fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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猛将、猛進

AM6:00

 

背の低い草原を、喊声が埋め尽くしている。

アサシンが理解したように、それは戦闘に昂る人間の声だった。本能的、というよりは自分を鼓舞するための怒声。槍を手に、剣を手に。迫りくる敵を排除するために、無数の刃が交錯しては弾け飛び、肉を抉り泥の体躯を砕いていく。

だが、そしてやはりアサシンが正しく理解したように、それは怯懦の叫喚でもあったのだ。自らへと迫りくる死という名の暗黒に立ち向かえる人間は、そうそう居ない。それこそ神代、古代の英雄たちとて死への恐怖を惹起させることがあった。生き物という存在者が決して逃れ得ぬ、死、という乾いた事実。ましてそれが、暴風となって迫りくるとなれば、正気を保っていること自体困難だった。

故に。

ローマ帝国の兵士たちが、その光景の中でも足を踏みとどまっていられたのは、奇跡でしか無かった。

一薙ぎ、一突き。無骨な槍が振るわれる度に、今まさに生きていたはずの人間はロースもバラもモツも関係なくに挽肉と化していく。

血煙を鬱勃と巻き上げた竜巻の正体は、1騎の無双。

得物は、一見すればハルバードに見えただろう。中国は宋を発祥とする方天戟の一種、方天画戟。かの軍師の手によって齎された夏王朝の超兵器を操る人物は、この世広しと言えども1人しかおるまい。

クラス、バーサーカー。真名、呂布奉先。群雄犇めく『三国志』にあってなお最強の名を恣にした、最強の英霊。サーヴァントとして召喚された呂布の前では、生身の人間などそこいらの石ころと大差なかった。

そうして、僅かに15分。ゴーレムの軍勢を率いた呂布奉先は、忽ちにローマ帝国の敷いた第一防御陣を食い破ったのである。

 

 

(敵は紡錘陣形を構築。一気に縦深陣の突破を図っているようだ。呂布奉先め、俺が居るとわかって首を取るのに躍起のようだぞ?)

空中に浮かんだ通信用の映像に、ブーディカは肝を冷やした。

召喚されたサーヴァントは、聖杯によりその時代の知識をある程度授けられることとなっている。だがそれとは別に、あらゆる時間から切り離された『英霊の座』に登録された時点で、同じく座に導かれた英霊の記録を集積することとなる。

1世紀、ローマに生きたブーディカが呂布奉先を知る所以である。時代も地域も異なる生まれの英霊同士とて知り合うが故に、弱点となり得る真名は秘匿されるのだ。

「あのねぇ、あんな化け物と殴り合わなきゃいけないこっちの身にもなってよ」

(可能な限り予定通りに進めてくれればいい。無駄な戦闘は極力避けるんだ)

「そうは言うけどさぁ」

文句の一つも言ってやりたくなったところで、絶叫にも似た怒声が空に弾けた。

「あぁもう、帰ったら礼くらい言いなさいよ!」

返信は、聞かなかった。尾花栗毛の腹を軽く蹴ると、猛然と敵の元へと突撃した。

英霊、ブーディカ。温和な雰囲気ながら、ケルトの女王として戦場を駆けた彼女の在り方は、勇猛という言葉ですら生ぬるい苛烈さを内包する。バーサーカーでは無くライダーとして召喚される彼女は苛烈なままに暴威を振るうことを好まないが、その猛々しい気質は仮に騎兵とて変わらない。栗毛の馬を疾駆させた赤毛の女王は、紡錘陣形の突端から猪突する泥の騎馬に跨る巨躯へと突撃した。

「我がクラスはライダー! 呂布奉先、貴様の相手はこの私だ!」

温厚な彼女からは想像もできない、鋭い声。殺戮を恣にする巨躯の目が、ぎょろりとブーディカを見返した。

女神の加護を(アンドラスタ)!」

乾坤一擲。初撃から横薙ぎに撃ち込んだブーディカの一撃は、セイバーと見紛うほどの激しさだった。

だが、天下に聞こえし無双の武将。呂布奉先は、その一撃をあまりにあっさりと、素手で掴み取った。

ぎょっとする暇は、無かった。反撃とばかりに放たれた斬撃は、あまりに無造作に放たれたものだった。それでいて、必殺。袈裟切りに叩き切るように振るわれたそれを、ブーディカは咄嗟に剣から手を放し、馬上から転がり落ちてなんとか躱した。

