fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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将は智慧の先に何を観る

(大丈夫、リツカちゃんはちゃんと退避したよ。第四防御陣の戦力も9割残ってる。全体としての損耗率も2割には抑えられてるんじゃあないかな)

そうか、と空中投影された通信映像に返す司馬懿の顔は思案気だが、この時中華きっての大軍師は、目の前の戦況の推移についてはさしたる関心を払っては居なかった。

この時、軍師司馬懿の思考の中の6割を占めていたのは、藤丸立華という人物への評価である。

的確な部隊運用、火力投射の妙。そして、逃げの巧さ。

首都防衛戦での、派手に見えて敵の戦略目標を見据えた堅実な戦術立案。多少は優秀だと思っていたが、なるほど―――。

「欲しいな」

司馬懿の顔は、酷く無表情だ。だがその冷淡にも見える顔こそは、司馬懿という男が最も他者に情熱的関心を寄せる際の表情だった。

そして、もう一人。

黒髪の朴訥な少年の顔を思い浮かべると、さて、と口腔に声を凝らせた。

サーヴァント戦闘のプロフェッショナル。単なる誇大妄想か、それとも現実のものなのか。実績は、あと少しもすれば現れるだろう―――。

《随分余裕そうじゃないか、司馬懿殿》

内心に、自分ではない者の声が響く。依り代となった少女、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテのその声音は、嗜めるようで嗜虐的だった。

《相手は呂布奉先なんだろう? 中華最強の英霊も、所詮は大軍師の掌の上ということかな?》

「所詮、呂布奉先など個人技に特化しただけの木偶の棒。武芸百般など余興であれば愉快だが、戦場ではただ扱いにくい駒というだけのこと。元よりアウト・オブ・眼中、語るに値せぬ」

だが。

それを手名付けた上で戦術に組み込んで見せる敵の指揮官には、司馬懿は敬意を感じていた。呂布奉先を先頭にしただけの一点突破と言ってしまえばそれだけだが、単純な数的優位に劣る敵軍としては、戦力集中による防御陣の突破は最も勇猛且つ理に適っている。

軍師とは、如何に効率的に暴力を行使するかの技能である。であれば、暴力の具現たる呂布奉先の手綱を握る技倆は、正しく軍師と呼ぶにふさわしいだろう。

「そも。戦術などはさして難解なものではないのだ。多数により少数を打ち破る。ミクロ・マクロに視点を変えながら、多数を以て少数にあたるを意識し続けるだけのこと。そうして敵を常に少数にし続ければ、戦いは須らく常勝不敗。それだけの、ことだ」

果たして、それは誰に語り掛けた言葉だったか。裡へと沈思する言葉を飲み下した司馬懿は、駆け付けた伝令の言葉に、獰猛な肉食獣じみた嫣然を浮かべた。

「伝令! 第6陣突破されました、残り我が防御陣は第7陣を残すのみです!」

開戦より、既に5時間。中天には日が昇り、明々とした陽光を戦場に等しく降り注いでいた。

「少しばかり速いな」

 

 

呂布がその人影を捉えたのは、半ば必然だった。

市街、メディオラムを背に構築された7つの防御陣を突破すれば、最奥には全体を統率する指揮官が居るのは自明。そしてそれこそは、呂布奉先と陳宮公台が追い求めた目標―――サーヴァント、司馬懿そのものだった。

呂布、という男は、粗忽な武勇と相反するように智慧敏い武将だった。戦術と戦略がなんたるかは能く了解していたし、またその重要性も理解していた。

理解していたが、だからといってそれについて考えるのは手間なことだとも思っていた。戦場で武勇と言う名の暴威を振りかざすことこそ、呂布という存在の起源であり。それ以外の全ての事象は、雑事に過ぎなかった。

だから、司馬懿と雌雄を決することの戦略的意味を、呂布は思考しない。頭を使うことの全ては陳宮軍師へ委ね、巌の如き巨躯は極めて沈着に、葦毛の馬に跨る矮躯へと方天画戟を薙ぎ払った。

