fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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酒宴の主賓は平凡で

「今宵は無礼講の酒池肉林である! 皆の者、今日ばかりは久方ぶりに贅の限りを尽くそうではないか!」

壇上で、高らかにネロが声を上げる。応えるようにホールに埋め尽くされた軍人……高級武官から文官までが歓呼の声とともに盃を掲げていた。

―――1世紀、60年はネロ帝の権勢に未だ翳りの見えない時期と言えよう。皇帝の座に即位して、既に6年。後に芸術皇帝などと揶揄されたりもするが、彼……彼女の統治は、およそ大過なく進んでいた。時折内外に不満が燻っても居たが、それが発火するのはあと8年も先のことである。

要するに、基本的にこの時点で、ネロ帝は市民に愛され、臣下からの評価も低くはなかった。どこか宴の空気に乗り切れていない様子の軍人もちらほら散見されるが、ごく少数と言って良かった。

「いやはや、流石シバイ殿。見事な手腕でした」

「あの泥人形たちが這う這うの体で逃げる様は、胸がすく思いでした。様を見ろ、と思ったものですよ」

宴の渦中。賞賛の声を一身に浴びながら、司馬懿の立ち振る舞いは至って場慣れしていた。上手く世辞を返し、あるいは相手に賞賛の声を返す。時折陰険にぶつけられる皮肉を品のいいクレバーな返答を贈呈しては笑顔を振りまいていた。ネロにも並ぶであろう煌びやかな佇まいも相まって、さながら社交界の華のようですらあっただろう。

(あーいうのも、洗練されてるって言うんだろうな)

感心したように言うダ・ヴィンチの音声だけが、マシュの鼓膜の奥で響いた。

(まぁ私はよくわからないけど、あーやって人の輪の中で渡り歩く……処世術って奴も、極まれば芸術なんだろうぜ)

(そういうものなのでしょうか)

(人間ってのは、色んなものを洗練させられるんだ。絵や彫刻はもちろんだけど、料理だって、あるいはコミュニケーションだって芸術に昇華し得る。遊びと芸術の境目を超えるあるいは溶かすことができるのも、人間って奴の特質なのかもしれないね?)

どこか楽し気に、ダ・ヴィンチは語る。マシュ・キリエライトはその実、彼女あるいは彼の言うことがよくわかってはいなかった。彼女にとって、芸術はもっと確立されたものであるような気がするから。

だが、確かに、とも思う。

人の群れの中にあって、温和に立ち振る舞いながら、それでいて確固とした自我は崩さず、それでいて他者を受け入れ。そしてその万人受けする振舞をあくまで社交の場のみに限定し、プライベートではもっと剽悍さを隠さない様子は、なるほど長年培われた処世の妙、というものなのかもしれない。果たしてそれが、司馬懿の技能によるものなのか、それともその依り代となったライネスの技能によるものなのかは、マシュには判別がつかなかった。

(それにしても、ライネスって名前。どこかで聞いたことがある気がするんだよなぁ……どこだったっけ。所長が言ってたような……)

「フォウフォウ!」

「あ、ダメですよフォウさん。それは玉葱ですから……」

そんなロマニの一言を耳朶に残し、マシュはテーブルの上に飛び上がろうとする小さな小動物を抱えた。

「ヌー」

「フォウさんのごはんはこちらですよ」

もぞもぞと腕の中で身じろぎするフォウは、どこか不機嫌そうだ。なだめながらホールの隅へと向かうマシュは、時折自分に声をかけようと近寄る人を敢えて無視して、足早に歩いていく。

「―――私には、まだちょっと無理そうです。フォウさん」

「フォーウ?」

顔を赤くしたマシュは、我知らず、ホールを見回した。

人垣を作っているのは、司馬懿だけではない。もう一つ、彼女に勝らねども、人が群れ為す場所が目に入った。

人垣の隙間に、赤銅色の髪がちらつく。藤丸立華もまた貴人や高級武官に囲まれているらしく、ちやほやされている様子だった。

だが司馬懿と異なるのは、人垣から立ち去る人が多いところだろうか。熱心に声をかけていた男はどこか失望した様子で離れていき、あるいは鼻白んだように肩を竦めて去っていく。それでも人垣が絶えないのは、人垣から去るものと同数の人々が物珍しさに近寄るからなのだろう。

