fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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机上の論は廻り巡る

こうして、メディオラヌムを中心とした一連の戦闘は、戦闘開始から10時間後に終結した。

だが、この戦いを以て、何かが綺麗に終わったわけでは、当然なかった。

アルプス山脈の窪地に敷設された中継点。去り行く3人の姿を、見送る人影があった。

サーヴァント、キャスター。その真名を、アヴィケブロンと言う。逃亡したかに見せて隠匿の魔術で潜んでいたアヴィケブロンは、当然一連の戦闘を注視していた。

手慰みのように、キャスターのサーヴァントは顎に手を当てていた。とはいえ、仮面越しに、である。極めて繊弱虚弱な体質である彼にとり、外の世界はマスク無しに活動できる環境に無かった。とはいえ、室内においても彼は仮面をつけているのだが。

「志半ばで朽ちるというのは、みっともないことだ」

独り言ちる。やや不満ながらも、まんざらでもない顔で消滅していった陳宮に対しての、罵倒とも賞賛ともつかない言葉だった。

「でも君のお陰で、まぁまぁいい結果になりそうだ。その点だけは感謝しているよ、ミスター陳宮。アレは、多分皇帝ネロよりも優れた逸材だ」

静粛の魔術を素早く執行しつつ、アヴィケブロンはゴーレムの肩へと乗った。

浅黒い肌の、ホムンクルス。いつの時代のものか、また誰の手によるものなのかアヴィケブロンには見当もつかないことだが、その完成度の高さには、異なるアプローチながら「人を造る」ことを目的にした彼をして舌を巻くほどであった。あるいは、カバラと錬金術という畑違いだからこその、素直な賞賛だっただろうか。

とまれ、アヴィケブロンは誰に悟られるでもなく戦場を離脱する。幼い少女の姿を思い浮かべ、仮面の下に笑みを浮かべながら。

 

 

そうして、その光景を眺めやる人物は、もう一組あった。

メディオラヌムの戦闘をアルプスの山肌から見下ろす、黒い背広の男。咥えた葉巻からか細い白煙をくゆらせた男は相も変らぬクソ真面目そうな顔をしている。

ともすれば、眉間に深く刻まれた皺は、不機嫌そうにも見えただろう。あるいは、実際不機嫌ではあったのかもしれない。自分が思い描いた通りに事実が推移したことは事実は客観的には満足できることなのだが、主観的には手放しに喜ぶべきことではなかった。

「先生、とってきたよ」

そんな陰険な男―――諸葛孔明、もといロード・エルメロイⅡ世とは正反対の、溌剌の声が耳朶を震わせた。あぁ、と振り向けば、燃えるような赤い髪の少年が、無邪気な様子で何かをぶら下げていた。

きゅーきゅー、と悲鳴を上げる小さな生き物。長い耳を鷲掴みにされた野兎は、もう抵抗する気力を失ったように四肢を萎えさせていた。

黒魔術(ウィッチクラフト)を中心に、動物を贄とする魔術体系はそう珍しくない。科を問わず、魔術師たちが現代解剖学を大なり小なり必修科目となっているのは、古きを重んずる時計塔の中にあって、現代の科学を評価している証左であった。最もその態度は傲岸さと卑屈さが入り混じった、大変非貴族的な評価ではあるのだが。

時計塔に解剖学の習熟を、非自覚的に出あれ推進した現代魔術科(ノーリッジ)の君主、エルメロイⅡ世は、もちろん動物の解剖程度は難なくこなせる。こなせるのだが、今回だけは、彼はその生き物に触ろうともしなかった。あるいは、少年が触らせてくれなかった。

「そりゃそうだよ。先生に任せたら、この可愛らしい生き物が炭屑になってしまう」

やはり元気そうに言いながら、赤毛の少年、アレキサンダーは全く以て辛辣な言葉をぶつけてきた。先日、先生においしそうな川魚の調理を任せた結果、炭2つを生成する魔術を見せられたのは文字通り苦い思い出である。そう言わんばかりだ。

「いい大人が料理もできないなんて!」

そう言うと、アレキサンダーは手ごろな切り株の上に野兎2羽を並べる。ナイフで皮を剥いで首を落とし、内臓をかきだす手際は、綺麗ではなかったが手馴れていた。

「現代では湯が沸かせればそれなりの調理ができるんだ」

エルメロイⅡ世は厳かにいったつもりだが、当然その身振りに厳かさなどかけらもない。

「先生、お湯が沸かせるんですか?」

「おい、流石に馬鹿にしすぎだろう。電気ケトルくらい使える」

……これでは威厳など求める方が困難である。最も本人には、自覚が無いのだが。

「はいはい、凄いですね」

アレキサンダーは憤然とするエルメロイⅡ世を軽くあしらいながら、手際よく2羽の兎を調理していく。古ぼけた鍋に水を張り、ぶつ切りにした兎の肉と玉葱を放り込み、調味料と香辛料を適当にまぶしたら、後はひをかけるだけだった。

