fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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小悪魔との逢瀬

「おしっこ漏れるかと思った」

「所長さんのこと、とやかく言えなくない?」

「漏らしたわけではないので、一緒にはしていただきたくありません」

「ビビりすぎ。こどもみたい」

けらけら。見た目通り、クロは子供っぽく笑う。サーヴァントは全盛期の姿で召喚される、というが、彼女にとっての全盛期はこの姿、ということか。原作が完結していない以上、彼女たちの行く末はわからないが……クロエ・フォン・アインツベルンにとって、あの物語が善い出来事だった、ということなのだろう。なんとなく、安堵する。

そんなトウマの心情を知ってか知らずか、クロは、周囲を見回していた。

周囲に、ここより高い建造物は見当たらない。深山町の穂群原学園高等部の屋上は、ここ周辺で頭一つ抜けた建物だ。

周囲を見回す視線は伺い知れない。弓兵(アーチャー)というだけあって、いわゆる千里眼かそれに類するスキルを有しているのだろう。その視力は、彼女の大本になった英霊……エミヤシロウであれば、新都のビルから冬木大橋のボルトの1個までを識別していたはずだ。

「やっぱ、十中八九大聖杯なんだろうけど」

ぽつり、と彼女が呟く。ギリギリ、聞こえるか聞こえないか、くらいの声だ。

彼女が、向き直る。彼女の手には、いつの間にか、双剣が握られていた。

「ねぇ、トーマ」

そう言うクロは、柔和な表情をしていた―――が。目だけは、笑っていなかった。鋭い視線は、縄張り争いをする猛禽を想起させた。

彼女の姿が消えた。と思った次の瞬間、視界がぐるりと動いた。足場を失ったトウマは、あっさりと尻もちをついた。

痛い、と思っている暇は、無かった。安定した視界の中で真っ先に飛び込んできたのは、白い片刃の剣先だった。

ざわと肌が粟立つ。剣を首筋に突き付けるクロの視線が、ぐさりと突き刺さった。

「アナタ、何者?」

「何者って」

「どうして私の名前を知ってるの、って訊いてるの」

詰問する声の鋭さは変わらず。ひた、と喉元に冷たいものが触れた。『莫邪』の冷たい刃が触れたのだ。

「変だなと思ったの。私がサーヴァントとして召喚される可能性は限りなくゼロに近い。カルデアの召喚式なら可能性が無くはないけど、それでもかなり低い。なのに、私が呼ばれた。しかも、マスターは私のことを知ってる。そんなこと、あり得ない」

「いや、それは」

「とぼけないで!」

白い剣を振り上げる。そのまま振り下ろされた剣は、丁度トウマの股の間に突き刺さった。分厚いコンクリートを、まるで豆腐のように貫いた。

もう、それだけで気絶しそうだった。全身から冷や汗が噴き出し、覚えず身震いした。

今度は、もう片方の黒い剣を鼻先に掲げた。干将の刃よりも鋭利な視線は、早く言えと雄弁に語っていた。

言うべき、なのか。君はアニメのキャラクターです、私はそれを見て知りました、などと。

荒唐無稽にも程がある。却って反感を買うのではないか、それらしい嘘をでっちあげるべきではないか―――。

―――いや。言うべきだ、と思った。彼女は、聡い。生半の嘘など、バレるに決まっている。それに、この一瞬で完璧な嘘など吐けそうもなかった。立華藤丸(タチバナトウマ)は、至って普通の高校生に過ぎなかった。

無茶苦茶な話でも、信じてもらうしか、ない。

「わかった」

トウマは、正座に姿勢を変えた。そんなことをしたからと言って彼女の態度は変わらなかったが、やらないよりはマシだと思った。

「あのー、いや本当に信じてもらえるかわかんないんだけども」

「何?」

「魔法少女アニメがありまして……プリズマ☆イリヤ、というんですけども」

「……はい?」

 諸々を説明するのにかかった時間は、18分、だった。わざわざTYPE-MOONから魔法使いの夜やら、あっちゃこっちゃと話が飛んでは、別に要らない話をしたせいだった。