「いいかい。戦闘が得意なんてのは、別に何も自慢すべきことじゃあないんだ。料理が得意とか、コーヒーを淹れられたりだとか、そういったことの方が良いことだよ」

リツカは、よくそんなことを口にする。穏やかな様子で口にしながら、リツカの物言いはどこか辛辣だ。

「本当は、魔術なんて気にしない生活がしたいんだけどねぇ。のんびり山を散歩してた方が何倍もいいよ」

そんな風な、妙に世捨て人じみたことも言う。ふわぁ、とあくびをしたりしながら言うもんだから締まりがない。

きっと、あの観衆に対しても、そのようなことを言っているのだろう。顰蹙をかっていないだけ言い方には気を付けているのだろうが、それでも次第に言の内実に気づいた人々は期待と異なるコメントに眉を潜め、憤り、そうして興味を失うのだろう。

それを不器用さと言うべきなのか、あるいは処世術の一つの形と言うべきなのか。結局のところ、マシュにはまだ、よくわからない。

「マシュ、どうしたの?」と、もう十分に聞きなれた声が耳朶を叩いた。「こんな隅っこで」

マシュを見上げると、クロは不思議そうな顔をしていた。

今日の彼女のいで立ちは、いつもの赤い外套姿とは趣が異なるものだった。

彼女の投影魔術で作り出したものだというカルデアの制服なのだが、ガバっと前を開けた上でのタンクトップを中に着ているせいで別な服のようだった。場の空気を読んだ上での、あくまでオフという彼女なりの自己主張なのだろうか。サイドで結んだ髪の一房は、ひょこひょこと動いていた。

なんというか、可愛らしいなぁと思う。自分には、こういう大胆な恰好はできないなぁ、と思うマシュなのであった。

「私、あんな風に大勢の人の中に居るのは苦手で」

「ふぅん、そういうものかしらね?」クロは胡乱気に周囲を見回すと、肩を竦めた。「ま、別にあんな人たちにチヤホヤされてもね?」

微妙に、クロの意見は論点が違う。どちらかと言うと意図的な論点ずらしだったのだが、マシュはそれとわからずに苦笑いを浮かべただけだった。

「ミー」

「あ、そうでした、フォウさんのごはんでしたね」

不満そうに鳴くフォウを、床におろす。丁度部屋の隅に用意してあった生のステーキに食らいつくと、小さな生き物は「旨い」とでも主張するように、びぃと鳴いた。

「お腹空いたんだけどなー」

「クロさんは、何か召し上がらないのですか?」

「身体の影響じゃないけど、私お酒とか飲めないし」

少し、拗ねたように言う。確かに、テーブルに並ぶ料理はそもそも大人が口にするように作られたものがほとんどだ。クロは基本的に甘いものが好きらしい、と思えば、この満座の席と言えども食べられるのは少数の果物程度しかないのだろう。つまんないなぁ、と言わんばかりに口を尖らせて、クロは壁に背を預けていた。

「フン」

「何よ、今の」

「フォウ。フォフォウ(特別意訳:全くこれだからお子様は……)」

「絶対馬鹿にしたでしょ!」

「ミー」

鼻で笑ったようにそっぽを向くと、フォウはもくもくと生肉を喰らい始めた。握りこぶしを造ったはいいが、それこそ子供っぽいと思い直したらしく、クロは嘆息とともにだらりと手を下げた。

「トーマで遊べないし、暇―」

「あれ。そういえば、タチバナ先輩はどちらに?」

「んー」

少しだけ、クロが表情を変えた。眼鏡越しに注視した彼女の顔は、マシュにはまだ捉えられない機微を孕んでいた。

ただ、少しだけ思う。

なんだか、クロは、ちょっとだけ悲し気だった。

 

 

アサシンはその時間、バルコニーの隅でひっそりと佇んでいた。

ひっそり、というより、最早それは静粛状態とすら呼べる様だっただろう。クラススキル【気配遮断】すら使いかねない勢いでじっとする様は、コンクリートの間隙の土から萌え出た雑草のようだった。元より人を寄せ付けない雰囲気も相まって、その存在に気づいたとしても、誰も声をかけなかった。

