fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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67話です


教鞭は、情けなさとともに

 あ、と声が舌を滑った。

 クロがまず視界に捉えたのは、呪詛を張り付けたが如き深紅の矢だった。右手に牢乎と握られたそれは、間違いなく自分が投影した偽装宝具だった。

 銘、『偽・鏖殺槍(ブリューナクⅡ)』。2パターンの真名解放により、超遠距離からの狙撃とクラスター爆弾さながらの制圧射撃を可能とするそれは、無論ただ刺しただけでも甚大な威力を有する。原典を神代はケルトに持つ矢は、改造によりその神秘を減殺されたとしても、英霊を屠るにあまりあるだけの脅威を有する。いわんや生身の人間をや。真名解放すら無く、人間など容易く絶命するだろう。

 その矢の、鏃。右の手にがちりと握りこまれた呪いの矢の刃先は、黒髪の少年の眉間に迫っていた。

 あと、数センチ。クロが右手を伸ばしていたら、鏃は少年の脳天を貫き、反吐の出るような脳漿を撒き散らしていただろう。それを数舜前に止めたのはクロ自身の良識などでは一切なく、割って入るように振り抜かれた水銀の直刀だった。

 心臓から膨れ上がった情動が液化したオネガソンの如くに毛細血管の末端まで浸潤していく。眩暈にも似た視界の中で、ただ目の前に付きつけられた少年の顔が網膜に炸裂し、聴覚神経を這い回る。

面前に付きつけられた、無形化への恐怖。身も竦むような恐怖と不定の狂気の淵に足元をすくわれながら、それでいてクロの顔を捉えた少年───トウマの顔が、聴覚野を溢れて延髄あたりで像を結んだ。

 ざ、わ、り。

 左腕の尺骨橈骨上腕骨が、(しず)かに、軋んだ。疼痛(いた)い、と思った。

 「危なかったね、あと1秒遅れてたら君は名誉あるマスター殺しになってたよ」

 しゃらん、と声が鼓膜を撫でる。鉤爪で抉るようで、それでいて愛撫めいた声音を薄い桜色の唇から溢したライネスは、そのままじろりと鋭く眺望を放った。

 「やれやれ、誰かと思えば」

 ライネスの声の調子は変わらない。慇懃さのない、直截な言質。赤い目が打ち据える視線の先に佇む人影を捕捉していた。

 「随分久しぶりじゃあないか、我が義兄上」

 

 

 虚脱するクロを抱き留めながら、トウマはただ、臓腑から這い出して来る振戦をなんとか捻じ伏せていた。

 あれは、自分の判断ミスだ、と思った。敵の宝具らしきものの存在を知った時点で、引くべきだった。戦術眼は確かにクロの方が長ずるだろう。だがその宝具の狙いがクロであり、その影響下で正常な判断ができていないと、いち早く気づくべきだった。

 益体のない思考が、ぐるぐると全身を巡っている。考えても詮の無いこと、と割り切るほかないとわかっていながら、トウマはただ、後悔だけを堆積させる。あるいは、そうしなければ、別種の疚しさで狂ってしまいそうだった。

 ───彼が、真正面から死を突き付けられたのは、多分今回が初めてだった。確かに死と隣接することはあった。冬木であれオルレアンであれ、一歩間違えれば、死んでいたことは間違いない戦いだった。

 だが、およそいつだって、それは死であって殺意ではなかった。殺すというより破壊に近い衝動は、脅威ではあったが、同時にどこか非現実的だった。

 だが、今回のそれは違う。相対距離17cmまで迫った情動は、溶解したリチウムの如き冷徹な殺意であり。端的に、「お前を殺す」という言説の表徴だった。

 恐ろしくないはずがない。所詮はただの高校生に過ぎない少年にとって、死は空想と同義の漠然とした非在のカテゴリアに過ぎなかった。それはテレビのニュースで時折報道され、あるいは友人が葬式で欠席する。生まれたころには両祖父母とも亡くなっていたトウマにとり、死はどこか他人のもの以下のものでしか有り得なかった。それが唐突に面前に付きつけられる恐怖は、およそ筆舌を絶し、言語を尽くしても表現しきれないだろう。

 だが、所詮それは個人的主観的な感情だった。原初的であると同時に幼児的な感情の渦の中で微かに覗いたクロの顔───痛ましいまでの少女の怯えた顔は、そうした個人的感情を突き破り、原初的でもなく未来的でもないアナクロニックな良識に重度褥瘡を惹き起こすのに十分すぎるものだった。

