fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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平々と凡々

「すまぬ、トリムマウ!」

駆けこむように寝室に飛び込んだネロは、その光景に肩の力を落とした。

豪奢、という言葉がこれほど似あう部屋もなかろう。皇帝ネロが休むだけの部屋だというのに、それこそ小さな音楽ホールほどもあろうという部屋である。というより、実際楽士を呼び寄せることもあれば、臣下に自らの楽才を発揮することもある部屋ではあった。後世の歴史家から非難される所以である、ネロ・クラウディウスの浪費癖の一端でもある。

最も、ネロにしてみればそんな非難は論評にも値しないものと見做すだろう。自らこそ文化の奨励者であり保護者である、これはその一部に過ぎないと胸を張るはずである。自分もまた才知に富む美術家であり名器であるならば、それもまた保護すべきものであろう……常人の理解からはだいぶ乖離した発想だが、大真面目に主張することは間違いない。

「アルテラは」

「先ほどお眠りに。陛下がお戻りになるまで起きていると仰っていたのですが」

ベッドに駆け寄ったネロは、布団の中に蹲る小さな象に温い息を吐く。

すやすやと眠りにつく、褐色の肌の少女。あやすように添い寝するジャックは、ネロの存在に気づいて目を開けた。

「おかえり」

「ジャックもすまぬ。本来は余の務めであるのに」

「いーよー」

にへら、と笑みを一つ。再び眠りつくジャックの頭をさらりと撫でたネロは、ベッド脇の無駄に豪華なソファへと腰を下ろした。

「お疲れのようですね」

「政を営むのはもう慣れたのだが。こういうことは、ちっともわからぬ」

気疲れした眼を、ベッドの上に向ける。小さく盛り上がった布団に嘆息をついて、背もたれに身体を預ける他なかった。

水銀の形をしたゴーレムは、それには何も答えなかった。所詮は人理の影法師が踏み込むべきことではない、と判断したが故だった。

「改めて、其方にも礼を言わねば。結果として其方をライネスから取り上げてしまったが……」

「それはお構いなく。その方が善いと判断されたのは、お嬢様です。それに、こういった仕事の方が私には向いています―――流石に子育ては初めてですが」

「その割に上手くやっておろう。余はダメダメだ。そもそも、親子とかそういうものがとんとわからぬ」

―――基本、ネロ・クラウディウスは後悔するタイプの人間ではない。過去は過去であると見定め、その上で現在を愉しみ、無限の未来を待望する人間である。故に、己の来歴に対して何か思うところはない。

だが、この時ばかりは出自というものに思いをはせずにはいられない。母に殺されかけて、母を殺した己の所業。もう少し、子らしいことをすればよかったのかと思わないわけにはいかない。それとも、子として不出来だったが故の母の憎悪だったのか。どちらにせよ、彼女にとって家族とは万人と明らかにかけ離れた形の概念(フレーム)であることは違いない。

「興味深い話ですが」

「む?」

「私の暮らした時代……いまからざっと2000年後の未来でも、陛下と同じ悩みを持つ親が少なくないようです。子への愛情を知らぬ母も居れば、子に手を上げる親。子を死なせてしまう親。元からあった問題なのかもしれませんが、私の時代にはそれが社会問題にまで顕在化していました。その親たちは、決して親として不出来だったわけではないのです。あるいは、親として不出来であることそれ自体が罪なのではないのです。親とはただ、仮面(ペルソナ)であり役割(ロール)に過ぎぬもの。その役割に対して、責任を果たし得なかっただけなのです」

「思い悩むな、と。そう申したいのか?」

「いえ、その逆にございます。陛下にはたくさん悩んでいただきたいのです。元より不出来な親などは存在しないでしょう。ですが、もし思考を放棄し安穏とする方を選ぶならば、それこそが無責任というものなのです」

「むぅ」

思わず、唸る。どちらかと言えば思考することが苦手なネロには、トリムマウの言うことは難解だったし、また理解できた言葉の端からも、困難なことにも思えた。

トリムマウは、何も言わずに眉を寄せる皇帝を見守った。

暴君、という世評はあくまでキリスト教圏での話ではあれど、彼女が時に苛烈であったのもまた事実ではあった。

そんな暴君が、子育てなどに頭を悩ませる。これほどの奇態は、そうそう在りはしないだろう。そこにある種の興味を寄せるのは、きっと主の性質によるものだろう……と、トリムマウは思考していた。