「逃げて!」

主の喪失に戸惑う栗色の馬をけしかけながら、ブーディカは再度組み付かんばかりに呂布へと飛び掛かった。

左腕に握りこまれた剣、その柄を手にする。ぞわり、とオドを励起させたブーディカは、その超至近にて真名を解放した。

「『約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)』!」

黄金の剣、その刀身が夥しく閃光を迸らせる。真名解放を悟った狂戦士は咄嗟に馬から飛び退きながら距離を取ったが、それでもクロスレンジに違いない。炸裂した無数の光弾はまさしく暗雲から降り注ぐ剛雹。サーヴァントを一撃で殺しきらずとも、十分な致命傷を与えるに足る攻撃であり、この至近距離で全てを躱しきるには、それこそアキレウスの如き俊足が必要だった。

事実、呂布奉先は射出された光弾数発を躱してみせ、さらにはただの戟の薙ぎ払いだけで撃ち落としながら、それでも数発が巨躯へと吸い込まれる。直撃と同時に閃光が爆発するや、爆炎が呂布の体躯を飲み込んでいった。

「まぁー、そんな簡単には倒せないよねぇ」

晴れる噴煙。さしたる傷も無く姿を見せた巨漢に、ブーディカはげんなりと苦い微笑を浮かべた。

流石に、格が違うことを自覚せざるを得ない。所詮は敗北で人生の幕を閉じた自分と、中華最強の英雄では比べようも無いか―――。

あまりに謙虚に考えながら、さりとて軽々に結果を急ぎすぎない点こそは彼女の優秀さの証であり、また指揮官としての戦術眼だった。

打ち出された戟の一撃を剣で受け流したブーディカは、勇躍とばかりの怒声を響かせた。

「いいか、無駄に命を散らすな! ゴーレムとの戦闘は可能な限り3人1組で行うことを忘れるな、それが出来ない時は素直に逃げよ! ローマ帝国軍人の命、簡単にくれてやれるほど安くないことを教えてやれ!」

 

 

「順調ですか、それは重畳」

肩に止まった小鳥に声をかけ、陳宮は使い魔からの情報を精査する。

サーヴァント、呂布奉先を先頭に展開する紡錘陣は既に敵縦深陣を3層まで突破している。予測時間より進行速度が速く、紡錘陣自体がやや縦に伸びている。

「流石に僕のゴーレムでも、かの呂布奉先の機動性能には敵わないよ」

「貴方、いつまでここにいるんです?」

なんというか、当たり前のように幕内で陳宮の目の前でくつろぐ仮面の男。困惑の声を向けてなお平然としながら、「研鑽の為さ」と声を返した。

「君の持つ技術には興味がある。特に、あのサイバネティクス……というのかな? 僕のゴーレムとは全然違う魔術体系なのだろうけど、だからこそ学ぶべきものがある。そう思わないかい?」

かすれ声の割りに饒舌に言葉を続けた仮面の男。キャスター、アヴィケブロンは、少しだけ気分が良いらしかった。素朴ですらある物言いに流石に毒気を抜かれながらも、陳宮は一応の首肯を返した。

「確かに、貴方の技術には私も関心はあります。ですが、ここは戦場ですよ? 戦闘を得手とするわけでもない貴方がしゃしゃり出るのは、やや感心しませんが」

口調は穏やかだが、物言いは辛辣だった。端的に言って雑魚は邪魔だから引っ込んでろ、と陳宮としては言いたいわけである。無論、いざとなればこの男を”砲弾”にしてしまうことも十分選択肢なのでいいのだが。

「それは忠告かい、それとも親切かい」

「後者だと判断しているなら、貴方は相当頭が茹っていると思いますが」

それに―――と言葉を続けた陳宮は、僅かに、眼鏡を持ち上げた。

「他人の理想に殉じるほど、私は暇ではありませんので」

およそ、十瞬もあろうかという沈黙。仮面で表情は伺い知れないが、アヴィケブロンは少しだけ身動ぎした。

「軍師というのはやはり頭が切れる、ということかな」

掠れ声に、緊張は無い。仮面の奥でくたびれた嘆息を吐くと、アヴィケブロンは肩を落とした。

「あのチンカス野郎は餌に出来ない。諸葛孔明は、魔術師としては二流もいいところ。であれば、適任は貴方か私。別に頭を使う必要もない問題です」

「あの皇帝ネロを炉心に組み込めたらそれが一番。君はまぁ、スペアさ。安心してくれ」

「それ、弁解になっていると思っているでしょう? そういうところが、ろくでなしの所以だということは知るべきですよ」

「よく言われる」

「自覚なさいと言っているのです」

アヴィケブロンは厭世的に吐き捨てたが、さりとて動こうともしなかった。露骨に不機嫌そうにしながらも、どうせ何を言っても無駄と理解した陳宮はわざとらしく鼻を鳴らした。