 全てを己が思索の脇に追いやるのは、後悔する素振りをすることしかなかった。そうでもしなければ、トウマは冥い夜の淵に墜落していただろう。それはやるせなく、また回避しえない繊弱な普遍的人間性だった。ただ、彼は胸に抱き留めたクロエという存在者の存在を、この手の中で守っている他なかった。

 窒息するような、幼稚な慨歎。顔を上げる動作をしたのは、ただの心理的逃避だったのかもしれなかった。

だが、トウマの視線が出会ったのは、冷ややかな眼球だった。

 眼鏡ごしに覗く、黒々とした目。重い瞼の下で厳かに蜷局を巻く視線は、まるで人体を切開することに特化したメスを思わせた。

 そして。

 その姿には、見覚えがある。実際に顔を合わせたというのではなく、紙面での既視感。長い黒髪に全く以て不似合いな厳めしい顔の男の、名前は、確か───。

 「おやおや、随分余裕そうじゃあないか。私には一瞥もくれず、こんな変哲もない少年をじっくり観察とはね」

 手慣れた動作で葦毛の馬から舞い降りると、ライネスは酷く嗜虐的に口角を歪めた。獲物を見つけた肉食獣……というよりは、木天蓼を見つけた獅子のようである。

 「いやいや失望したよ。アレキサンダーといい、いつの間に男児趣味(ショタコン)に目覚めたんだい? 全く、私のいない間に随分と健やかにお育ちになったようだ。はるばる実家に帰省してきた子供を見る親の気持ちがわかったよ。ついでに、反抗期の子を持つ親の心境もね」

 ずい、とトウマの前に、ライネスは一歩出た。黒髪の男は引き下がりこそしなかったが、酷く顔を顰めた。怒気、というよりは、気まずそうに。

 「もちろん、私としてはそういった趣味は結構なことなんだけどね? でも、君は仮にも時計塔の君主(ロード)なわけだろう? 授業の合間に獲物を探してた、なんて知れたら、我らがエルメロイの家名に傷がつくんじゃあないかな? なぁ、義兄上(あにうえ)?」

 その罵詈雑言は、何故か普段にも増して辛辣であり。それ故かあるいは別な理由か、黒い挑発の男は、ただ憮然としたように眉間に皺を寄せていた。

 「───いや、ちょっと待って」

 その時、やっとのことで言葉を発した。ただでさえ脳みそがパンクしそうなのに、目の前の何気ない言葉は、彼の理解のキャパシティを超えていたのだ。

 この男に見覚えがある。そしてライネスの言質ではっきりしたが、あの男の真名はそう───。

 「ライネスさんの名字って、ベルベット?」

 口先から零れた言葉に反応したのは、その時およそ2名。中でも沈着に、それでいて過剰なほどに反応した人物が一名。トウマに呼びやられた当人、ライネスではない。過剰反応を示したのは、あの黒髪の男───時計塔の君主(ロード)の座に君臨する男だった。

 「おや、我が兄上のそちらの名前をご存じとは珍しい。なんだい、ロード・エルメロイⅡ世ではなく、その中身の熱烈なファンなのかな、トウマは」

 くるり、とライネスは軽やかな一瞥を返す。充血したような赤い目は、脆弱性というよりもむしろ悪魔じみたしたたかさを思わせる。

 「だが、残念ながら。我が義兄サマのファン第一号の座は私のものだよ。そしてもう一点、エルメロイの家系が如何に貧弱になりさがったとて、どこかの誰かさんの如くに養子の真似事をするつもりもないし。まして、ベルベットなどという貧相な家系に収容されるほど、落ちぶれてはいないよ」

 相も変わらずの毒舌を振りまきながら、ライネスは赤い悪魔じみた目を男に向ける。男はどこか達観のような諦観のような表情をしながらも、それでも表情は険しいままだった。

 「隠そうとしてたわけじゃないんだけどね。私の名前はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。没落貴族の正統な後継者、というわけさ」

 最後にそう言って、ライネスは自らの指導者である男を顎でしゃくった。

 水を向けられた男───その名、ロード・エルメロイⅡ世は、粛然とした素振りのまま、小さく首を縦に振っていた。頷く、という動作だ。あれは。

 いや。

 いやいや。

 ただでさえ思考は攪拌されてぐちゃぐちゃだというのに、つまり目の前で起きている出来事出来事は一体どういうことなのだろう。あの男、ロード・エルメロイⅡ世という存在者だけでも眩暈がするのに、ライネスはその、義理の妹?

