fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「うむ。皆の者、集まってくれたようだな」
ネロ・クラウディウスの声が、朗と響く。童女めいた声にも関わらず、有無を言わさずに心酔を引き出す魅惑の美声。蕩けるような声、とは彼女自身が述べたことだ。ありふれたことを発言しただけだというのに、どこか浮ついたような気分になるあたり、彼女の言も真実なのだろう。
―――ただ。玉座に座るネロの膝の上には、相変わらずあの小さな女の子がいるのだが。
「シバイ」
「承知した。姿なき魔術師、頼む」
(はいはい、こんな感じでいいかな)
あくびなんてしながら、ロマニが間延びした声で言う。広間の宙に映像ウィンドウが投射されると、巨大なマップが表示された。
「さて、此度の作戦、その戦略目標は即ち『敵勢力の補給地点、その制圧』だ」
広間に集まった人の間に、ざわめきが奔った。事情を知れば、当然のことではある。これまでローマ帝国は、正体不明の敵勢力に対して常に後手に回っていたと言って良い。それが、ここにきて漸く攻勢に打って出る―――。
その意味するところは、言うまでもないだろう。
だが、司馬懿とネロは至って平素な様子だった。宙を振り仰ぎ、マップを見上げる司馬懿の動作は落ち着いたものだ。
「エトナ山、かなこれ」
マップに点灯した赤
「うむ。彼奴めらはよりにもよって、かの霊峰を根城にし、あまつさえ採掘し、あの泥人形めの血肉としているという。これを討たぬ道理はあるまい」
「実際のところ」司馬懿は咳払いをした。感情的なネロの発言は、善くも悪くも話を脱線させかねない。「あのゴーレム、素材は何でもいいわけではないらしい。調査の結果だが、ローマ全土の採掘場でも、レイラインに近しい場所がゴーレムの生産拠点になっていた形跡があった」
「その点で言えば、エトナ火山は最適ってわけね」
クロの発言に頷くと、司馬懿は声を続けた。
「実際、調査隊からも、エトナ火山山麓の洞窟から多数のゴーレムが搬出されたとの報告が上がっている。敵の根拠地を抑えてしまえば、後は敵が衰退するのを待つだけだ」
ここまで説明されれば、流石のトウマも話は理解できる。簡単に言えば、これは敵の生産プラントを破壊してしまえという話だ。素材が無ければ、当然ゴーレムは生産できない。
無論、敵の戦力の本体はサーヴァントだろう。だがローマ帝国側にもサーヴァントが存在する以上、単なるサーヴァントの力技は通じない。夥しい数のゴーレムを基盤にした戦術・戦略構想を以て人理定礎を崩す方が、正道ではある。
だが。
トウマは、もう一つ、別なことを知っている。ゴーレムの作り主がアヴィケブロンだとするならば、その本領は有象無象のゴーレム作成などではない。
『『
その強力さは、Fate/Apocryphaを読めば否でもわかる。とても、現状のローマ帝国の戦力で敵う相手ではない。
しかし、揶揄的だなぁと思う。キリスト教に対する大迫害を行った暴君ネロを誅するものが、原始の人間とは―――。
と、トウマの脇腹を誰かが小突く。びくりと意識を戻したトウマが見やると、クロの気づかわし気な視線とぶつかった。
どうしたの、と探るような眼に、トウマは肩を竦めた。なんでもないと身振りで応えて、内心被りを深くした。
考えても詮の無いこと。相手がゴーレム使いだからとて、アヴィケブロンと同定されたわけではない。それに、そんなことをどう説明したらいいのかよくわからないし。思考停止したトウマは、漠と、司馬懿の話を耳にいれることにした。
「それでは各戦術に移ろう―――」
※
首都ローマより南南西630km
エトナ火山 洞窟内
「もう一度確認するけど、敵の取り得る戦術は大兵力を駆使した2面作戦でこちらの対応力を上回る……という感じなんだね?」
復唱するアヴィケブロンに対し、エルメロイⅡ世は頷きを返した。
アヴィケブロンが、仮面の内側で嘆息を吐く。仮面で表情は伺い知れず、その溜息の理由も、判然とはしなかった。
「僕のすることは変わらない」
投げやりにも聞こえる声だった。工房と化した洞窟内に設えられた、割に座り心地のいい椅子に腰かけるアヴィケブロンは、泥濘に微睡むかのような安らかさを湛えていた。
「僕は僕の悲願を成就させる。その結果、アダムが大淫婦バビロンを打ち倒すというなら、それはそれで興味深いことだけど。基本的には、どうでもいいことなんだ。あと、君の思惑もね」
穏やかながら、その物言いは酷く素っ気ない。そっけないどころか、ある意味において身勝手極まりなかった。それでも特に感慨もなく話を聞いていられるのは、ロード・エルメロイⅡ世も同じく“魔術師”というカテゴリーにおいては同類であるが故だった。魔術師などという生き物は、根本的にはろくでなしなのだ。その才能の善し悪しに関わらず。