「先生のお好きなアイリッシュシチューですよ」ちろちろと火の面倒を見ながら、アレキサンダーは口にした。「じゃががあれば、もっと良かったのですが」

「なんだって?」

「じゃがいもですよ。朴訥とした外見の内に秘めた芳醇な味わいは感動ものです」

「あぁ」葉巻を吸い終えると、エルメロイⅡ世はポケット灰皿に葉巻の残りをねじ込んだ。「フィッシュアンドチップスでも食べたいな」

「あの時、消し炭の魔術の材料に魚とジャガイモを使ったのは誰でしたっけ???」

さらっと、笑顔の罵倒である。黙然と口を閉ざすと、どうぞ、と差し出されたアイリッシュシチューを木のスプーンで口に運んだ。

70点くらいだな、と客観的な感想が延髄に零れた。出汁が足りない。水っぽい。細々と難点が浮かんだが、それは口には出さなかった。生活力に乏しく、魔術以外のことはからっきしで、その魔術に関しても系譜学的魔術理解以外はまるでダメな男であっても、他者が慈愛で作ってくれた料理に文句をつけるほどに性格的破綻をきたしてはいなかった。それに、そもそも材料の不在の原因は、自分なのである。それに、基本的には旨い。

黙然と食事を摂りながら、同じようにアイリッシュシチューを頬張る少年を見やる。物珍しそうに深皿を眺めては口に運んで、首をかしげてはまたスプーンでスープを掬う。基本的に、サーヴァントには食事は不要なのだが。好奇心が服を着て歩くような少年にとっては、世界の数多の事象は見聞すべき事物なのだろう。

―――アイツは、そういう奴だった。微かに脳裏に浮かんだ顔が少年の顔に重なり、エルメロイⅡ世は首を振った。

「おいしくないですね、これは」もしゃ、もしゃ、と口腔を蠢かせながら、アレキサンダーは言った。「50点くらいです」

「いや、そんなことはないぞ。十分おいしいし」エルメロイⅡ世は全て食べ終えると、鍋からもう一杯を装った。「手落ちがあるなら、私の責任だ」

「甘いんですね、先生は」

からり、とアレキサンダーは笑った。石くれに座ったまま足を組みなおした男は、特段反論するでもなくスプーンを口に運んでいく―――。

「身内にも厳しいと思っていました。義妹なのでしょう、あの軍師の依り代は」

「分不相応な課題を与えたつもりはない。実際、倒してみせただろう?」

男の顔は、いつものように険しい。どこか苦み走るような雰囲気があるのは、ロード・エルメロイⅡ世にとって、あの少女の存在は多種の意味で大きいのだ。色々と。

アレキサンダーはそんな大人の顔を、興味深げに観察していた。そうして微笑を零すと、「甘いんだから」と声を漏らした。

「何か言ったか?」

「いいえ、独り言です」アレキサンダーは立ち上がった。「洗ってきますね」

「あぁ、すまん」

ひらひらと手を振るアレキサンダーの背中を見送り、諸葛孔明、あるいはロード・エルメロイⅡ世は沈思する。

条件一つはクリアした。しかも、思わぬ成果も引き連れて。この点では、軍師の頭脳を満足させるものであった。

問題は、次。敵を討つには、戦術理論だけでは不可能だ。それを実行するだけの戦力が必要なのだ。問題はその戦力をどう冊立させるか、にかかっている。彼女が奪還される前に、それに相応しい戦力を見繕わねば。

候補は、あった。あの戦闘の最中に現れた、異邦からの来訪者。あれらの助力さえあれば、あるいは―――。

そこまで思案しかけて、軍師ははたと思考を止めた。彼の戦略構想の眼鏡に叶う人員の内1人に、焦点が合ったのだ。

あの、赤い弓兵の境界記録帯(サーヴァント)。あの魔術は間違いなく投影魔術だったが、そんなものを実戦レベルで運用する魔術師など聞いたことが無い。いや、無くは、ない。第五次聖杯戦争に召喚されたアーチャーは、投影魔術を使う異能の魔術師だった、という事実は、かつての調査の中で判明した出来事の一つだった。さらには、彼女が時計塔に連れてきたあの赤銅色の髪の少年の魔術も、確か―――。

だが、何よりエルメロイⅡ世の気を引いたのは、あの少女のかんばせである。あの顔は、確か、第四次聖杯戦争に参加していたあの白い女に。アインツベルンのホムンクルスに近くはなかったか。

無言の数舜を、生真面目な男は咀嚼した。発生した事象を偶然と片付けられるほど、男は楽観的な生を営んではこなかった。さりとて、全ての事象の必然性を解きほぐすほどに、彼は時間に恵まれた生を営んでもこなかった。