司馬懿、と思しきサーヴァントが宙に何かを放り投げる。硝子でできた、小さい管のようなもの。試験管の口からずろりと銀色の液体がはい出るや、忽ちに太刀へと変化する。

戟へと打ち合わせる銀の太刀。鈍く拉げるような音も束の間、呂布の膂力にあっさりと馬上から弾き飛ばされた少女然とした身体はゴム毬のように地面にのたうった。

うげ、と嗚咽を漏らして痙攣するその様を、無論呂布は看過しない。即座に方天画戟を砲撃形態---弓へと可変させ、その矢じりの先を司馬懿の体躯に捉えた。

「トリムマウ!」

声が激したのと、呂布の手から矢が放たれたのは同時だった。

猛然と放たれた矢の破壊力は、対艦ミサイルにも匹敵しよう。一撃で艦船を爆砕するほどの大火力が殺到するより僅かに早く、手に持った銀の剣が再びぐにゃりと変形した。

形状は、大楯。小柄な体躯を覆って余りある銀の盾は、しかし、呂布の攻撃を止めるにはあまりに脆弱だった。3秒と持たず銀の盾が破砕され、司馬懿の体躯は暴威の中に飲まれていった。

数舜ほどの、間。猛然と立ち昇る土煙の中で、ゆらりと影が立ち上った。

「武官の真似事をするとは思わなかったが」

はらはらと晴れる噴煙の中に、深紅の双眸が灯る。赤々と燃えるが如く双眸を揺らして現れた少女は、いたるところを損傷していた。

腕千切れ腸が脇腹から零れ、その他身体のあらゆる箇所に裂傷を作りながらも、その悠然としながらも挑発的な嫣然が鋭く閃く。傷はむしろ凄絶さすら感じさせ、さしもの呂布奉先とてその在り方に瞠目を禁じ得なかった。

「魔女の手口、か。魔術など興味も無かったが」

ぶちり。

金の髪の一房を千切り捨てた司馬懿は、はらりと房を捨てた。風に乗って吹き散る金の髪をさして気にするでもなく見送ると、司馬懿は嗤うように呂布奉先を睨めつけた。

傷など知らぬとばかり。繊弱な矮躯を意気揚々と、一歩踏み込ませる。

「天下一、無双の武将が聞いてあきれるわ。俺のようなひ弱な文官に二撃も費して、まだ殺せぬとはな。所詮、貴様は乱世にしか生きられぬ梟雄。次代を創る意思も無く己が生を浪費することしか知らぬ、愚かな男よ」

さらに、一歩。爛々と燃えるように煌めく赤い目が、苛烈な睥睨を突き刺す。

だが、呂布奉先は今度こそ、二の足を踏むことはしなかった。狼狽は一欠片とて存在せず、戟の形を取った己が宝具を手にした。

形状は、刀だった。幅広の片刃を手に、呂布は騎馬を猪突させた。

「面白い、やってみせろ。貴様如きが振るう鈍らで、この宣帝司馬懿仲達の首が斬れるというのならな!」

ぎらり、迸る銀の閃光。唸りを上げた刃の一閃は過たずに肉を裂き骨を砕き、血煙を噴き上げた。

 

 

そろそろ、か。

赤いフードのアサシンは内心で、独り言ちる。

体内時計から勘案して、今はもう12時を回ろうかという時間のはずだ。当初の予定通りなら防御陣は第7層まで突破された頃合いで、あと数十分もすれば司馬懿の座す本陣へとサーヴァントが襲い掛かるだろう―――。

内的時間感覚に極めて優れるアサシン故の戦況把握。実際の戦況は当初予定よりも僅かに早く進行していたが、あくまでそれは誤差の範囲だった。あるいは、進行状況に変異があるかもしれない、とは考えていたが、アサシンはそれを余分な思考と切り捨てていた。

もしそれが作戦進行に支障をきたす程度であれば、相応の連絡がある。それが無いということは、自分たちはそれを気にする必要は無いということだ。

だからこその思考停止。末端の兵は戦術・戦略など考えるべきではなく、ただ与えられた戦場で与えられた役割を果たすべきなのだ。かつて身の程を知らぬ大願を以て生き、その果てにただ使嗾されるだけになり果てた男は、無味乾燥に、そう理解する。