それでも根強く話を聴き続けたクロは、表情をぴくりとも変えなかった。険しい視線のまま、思案しているらしかった。

トウマは、石像のように動かなかった。下手に動いたら、鼻先で煌めく刃がそのまま顔面に食い込む気がした。

俄かに、クロの表情が険しくなった。剣先が、微かに揺れ―――。

「わかった」

クロは、剣を下ろした。表情から棘が抜けると、困惑のような、悩むような―――どうしていいかわからない顔をしていた。

「信じるの」

「信じるわけじゃない。わけじゃないけど」

突き立てた剣を引き抜く。さりとて構えるわけでもなく、脱力したまま、クロは考え事をするように目を細めた。

「あり得なくない―――と思った。なら、それって『魔法事象』かなって」

「『空想し得ることは全て魔法事象である』……」

「そんなことも知ってるのね。宝石翁の言葉、ね。確かに私たちが漫画のキャラクター、というのはちょっと信じられないけど、考え方を変えればあり得なくない。そして、トーマ。アナタ、私たちのことをちょっと知りすぎてる。名前はまぁ……わかるけど、私が生まれた経緯を知ってるのは、あのお風呂に居た人だけ。他の人が、知っているはずがない。他にも色々総合して考えれば……トーマの言ったことは、理屈は通ってる」

さらさらと、クロは考えを述べていく。てっきり、戯言と一蹴されるとばかり思っていただけに、トウマ自身がリアクションに戸惑っていた。

いや……あるいは、元から魔術や平行世界、と言った事象が身近なものであるからこそ、馬鹿げたことでも、有り得る事象と理解するのだろう。

「正直、信じられないけど。でも、わかった。今は、それで保留」

ほら、と彼女が手を差し伸べる。もう、彼女の表情に険は無い。さりとて子供っぽい徒な顔もそこには無く。その大人びた微笑は、まるで、姉のようだな、と思った。

……彼は一人っ子だったが。

「いてて」

「ごめんね、さっき痛かった?」

「まぁ、ちょっと。大したことはないです」

なら良かった、と口にしたクロは、両の手に、双剣を握らせた。

ふと、彼女が虚空を見つめる。屋上の反対側……丁度フェンスの上あたりを、見た。まるで地を這う蛇を見つけた鷲のような目だ、と思った瞬間、彼女は剣を投擲した。

右手に握っていた白亜の剣、莫邪。矢のように飛んでいった剣は、しかし、甲高い音とともに虚空で弾かれた。

「覗き見なんて良い趣味ね? でも女の子の逢瀬を盗み見するのはダメって、そんなことも忘れた?」

もう片方、黒刃の干将の切っ先を虚空に向ける。既に空いた手には莫邪……ではなく、赤い両刃の西洋剣が握られていた。見たことのない、剣だった。

ゆら、と。

虚空が歪んだ。朧気に人型の輪郭が浮き上がると、まるで風景画のシミのように、それが姿を現していった。

黒いローブの、女だった。深く被ったフードからは、長い毒の様な髪が垂れている。むき出しになった左足の大腿部には、何かに侵されるように、赤く明滅する紋様が奔っていた。

サーヴァント、だ。黒々とした影そのもののようなサーヴァントが、トウマの目の前に居た。

獲物は、鎌だった。大鎌、と言うより草刈り鎌のようなそれは、見覚えがあった。stay night、Fateルートであの英雄王が使った『不死殺し(ハルペー)』に、よく似ていた。

槍兵(ランサー)。恐らく、その獲物から推察されるクラスは槍使いだ。

「小娘の分際で色恋沙汰か? 子どもは子どもらしく、虫のように土に塗れて戯れておればよかろうが」

「はぁ? いつの時代の話よ。アナタ、も大分老けてるのね。年増」

「安い挑発を。貴様のようなちんちくりん、誰も何とも思わんぞ」

「恋は()()()()()じゃなくて()()()()でしょ。ホンットババアね、そんなことも忘れるなんて」

クロは、にこりと笑った。嫣然とした『サキュっとした』微笑の中、ただ目だけは、射抜くようだった。

「年を食っただけのデカ女」

その声が、合図だった。

何かが、膨れ上がる。フードから除く金の目に、敵意が宿る。いや、敵意などという温いものではない。それは、いわゆる殺意と呼ばれる純粋な意志だった。

「その減らず口、いつまでも利けると思うな雌餓鬼(メスガキ)が!」

「やってみなさいよ年増の根暗女(スカジ)!」

鎌を持った女が踏み込む。それだけでフェンスがひしゃげ、空気が慄かせた突風が、赤い外套の少女に襲い掛かった。

視認できる速度を超えた、まさに疾風。クロの敏捷よりもなお速い猪突とともに繰り出される刺突が、壁となって殺到する。鋭利に尖った石突による刺突。槍の穂先と変わらない一撃一撃が致命傷になり得る。あまりの速さにか、応戦するクロは、防御に徹するので精一杯に見えた。