冬木の聖杯戦争、その影を持つあの少女の存在は関心の対象であることは事実だったが、何よりも、手元にある情報は曖昧模糊としたものばかりだ。これでは、推測するだけ無駄だろう。人間は想像の翼を無限に広げて真空すら翔べる存在である。そうした発想は小説家や映画監督にとっては美質だったとしても、学研の徒にとっては、手放しに賞賛されるべき特質ではない。

さらに、数舜。脳髄の奥というよりは髄膜あたりの表層に漂う莫とした思惟は、掴みどころが無かった。諸葛孔明あるいはロード・エルメロイⅡ世の知悉を以ても、その飄逸する思惟に輪郭を与えることができなかったのである。いかな智の粋とはいえ、それは全知とは程遠い。件の少女の首元に毒牙が迫っていることなど、彼あるいは彼には、知る由も無ければ推察のしようもないことだった。

結局、彼は思惟を止めた。詮の無いことだ、と合理的に判断を下し、判断停止したのである。この情の無い合理的思考停止は、諸葛孔明のそれだった。無為な時を過ごすよりも、疑似サーヴァントなのだから食事に専念すべし、と思ったのである。

だが、結局その合理的な思考は無為に報われることになった。最後の一口を終え、満腹感からの嘆息を吐いた時に、それは来たのである。

笛の音色のような声を零しながら、ひらひらとエルメロイⅡ世の肩に小鳥が舞い降りた。だが、その小鳥はただの鳥などではなく、泥を塗り固めて構築された、アヴィケブロンの使い魔であり、あの男からの招かれざる伝書鳩(メッセンジャー)だった。

この時ばかりは、ロード・エルメロイⅡ世はいつものクソ真面目な顔を崩した。辟易、といった顔が顔中に滲んで、思わず閉口したのである。

伝令は、至って簡単なものだった。定時会議があるから集まってほしいというあの男からの連絡なのだが、怒気を抑えきれない男のかなぎり声が鼓膜を不躾に殴りつけたのである。

情報の内2割程度が会議についてで、残り8割は罵声。そんなメッセージを受け取った男は、肩から飛び立った小鳥に向かって追い払うような手振りとともに、およそ品格という言葉からは隔絶した罵倒を吐き出していた。

「先生、どうしたんですか」近くの小川で洗い物を終えたアレキサンダーは、智慧に富む大人の子供じみた罵声に目を丸くしていた。「F■■k! なんて大声出して。まるでバーサーカーですよ」

「二次創作とは言え健全な作品を目指しているんだそうだ。だから検閲が入ったのだろう」

「民主主義的じゃあないなぁ」

呆れたように言いながら、アレキサンダーは笑みを浮かべ、そして声を低くした。

「魔術師殿はお怒りのようですね」

「サーヴァントの癖に、と声を荒げていたぞ」

「サーヴァント如き、が口癖の人とは思えませんね」

「魔術師は皆そんなものだ」男は忌々し気に言うと、葉巻に火をつけた。「肥大化したエゴの怪物。良識の持ち合わせが無い、大きな子供さ。大なり小なり、な」

「そうかなぁ」そう言うアレキサンダーは、自らの影武者を務めた魔術師の姿を思い浮かべていた。「ま、でも確かに、子供みたいなものでしたね」

「すまん」少しだけ、男は肩を竦めた。彼もまた、かつて、影武者と相対したのだ。「彼女を悪く言うつもりはなかったんだが」

「いえいえ、事実ですし。だって僕の軍勢に来てくれないんですよ、あんな理由で。聞き分けのない駄々っ子も同然です」

存外の辛辣さにエルメロイⅡ世は目を見張ったが、すぐにその意を理解した。それは知己故の、遠慮のなさなのだ。

「それに、先生だって瑕瑾のない身ではないでしょう? かの大王を野に放ったのは貴方なんですから。怒るのも無理はないかと思いますよ」

「そう言うな、自覚はある」

「自覚があるだけマシだとは思いますけどね。子供おじさんなところは変わりませんけど」

アレキサンダーが、ぴしゃりと言葉で男を叩いた。身体を竦めた堅物の魔術師は、その言葉の遠慮のなさが、先ほどのそれと同質であることまで想像が働かなかった。賢者は世界を閲する目を持ったとしても、存外己のことには無知蒙昧なものである。

「呼ばれているんでしょう、魔神様に」気が付かない様子の男の表情を眺めるアレキサンダーの顔は、どこか充足と不足が入り混じって斑になった微笑を湛えた。「あの人、短気ですよ」

「わかっている。全くブラック企業じゃあるまいに」

「人間が畜産するようなものでしょう? 最も、善い畜産農家は家畜を善く扱うらしいですけど」

「畜産以下か」

自虐的だったか、あるいは罵倒だったか。ふん、と鼻を鳴らしてみせた男は、眼鏡の位置を直した。

「―――好きにはさせないさ」

 

 

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