―――思考と同時。アサシンは、山の尾根に転がる岩塊から、眼下を眺めやる。

山間にぽつんと開けた広場。干上がった湖の名残と呼ばれる広場には、確かに湿地特有の植物が今でも顔を出している。その広場に陣取る頑強な躯体が、およそ20機。急場の天幕らしきものを基点に増設された一帯を鑑み、アサシンは此処が魔術工房だと明晰に理解した。

であれば、敵はキャスタークラスのサーヴァント。魔術を得手とする英霊ならば、相手取るのはアサシンよりも3騎士に相当するアーチャーが最適だろう。対魔力を有し、かつ生前魔術に連なる人物だったというアーチャーであれば、どれだけ強力なキャスターだったとしても問題にはなるまい。

アサシンは、確認するように背後を振り返る。ハンドサインで己が思考を小柄な少女へと伝えると、アーチャーは僅かに思案した後、首肯を返した。

―――一応、アサシンはもう一人の人物を伺う。黒い髪の繊弱そうな男は、少しだけ間の抜けた面をした後、慌てて頷いた。

サーヴァント戦のプロがそういうなら、大丈夫だろう。などと皮肉っぽく考えながら、アサシンは背に負ったケースから狙撃用のライフルを取り出した。

マズルブレーキを装備する大口径狙撃銃。通常弾以外にも鉄鋼焼夷弾、榴弾、対戦車榴弾すら装填可能とするそれは本来のアサシンの持ち物ではなく、少年たちが所属する組織―――確か天文だか占星だかとかいう名前だった―――からの供与品だ。

国連の組織らしいが、こんなものを備蓄する組織が果たして真っ当な組織なのだろうか。疑念は、一瞬。魔術師の組織など大なり小なり禄でもないものだと割り切ったアサシンは、安全装置を指先で弾いた。

それが、合図。銃を構えたアサシンの脇を、赤い颶風が駆け抜けていく。魔術回路に猛然とオドを巡らせたその様は、猛々しい禽を想起させた。

 

 

陳宮がそれに気づいたのは、炸薬が起爆したのと同時だった。

工房の索敵網がサーヴァントを探知する。無論それは工房の主たる陳宮にも知ることとであり、天幕の裡より弓を以て外へと抜け出す。その直後、天幕の横に並ぶ待機中のゴーレム1機が爆殺されたのだ。続けて対処行動に出ようとしたもう1機の頭部が爆破され、爆風がそのまま周囲の2機をなぎ倒していった。

爆破に何等かの魔術が介在した形跡は、無い。であればそれは物理的な兵器によるものだろう。1世紀に召喚された陳宮には、それが一体如何様な兵器なのか知る由も無かったが、少なからず己が居た時代よりは遥かに未来のものであろう、と即座に見当をつける。

見てみたいな……などと、陳宮は思う。軍師陳宮は本来武芸嗜む身であるが、さらに言えば彼は技術者なのだ。古代夏王朝の秘匿技術を継承する家系に生まれた陳宮公台にとって、人類の叡智は須らく関心を寄せるものである。周囲500mを囲う工房のさらに外側から、ゴーレムを一撃で爆殺する火薬を、しかもこれだけの精度を以て投射するなど尋常ではない。

端的に言って、めっちゃ見たい。

「―――っとそんなことも言ってられませんか」

4度目の爆発に、舌を打った。無差別な爆撃に見えて、的確に工房の迎撃管制用の礎点を破壊している。しかも、効率よく周囲のゴーレムを爆破に巻き込みながら。

少なからず、魔術に心得のあるサーヴァントに相違あるまい。本陣強襲部隊なだけあり、厄介なことこの上ない。早めに撃破すべき敵だが、今はようやっと作動し始めた迎撃装置に任せることとした。

迎撃用の投石器が展開、狙点めがけて岩塊を射出するのを後目に、陳宮は弓を構える。

矢を弦に番え、眼鏡越しに敵を定める。周囲環境を即座に演算・把握し最適な射撃地点を識別する、陳宮自作の発明品。眼鏡の指示する通りに、立て続けに射ること計4発。知悉に富む学者然とした佇まいからは想像もできない剛毅の射だった。

