fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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大変長らくお待たせして申し訳ございません。
少しずつペースを戻していきます故、どうぞよろしくお願いします。


計画されたアンサンブル

僅かに数分前。

大口径狙撃銃でグレネード(榴弾)を投射すること5射。狙撃というより最早砲撃を行いながら、アサシンは狙点を素早く変更していく。

狙撃・砲撃は戦場を支配する魔手。なればこそ、それらへの対抗手段もまた発達するものなのだ。

とは言え、それは狙撃銃、自走砲、あるいは長距離ミサイルが長足に発達した近現代の戦争の話ではある。萌芽こそあれ、1世紀のこの時代にそういった観点は存在しないはずだった。

にも拘わらず、敵のキャスターはそれを実践している。林間を疾走するアサシンの直近に岩塊を炸裂させる敵サーヴァントは、少なからず戦争のなんたるかを知悉しているということだ。

厄介な手合い―――認識を更新したアサシンは、僅かな一瞥を背後に向ける。

アサシンに遅れること、5歩。這う這うの体で走る姿は無様なことこの上無いが、それでもついてきている。魔術礼装の手を借りながらも。

マスターとサーヴァントは、物理的距離に近しいほど能力を発揮しやすい……らしい。果たしてその効果は、わざわざ自ら危険と言う名の陥穽に飛び込むほどのものなのか。アサシンには判断のつきかねる話だった。男は極めて合理的なため、判断保留の題目については賛同も非難もしなかった。

私情など不要。摩耗に摩耗を重ねた男の帰結は、当然のように散文的である。また男は自らの帰結に対してさしたる関心はなく、機械的というよりは鉱物的な無機質さで事態を処理していくだけである。

とは言え、男の動作は洗練された軍事兵器のようである、と言う点では機械的だった。何度目かの矢の豪雨を潜り抜けたところが、次の狙点。滑り込むように膝をつき、弾倉を切り離す。予備弾倉を叩き込み、装填完了と同時にスコープを覗き込み、前戦のアーチャーとの視覚共有(データリンク)を併せての、グレネードの精密砲撃を敵陣に叩き込む―――。

筈、だった。

がさ、と草木をかき分ける音が、した。敵、と理解しかけたアサシンが咄嗟に跳びさろうとして、それを目にしてしまった。

アサシンは、その光景を理解しかねた。何故なら、男の目に映ったのは、あの黒髪の少年が猛然と、滑落するように斜面を駆け下りていく姿だったからだ。

無論、無視することもできた。だが、アサシンには少年を守る責任があった。くだらないことこの上なくとも、それが命令であり、アサシンの生き方は、既に命令に背いて合理性を追求するように、できていなかった。

「―――世話の焼ける!」

大口径の狙撃ライフルを構えたまま、アサシンは少年の背を追った。

 

 

呂布奉先にとって、その光景はともかく理解の埒外であった。

彼の視覚が捉えた状況を極めて叙事的に描写すると、このようになる。

まず、目の前に人影が居た。それは名だたる武将にも見えず、またサーヴァントでもない。ローマ帝国の兵士、その1人である。

そのどこともしれない兵士には剣が握られている。振り下ろしたはずの方天画戟を、さも当然のように防いだ兵士の顔には、怯懦とも驚嘆ともとれぬ顔がはりついてる。

以上、それだけ。文字に起こせば134字に満たない事実こそが呂布の捉えた全てであり、また彼に理解しかねる出来事の全貌だった。

何故、と問う時間は、無かった。あるいは呂布自身も、何故を問うことは無かった。ただ理解不能な出来事に面しても、呂布は狂戦士として再度、方天画戟を叩きつけた。

そうして、2度目の理解不能な出来事が起きるのである。怒声にも似た掛け声とともに剣を斬り返した兵士は、その太刀筋で以て方天画戟を打ち返し、さらには返す刃で3度目を打ち合ったのである。