「お嬢様が陛下の下に召喚された頃よりも、随分上手くなられましたよ」

「あの頃の話は言うな。恥ずかしくて顔から火が出る」

実際に赤面しながら、ネロは口を尖らせる。

ネロがアルテラを“拾った”のは、今から数週間も前だ。外敵との戦いが始まって幾日、遠征の帰りに、草原のただなかで気絶している彼女に気づいたのが、始まりだったような気がする。当初は異国風の少女を気に入って、ハレムに加えようと思っただけだったのだが―――。

「しかし」ネロはソファの上で膝を抱えると、自分の大腿部に顔を埋めた。「アルテラもサーヴァントなのだったな。ということは、いずれ余の元から去ってしまうのか」

「えぇ、いずれは。それがいつかはわかりませんが」

小さく、ネロは声を漏らした。唸り声にも似ていたが、なんだったのか。自分でもわからない吐息の意味に手が触れかけて、ネロは怯懦にも似た情動を惹起させた。

トリムマウは無言だった。その無言が厳しくもあり優しくもあり、ネロは痺れるような脳髄の倦怠感から立ち上がった。

「む」

と、ようやっと、ネロはベッドの枕元にある何かを見つけた。

羊皮紙に似た、真っ白いぺらぺらの何か。はて、とアルテラの枕元からそれを手に取った。

「未来の紙です。未来ではそれが一般的に民衆に普及しているのですよ」

「なんと。薄く頑丈な……いやそれもだが。これは、絵、か?」

しげしげ、とネロは紙に描かれた赤い真ん丸を見つめた。

酷く顔がデカい金髪の女と、頭上でキラキラ光っている何か。何かはともかく、赤いドレス姿からして、多分これは―――。

「むう、絵の才能に乏しいのではないかこれは」

「発達心理学の教えるところによれば、子の認知機能的に極めて合理的な絵ではあります」

「なんだかよくわからんが、正しいということか。いや余であればもっと……」

「はは、ご冗……間違えました、ご謙遜を」

「其方、今めちゃ余のことdisったであろう」

「はい」

「はいではない」

「sic」

「別に言葉を合わせろと言っているわけではない」

ニコニコと笑顔を張り付ける水銀メイド。あんまり模範的な微笑にうんざりした所作を惜しげもなく振りまくと、ネロはそっと絵を枕元に戻した。

「余ももう寝る。明日からまた忙しくなろう」

「もう報告はには目を?」

「当然であろう。奴らの補給路を断てば、ローマの勝利は目の前だからな」

ドレスの脱衣を手伝うトリムマウは、相変わらず微笑を張り付けている。まだ笑っておるのか、とネロは思わないでもなかったが、蓄積した疲労のせいで、さして気にする余裕はなかった。いや、水銀がたわんで変化した微かな笑みの変化など、数週間の付き合いでしかないネロには洞察のしようもなかった。

「戦いは終わる。この異常な戦いも、そう遠くない内に」

その後は―――。

そこまで思考が進みかけて、ネロは被りを振った。考えても詮の無いことだ。戦いの前から勝った後のことを考える余裕は、ない。

頭蓋の奥底に居心地悪く居座る思案を無視して、ネロは下着姿になると、ベッドに静々と潜り込んだ。

「それでは、また明日」

「うむ、存分に休むがよい」

するりと潜り込んで、ネロは、小さな身体に手を伸ばした。

サーヴァント、英霊。よくわからない魔術師の術語を頭から振り払い、硝子細工のような矮躯に触れる。

小さな手、ほっそりした足、未成熟な身体。褐色の肌は、肥沃な土地の健やかさを思わせる。であればその白い髪は牧羊の綿毛か。おっかなびっくりと小さな身体を抱き寄せたネロは、困惑するように震える手で抱握する。

肌身が、不定に粟立つ。

なんて壊れてしまいそう―――。

 

 

「おや、トーマ少年。どうしたんだい、こんな夜更けに」

肩を叩いた声に、トウマは振り返った。

宿泊所として宛がわれた建物の屋上。よお、とても言いたげに手を挙げると、リツカは気だるげな様子で縁に腰を下ろした。

「眠れなくて、とか」

「いや、まぁ……」

「悩める少年の特権だねぇ」

トウマは逡巡しながらも、リツカの隣に腰を下ろした。常時網膜投影される情報からすると、現在24時まであと10分という時間。気温的には肌寒いだろう風も、野戦用戦闘服の生命維持機能のお陰でさして気にならない。視界をちらつく網膜投影映像も相まって、魔術というよりSFみたいだな、と思わなくもない。

