fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
戦端が開かれたのは、さらに数日後のことだった。
兵士たちは、安定した補給線から供給される食事に、贅沢にも飽きを感じていた。ヴェネツィアから海路でシチリアに揚陸・部隊を展開したリツカは生活習慣病まっしぐらの食生活でロマニに心配され、陸路を通りメッシーナ海峡から揚陸・展開した司馬懿ことライネスは、意見交換会と称する茶会に日々精を出していた。クロとトウマはここが戦地なのかという朴訥とした疑念を抱きながら、茶会に招待されては、栄養調整食品だの栄養補給ゼリーだのを安物の茶葉から沁みだした紅茶とともに飲み下していた。
そんな日々の中、戦端は開かれたのである。
とは言え―――それはロマンチズムに溢れたものではなく、また劇的なものでもなかった。三国時代の名軍師、司馬懿と諸葛孔明2人の天才的知悉の激突とは思えぬほど、ぐだぐだしていて、散文的な様相だった。
「敵襲?」
最初にその報告を受けたのは、エトナ火山の北東に展開するリツカの部隊だった。伝令として駆け付けた若い兵士に労いの言葉をかけながら、リツカは、眠たそうな目で網膜投影されたデータを一瞥。敵戦力を、把握した。
数、およそ100。右翼に展開していた部隊に対して、攻勢をかけようとしている。
散発的に行われる威力偵察部隊にしてはやや数は多い。兵力500の部隊では、ゴーレム100体相手ではそう長く持ちこたえられないだろう。サーヴァントもいるとすれば、とても支えきれない。
「引っかかったの?」
リツカの背中に飛び乗ったジャックが言う。拙い話し方をするが、ジャックの頭の回転は結構速い。既に教えていた戦術から、現状を推察したのだろう。
ローマ帝国の作戦は、海路・陸路からの2方向から戦力を展開。敵に2面作戦を強要させることを主眼に置いているが、リツカはさらに第2軍を敢えて3群に分割。包囲陣にみせかけた戦力分散を敵に悟らせ、敵に機動戦による各個撃破戦法を執らせることが狙いだった。
敵が各個撃破に乗りだ瞬間、戦力を集中。その後は半包囲にして火力を集中、敵戦力を撃滅する。それこそリツカの狙いであった。
机上の空論としては、美麗であろう。だが各個撃破に乗り出した敵の機微を見抜き、同時に2つの勢力を操るだけの指揮能力が無ければ、本当に各個撃破されかねない戦法ではあった。
だが、リツカにはそれを熟すだけの自信があった。いや、自信があったというのは語弊がある。心情や情動レベルにおいて、その戦術が成功するという確信は一切なかった。むしろそういった確信を、彼女は廃絶させている。
ただ客観的に。自分の能力とローマ帝国の兵士の練度、その他もろもろの状況を俯瞰した結果、十二分に達成できると合理的に判断しているだけだった。
「さぁ、まだわからない」
のほほん、とリツカはジャックに応えた。さらに一言「ジャック次第かもね」と付け加えて小さな女の子の頭をなでなでしてから、リツカは足取りも穏やかに天幕を出た。
リツカはさして感慨もない様子で天幕から抜け出すと、栗毛の馬に跨った。
「ドクター、通信使える?」
(うん、使えるよ)
「了解。確か第三群にはエミヤが居たんだっけ」
他人事のように独り言ちる。タブレット端末に表示されたマップを思案すること1秒未満、リツカは馬の脇腹を軽く蹴った。
「アルファからチャーリー。
網膜投影された通信ウィンドウにエミヤからの無線、そのクリック音が返ってくる。らしい返答だなぁと感心しながら、リツカは馬を飛ばした。
「さてさて、何をお求めなのかな」
※
念話のクリック音だけを返したアサシンの次の動きは、早かった。
