fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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64話です


刹那の喜悦と、

 アレキサンダーはその時、ただただ舌を巻いていた。

 敵の小規模戦闘群を蹴散らすように突破して、自身の機動力でもって一挙に敵の本陣を叩く。華麗に見えて、少数戦力が執り得る数少ない戦術の内の一つを行使したアレキサンダーは、すぐに自分の目論見が外れたことを悟った。

何故、少数戦力が機動力を発揮しなければならないのか。その答えは、簡単だ。機動力を以て敵戦線の弱点を突き、包囲される前に逃げ切る。綱渡りにも似た各個撃破戦法をしなければ、忽ち自軍が戦力差で叩き潰されるからだ。

 アレキサンダーは無論その事実を知悉していたし、また敵の指揮官もそれを理解しているに違いない。だが、英霊アレキサンダーの実力をもってすれば、一度くらいは成功するだろう、と踏んでいたのだが。

「いやいや、現代の人間って奴も凄いもんだ!」

 周囲から雨霰と降り注ぐ矢の数は、正直に言ってすさまじかった。雨霰というよりは、活火山を爆砕して流れ始めた火砕流のようだった。たちまちにアレキサンダーの周囲のゴーレムは火箭に打ち倒され、文字通り泥濘に囚われていった。

 アレキサンダーが一度目の突撃を敢行した直後に、敵は半包囲を完成させていた。運よくアレキサンダーの攻撃前に完成させたのでは、ない。アレキサンダーが突撃の陣形を完成させ、手薄な敵戦力に一挙になだれ込んだその瞬間を見透かすように、半包囲を伸ばしたのだ。

 戦術的洞察力もさることながら、その戦力運用は非凡としか言いようがない。頭の中の戦術図を実際の戦力に適応するのは、全く易しいことではない。

 アレキサンダーは、個人の武勇と同じほどに将帥としての名も高い。だが、一度一気呵成に動き出した味方の戦力を鮮やかに停止させ、反転させることなど不可能だった。敵はそれを狙って、アレキサンダー率いるゴーレムの軍勢を火力の坩堝に誘い込んだのである。

 むしろ、アレキサンダーの非凡さは、そこで逃げなかったことにある。生半に戦力を停止・反転に動けば、その瞬間を狙って隙に敵の集中砲火を赦してしまう。だから突撃の威力は殺さず、そのまま右翼か左翼に逆進。なんとか包囲網を突破する他なかった。

 最も、アレキサンダーはその戦術すらをも執らなかった。否、アレキサンダーが執った戦術は、戦術と呼びうるものですらなかった。アレキサンダーはただ何の戦術性もなく、愚直な猪突を敢行した。壁に水風船を投げつけるような行為だった。重装歩兵で形成される敵前線の牢乎さは、ゴーレムとて容易に突破し得ない。ただ突撃すれば、たちまちに撃砕されるだろう。

 だが、アレキサンダーとても尋常な存在者ではない。アレキサンダーという個人的素質の点からも、境界記録帯(サーヴァント)という普遍的魔術事象の点からもだ。ローマ兵は、何ゆえかによって サーヴァントを害することを可能にしている。だが仮にサーヴァントを害しえたとしても、だからといってサーヴァントを打倒しうるか否かは別問題である。

 即ち。アレキサンダーというサーヴァントの個人的武勇は、この戦術的局面を左右するに足るものだった。

 降り注ぐ矢と投擲槍。スパタで叩き落し、それに伴って放出される雷の魔力が朔風となって撃ち落とす。何十何百もの攻撃を当然の如くに撃ち払う様は、まさしく怪力乱神が無双の力を振るっているが如きものだった。

 それに、畏怖を抱かぬものは居ない。凡人は目の前に聳えたつ超常に慄き、英傑なれば武勇の高さにたじろぎを覚える。それほどまでに、未来王アレキサンダーの個人的武技は凄絶を極めていた。

 故に、赤毛の少年が猛然と突撃する様に、まともに立ち向かうことができなかったとしても、それは致し方のないことだった。あるものは恐怖に囚われ、あるものは生に縋った。蜘蛛の仔散らすように、重装歩兵たちは四方へと逃げていった。

 逃げる者を追わなかった。彼は聡明であり、だからこそ戦争と呼ばれる事象の愚劣さを理解している。無為な死を不必要にばら撒くことほど愚かなことはない。

 むしろ、そんな愚劣を気にかけている暇などありはしなかったのだ。

 彼の聡明な目が捉えたのは、無秩序にばらける兵士たちのただ中に、漠と立ち尽くす赤銅色の髪の人物だった。

 黒い装束に身を包んだ、背の低い女性。アレキサンダーより少し大きいほどだろうか。頼りなさげな人物は、側頭部で一つ結びにした自分の髪を弄りながら、凡夫めいた眠たげな目を少年に返した。

 アレ、だ。

 アレキサンダーは直観的に、理解した。

 無論、その特異的な風采が目を惹いたという事実はある。だが、それは直観の傍証ではあれ、本質ではない。

 戦士の直観。指揮官としての直観。そのどれでもない、アレキサンダーという人物の起源が想起させる、存在論的振戦。流浪の獅子が獅子の王を前にしたが如き凄絶な愉悦に表情を歪めたアレキサンダーは、しかしそれと同時に喉を鳴らした。