「リツカさんは、なんかすごいっすね」

「え、何が?」

ぷしゅ、と缶のタブを開けたリツカは、意外そうに目を丸くした。

「だって、なんていうんですか……戦術?戦略?とか考えるの凄いなぁって」

「今回のは戦術行動しか考えてないし、それも元からヒントありきで導き出したものだ。戦略を整えたのは司馬懿とライネスの手腕だし、勝てる戦略行動を担保したのはローマという国を運営したネロの治世の賜物。一見戦術的勝利は派手だから勘違いしがちだけど、本当に大事なのはその手前なんだ」

さして感慨も無く言うと、リツカは栄養ドリンクが入った細長いアルミ缶を呷った。マシュの召喚サークルを介してカルデアから搬送される、物資の一つだ。電源ボタンみたいなマークが描かれた黒い缶を、ぐびぐびと飲んでいく。

「飲む?」

「あ、どうも」

差し出された缶を手にしたが、トウマはそれを開けなかった。深夜にエナジードリンクを飲むのは流石にどうかと思う。

「なんか、そういう勉強とかしてたんですか」

「いや? まぁ法政科に居たこともあったけど、でも関係ないかなぁ。伝承科(ブリシサン)に居たころからこういうのは、なんかまぁできたし」

素早く飲み終えると、さらに一本。かしゅ、とプルタブを開けると、2本目を当たり前のように飲みだした。

「所詮、戦術なんてのは如何に効率的に人を殺すかを考えることさ。人でなしの思考法なんだよ、基本的に」

呟きにも似た独白。鬱陶し気に前髪をかきあげたリツカの表情は、「なんだかなぁ」とでも言いたげだった。

少しだけ、リツカは決まり悪そうに苦笑する。がしがし、と赤銅色の髪をかきむしる様子は、つい漏らした本音を誤魔化しているらしかった。

「私のそんなろくでもない技能より、トーマ君の方がずっと有益だと思うけどな」

にへら、とリツカは笑った。

「サーヴァント戦闘のプロフェッショナル。サーヴァントを能く知るその眼の方が、魔術的にはずっと興味深いんじゃあないかな?」

ずい、とリツカが顔を寄せる。日本人然とした面持ちは、当たり前のようにサーヴァントやら何やらと接してきた中で却って新鮮というかなんというか……。思わず身を引いたトウマは、わかりやすく赤面していた。

「魔眼の一種?それとも別な理由?なんで貴方はゴーストライナーなんて人智を超えた奇跡に熟知してるのかな」

ひたり、と鉛色の双眸がトウマを捉える。相変わらずどこかとぼけた様子は相変わらずなのに、却ってそれが底知れなさを感じさせる。

あの知悉が、自分に向いている。全てを見透かすような眼にぞっとしながらも、顔を青くさせなかったのは、果たして場慣れだったのか。ただ、その程度のポーカーフェイスで欺けるほど、彼女の眼は曇ってはいない―――。

「まぁ、どうでもいいことさ」

「は―――へ?」

よ、とリツカは立ち上がると、目いっぱい手を広げた。無窮の天へと両手を伸ばしすと、まるで星空を掴む様に、両の五指が蠢動した。

「魔術なんてものが上手いことよりも、サーヴァントと友達になったりできる方がずっと楽しそうだよ。貴方、良い人だもの」

リツカはそう言うと、くるりと振り返る。ぼんやりした表情のまま、温和そうな視線がさらりと闇を撫でる。

「そう思うでしょ、ジャック?」

どことも知れない場所に、リツカは声をかけた。

へ、と間抜けた声を漏らしたトウマも、彼女の視線を追う。漫然と広がる屋上に、ぽつねん、と影が漂っていた。

病的な白い髪に、傷だらけの顔。黒い紳士服を外套のように身に纏った姿は、幼げな顔さえ除けば暗殺者そのものといった風采だった。

「アレ、見えてたの?」

きょとん、と目を丸くしたジャック・ザ・リッパーは、ぽてぽてとペンギンみたいに歩いてくる。殺人鬼の名とは全く以て相反する仕草は、それこそ原作知識が無ければ愛くるしい少女としか思えないだろう。