「あ、居た」

ただ1人。黒髪の少年だけを除いて。

アサシンは、その声に、僅かな身動ぎだけをした。立華藤丸は両手にグラスを持って、どこかぎこちない笑顔で立っていた。

「探したんですよ」トウマは精一杯、自然さを装って言った。「アサシンだから、見つからないかなと思ったりもして」

言って、トウマはグラス一つを差し出した。中身は恐らく白のワイン、だろうか。

少年の顔を、見返す。困ったような微笑の意味を悟り、アサシンは肩を竦めた。

こういうことに慣れていないのは、自分も同じではあるのだが。どうあれ自分の方が年上なのだから、と判断して、アサシンは無言でそれを受け取った。

フードを、脱ぐ。フェイスガードも外したアサシンは、静々とグラスに注がれた葡萄酒を口にした。

「酒なんて、いつぶりかな」それは、どちらかと言えば独り言に近かった。「生前の―――」

じわり、と舌の上を甘苦い熱が滑っていく。舌先を転がるように、咽頭へと滑り込む。食堂を通って空きっ腹に薄く広がった熱感に、アサシンは、数舜ほど静止した。

鼓膜の奥で、誰かの笑い声が広がった。気が、した。擦り切れた記憶の淵から浮かんだ、どこかで聞いたような笑い声。

記憶の淵を探ろうとして、やめた。生前の記憶など、もうほとんど擦り切れてしまっていた。自然と浮上した声を意図的に探ろうとすると、逃げるように手の内から滑り落ちていく。思い起こそうとしても何も情景は浮かばず、アサシンは鼻息とともに被りを深くした。自嘲すら、漏れなかった。

と、アサシンは、自らを見つめる少年の表情に気が付いた。隠し切れない驚愕で見開いた瞠目が、アサシンの視線と絡み合う。咄嗟に水を呷った少年は、不器用に襟を正したようだった。

「気になっていたんだが」

なんですか、と応えたトウマの声は、努めて平静を保とうとしている。却って怪しまれるだけだな、とは思ったが、アサシンは別に言う必要もないと判断した。

「アンタ、僕のことを知っているのか」

アサシンの声は、感情の乗らない鉱物めいた硬質さだった。

およそ十舜、トウマは言葉を発しなかった。闃然のまま押し黙った少年は、何事かを逡巡した後、ようやっと口にした。

「えぇ、一応」

なんのことはない、ありきたりな返答。アサシンはさりとて追及もせずに、そうか、とだけ応えた。

「何か、聞かないんですか?」

「いや、単に気になっただけだ。何故あの時、アンタは俺の得物を知っていたのかな、とな」

得物。キャスターの宝具発動を封殺し、むしろその生命を刈り取った魔弾。アサシンの起源を象にしたその弾丸が、対魔術師戦において無類の強さを発揮する。その凄絶さから”魔術師殺し”の忌み名を戴くそれは、ある意味で魔術師の間では有名になりすぎた代物でもあった。

「別に、だからどうってわけじゃない。サーヴァント戦のプロフェッショナルだかなんだか知らないが、その言葉だけで説明のつく事象ではなかったんでな」

それに、と言葉を続けたアサシンは、残ったワインを飲みほした。あの時、脳髄の奥、脳幹あたりで不意に閃いた過去は、文字通り過ぎ去った後だった。

「僕は、あまり過去やら何やらに拘泥する方じゃあないんだ。第一、考えるだけ時間の無駄だからな。どうでもいいことだ」

―――喋りすぎてるな、と思った。たかだか一杯だけで? いや、そうではないのか。一瞬の惑乱の後、アサシンは首を横に振った。

「アンタの腕は認める。あそこで議論するよりも、トンプソン・コンテンダーの射程圏内まで僕を誘引するために、無謀な突進をしたんだろう。合理的な判断だ」

「まぁ、そうですね」

「だが次はやめておけ。アンタの指示には従うから、もっと良いアイディアを出してくれ。勇気と無謀を同じポケットに入れるな」

一瞬、アサシンは声を詰まらせた。不可解な言葉が舌先に踊り、思わず飲み込んでから、やはり口に出した。

「アンタに何か、あ、ると、色々不都合だろう。アンタのサーヴァント、あの。あの中東系? アジア系?の肌色のあの子、アーチャーを困らせることにも、なるんじゃあないのか」