だが、それはあくまで常人の域に留まるものだった。そして肉薄する騎影こそは、尋常の埒外に在る超常の存在者。猛獣すら打ち倒すであろう4発の矢を、迫りくる紅の影はたちどころに斬り伏せていった。

「武人の心得もあるにはあるのですがねぇ。所詮は付け焼刃、ですか」

やれやれ、とばかりに眉を寄せると、陳宮は天幕へと声を貼った。

「お逃げなさいキャスター! ここもそう長くは」

言いかけて、陳宮は鼻で笑った。

天幕の裡に、動く気配は無い。この一瞬の間に、アヴィケブロンは退避行動に入っていたのだ。その逃げ足の巧さは舌を巻くほどだった。

原初の人を見るまで死ねないという意地なのか、はたまた炸薬扱いされるのを嫌ったのか。どちらにせよ、あのキャスターが消滅するようなことがあっては色々迷惑だ。

さらに続けて放った3射も叩き伏せられる。鼻白みながら、陳宮は肩に止まった泥の小鳥の声に頷いた。

「イキリ眼鏡太郎に使嗾されるがまま、というのも癪ですが」陳宮は早々と弓を地に起き添えると、次は太刀を引き抜いた。「それを己が戦術(エゴ)に転換してこその戦術家、というものですから。」

そうして、陳宮公台は己が前に立ち塞がった赤い死神に相対した。

死神。確かに、その佇まいは死神のようである。山間に吹き込む颪に赤い外套を靡かせ、闃然と佇む様は超常の使徒を想起させる。だらりとぶら下げた細い腕に握られたのは、小さな体躯に似合わない、厳めしい片刃の双剣だった。

「中華の英雄。というわけではないようですね。であれば、その剣は贋作の類でしょうか。そんなものを使う英雄は―――」

赤い影が跳ぶ。音速に届こうという疾駆に対応できたのは、一重に眼鏡のお陰だった。砲弾さながらに投擲された黒い剣を太刀で斬り落とし、その隙に右翼から迫った小さな死神の一閃に太刀筋を併せた。

僅かに一合。名刀でこそあれ所詮宝具ではない太刀は、ただ一撃打ち合わせただけで刃が砕けた。それに、その威力。苦悶の声を零した陳宮の体躯は、枯葉が突風に遊ばれるように吹き飛んで行った。

さらに一撃、投擲された白い剣を返す刃で打ち返したところで、終いだった。甲高い音を響かせながら太刀が砕け、衝撃の余波でよろけた陳宮の懐へと赤い影が跳び込む。

握りしめられた武器は、槍。深紅の外套よりもなおどす黒い、呪詛の長槍。先ほどの中華剣とは全く趣の異なる武具だった。

寸前、陳宮の目の前に木簡が散らばった。緊急防御用の魔術を工房が発動させたのだ。下級の宝具程度を防ぎ得る奥の手の防御手段。これで、あの槍の一撃なら防ぎ得る。

だが、これは一度だけしか発動し得ない。そして次の攻撃手段は、どうすべきか―――。

そこまで思案しかけた、時だった。

「おや」

思わずまろび出た声は、酷く素っ頓狂だった。何せ、あの赤い槍は木簡を当たり前のように貫通して、陳宮の心臓を抉っていたのだから。

「魔術を断ち切る槍ですか。なんとまぁ、きっかいな」

陳宮は呆れるように言った。続けて背後から飛来した双剣が立て続けに胴を貫いたが、さして気にしていないように首を振った。

「風雅のわからない方ですねぇ。そのような姿が全盛期というのであれば、それも当然と言うべきでしょうか」

「雅だなんだ、というのはもう飽きたわ」

ぶしゃり。少女が槍を引き抜くと、陳宮は堪らずに地面に倒れ込んだ。咳き込みと同時に血の塊を吐き出した。

「貴方みたいな手合いは、べらべら喋って時間を稼ぐものでしょう?」

「浪漫のわからない手合いですか。まぁ、最期というのは得てして散文的なものではありますが」

もう一度血の塊を吐いた陳宮は、そうして、至って散文的に言葉を続けた。

「ですが、私の死亡を引き金に作動する宝具までは考えが及ばなかったようですね」

 

 

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