僅か5秒。既に何十と突き出された刺突は攻め立てるが如く。

―――だが、それだけだった。必殺を以て放たれるはずの攻撃は、一撃たりともクロに届いていない。掠めすらしない。一撃を叩き落とし、一撃を撃ち払い、一撃を切り飛ばす。津波となって押し寄せたはずの刺突、その悉くを彼女は防ぎきっていた。

「じゃあ、今度は私の番!」

クロの矮躯が踏み込む。裂帛の気勢と共に放たれる逆袈裟の一撃。すくい上げるように放たれた黒と赤の双剣が鎌の太刀打ちに直撃するや、ランサーは突き飛ばされるように体勢を崩した。

さらに一撃。剣を振りぬいたカウンターウェイトを利用して身を翻したクロは、ランサーの腹めがけて回し蹴りを叩き込んだ。

床に転がるランサー。追撃とばかりに左手の干将を床に突き立てるや、クロは漆黒の洋弓をどこからともなく取り出し、右手に持った赤い剣を構えた。

「双剣使いの弓兵(アーチャー)―――!?」

「剣士『セイバー』じゃなくて残念ね―――『激情の細波(ベガ・ルタ)』!」

矢となって放たれた魔剣、過たずに放たれた狙撃―――もはや砲撃とすら呼べる『宝具』による火力投射は床を貫き校舎の3階から2階までをまとめて破砕し尽くした。

だが、まだやってない。舌打ち一つ、黒い剣を引き抜いてフェンスを切り裂き、屋上から身を乗り出すと、校庭めがけて投擲した。

「逃がさない!」

追い打ちの一撃とばかりに、もう一本、彼女は剣を引き出した。

手のひらに浮かぶ剣の骨格。瞬く間に現出した、捩じれた赤い剣。血が滴るがごとき紅蓮の魔剣の柄を握り締めると、即座に弓へと番えた。

「―――『赤原猟犬(フルンディング)』!」

真名解放とともに放たれた赤い軌跡が光軸を刻む。校庭めがけて迸った赤い閃光は、ぐにゃりと歪んだ。切っ先を捻じ曲げた赤い矢の向かう先は弓道場の先。走る黒い影に追いついたのは、だが、赤い矢だけではなかった。

挟み込むように飛来した2つの剣光。その逸話から、互いに引かれ合う夫婦剣に挟撃されたランサーは、潰された蛇みたいな鋭い悲鳴を上げた。

一拍、静寂が風となって吹き抜けていく。トウマの目では、弓道場の前に蹲る黒い影がどんな状態なのか、よくわからない。

「倒したのかな?」

「結構頑丈。頸も切ったし腹にも致命傷を撃ち込んだけど、まだ生きてる」

「反英雄だから、とかなのかな」

「知ってるの? あれも出てたの?」

「うん。メドゥーサ、だと思う。見た目とか声とか。でもランサークラスは初めて見た。ランサーだと魔眼(キュベレイ)が別な効果なのかな」

「見た目と声で真名喝破って反則じゃない? 裁定者(ルーラー)じゃないんだから」

軽口も一つ、クロは剣を弓に番えた。

剣が、矢へと形を変える。狙いは頭部。いかに怪物とは言え、頭に直撃を喰らえば、流石に終いだ。

案外、呆気なく終わったな、と思った。サーヴァント同士の戦闘の苛烈さは、各作品の醍醐味とすら呼べる要素だ。いざ、目の前で行われるとなったらどれほど激しいのか、と覚悟したものだが……。ひとまず、一安心だ。

クロが、弦を引く。ぎりぎりと引き絞った砲弾が打ち出されるまで、あと、1秒―――。

「待って。メドゥーサ、ってことは美遊が使った―――」

赤い弓兵の姿が、白い閃光に食われた。

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