そうして、4度目。やっとのことで兵士1人を轢殺した呂布の元に襲い掛かった兵士は、正しく津波だった。夥しいまでの人数が四方八方、数多の武具で以て襲い掛かる。たまらず寄せ付けまいと薙ぎ払ったが、あるものはそれを受け止め、あるものは寸で飛び退いて躱し、あるものは躱しながら一挙に距離をつめてくる。その動きのどれもが凡夫のそれではなかった。

呂布奉先は、単なる猪武者とは異なる。軍略のなんたるかを知悉した武将であった。だがその剛毅な気質から、背後の援軍を顧みることは無かったが、仮に彼が指揮官として優れ、後方の味方に助力を請うたとしても徒労に終わっただろう。何故なら呂布奉先の背後は既に完全に包囲され、その包囲陣をゴーレムたちには突破することすら敵わない状況だったのだ。

否、それは正確な記述ではない。より正確に述べるなら、ゴーレムたちすらをも半包囲の陣形に封殺されていたのである。

理屈は、極めて簡単なことではあった。敗れたとみせかけて散り散りになった防御陣を3班に再編。1班は伸び切った紡錘陣形の突端を側背から強襲し、呂布とゴーレムを分断。さらに2班がゴーレムの背後、紡錘陣形の底辺に展開することでゴーレムに半包囲を敷き、第3班が呂布奉先を包囲し、各個撃破に持ち込む。それだけのことであった。

だが、高速で兵力を機動させながら部隊を再編、さらには自在に展開させることは机上では美しく見えても実践させるのは至難の業どころではない。ほんの僅かでもタイミングを見誤れば兵力は分散し、包囲どころか逆に各個撃破に持ち込まれかねない。さらには司馬懿の命運そのものすら尽きかねない戦術ではあった。

少なからず2名、用兵の運用に長けた人物を必要とするであろう。

そのうちの1名、ブーディカは包囲したゴーレムたちに前後から波状攻撃を展開していた。ゴーレムたちが攻勢に出た側の部隊は引き潮のように後退しながら、背後の部隊が後背から強襲。ゴーレムが反転迎撃の気勢を見せれば、今度は後退をかけていた部隊が反転に転じ、反転迎撃の隙を衝く。際限なくそれを繰り返すことで、じわじわとゴーレムの頭数を漸減させていった。

呂布奉先に執られた戦術も、おおむね同じであった。方天画戟が近接戦闘向けの形状をする間は弓兵が矢を浴びせかけ、弓に変形させれば槍兵が責め立てる。それの、無限とも思える反復。英雄的な浪漫など欠片も存在しない、極めて無味乾燥な多数兵力による少数勢力への消耗戦だった。

「詭計、切り札。戦争にそんな浪漫を追い求めるのは、基本的には幼児の夢想に過ぎぬ。童謡か詩にでも唄わせておけ」

司馬懿は、息を切らしながら傍にやってきた2人に一瞥をくれた。爛々と魔眼を閃かせた軍師は、その赤々とした目に反して、さりとてさしたる感動も無い様子だった。

「あとはよく見ていると良いよ。リツカ、マシュ。所詮、狂戦士なんて(ましら)に劣る。頭の切れる馬鹿(フラット)に比べれば、何のことは無いのさ」

そうして、波状攻撃が繰り返されること50度。弓の斉射により、呂布奉先は呆気なく消滅した。

 

 

 