「魔法を使ったんだよ」とぼけた風に言う。「なんでも見渡せる魔法。千里眼っていうんんだ」

「リツカは魔法使いなの? 魔術師じゃなくて?」

「おっとよく知ってらっしゃる」

とぼけるリツカを純粋に不思議そうに眺めやって、ジャックはトウマを見た。「変なお姉さん」

「まぁ確かに変ではある」

「辛辣だなぁ、ただふざけてるだけなのに」

「変だよ変」

心外な様子のリツカに眉を潜めると、ジャックは何故かトウマの背中に飛び乗った。

「逆にお兄さんはフツー」

いきなり背後から飛び掛かられながら、トウマはさして姿勢を崩さなかった。もしゃもしゃと髪の毛をかき混ぜ始ぜるジャックと特に止めるでもなく、訓練の賜物かなぁ、などと思ってみる。

「それが普通じゃないんだなぁ」

「そうなの?」

「そう。こんな子犬みたいな顔してるけど、トウマ少年はサーヴァント博士なのだ」

「すっごーい。物知りなんだね」

「なんですかそのクッソ適当な称号は。ってうお!?」

いつの間にか背中から胸へと回り込むと、ジャックは酷く生真面目そうな顔でトウマを見上げていた。少女然とした好奇心。そんなものではない、どこか真摯な眼差し。トウマの知るジャック・ザ・リッパーとは、微妙に乖離する表情。鋭く抉るような眼差しに思わずたじろぐと、ジャックは僅かに口唇を蠢動させた。

人間の聴覚野の閾値以下の、幽かな声。当然聞こえるはずは無いのだが、何故かその時、秒針が軋むような音が聞こえた。気が、した。

「前々から気になってたんだけど、トーマ君はロリータなコンプレックの持ち主なわけ?」

……何を言ってやがるんですか。

「いやぁなんかいつも幼気な少女と戯れてるじゃん、キミ」

「これって今俺の意思で起きてる事態じゃないですよねぇ?」

「クロちゃんと同衾してたことは擁護不能なんだよなぁ」

「あれはあのマスターとサーヴァントの間の……なぁ!?」

「ガバで草」

トウマはただ押し黙って、言い淀むだけだった。

それについて言い訳することは、なんか違う気がする。視界を過った褐色肌の少女の姿に赤面しかけて、難しい顔を作った。

「なんで鬼瓦みたいな顔してんの?」

などというリツカのツッコミはとりあえずスルーして、トウマはさっきからじーっと見上げてくる視線に応えることにした。

「えーと、それで何かしら」

「変なのって思ってただけー」

無邪気に破顔すると、ひょい、とジャックは飛び退いた。暗殺者然とした外見に相応しく、無音のままに着地してみせる。にこにことした表情は変わらず、ただ一時空を振り仰いだ。

「トウマは、本当に物知りなの?」

「え、いや……まぁ人並み以上、には?」

「じゃあ、私が(ダレ)だかわかる?」

探るような視線が、正面からぶつかった。

問の意味を理解しかねて、トウマは数舜ほど言葉を探した。

それと同時、何か、奇妙な違和感が惹起した。穹から戻った少女の顔はやはり微笑のようなものを湛えていたが、そこに無邪気さは見当たらない。いや、無邪気と言えば無邪気だったのだろうか。酷く子供染みた顔は、捉えようによっては無邪気ではある―――。

「なんでもなーい」

一歩。身に纏った黒いコートの端を靡かせ、小さな身体が駆ける。鋭い朔風のようにリツカとトウマの間を疾駆して、一躍屋上から飛び降りた。

「じゃーねー」

どこか所在無げな言葉だけが、ぽつねんと滞留した。

何だったのだろう。思わず立ち上がって町を見下ろしたが、既に少女の姿は黒く溶けていた。暗殺者のサーヴァントなのだから、多分生半な探索の魔術を使用しても捕捉は不可能だろう。ましてジャック・ザ・リッパーは、アサシンの中でもおよそ最優とすら呼べる性能を誇る。追うだけ無駄で、そもそも追う意味もないだろう―――。

漠とした思慮を巡らせたトウマは、果たして気が付かなかった。あるいは、思案していなかったとしても気づかなかっただろう。どこかぽやんとしながらも、リツカが何事か思考を巡らせていたことに。

「ところでトーマ君、それいつ飲むの?」

「え、夜はちょっと……」

 

 

 

 

 

同日 某所

 

