fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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66話です


不埒な間柄

 荒れ狂うマナの奔騰。神気は雷の形をとりながらのたうちまわり、相乗したエネルギーが颶風を撒き散らしていた。

 常人では到底踏み込めない嵐風。サーヴァントとても生半可な装備で踏み込めば、忽ち身体を引き裂かれ、あるいは雷に消し炭にされるだろう。そんな暴威と相対しながらも、赤いフードのアサシンは、一切の躊躇なく嵐の中へと猪突した。

 彼には、マナの動きも、ぶつかり合うエネルギーの波濤も、何もかもが見えていた。

彼は生前、魔術師だった。正確には魔術使いと呼ばれる極右の異端だったが、彼自身、魔術師としての才覚も優れた素質を持っていた。

 僅かに4代で封印指定を下された卓抜の家系に生まれた男は肉体レベルで魔術師として形成され、また魔術師を殺すために後天的に錬成された男の五感は、正確に魔力の流れを読み切るアプリオリとアポステリオリの綜合によって存率するアサシンは、極めて正確に荒れ狂う魔力の渦に航路を見出していた。

 1歩、2歩。躊躇など一切なく突き進むアサシンは、時折押し寄せる魔力を短刀(ナイフ)で切り裂き驀進する。そうして3秒、赤毛のライダーの背後に肉薄したアサシンは、一切の躊躇なくそのうなじ目掛けて短刀を突き立てた。ただでさえ異相のエネルギーが相克する渦の中、気配遮断で距離を詰めるアサシンの存在など、それこそ高ランクの【気配感知】かそれに類するスキルでもなければ到底対処できるものではない。故にその単純なナイフの刺突は、この状況においては必殺だった。

 だがその時、アサシンはある種直観していた。恐らくこのライダーは、この必殺に対処する。戦士の勘だとかなんだとかいう曖昧模糊とした理論以前の論理で以て的確に反撃してくるに違いない。

 だから、アサシンはその光景に対して、特段の感情も惹き起こさなかった。まるでコマ送りのスロー再生のようにアレキサンダーが丐眄し、両刃の剣を振り抜く様は、アサシンが予想していた動作と全く以て同じだった。

アサシンの一閃と振り向きざまの斬撃が重なる。筋力値はアレキサンダーの方が上だった。『神の祝福(ゼウスファンダー)』で強化された青年の肉体であれば、その数値差は2ランクに及ぶ。拮抗すら許されず弾き飛ばされたアサシンは、しかし弾き飛ばされながらも次弾を打ち放った。

 右手に装備した短刀(ナイフ)を投擲する。魔力と神気がのたうつ戦禍にあってなお、標的過たずに射出された刃は、流石の暗殺者のクラスと言うべきだった。

 アレキサンダーの眉間を寸分違わず疾駆した裂帛の閃光。前頭骨と鼻骨を破砕しくも膜を引き裂き前頭葉を貫通し脳梁間脳を抉り小脳を轢断し、血と脳漿の飛沫を撒き散らすと、音もなく崩れ落ちていった。

 「ブケファラス!?」

 脳天を抉られた怪馬は、絶命の嘶きを上げた。主が死ぬ寸前に立ち上がった駿馬は、自らを肉盾とし、主の命を救ったのだ。

 アサシンは、小さく瞠目した。動作こそ僅かだが、その衝撃は甚大だった。間違いなく仕留めと思った、二度目の必殺。まさか防がれると思わなかった一撃を躱されたアサシンは咄嗟に中型蛮刀(マチェット)を引き抜いたが、勝ち目が無いことは十分に承知していた。

 倒れ込む青鹿毛の馬体から飛び退いたアレキサンダーは、愛馬には一瞥すらくれずにアサシンを正面に捉える。生粋の戦闘者としての技倆は、間違いなくアレキサンダーが上だろう。基礎スペックからも自明であり、また宝具の特性から、アサシンのそれはあのライダー相手には有効ではない。

 アサシンは、舌を打つ。超常が渦を巻き壁と化しているこの戦場にあって、まさにアサシンは闘技場に放り込まれた剣闘士と大差なかった。逃げ場はなく、また隠れる場所もない。アサシンが戦うべき戦場か否かは、まともに論ずるべくもないだろう。