 ───いや、確かにエルメロイ家の正式な世継ぎがいる、みたいなことはちらほら小説とかで出ていた気もする。Apocryphaの前半だかどっかにも登場していた気はするけど……こんな美少女だったのか。ってか、原作キャラやんけ。

 「あっ。だから水銀の―――あれ、ケイ……ロード・エルメロイの至上礼装(ヴォールメン・ハイドグラム)!」

 「むむ? 君は義兄上というより、エルメロイ家のファンなのかな? まぁ確かに、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは類まれな俊秀だったが。いや待て、それだと今の今まで気づかれなかった私ってもしかしてヤバくね?」

 何故か、この時ライネスは本気で落胆していた。肩を落とす仕草はなんとなくライネスという少女らしくない気もしたけれど、一応は次期当主としてのプライドのようなものがあったりする……のだろうか。

 「いや、その別にファンとかではなく偶然知っているだけと言いますか」

 「ファンではないと言われるのもそれはそれで残念なような」

 「あーえっといえ、ファンでないことはないと言いますか」

 「じゃあファンなのに私は認知されてないということになるじゃないか!」

 なおのこと肩を落とすライネスに、トウマはとにかくしどろもどろになって弁明をする動作を繰り返すこと5分。あー言えばこういう、を地で行くやりとりをいい加減やめさせたのは、エルメロイⅡ世の気まずそうな咳払いだった。

 「そのあたりにしておいてやれ。困っているだろう」

 「えっ」

 長い髪を不衛生そうにかき回した眼鏡の男は、複雑な目をライネスに送っていた。落胆した姿勢はそのままだけれど、トウマが顔を覗き込めば、ただ悪戯っぽく舌を出す美少女の顔が見返した。

 つまりは、そういうこと。ライネスは15歳という、成人と子供の境目のような年齢にも関わらず。その精神構造は、蒼古とした屋敷のようなのだ。要するに、彼女は良識(ボンサンス)をしっかり備えた小悪魔だった。備えている分、かえって質が悪い。

 「身内に甘いんだか辛辣なんだかわからないな、お前は」

 「どの口がそれを言うんだい? それとも、自我すら維持できないほどに特殊趣向に傾倒してしまったということかな? あぁ嘆かわしいね!」

 憮然、としたエルメロイⅡ世に対して、ライネスは小気味良く罵声を浴びせた。いつもの5割増しくらいな勢いな気もするのは、多分気のせいではない。にやにやと表情に刻むほどの媚笑は、トウマに対するそれとは比較を絶する愉悦に浸されていた。

「それで? 義兄上様(おにいさま)は、司馬懿(わたし)に何をさせたくて召喚したんだい? まさか、妹趣味(シスコン)を併発しただなんていわないだろうね?」

 「誰が言うか、誰が」

 剣呑そうな表情は変わらず。しかし、一層眉間に皺を刻みながらも、黒髪の男の表情には、どこか安寧が堆積している気がした。ライネスが仮借なく罵声を浴びせる様と、なんだか似た理由で。

 「話をする前に」

 ちら、とエルメロイⅡ世が丐眄する。ずらと並んだゴーレムたちを見回すなり、甲高く指を鳴らす。破裂音にも似た摩擦音が、合図。音を介してなんらかの術式が作動したのか。眼窩から光を喪失するなり、忽ちに体躯が崩壊していった。

 一見して、ただ指先一つで壮大な魔術を起動したかのような様相である。そんなトウマの眼差しに決まり悪そうにした男は、「今のは唯の合図だ」とぶっきらぼうに声を零した。

 「言っておくが、義兄上(あにうえ)はロードだが、魔術の腕前は2流もいいところだからな」

 「……」

 「あぁ今褒めたんだけど、伝わらなかったかな。むしろ、2流なんて過大評価をすべきじゃなかったかな?」

 素早く、ライネスがエルメロイⅡ世の愚痴のような声に注釈をつける。肝心かなめの本人は傷つきなれたような憐れな表情を浮かべたが、2秒ほどの合間だった。

 「もともと、このゴーレムたちは彼にとっても副産物以上のものではない。造ったからには愛情もあるが、最優先事項の前では二次的なものに過ぎない。ということだ」

 「術式そのものはゴーレム使いが構築したけど、起動キーはこちらに委ねてある。ってとこかな?」

 小さく、男は頷いた。安物の煙草を咥えた長髪の男は、指先に狐火のように炎を灯すと、煙草の先を炙った。飽きるほどの諦観と今更の羨望を吐き出すように膨れた白煙は、か細い条となって穹を辿った。