重装歩兵を前面に展開すると同時、弓兵部隊を背後に展開。後退指示を出した後は、予定通り、遅くもなければ早くもない速度で後退を開始した。
「いいか、敵を倒すことは考えなくていい。適宜撃って、適宜逃げろ。適当にあしらうことだけ考えればいい」
周囲に展開する緑の外套姿の弓兵―――野伏たちに指示を出しながら、アサシンは既に錆びついた鉄心が軋むのを感じた。
アサシンの思考は、常に敵を殺すことに特化していた。思考回路は常に先鋭化し、効率的に人命を害することのみ頭の中を占めていた。
生粋の暗殺者、あるいは殺人者。そんなアサシンをして、直観する。
対戦車ライフルのトリガーを引き絞り、ゴーレムを爆砕する。破壊の余波で周囲のゴーレムが倒れ込む姿を眺めながら、アサシンは、次の効率的破壊を思考する―――。
「こちらチャーリー、予定通りだ」
※
うーん、どうしようかな。
アレキサンダーは己が愛馬をキャンターで走らせながら、思う。
周囲に展開するゴーレムたちは未だ健在。先頭に展開するゴーレムに損害が出始めているが、未だ微々たるものだ。
もし撤退するなら、今が最適だなぁ、と思う。元々、今回も威力偵察のためだけの出撃である。あるいは戦術的勝利を得られるかもしれないとは思うけれど、一時の局所的勝利を重ねて、戦力を浪費しては後々に害を為す。
それに、今自分が敵の罠に飛び込んでいることも、アレキサンダーはよく理解してる。かの賢哲の薫陶厚い未来王は、リツカの用意した戦術的意図を上手く理解していた。
ここで下手に欲を出せば、忽ち半包囲を敷かれ、壊滅させられるだろうな。
合理的知性は、現時点での撤退という戦法が最も正当であることを理解した。理解した上で―――アレキサンダーは理性以外の知性が、別な解答を浮かび上がらせたのを、心臓で理解した。
「おっと」
飛来した砲弾まがいの銃弾を剣で斬りはらったアレキサンダーは、己が騎馬の首すじを撫でた。
「ねぇブケファラス」
立て続けの狙撃弾を苦も無く斬り伏せたアレキサンダーの表情は、愉快そうに笑みを作っていた。それこそ、無邪気な少年のように。未知に遭遇した幼子のように、幾ばくかの恐怖と、それを大きく上回る好奇心を惹起させた顔だった。
ちら、と駿馬が主へと一瞥を与えた。単体でサーヴァントとして召喚されることもあるという、怪馬ブケファラス。肉を喰らい人間を軽蔑する暴戻の化身、放胆そのものですらある名馬は、唯一認めた主の好奇心に賛同の意を表したようだった。
そうだ、そうでなくては。己が好奇心の蠕動にぞわぞわと身を捩らせながら、自分の愚行が戦略目標達成に適うことをも並列思考し―――アレキサンダーは、強く、ブケファラスの脇腹を蹴った。
「会ってみたいよな、最新の
人食いの暴君が疾駆する。雷を纏った赤毛の少年は、猛々しさと瑞々しさを同居させた爽快の笑みを浮かべた。
※
網膜投影される映像を見、リツカは眉を顰めた。
横列の陣形から紡錘陣形へと滑らかに再編させた敵部隊は、一挙に第3群を突破しようとしている。どちらかと言えば、意図的に陣形再編したというより、先頭を賭ける戦力に後衛がついてこれていないようにも見える。つまり、それが意味するところは。
「あの赤毛のライダーか」
困ったように、リツカはサイドテールにまとめた髪の一房を弄んだ。
脳髄の記憶野から、情報を引っ張り出す。確か真名はアレキサンダー。かの征服王、その幼少期の姿。世界征服に手を賭けた大王と見えているわけだ。
どの程度の突破力を持つかは未知数だ。だが、過小評価はすべきではない。一挙に第三群を突き破りにかかる戦力を見、険しく目を細めたリツカは逡巡を回した。
罠にかかった?