「いざとなったらお逃げなさい。いいですね」

「人情かい」

「軍師の本懐です。どうあれ歴史に名を遺した軍師たるもの、戦略目標を見失う愚を犯しては物笑いの種になりますので」

「理解不能だな」アヴィケブロンは肩を竦めた。「でも君の言うことには従おう。僕も、野蛮人の理想なんて別に見たくもないしね」

陳宮は、特にそれを聞き咎めることはしなかった。野蛮人、というのは、多分に事実だということは自分で自覚していた。

冷静沈着を旨とする。それが軍師の在り方ではあるけれど。陳宮公台は、軍師であると同等以上に、自ら剣持ち弓撃つ武人でもあるのだ。であれば、この願いが血生臭いものであることは、言われるまでもなく自覚しているのだ。

「さて。ですが、やはり私も軍師ですので。それにあのチンカス野郎の命令が達成できないのは、それはそれで業腹でしょう」

浅黒い肌の男は、どこともしれない樹々を眺めた。これから来るであろう来客を注視する目は、知的というより勇猛さを閃かせていた。

「ねぇ、それにしてもチンカスってどうかな。詩的じゃないと思うが。控えめに言って前衛的だと思う」

「リリカルではありませんか。あれを呼びやるのに、これ以上相応しい言葉がありますか」

「んー……まぁ、無いか」

 

 

呂布奉先にとって、生前、戦場とは己の力量を試す場でしか無かった。

武芸百般を体現する様は、正しく無双そのもの。あらゆる敵は芥に過ぎず、凡百の武将などは野の獣と大差ない。

先ほど見えたサーヴァント。ライダーも、彼にとってはさしたる障害では無かった。どこぞの英霊かすら興味はなく、ただ男は猪突のままに、敵陣を食い破っていく。

呂布が僅かな違和感を覚えたのは、恐らくして3つめの防御陣と戦闘に入った時だった。

これまでと変わらず、方天画戟で人肉を引き裂いていく。その作業のプロセスにさしたる代わりはなかったが、何かがおかしい。

呆気なく兵を引く、手応えの無さ。それでいて、兵力を的確に集中させてゴーレムの頭数を漸減させていく兵士の動き。第2層にも勝るとも劣らぬ用兵。であれば、先ほどのライダーのような指揮官型のサーヴァントが居るに違いない、と予測する。

泥馬の騎上から、呂布は戦況を見渡す。烏合の衆、有象無象とばかりに入り乱れる人間のただ中に、それらしい人物は居ない。

舌打ちが、口を衝く。これだけ人間が犇めくと、目視ではサーヴァントか否かなど識別できない。

微かな焦燥。だが、呂布はその焦りを素早くかき消し、猛進を開始する。

敵が引くより早く突撃し、薙ぎ払い、突き崩し、撲殺する。小賢しい策など正面から打ち破るのみ。元よりこれはそのための戦いで、男が唯一信を置く陳宮公台がなんとかしてくれるだろう。

ある種の、思考放棄。それこそが呂布奉先の精強さであり、歴史に名を遺した所以。だがら、それは人格的な非難こそ免れぬとも、戦術・戦略的論難には値しないものだっただろう。

だが、この時だけは、その思考停止は愚策だった。あるいは呂布奉先ほどの英霊であれば、その影に気づけただろう。

群衆とすら呼べる、並みいる兵の中。赤銅色の髪の少女が青鹿毛の馬を遮二無二に駆り立て、鼓舞の声を響かせる様は、慎重な人間であれば気が付けたかもしれない。

だが、所詮は仮定の話である。『人中に其の人有り』と謳われた無双の英雄に、凡人と左程差異の無いその少女の姿を捉えることなど出来なかったのだ。あるいは視認しても、それを敵と認識することはなかったか。どちらにせよ、呂布奉先は思考を捨て暴威となることを選び、人間で出来た壁を、濡れ紙を裂くように打ち崩していった。

そうして、およそ1時間。呂布を戦闘に形成される槍の如き陣形は、第4層防御陣を突破した。

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