはブーディカも同じで、この時ばかりはアサシンも思わず朴訥とした無能そうな少年を注視したものである。
「私はそう強力なサーヴァントじゃないけど、かの大英雄ヘラクレスとも拮抗できたし、無双の騎士と謳われたランスロット卿も倒せたわ。邪竜ファヴニールを倒せたのだってそう。これも全部、トーマがいたお陰よ?」
「ほう、ヘラクレスと戦ったこともあるのか。しかも竜種とも?」
「普通に凄くない? てか、君らどんな化け物と戦ってきたわけ?」
そうよ、と返事をしたクロは、なんともはや誇らしげに胸を張っていた。
それにしても酷い誇張である。確かに助言らしいものもした記憶はあるのだが、それだって原作知識からの引用をしたに過ぎないのだ。しかもそれは、クロというサーヴァントが高度の柔軟性を維持しながら臨機応変な戦闘を可能とする特異的なサーヴァントだったからこその結果である。自分の能力の故ではない―――と、彼の良識の大部分は理解していた。
とは言え。実はトウマの謙遜も、やはり現実を見ていないのである。原作知識があったからといって、戦闘の際にそれを有効活用できるか否かは情報所持者の器量にかかっている。その点で、トウマという存在がカルデアにとって無能以上の意義を持っていたこともまた事実であった。
「そう言えば、アーサー王との戦いの時も、結構的確な指示だったよねえ。サーヴァントの特性をよく理解してた気がするなぁ」
と、ぼんやりした様子で思い出したリツカの発言が、およそ最も客観的な評価だったと言えるだろう。そしてリツカの発言は、客観的であると同時に、トウマという存在にさらに箔をつけることとなった。
「仔細承知した。君の言う通り、トウマを強襲部隊の幕僚と定めよう。異議はあるか、アサシン」
司馬懿の言葉に、アサシンは微かに身動ぎしただけだった。それとなく全員の視線―――なんとアサシン自身すら―――ブーディカに集中すると、彼女は少したじたじになった。その真名の示す通り、一国の女王ですらあったブーディカである。衆目の元に立つことは慣れていたが、通訳の真似事を期待されることにまでは慣れていなかった。っていうか、なんでエミヤ君もこっちを見てるのさ、とはこの時内心に彼女が思ったことである。
「良いってさ。その代わり、足手まといになるなって」
「そ、良かったわ。足手まといになりそうになっても、私が
クロはすげなくとんでもないことを言った。無論、顔色を悪くするトウマを盗み見ては内心ニヤニヤしているのである。ヒドイ。
「私からは、後は特に」
「うむ。では主力の編成に移ろう。リツカ、君から何かあるか」
「そうですねぇ。先ほどブーディカが示してくれた鶴翼陣形、防御陣形としては良いのですが、どうせなら縦深陣にまで発展させた方がいいかもなぁと思うんですよね」
「考えたんだけど。でも正直こっちに縦深陣をとる余裕は無いよ? 彼我の戦力差も大きくないし」
「むしろそれを活用しようかなぁと。詳細はですね―――」
「―――いやなんて悪辣な」
「大胆不敵とはこのことじゃないか。トウマ君も野蛮だけど、リツカ、君も随分性根が腐ってると見えるね?」
「ライネスちゃんほどじゃないので大丈夫です」
「はっ。随分温和に、鋭く指摘してくれるじゃあないか。君の手でドMに目覚めてしまうかと思ったよ?」
「
「すみません、
(いやマシュ、多分無いことはないと思うよ? えぇとね、今調べるね)
「調べなくていいわ!」
―――極めて建設的且つ包括的で有意義な議論があった、と。
後にマシュ・キリエライトが遺した日記には、記されている。事後処理に忙殺される日々の中それを目にしたロマニ・アーキマンとダ・ヴィンチは、わりに楽しげな苦笑いをしたものである。