いや、そう考えるのは短慮だ。かのアレキサンダー大王が、そうやすやすと罠にかかるとは思えない。罠を見破った上での突破と見るべきか、あるいは狙いは別にあるか。
思考は1秒未満だった。
「アルファ全員、聞いてるかな? これから私たちはブラボーが待機する場所に合流。当該座標を新たな戦域に設定する。陣形を維持したまま、焦らず着実に動いてね。大丈夫、相手がサーヴァントだろうがなんだろうが、私の指示に従えば勝てるから」
続いて、リツカは網膜投影される映像に声をかけた。
「アサシン、チャーリーはこのまま散開。一回散り散りになって構わないから、とにかく負ける振りをして一気に逃げるんだ。いいかい、なるだけ命を大事に動くこと。後からアルファ、ブラボーに合流すればいいから、それまでは旨く隠れるようにね」
(了解した)
赤いフードのアサシンが感情も無く言う。相変わらず凪いだ表情のまま、リツカは最後に、軍師に無線を繋いだ。
「こちら第二軍。ライネスちゃん、相手の出方を見てみてみようかと思う」
※
この時、ライネスはいつものように茶会を開いていた。左程上手くもない菓子に、左程上手くない茶葉。流石に飽きも感じてきた頃合いだっただけに、椅子から勢いよく立ち上がったライネスの動きは機敏だった。
「全軍に通達、即応待機状態の第一、第二群は南南西に20km移動。第三群は離れずついていくぞ」
指示を出す声音こそ15の少女のものだったが、その威勢はとても見た目通りのものではない。ライネスという人格に憑依する英霊司馬懿の峻厳な声が、空中投影される通信映像から兵士の肩を押した。
「リツカさんの助けには行かなくていいんですか?」
同席していた……というより同席させられていたトウマは、てきぱきと動き出した司馬懿に目を丸くしながらやっとのことで椅子から立ち上がった。流石に戦地に慣れているというべきか、クロは司馬懿と同じように機敏な動作だった。
「要らんよ。敵の戦力からして、向こうの戦力で対処できない数ではない。それより、私たちが気を付けなければならないのは、敵本隊の動向だ」
「本隊?」
司馬懿は頷くと、小気味良く指を鳴らした。それを合図とばかりに戦域マップが空中投影されると、敵を示す赤いブリップと味方を示す青いブリップが点灯した。
「エトナ火山に工房を設置していると思われる敵こそが、本丸なわけだ。今リツカが相手にしてるのは、一見威力偵察のつもりが野戦を仕掛けてしまった愚かな遊撃部隊。そこそこに戦って撃退するのが得策だけど、敢えて殲滅するようにみせかけることで、敵がどう出るか見たいというわけさ」
ぽかんとしてから、トウマは大変難しい顔をして思案しだした。知恵熱でも出そうなほど考え事をするトウマを他所に、にやりと笑った司馬懿……あるいはライネスは、言葉を続けた。
「一番有り得るのはアレキサンダーを呼び戻すことだけど、敵の戦略目標が特殊な現状、相手がどう動くのかはちょっと推測し辛い。最悪、レスキューのための増援が向かうかもしれない。そう言った諸々含めて、私たちは派手に動かず、状況を見るべきだろうな」
立て続けに浴びた情報を吟味する素振りをしてから、トウマは「なるほど」とわかったように頷いて見せた。表情を見ればわかるが、とにかくわかったようなわかっていないような顔だった。
対して流石というべきか、クロはすんすんと頷いていた。「個々の戦闘判断は得意だけど、戦術・戦略レベルでの判断は苦手なのよね」と言っていた割に、飲み込みが早い。
「一応、向こうに戦力を送る用意はしておくがな」
言いながら、司馬懿は天幕の入口を潜った。釣られて背後に続く2人を感じながら、司馬懿は思考する。
敵の戦略目標は―――原初の人とやらの完成。そして恐らく、その原初の人とやらは未完だろう。トウマの話を聞くに、完成したら手の付けられない正しく神の玉体の如きものが現れる。そんなものを、現時点で温存している意味はない。
未完の内に、敵本拠地を制圧する。それが最終目標ならば。
「ーーーまぁ、これから考えればよかろう」
灰斑色の葦毛の馬に跨った司馬懿は、遥か荒野の先に聳える火山を眺望した。