fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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其れは許しではなく

「ねー、お姉ちゃんは何してるの?」

他方。

幼げな声に催促された赤銅色の髪の少女は、全く以て非生産的な日々を送っていた。

非生産的という点では、実際のところクロやトウマとさして変わらない。変わらないが、リツカの生活はなんというが、ぐだぐだしている。つまりは、堕落と頽廃を謳歌した生活を送っていた。

朝早く起きて規則正しい生活を送るトウマに対して、彼女の目が覚めるのはおおむねAM10:30~11:00の間である。酷いと12:00を過ぎることもあったし、酷すぎると15:00をまわることもあった。AM10:20の起床した今日は、彼女にとっては早起きですらあった。

ボサボサの髪を特段梳こうともせず、なんだったら髪を結んだまま就寝する。食事は栄養補助食品どころかエナジードリンクと野菜ジュースくらいなもので、当たり前だが風呂などない。不潔と不健康と仲良く同居した生活を送っていた。

「与えられた余暇を、十二分に活用しているんだよ」

宿営の天幕に訪れたジャック・ザ・リッパーの不思議そうな顔に、リツカはのほほんと応える。ごきゅごきゅと電子機器の電源ボタンみたいなマークの付いたエナジードリンクを飲む姿に、ジャックはうぇ~と言いたげに顔を顰めた。

(こちらとしては、食生活には気を付けてほしいんだけどなぁ。リツカちゃん、尿酸値高いし。脂肪肝をそのままにしてると、肝硬変とか肝臓がんになるんだよ? 生活習慣病は怖いんだよ??)

「善処致しますよ、ドクター」

空中投影された映像に、思考無能なニヤニヤ笑いを浮かべるリツカ。エナドリを飲む調子はさして変わらないが、時々エナドリでサプリメントを流し込むあたり完全に自分の若さを過信しているわけではないらしい。しかし酷い絵面だが。

時々野菜ジュースのパックなんかを啜ってみたりしては、タブレット端末でジャパニーズチェスゲームで時間を浪費する。呑気そうな顔には、知悉なんてものはちっとも感じられない。

「実は今スゴイ権謀術策を張り巡らせてるんだよ」

「そうなの?」

「そうだったら格好いいと思わない?」

リツカはのほほんとしたまま、そんなことを言う。本気で言ってるのかはさっぱりわからない。

変な人だなぁ、とジャックは思う。呑気なようで知悉に冴え、温和に見えてその実苛烈。どことなく相矛盾した要素が林立する人柄は、英霊の座に登録されたジャック・ザ・リッパーの記録にはほとんど存在しない。僅かに1人だけ、底抜けの明るさの内に異能を孕んだ人物像が脳裏を過った気がしたが、どことなく煩雑として思い出すに思い出せないようだった。

―――ジャックには与り知らぬことだが、いかに藤丸立華(フジマルリツカ)が如何に自堕落な人物とはいえ、普段からここまで堕落を極めることはない。いつもは後背に付き従う後輩にちょっとはカッコいいところを見せてやろうとして、多少は自律というものを頭の中に浮かべているのだが。その後輩が居ないせいもあって、リツカはとにかく、堕天使すら顔を顰めるほどの堕落に揺蕩っていたのである。

「ジャックが居てくれなかったら、私は死んでしまっていたよう」

がばり、とジャックの小さな身体に飛びつくリツカ。ジャックは取り立てて躱そうともせず、リツカのもふもふ動作を赦していた。

「いやぁ、暇というのはいいものだねぇ。できることなら、ずっとこのままであってほしいものだけど」

 

 

 

 

リツカが喫ジャックをするより、およそ5時間前。

首都ローマの宿営所で、マシュは極めて規則正しい朝を迎えた。

世界が暁を迎えるよりも早く、マシュ・キリエライトは目を覚ます。寝起きも何のそのでしっかり起床。僅かの眠気を感じたが、日常生活を送るのには全く問題ない。その他身体的な課題がないことを確認してベッドから起き出す様子は、はっきり言ってマシーンか何かのようにも見える。実際のところ彼女の生い立ちは機械的ではあるし、その容貌も原石の野趣を孕む瑞々しい美質というよりは、綺麗にカッティングされたダイヤの端正さを思わせるだろう。

とは言え、彼女は割に普通の16歳の少女である。その外見的・出生的特徴からサブカル的ロマンチズムが抱きがちな儚さは、マシュには無縁のものである。

いや、それは正確ではないだろう。かつては確かに、マシュはそういった儚さを持っていた時期もあった。だがそれは、過去の話だ。マシュ・キリエライトはそういった覚束ない生き方を、とりあえず辞めたのである。

マシュの日常生活は、およそがトレーニングを占める。ロマニ・アーキマンが組み立てた効率的なトレーニングメニューを熟す合間に、ダ・ヴィンチからサーヴァント戦や魔術についての座学を請う。食事量はおそらく同年代の少女の2~3倍ほどであり、むしゃむしゃ食事を摂るマシュを見たロマニは「いやぁマシュがこんな食べるとは思わなかったなぁ」と感心し、ダ・ヴィンチは「あんまりマッチョになりすぎたらだめだよ……」ととても悲哀に満ちた顔で助言を残したものである。