時々吃りながら、アサシンは口にした。口腔など滅多に使うことのない器官を、久方ぶりに酷使させすぎたせいだろうか。咳払いを漏らしたのは、あるいは羞恥故だったのか。それとも、何か別な情動を振り捨てるためだったか。アサシンは、己がことながらよくわからなかった。

「今日は喋りすぎる」

吐き捨てるというより絞り出すような独り言が、何よりその発言内容を雄弁に語っていた。普段の彼であれば、内心の吐露で済ませていただろう。不機嫌そうに眉を顰めると、アサシンは慌ただしくフェイスガードとフードを装着した。

「じゃあな」最後まで、アサシンは口を滑らせた。「またアンタと肩を並べることもあるだろう。それまで、もう一人のマスターを見習うことだな。奇策に頼った勝利は、一見華麗に見えて基本的には悪手だ」

そうして、アサシンはバルコニーから飛び出した。その所作は、子供じみた逃避のようですらあった。子供の世話をしない言い訳をする、父親のような幼稚さだった。

 

 

あ、と発した声は、実際声にすらならないほどに小さかった。

ベランダから飛び降りた赤いアサシンの姿は、もう見えない。【気配遮断】を使用した暗殺者のサーヴァントは、たとえ至近であってもマスターには補足できない。黒い顔料に一滴赤を混ぜて、そのまま塗りつぶしたようなものだろう。赤を飲みつくした闇夜がのっぺりと広がるだけだった。

空になったワイングラスを拾ったトウマは、その名を胸郭の裡に反芻する。

Fate/stay nightの前日譚、Fate/Zeroの主人公とも呼べる人物であり、衛宮士郎の義父でもある人物。当然、本編ではマスターであって、サーヴァントではなかった。

そんな人物が、サーヴァントになっている。それが何を意味するのか、明晰には理解しがたい。理解しがたいが、端的に分かってしまったことが、ある。

英雄など既に絵空事となった現代の人物が、武力によって英霊の座に登る可能性は絶無といって良い。その絶無の可能性を乗り越えるには、死後アラヤに使嗾されるだけの抑止の守護者になる契約を結ばねばなるまい。遥か未来にて英霊エミヤが至った末路と同じ道程を、きっと、辿ったのだろう。

―――だとしたら、Zeroともstay nightとも違った経過をたどった世界の男の、なれ果てなのだろうか。

本編では、彼に世界と契約する理由はない。逆説的に、その世界はあの男が世界と契約するまで戦い続けた世界、ということであり。その意味するところまで理解してしまったトウマは、ただ、無言を漏らす他なかった。

「話、終わった?」

背後から、声が肩を叩く。振り向く間もなく横に並ぶと、クロは柵に身体を預けた。だらりとしながら空を見上げる彼女の後頭部で、さわさわと髪が夜風に揺れた。

「話らしい話でもないけど」

「彼のことも、知ってるの?」

トウマは、曖昧に頷いた。知っている人物とは、微妙に異なっている。

そんな沈黙にも似た首肯に何を感じたか、クロは頭をかいた。困ったなぁ、とでも言いそうな仕草だった。

「大丈夫よ。もう、あの件は終わったことだから」

くるりと、振り返る。カルデアの制服を着用するクロは、なんだかもっと大人びて見えた気がする。口端に曖昧な微笑を浮かべて、クロは薄く目を閉じた。

「それに、考えてみれば私の生みの親だしね~。あのまま聖杯戦争に進んでいったら、私は(イリヤ)になってたし、イリヤは(イリヤ)になってたわけだし? そっちの方が殺伐としてそうじゃない? まぁ、殺伐としてるのは変わらないけど」