「でもまぁ、君は僕の悲願成就を叶えてくれるという点では協力者とも言えなくない。そう言いたいわけだろう?」
「そうなるかと。現時点で、原初の人をこの地に産み落とすには足りないものがあります」
「レッドクリフだったかい。足りないものは敵から頂戴すればいい、というのは。それとも少し違ったかな。あれは所詮、物語の話だったかな?」
エルメロイⅡ世は、ただ肩を竦めて見せただけだった。内容の仔細は異なったが、別に騒ぎ立てることのほどでもなかった。
そんなロード・エルメロイⅡ世の姿を身動ぎもなく眺めやったアヴィケブロンは、特に興味もなさげに言った。
「何かあったら僕が炉心になればいいさ」
あまりに軽々しく、アヴィケブロンは言った。
ロード・エルメロイⅡ世は、やはりここでも無言で仮面の男の独白を受容した。アヴィケブロンほどの魔術師であれば、自らの命すらもさした価値がないこと考えているのだろう。ある意味当然の理屈であり、やはりその意味で同類のエルメロイⅡ世はすんなりと理解した。あるいは、純粋に自らの理想に命を放り投げる様に、奇怪な羨望を感じたか。所詮2流以下の魔術師が命を対価としたところで、何が得られるでもないことを少なからず理解していたから。
「だってそうだろう? 僕がサーヴァントとして呼ばれた記録は何度かあるけど、ほとんどは何もできずに敗退しただけさ。普通のゴーレムを何体か作れただけでも恵まれている。ましてケテルマルクトを上梓できる機会なんて、英霊の座に登録されてからまだ片手で数えられるくらいしかないんだよ? そのチャンスを前にしたら、サーヴァントとしての僕の命なんて大したものじゃあない」
淡々と。しかしこの時だけ、アヴィケブロンはやや饒舌だった。無言の同盟者を見、動揺していると理解しているが故に、自分なりの理屈を述べてみただけだったらしい。まだ、アヴィケブロンは男のことをよく理解していなかったのである。
「では」エルメロイⅡ世は、そんなアヴィケブロンの酷く不器用ぶきっちょな配慮をよく理解した。「戦術策定から始めましょうか」
アヴィケブロンは、小さく頷いた。基本的に、彼は魔術師ではあっても、戦術・戦略を駆使する人間ではない。そういった類は、“諸葛亮”に任せるといった様子ではあった。
「私たちの今回の戦略目標は『王冠:叡智の光』の発動と完成。そして必要なものは、優秀な魔術回路を持った魔術師ということになります。そこで、戦術目標としては、なんらかの形でこの工房内に素材を誘因することを第一と考えるべきでしょう」
「そのために、敢えてこちらは戦術的優位を放棄する、だったかな」
「そうです」
エルメロイⅡ世は言うと、小気味良く指を鳴らした。それを合図に、テーブル上の羊皮紙に、じわりと図柄が滲んだ。
エトナ火山を中心に、イタリア半島までを描いた簡略的な地図だった。
「ローマ帝国の戦術は至って明快です。海路及び陸路の2方面から兵力を進発。2面作戦によって、こちらの対応力を上回る。
「でも、どうなんだい。これだけ補給線が伸びれば、付け入る隙もありそうだけど。というか、よく補給線を維持できるね」
「ネロ・クラウディウスと、あるいはその参謀の手腕でしょう。皇帝ネロは善く国を治め、そしてその参謀はその土壌を上手く活用している」
ロード・エルメロイⅡ世は、少しだけ苦々しい顔をした。苦い顔はいつものことだが、その顔は僅かに配慮を滲ませているように見えた。
「本来であれば」だが、それも数舜のことに過ぎなかった。「ライダーにゲリラ戦を展開してもらうことで敵の補給路を断つこともできるのでしょうが、戦略目標を考えれば意味のない行為でしょう」
「ふーん」アヴィケブロンは、あまり良く理解していないように頷いた。「それに、こんな簡単に思いつく有効策なら、それに対抗するための手段くらい用意してそうだね」
諸葛孔明あるいはロード・エルメロイⅡ世は、ただ難しい顔で応じる他なかった。
アヴィケブロンの指摘は正しい。長い補給線を遊撃部隊が断ち切るなど、正攻法も正攻法。あのライネスが……否、軍師司馬懿が見ぬいていないはずがない。
曰く。
戦いとは当然に戦場を整え、当然に勝利する。それこそ司馬懿という人間の思考であり、今回の用兵は極めて真っ当且つそれだけに隙がない。
まぁこれは無理だわな―――内心に、ふわりと声が沸き上がる。自分のものではないのに
、それでいて自分の内心のような、無責任極まりない独白。やれやれと肩を竦めながら、ロード・エルメロイⅡ世はその情動を無視した
「まぁ、だからそもそも戦略目標を挿げ替えるしかない。ってことなんだろう」
かつん、とアヴィケブロンは足を強く踏んだ。優雅で、それでいて力強さを感じさせる挙措だ。思わず頷いてから、現代科のロードは身を乗り出した。
「まず炉心候補者の策定ですが―――」