極めて健康的……を超えてストイックな生活を送るマシュの生活は、どこまでも堕落とまぐわるリツカに対して対照的だった。

ブーディカがその日見かけた時、マシュは既に朝のトレーニングを終えた後だった。何の意味があるのか、酷く身体に密着したボディスーツのようなトレーニングウェアのまま草原に転がるマシュを見、ブーディカは素直に感心の言葉を述べた。

「マシュは真面目だねぇ」

「いえ、そんなことは」

やっとこさブーディカの存在を感知したマシュは、慌てて立ち上がった。そこそこハードな訓練をしているらしい、とは聞いているのだが、爽やかに汗をかいたマシュの姿に、疲労感はない。さらさらと草原の上を走り抜ける蒼い風を受けて、彼女の亜麻色の髪が揺れた。

「焦りは禁物だぞ。秀才は一日で成るものじゃあないからね」ブーディカも草原に寝転ぶと、うんにゃ、と伸びをする。「リツカちゃんも、マシュにはのんびり成長してほしいって思ってるよ」

マシュは少しだけ赤面すると、そうですね、と小さく応えた。そうしてブーディカの隣に体育座りした。そんなマシュの仕草の青臭さが、ブーディカにはなんというか微笑ましく映る。

端的に言うと、ブーディカというサーヴァントはお母さんとかお姉さんとか、そういう存在者である。歴史と伝承を紐解けば、彼女はむしろ荒ぶる英霊あるいは反英雄としての知名度の方が勝るが、ライダークラスで召喚された彼女は古きブリタニアの女王……母性の顕現、賢母としての側面が強い。まぁこんなことを言うと厳めしいのだが、要するにブーディカは気持ちのいいおばちゃんなのである。

そんなお節介おばさん属性を持つブーディカは、当然色んなことに気が付くものである。トウマという少年に対するクロの明瞭な輪郭を持った心情もそれとなく理解しているし、それに対するトウマの情動も理解している。そして、マシュがリツカに対して抱いているものも、ブーディカは知悉していた。恐らくマシュ自身も自覚のない情動を、それ含めて。

若いねぇ、などと頭の中を老いた考えが過る。肉体こそは若い全盛期の姿だが、その内面性は格率のある女王のものである。頭蓋の中は、相応に年を取っているのだ。

マシュという少女は、早く自分が無力でない存在者になりたいのだ。リツカというマスターの背に、早く追いつきたいのだ。

「そんなに凄い人には見えないけどねぇ。控えめに言って、呑気な浮浪者だよ」

マシュは、ただ困ったように苦笑いしただけだった。実際のところ、その在り方までは手放しで賞賛しているわけではないらしい。

「でも、あのでっかく構える佇まいはすごいよね。私にも真似できないなぁ」

とは言え、そんな風にリツカを褒めると、マシュは我がごとのように照れ笑いを浮かべながら「そうですよね」と真面目に返事をしたりする。釣られてブーディカもこっぱずかしくなってしまった。

「先輩は、凄いんです。キリシュタリアさん……もともと人理修復するチームのリーダーからも一目置かれてて。人を効率よく殺す天才とか、水晶蜘蛛の擬人化とかいう人も居ましたけど」

その口ぶりは、少しだけ、物悲しい。彼女たちの事情には首を突っ込んでいないけれど、その口端から伺い知れるものもある。

懐古の滲んだ苦い言葉。ブーディカはその意味を漠然と理解した。

「好きなんだねぇ」ブーディカは、だからそれとなく会話をずらした。「リツカのこと」

「はい、尊敬してます。あの、全部尊敬できるわけではないですけど」

幾ばくかの照れを隠せず、マシュは正直に言った。

素直な子だなぁ。ブーディカ自身も、素直にそんな感想を抱いた。マシュという少女の現存在が必死にその情動から受容した語彙は、尊敬。幼気というより無垢な感受性は、瑞々しいばかりだ。思わず目を細めたブーディカは、蒼古とした頷きを繰り返した。

そんな他愛のない会話の中、マシュがその話題を口にしたのはなんとなく、だった。

「あの、ブーディカさんは」やや躊躇いがちではあったが、マシュはしっかりブーディカの目を見ていた。「どうして、ネロさんに味方するんですか?」

幾ばくか、逡巡があった。およそ三舜ほどの合間。その闃然を拒否と受け取ったマシュが口を開きかけたが、ブーディカが応える方が僅かに早かった。

「聞きたい?」

謝罪の言葉を口にしかけたマシュは、至って毒気ないブーディカの表情に口唇を強張らせた。

再度の逡巡は、さりとて今回は一瞬だった。固まるマシュをよそ眼に、ブーディカは頓着の様子もなく、「はっきり言って」と口にした。

「ネロ公のことは好きじゃあない。気に入らないというか」

ブーディカはそこまで言って、眉尻を困ったように下げた。どことなく居心地悪そうに苦笑いをした。

よいしょ、とブーディカは身体を起こす。上体を起こしたブーディカの目には、丘の下に屹立するローマの街並みが映った。

マシュは、無言でブーディカを見つめた。疑問は当然だろう。ブーディカという人物にとって、ローマ、ひいてはネロ・クラウディスは赦し難い存在者であるはずなのだから。

ブーディカは、少しだけ恥ずかしそうに頭をかいた。なんというか、自分の生が歴史となって未来の人間が知っているというのは、羞恥を感じる。そんな風にでも言いたげだ。

「まぁでもさ」

言って、ブーディカはさっぱりした顔で、天を仰いだ。

「でも仕方ないよねぇ―――」

 

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