 矮小な女性の左手が、ゆらりと掲げられる。無聊の慰めのように髪を弄っていた手が掲げられるとほぼ同時、緑の外套の弓兵十数騎が亡霊の如くに現出する。素早く矢を構えた弓兵たちに目配せもなく、赤銅色の髪の少女は斧を振るうように左手を振り下ろした。

 「()て!」

 分厚い矢が群れなし押し寄せる様は、巨大な岩塊が飛んでくるよう。先ほどの無秩序な矢の斉射とは質を異にする分厚い火箭の集中。アレキサンダーの武勇が如何ほどであろうが、この夥しいまでに正確かつ緻密な射撃を突破しきるのは困難だった。

 『始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)』を使えば、この攻撃を突破できる。だが魔力消費の激しい対軍宝具を今使うわけにはいかなかった。彼にはまだやらなければならないことがあり、そのためには、全力を出すわけにはいかなかった。

 故に、彼はもう一つの宝具を抜き放つ。

 掲げるは両刃の剣、スパタ。

 高らかに言祝ぐは父なる主神の聖名。応じるように大気の大源(マナ)が慄くように震え、積乱雲の如くに渦を巻く。

 見る間に、少年の面持ちが変容する。知悉に満ちた瑞々しい少年の面影を残しながらも、剽悍さを彫り込んだ貌に剛直が瞳に宿った。口元に歪んだ媚態は少壮気鋭の笑みに代わり、華奢な矮躯がぎちりと隆盛した。

少年から青年へ。瞬く間に体躯を伸長させた未来王アレキサンダーは、猛々しい震霆の如き魔力を放出させ、一文字に剣を薙ぎ払った。

 真名とともに放たれる斬撃。剣先の軌跡をなぞるように、アレキサンダーを中心として放出された無形の魔力はまさしく雷霆であった。正しく青天の霹靂となって荒れ狂った爆発的な雷撃は、蛇がのたうつように周囲を焼き払っていく。アレキサンダーを狙って放たれた矢など、穹を散る花びらの如くに繊弱だった。

 『神の祝福(ゼウスファンダー)』。それこそが、アレキサンダーの持つ第二の宝具。オリュンポス十二神の一柱、主神たるゼウスの仔である逸話が昇華された宝具。自らの躯体に主神にして雷神の神気を取り込むことで、ステータスを底上げするのが本来の目的ではある。だが本来自らの肉体に取り込む神気を武装に纏わせることで、純粋な攻撃力を跳ね上げさせることを可能にする。さらに、『神の祝福(ゼウスファンダー)』によって獲得した【魔力放出(雷)】と相乗することで、アレキサンダーは対人宝具程度の魔力消費ながら、疑似的に対軍宝具に比肩する火力を手に入れていた。

 最も、これは彼が生前編み出した戦闘技法ではない。また英霊に昇華されることで身に着けた技法ですら、ない。此度の召喚において、ともに轡を並べた軍師のサーヴァントの指導によって成立した、ただ一度だけの宝具運用だった。

 のたうつ雷の大蛇。荒れ狂う神気の波濤。渦を巻いた魔力がエネルギー風を形成し、アレキサンダーの周囲は、ほとんど災害と同意だった。

 だが、その暴戻の様は、アレキサンダーにとっても激甚だった。怪馬ブケファラスをして踏鞴を踏むほどの颶風に、赤毛の青年は舌打ちする。端的に言って、彼はまだこの宝具の新運用に不慣れだった。そもそも、今の一撃が初めての新運用なのだ。

 アレキサンダーの制御を離れた魔力と神気が放縦の限りを尽くす様は、予想こそしていた。予想していたが、実際の破壊の様はアレキサンダーの予想を遥かに上回っていた。アレキサンダーはまだ少年であり、自分の力量の淵源にまでは理解が及びきっていなかったのである。

 そしてその瞬間、アレキサンダーの行為は愚行に転じていた。敵陣の中にあり、しかも単騎で足を止めてしまったのである。その事実に行きついた時、胸郭を満たしたのは驚愕と感心をブレンドした苦旨い情動だった。この状況は、きっと偶然にもたらされた現象ではない。精緻に計算された戦術的現象に違いなく、その現象を算出した魔術師こそは、あの鈍い銅線を束ねたような、寝ぼけた少女の式に他ならなかった。

 ───いいな、と思った。

 青年の体躯を得たアレキサンダーは、口角を緩めた。人材蒐集が趣味とすら言える赤毛の青年は、有能な人材であれば誰であれ感心を持つ。彼の語彙で表現すれば、征服したがる。今回も、そんな述懐を沸き上がらせたのである。

 だが、そんな子供じみた情動は、束の間のものであった。今回はもう、先客がいるのだ。目移りして本命を取り損ねるのは、彼の本意ではなかったし、またそんな拙劣はあの少女にとっても失礼だろう。

 予測する。

 こちらの動きを止めたなら、あとは戦力を殺到させて撃破に移る。それも、ゴーレムが追いつくよりも早く。だが、並の人間では、この荒れ狂う魔力の坩堝に飛び込んだだけで肉体が粗びき肉団子になる。ならば、次こそは本命。サーヴァントを投入するタイミングに他ならない。

 およそ二瞬。秒ほども無い思索の後、アレキサンダーは真後ろへと両刃の剣を振り抜いた。

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