「だからサーヴァントなど信用ならんと言っているのだ!」

金切り声と言わんばかりの怒声だった。

他を侮蔑し、なじる声。ただの声だというのに圧を孕む声音は、ただ声だけというのにある種の魔術ですらあるようだった。あるいは、そも魔術と声は切り離せぬものであるならば、それは原初の魔術そのものですらあった。高位の魔術師ですら身を竦ませるであろうそれを、しかし、アレキサンダーはさして気にもせずに聞いていた。

「マテリアルを奪い返して見せるだと? とんだ大言壮語ではないか! 結果はサーヴァント2騎を喪って、何も得ていないのだぞ!?」

紳士然、とした男は激昂しながらテーブルを蹴り上げた。どことも知れぬ街の地下の一室を、癇癪声が響く。それでも誰も気づかないのは、男が事前に設置した結界の為せる業だろう。

紳士然とした男―――深緑色のコートとハットに、獣のように長く伸ばした髪が目に入る。鋭く切れ上がった眼は、人間と言うよりは蛇や蜥蜴のような爬虫類を思わせた。

レフ・ライノール・フラウロス。仰々しい名前の男の罵詈雑言は、乱暴でこそあれ、どちらかと言えば正論には近かった。

「恐れながら」

「なんだ」

レフが正当な怒りを発揮する中、相対する男はどこまで行っても憮然とした顔つきだった。顰め面の権化みたいな顔をした諸葛孔明ことロード・エルメロイⅡ世は、正論に対して、別な正論をぶつけていた。

「この戦いの勝利条件を今一度思い出していただきたい、我が君」

「勝利条件だと?」

アレキサンダーは思わず吹き出しそうになったが、至って平素を装っていた。それでなくては、マケドニアの大王など名乗れはすまい。

「この人理定礎を崩壊に導くことだろうが」

「そのためにこそ、かの大王の力が必要である。ローマに終焉を滅ぼすものとして……違いますか?」

「つまり」レフ・ライノールは不愉快そうに顔を顰めて椅子に腰を下ろした。「あの敗戦は勝利の為の一手である。そう言いたいわけか?」

「そうです。元より、我らが軍勢は貴方と、そしてかの大王の2人が居ればそれで良いはず。それ以外――――即ち我らなど、カトンボも同じものに過ぎないのでは?」

レフは特別、なにがしかの反応も示さなかった。ただ爬虫類のような眼で、その場に居合わせた面々……キャスター、ライダー、バーサーカーを眺め渡しただけだった。

「陳宮と呂布。確かに小さくない犠牲でしたが、これで敵の規模は知れた。新たに加わったという勢力の力量も、知れたといっていいでしょう」

レフはあからさまに不機嫌そうな表情を作ったが、孔明はとりあえず無視した。

「後は現状の最大戦力をぶつけ、正面から打ち破る。彼の戦力で、アレを止める術はありません」

「『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』、か」

その時だけ。僅かばかりだが、レフの表情に張り詰めていた怒気が散った。郷愁にも似た表情も一瞬、鼻を鳴らした男は「同じ中華の英雄と聞いていたがな」と声を吐き捨てた。

「英雄などそんなものでしょう。殺し、殺される。英雄以前に人間の……いえ、生命そのものの論理です」

レフは鼻を鳴らした。明らかな侮蔑の視線を孔明にぶつけた。潔癖的な嫌悪感を隠そうともしない様子に、アレキサンダーは辟易と肩を竦めた。

そんなアレキサンダーの素振りを目ざとく捉えた紳士然とした男は、全く以て紳士的でない不愉快そうな視線を投げつけた。アレキサンダーは、素知らぬ振りをした。

「確かに戦術的敗北は小さくありません。しかし、それこそが罠。餌に引き寄せられた魚を一網打尽にする機会です」

レフ・ライノールの嫌悪的な表情は変わらなかったが、それでも諸葛孔明を見る視線には一定以上の信頼がある。おそらく世界で最も名の知れた軍師、その知悉の深さを、レフなりに評価はしている様子だった。

「大局を見ろということか」独り言ちるように、レフは嘯いた。「全く。神祖に聖杯を渡して狂わせる手筈が、こんな面倒なことになるなどと」

そう吐き捨てる男の口ぶりは、酷く子供じみていた。幼児の癇癪と変わらない憤懣をわだかまらせたレフは、嘆息とともに孔明を睨みつけた。

「良かろう、貴様に任せる。アヴィケブロンを蠢動せしめ、『原初の人』でローマを蹂躙しろ」

「御意に。全て、事通りに進めましょう」

 

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