 「彼っていうのは」ライネスも薄く延びていく白煙を見上げていた。「英霊アヴィケブロンのことかな?」

 「正解だ」

 エルメロイⅡ世は、外見上さして驚いた風でもなかった。が、指に煙草を挟んで丁寧にポケット灰皿に突っ込むと、「そこまで把握していたのか?」と続けた。

 「私じゃあないよ。そこの少年君の推測さ」

 ひた、と眼鏡の奥で黝い目がトウマを見据える。見透かすような目、というほどの厳かさはない。むしろそんな目であれば、ただ畏怖するだけのことだっただろう。だがその眼は似ているようで異なる。ただ事実だけを正視して、その中身(構造)まで解体するような目。貪婪な知性だけを媒介とする目は、卓抜した技巧を前にして抱く理解可能なものに対する質朴な怖さだけだった。

 「彼が人類最後のマスター、その1人って奴さ。サーヴァントに詳しいんだってさ」

 構わず続けるライネス。エルメロイⅡ世は思案するように明後日を一瞥した。

 だが、それも一瞬。今度は葉巻を懐から取り出した男はナイフで突端を切り落とし、再び魔術で火を熾した。

 「さっきので確信したが」深く吸い込む、というよりは、男の呼気は、ただ口腔の中だけに白煙をくゆらせただけのようだった。「司馬懿の宝具。『混元一陣(かたらずのじん)』、あれがこの特異点にカタをつける切り札。その一つだ」

 ふぅん、と鼻を鳴らすライネス。少しだけ自慢げなのは、恐らく自分の力というよりは、自らを依り代として召喚された司馬懿の力を褒められたことへの喜悦らしかった。疑似サーヴァントにおける依り代と本体の関係性は、少なからず彼女と司馬懿にとっては良好らしかった。

 「試し打ち、にしては随分苛烈なことをするじゃあないか、義兄上(あにうえ)。『石兵八陣(かえらずのじん)』か?」

「それは」

この時、珍しくエルメロイⅡ世は言い淀んだ。気まずは1割未満で、その情動の大半は純粋な困惑が占める視線が向かったのは、トウマ……ではなく、未だ気絶したままのクロだった。

 直観する。多分、エルメロイⅡ世は、良い人だ。未熟だけれど。

 「またぞろ、教師の気質が首を擡げたといったところかな」

 「あぁ。そういうことになる、だろうか」

 素っ気なく口にしたライネスに対して、やはりこの時のロードの物言いは、どこか歯切れが悪い。

 ライネスは何事か言いかけた。釈然としない胡乱な顔とともに、口を開きかける。さりとて形にならない言葉に眉を顰めると、「ま、そういうこともあるだろうね」と素っ気なく呟いた。

奇妙な、停滞。その間隙にも似た空気を霧散させたのは、エルメロイⅡ世だった。

 「そこのガキみたいなマスター」硬質なままながら、その声はどこか、むしろ自分こそがガキみたいだと吐き捨てるかのようだった。「名前は」

 「藤丸(トウマ)、です。立華藤丸(たちばなとうま)

 そうか、と頷き一つ。自分の今しがたの口ぶりに、閉口している様子だ。

 「謝罪はしないが。君の相棒(サーヴァント)はすぐよくなる。私……というより、私を依り代としている英霊の宝具の効果でそうさせてしまったが、宝具自体に致死性の作用があるわけではない」

 慨歎にも似た吐息を一つ。長いボサボサの髪をかき回したエルメロイⅡ世は、鬱屈したように声を漏らした。

 上滑りする声を、なんとか聴覚野に固定する。自分の胸の内で気絶する少女を見下ろしたトウマは、ただ、脱力しただけだった。

 それは確かに、安堵感と呼ばれる情動だった。だが、それが全てだったわけでは、ない。安寧の奥底に、泥濘にも似た後悔を湛えた苦杯が佇んでいる。安堵は嘘ではないけれど、それでも奥底に秘された情動を見えなくしているのは、事実だった。