クロは咄嗟に槍の穂先を突き立てかけたが、寸で、それをやめた。慈悲などは当然なく、ただそれが無意味なことだと知ったからだった。

「これはご明晰で。えぇそうです、今私をさっさと消滅させたところで何も変わりませんとも。それよりも、少しでも情報を引き出した方が賢明である、ということでしょう」

地面に倒れ伏した男は、心臓を貫かれているというのに平然とした素振りだった。

「あぁ、もちろんやせ我慢ですとも」

……実際のところは、かなりきついらしい。笑顔のままで吐血する様は、異様だった。

「―――むぅ、呂将軍もやられましたか。やれやれ、司馬懿殿にはやはり敵わないようですねぇ。所詮は猪武者に片田舎の貧乏学者。天下の宣帝には敵わぬは道理でした」

ふと、小さく独りごちる。酷く非難がましい物言いにも関わらず、その声音には哀惜が満ちていた。そうして、同じくらいの慨歎と諦めが混交していた。

「残念なことに私のエゴ……もとい戦術は敗れ去ったようです。ですが、戦略目標は果たさせてもらいました。なので、最期にクソ忌々しいので自爆したいと思います。ほら、私ひねくれ者ですので、クソ眼鏡の掌の上というのも癪でしょう」

自分も眼鏡なことは棚に上げて剽悍の面持ちに稚児めいた笑みを浮かべると、さらっと男は口にした。

「私、陳宮公台と申しまして。私の宝具、基本的には他者の魔術回路を暴走させて人間爆弾にするものなのですよね。残念なことに私の他には誰もおりませんので、私自身を爆弾にする次第です。やったことはありませんが、まぁ魔術回路はありますし、うまく行くでしょう」

素っ気なく言い終えると、陳宮は疲労したように鼻息を吐いた。

「クソ眼鏡の掌の上も癪ですが、あのチンカス野郎の思い通りになるのはもっと不快ですからねぇ」

果たして最後のつぶやきは、なんであったか。呟きというより、この時男は初めてクロに対して語り掛けていたのかもしれなかった。

「ではこれでお暇致しましょう。まさかまさかの『掎角一陣』、特等席でご照覧あれ」

寒心が、真皮を粟立たせる。

あるいは、それに気づけたのは、クロが極めて魔術師の素養に長けていたからか。

山間に敷設された臨時の中継地点。か細い霊脈から吸い上げた大源(マナ)を、ただ一撃の自爆に転嫁した際の破壊力は、対軍宝具すら上回り、対城宝具にも届こう。ニコニコと微笑すら浮かべる男の表情に絶句しながらも、クロはその僅かな2秒に思考し尽した。

今まさに握る魔槍、ゲイ・ジャルグ。魔力の流れそのものを断ち切る槍であっても、宝具の発動そのものは防げない。契約破りの短剣も、発動してしまった宝具を無効化はできない。

であれば、残された手は防御。だが対城宝具を真正面から防御しきるだけの防御など、どこにある? アイアスの盾すらティッシュを裂くように破壊されるだろう―――。

至った帰結は、明瞭な死。そうして残された1秒の中で咄嗟にとった行動は、己のマスターへと逃亡を指示する声を張り上げるだけだった。

「逃げ―――!」

背後を、振り返る。樹々の中に居るであろう主へと声を張り上げかけた、その瞬間だった。

何かが、こめかみ付近を擦過した。

彼女の鷹の目は、それが何なのかを正確に目撃していた。

対戦車ライフルのそれに比べれば、遥かに速度に劣る弾丸だった。

この時代より1900年後にこの世に生を受けた中折れ式の拳銃、その銃口から時速314km/sで飛び出した特殊弾丸は、吸い込まれるように男の胸元へと飛び込んだ。

そうして、全て終わった。ただの拳銃の弾丸が男の身体を貫くという、極めて散文的な結果の次に訪れた現象は、全く以て魔術的だった。

男の身体が、釣り上げられた石鯛のように飛び跳ねた。と思った瞬間、全身の孔という孔から黝い血を吹き出したのである。

驚愕に男の目が見開かれる。数多の情動を駆け巡らせた男は、最期の最期にぎこちなく破顔した。

「全く、本当に浪漫の無い」

くたびれたように言い捨てた時、男は消滅した。

クロが現実に引き戻されるまで、数舜あまりの時間を要した。宝具の発動など元より無かったように静まり返った周囲を見回した少女は、その目に2人の人物を認めた。

荒く息を切らした黒髪の少年。そうしてもう一人、赤いフードを被った暗殺者は、大口径の拳銃を構えていた。

 

 

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