あっけらかん、とクロは言う。返答に困ったトウマを他所に、「だからいいの」と答えたクロは、色のついた液体を湛えたグラスをトウマのグラスに軽くぶつけた。

「乾杯。まだ、してなかったわよね」

「あぁ、うん」

「祝いの席で渋い顔してると、場を白けさせるわよー」

言って、ぐいとグラスを呷る。何かの果物のジュースをそれはもう気前よく飲みつくすと、「プハー」とさぞおっさんくさい台詞と嘆息を吐きだした。

「口元」

「あ、ごめん」

ハンカチで上機嫌に見えるクロの口元を拭ってから、トウマも残り少なくなった水を呷る。無味なうるおいが舌先から咽頭に広がって、干からびた喉にじわりとしみこむ。快感にも似た疚しさを飲み込んで、トウマはただ、臓腑に溜まった泥濘のような情動を鼻息とともに吐き出した。

「何か持ってこようか?」

「え、いいわよ別に。食べるもの、無いし」

「まぁなんかそれっぽいの探してくるよ。話って、なんか食いながらした方が色々気がまぎれるから」

 

 

空のグラス2つを手にぶら下げたマスターの背を、視線で追う。人の群れの中をするすると抜けていく少年を目で追いながら、クロは柵に背中を預けた。

―――嘘は、言ってない。アインツベルンの姓を戴くものとして、戴いていたものとして、偽りのない主観的な感情だった。

父親に相当するその人物に対して、クロが持つ感情は一定でない。数多の情動が交ざった中の大部分、既に折り合いがついている。親と呼ばれる存在に対する子供じみた―――と今のクロは認識している―――感情は、もうあの時、母親と姉のような妹が受容してくれたから。

それに、そもそもそう言ったものがあったとしても、別な可能性から沁みだしたあのアサシンを責める道理は持ち合わせていない。あれは言ってしまえば、とても良く似た別人に過ぎないのだから。

―――いや、だからこそ、なのだが。

「んにゃ?」

ふわぁ、とあくびが漏れた。不意に襲ってきた眠気が、視界に靄をかけたのだ。

なんだろう。身体状況を確認しなくては―――。

同調、開(トレース・オ)―――」

……ぐぅ。

 

 

「クロ、ジュースなんてどこに―――って」

言って、トウマが目にしたのは、くぅくぅと寝息をたてて蹲る少女の姿だった。

さっぱり、さっき飲んでたのはアルコール飲料だったらしい。空になったグラスを一瞥したトウマは、微笑ましく、少女に視線を戻した。

「やれやれだわね」

どかり、とクロの隣に座りこむ。グラス2つを床に置くと、トウマは、クロの髪を、さらり指で遊んだ。

彼女の英霊としての成り立ちは、まだ不明な点も多い。基本的に例外とされるプリヤ世界の彼女が、どうしてサーヴァントとして召喚されるのか。彼女の生前はどんな風であったのか。物語られない世界で彼女が何を経験したのか。彼女自身は記憶が曖昧と言っているけれど、実際のところ、どうなのか。

色々考えたが、差し当たって、わかったことはある。全盛期の姿で召喚されたクロの身体はその見た目通り、アルコールに対して強くないということだ。イケると思って飲んだのか、それとも勘違いして飲んでしまったのか、それはわからないが―――。

「お」

と。

肩に、何か重さがのしかかる。トウマの身体に、クロが身体を預けたのだ。ちょうどいい重さがある、と漠然と理解したのだろうか。トウマはぎょっとしながらも、軽く肩に乗る重さを受容することにした。

くぅくぅ。

寝息を啼いている―――。

寝息に紛れて、何か、声が漏れた。思わず顔を覗き込んだところで、クロは薄く、目を開けた。

―――銅に張った、酸化被膜を思わせる煌びやかな眼。何故かその眼は、この時酷く蒼く見えた。秋晴れの空にも、熱砂の浅瀬にも似た穹窿の眼差し。

何故か。

獣のようだ、と思った。どこまでも高く淵を覗くような眼は、獣のような……堕ちた精霊のような眼だ、と思った。

それも一瞬。すぐに瞼を閉ざすと、また、くぅくぅと寝息を立て始めた。

「―――パパ」

最後に零れた声は、そんな、単語だった。

一瞬、トウマは言葉に戸惑った。逡巡をしてからジャケットを脱ぐと、小さな身体に被せた。

隣に、座る。こくこく頭を揺らすクロのことを意識しながらホールを見回したトウマは、ふと。

あの翡翠の目と、視線がぶつかったような気がした。

 

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