 ───この時、トウマはクロと自分のことだけで精一杯であり、それ故に自分を見る対の目の存在には気づかなかった。ライネスはその男の視線に気づいており、且つそれが普段のそれと異なることまで理解した。冷厳なまでの解体屋としての視線と同時、その奥底に燻る熾のような、それでいて幼児性を捨てきれない眼。君主(ロード)の名を戴くより前、非才の少年だったころの熱量をひた隠しにしながらも、隠し切れない眼。かつて少年だった男の目。

 だが、それは僅かに半瞬ほどの、気まぐれのようなものだった。ライネスは、特に、触れなかった。

 「それで?」ライネスは、しかしさらりと会話を始めた。「義兄上の目論見はわかるよ。でもそれで倒そうって敵は、一体何なのかな? というか、それを教えるために、似合いでもない喜劇なんて演じて見せたんだろう」

 ぐるりと、ライネスは周囲を見回した。

 死屍累々の如くに擱座する、ゴーレムたちの群れ。既に生命を失ったゴーレムは、既に機能不全に陥っているようだ。

 「無論、そのつもりだ」

 「なら」

 「だが、気が変わった。お前たちに教えるべき情報はもうない」

 「はぁ!? なんだそれ」

 珍しく声を荒げると、ライネスはまじまじと義理の兄の顔を注視した。怒気にすらなりきらない声は彼女らしくないように思えたし、また冷厳に鼻を鳴らす長髪の男も、それらしくないように見えた。

 「君」

 発するべく声もなく佇立するライネスを半ば無視して、男は藤丸トウマに鋭利な瞥を刺した。抉るような目線にたじろぐ間もなく、「ゴーストライナーのマスターを自称する君だ」

 「俺、ですか?」

 そうだ、と舌を滑らせるエルメロイⅡ世。眉間の溝は思案というより明らかに苛立ちに類するものだった。長髪を頻りにかき回す仕草は児戯めいていて、いそいそともう一本目の葉巻を取り出しては戦端を切り落として火をつける様も、15のガキのようだった。

 「僕───」一度、咳払いした。「私より魔術回路の量も質も劣るお前如き孺子(こぞう)が戦える、だなんて思うのは単なる付け上がりだ。まして戦わせていることへの疚しさなど、思い違いも甚だしい」

 独語独り言にも似た声の男は、確かにトウマを見ていたが、その眼差しの行く先はどこか虚ろだった。虚ろなのに、それでいて明瞭な輪郭を持った視線。

 「弱くていい。弱くていいんだ。だが弱いなら弱いなりに考えなきゃあならないってことだけは、覚えておけよな」

 言って、エルメロイⅡ世は顔を苦くした。一層髪をかき回した男は、自己嫌悪で顔を赤くしながら慨歎の嘆息を吐きだした。

 「何も言うな。何もだ」

 「おや、まだ何も言っていないが。ただ、大層なご高説だなぁと思っていただけさ」

 「だから何も言うなと言っている」

 取り付く島もない素振りをとっているが、ライネスの嫣然の前ではあまりに脆かった。踏み込もうと思えばあっさり踏み込めるだろうが、むしろそれ以上踏み込まずにニヤニヤ笑いを浮かべているのは、一層効果的な嗜虐心の表出だった。しかも悪辣なのは、こちらの方が明らかにエルメロイⅡ世の内面性に打撃を与えるであろうことを、ライネスが知悉していることだった。

 「それで? やっぱり教師面が理由ってわけかい」

 「というより」男はやっとのこと粟立った内面性を落ち着かせた様子だった。「将来性の問題だ」

 「君たちはこれから、いくつか特異点を超えていくんだろう? ならこの程度、自力で解決して見せなければなるまいさ」

 「やっぱり教師面じゃあないか」

 まぁ、と残り1/3になった葉巻を投げ捨てると、足元に落ちたそれを革靴の踵で踏みしめた。

 そうして、男は穹を眺望する。青々とした涯のない無窮の先で、小さく遠雷が凝っていた。

 晴天の閃く霹靂。鈍色に煌めく苦々しい感慨を嚥下した長身の男の横顔は、瑞々しさすら感じさせるようで───。

 




67話でした。

次回は12/1予定ですが、私情により12/4になるかもしれません 
その際はご容赦くださいまし
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