 そして、アレキサンダーはその戦況を正確に理解している。理解したが故に、躊躇もなにもなく、アサシンの懐へと一挙に肉薄した。

 上段から振り下ろされた剣戟に、アサシンは再度マチェットの刃先をぶつける。本来は躱すべき一撃でありまともにぶつかっては押し切られること必定だったが、躱すことは不可能だった。巧妙な機動で斬りかかったアレキサンダーは、蠢く魔力の壁にアサシンを追い込むように接近。退路を断ちながら格闘戦に持ち込むことで、運動性能に長けるアサシンの長所を潰した上で、自らを得手とする戦いに引きずり込んだのだ。

 剣戟は僅かに一合。忽ちにマチェットを弾かれたアサシンが踏鞴を踏んだ瞬間こそが隙であり、横薙ぎに払われた一太刀は一刀のもとにアサシンを両断するだろう。たとえ宝具を使ったとて、間に合わない。あっさりと理性的に諦観したアサシンは、ただ次の瞬間に迫りくる斬撃に滞留した。

 

 

 アレキサンダーの剣は、およそ1秒未満でアサシンの頸部に到達するだろう。スパタ自体は宝具に届かない名剣でしかないが、神代が色濃く残る時代の剣である。強力な神秘を内包した剣は強力な魔術にも匹敵する脅威であり、アサシンの首など熱したナイフでバターを斬るよりも容易く首を落とすに違いなかった。

 だが、アレキサンダーの剣が振るわれることはなかった。

 「いやー、全然気が付かなかったよ。流石アサシン、というべきかな」

 ひやり。

 首元に閃く冷たい閃光に喉を鳴らしながら、アレキサンダーは背後の人物に賞賛の言葉を送った。

 返事は、ない。闃寂を滲ませた白髪の少女の佇まいは、むしろその無音こそが暗殺者の最大の礼なのだと物語っていた。

 周囲の暴威が凪いでいく。大源は静かに空中を揺蕩いはじめ、雷撃はひっそりと煌めきを失っていく。残念、と内心独り言ちながらも、アレキサンダーの表情は晴ればれしていた。

 「それで、僕はどうなってしまうんだい」こんな時でも、アレキサンダーは陽気だった。「やはり、殺されるのだろうか。それだと、ちょっと困るんだけど」

 「さぁな」マチェットを拾った赤いフードのアサシンは、酷く陰気だった。「ボクじゃなく、あっちに聞いてくれ」

 くい、とアサシンが顎をしゃくる。釣られて視線を向けたアレキサンダーは、あ、と小さく声を漏らした。

 意外、というよりは、遥かに感動が勝る。青年の姿(かたち)にこそなれ……否、征服王と呼ばれしイスカンダル大王の姿であっても、その姿に、男は目を輝かせただろう。

 赤銅色の髪の女。困ったように首を傾げながら、側頭部で結んだ髪をしきりに弄る、どこかできの悪そうな少女は、表面上の礼節を弁えたように頭だけ下げた。

 「君が人類最後のマスター、って人かい?」アレキサンダーは隠そうともしない好奇の目を、リツカに向けた。「すごいね! 完全に手玉にとられたよ」

 「指揮官としての話なら、まぁ」

 寝ぼけたような目のまま、リツカは納まりの悪い微笑を口角に漏らす。極まりが悪さ半分、羞恥が2割。あと3割は自分でもよくわからない、という感情らしかった。

 そうしてリツカはそう言うと、アレキサンダーと視線をずらした。目線はすぐ背後、首元に鉈を突き付ける白髪の少女は一瞬だけ迷った後、無言で鉈を腰のベルトにぶら下げた。

 「まぁ、私がやってるのは単なる机上の空論ですから」

 言って、リツカは自分の元に近づいてきたジャックの髪を、わしゃわしゃとかき回した。まるで大型犬とか馬とか、愛すべき動物を労わるような仕草だった。

 「いいのかい、ボクを放してしまって」不敵な物言いとは裏腹に、アレキサンダーも既に肢体から膂力を脱落させた。「この距離だ。君の首を刎ねるのは、そう難しいことじゃあないと思うよ」

 「その時は、私の考えが間違っていたってだけの話ですから」

 なんでもないことのように、リツカは言う。死の恐怖が無い、という様子ではない。ただ合理的な思考のもと、この状況が成立していることを十二分に知悉している。そんな、呑気な顔だった。

 「それに、これから友人になろうって人とは対等であるべきでしょう? 少なからず、首に刃物をちらつかせて話し合いなんて、私は勘弁してほしいかなぁ」

 ねぇ、とリツカはジャックに声を向ける。少しだけ困ったような顔をしてから、ジャックは、そうだね、と応えた。

 「流石、というべきかな?」

 「誰でもわかるでしょう。貴方の目的が、私たちと戦うことじゃあない、ってことくらい」

 やはり、リツカの顔は平然としている。肩を竦めたリツカに、アレキサンダーも苦笑いした。

端的に言って、とリツカは始めた。

 アレキサンダーの戦術行動は愚行の繰り返しだった。威力偵察にしては規模の多い部隊を率いての索敵活動。そこから遭遇戦に発展した際の、無意味とも思える戦闘行為。さらにアレキサンダー単騎で突出する不可解さ。愚将であれば納得のいく行為だが、軍を率いているのが征服王イスカンダルであるのだから、その愚行には明らかな合理的理由がある。

 「まぁそう考えて、思ったんですよ。多分、アナタは私に会いたがっている。それも単純な興味というだけじゃなくて、将来的に私たちと共同戦線を張るつもりだ、ってね」

 もし、ただたんな興味であるなら、わざわざ貴重な戦力であるゴーレムを巻き込むことはしないはずだろう。戦力を徒に漸減させることは、最も避けなければならないことの一つだ。にもかかわらず、敢えてその行為を執ったということは、つまりはそういうことだった。

 「まぁ、付き合わされる方は憐れだけど」

 言って、リツカは遠くを眺望する。両側面からの攻撃で壊滅したゴーレムたちの残骸は、既に土くれに還った痕だった。

 「正解。君の言う通りだよ、フジマルリツカ」

 「どもども」

 律儀に、リツカは頭を下げた。なんだか先生に褒められて照れ臭くなったような、そんな仕草に見えた。

 「僕と先生は今ある目的の為に動いてる。その為に君たちの力は確かに必要だ。でも、今はまだその時じゃあない。いや、正確じゃあないなそれは、まだ君たちの力量に、僕たちも確信を抱いていない、というべきかな」

 「つまり」

 「英雄には試練がつきもの、だろう?」

 リツカは、少しだけ面倒くさそうに肩を落とした。片側だけに結んだ馬の尾のような髪をかき回したリツカは、「それが何なのかは教えてくれるんでしょうね」と漏らした。

 「あの火山にいるサーヴァントを斃せばいいのさ」

 「アヴィケブロンですか」

 「驚いたな、真名まで見抜いているのかい?」

 「いや、これはもう一人マスターやってる人が推測で。あーそうだ、その人が貴方の真名も見抜いたんですよ。ヤバイですよね」

 そう言ったときだけ、リツカの表情は綻んだ。呑気と倦怠感を攪拌したような顔はそこに無く、年齢相応……より若干老成した無邪気な顔だった。

 「別に、ナントカって宝具。使わせずに倒してしまっても、構わないんでしょう?」

 「あぁ、構わないよ。存分にやっちゃって」

 アレキサンダーは挑発的な微笑とともにスパタの剣を納刀した。

 既に、ブケファラスは死亡した。本来、アレキサンダーとして召喚された彼にはそれが唯一の騎馬であった。

だが。

と、反証するように、アレキサンダーは剣を掲げた。腰に下げたスパタとは別なそれは、本来、少年として召喚された彼が持ちえない剣であった。

 「じゃあ、僕はちょっと行ってくるよ」

 掲げた剣先が、陽光を受けて朧を纏った。不知火の如き揺らぎを剣が放つと、そのまま、

 「先生の迎えに行かなきゃ。またあとで会おう、僕の友達くん?」




66話でした

次回は11月27日投稿予定です、お楽しみに
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